85.探偵局、西へ! その3・陽元家の夜更け
「「「「かんぱーい!」」」」
「「「かんぱーい!」」」
七つの掛け声が新しい友人との出会いを祝い、宴は始まった。食卓に並ぶのは、ミコの母が予知能力を駆使して当てた豪華な食事だ。料理上手な彼女は、北海道の牛のミルクを使って新潟のコシヒカリを炊いた不思議なライスを今日の主食に選んだ。少々癖はあるがとても美味しい。さすが給食でも人気のメニューなだけある。
相変わらず食い意地が張る恵とミコの似たものコンビが狙うは、飛騨の黒毛和牛を使ったステーキである。勿論蛍のような同じ遺伝子を持つ存在ではなく、牛のおっかさんの腹から生まれた立派な天然ものである。ただ、今回の勝敗は食事が始まる前に既に決まっていた。お客さんの前で何をやってるんだと両親に呆れられてしまっては、さしものミコも黙らなくてはならなかった。ただし、局長の方も欲張るなと助手に注意されてしまったが。
「それにしても、ミコに兄ちゃんがいるなんて思わなかったですね」
「なんだミコ、父ちゃん母ちゃんの事教えて無かったんか」
「だって言うたらすぐに顔見せてくれっていうじゃろ、二人は」
「当然じゃろ、子供の事は気になるものじゃ」
監視国家じゃないんだから、と早速口論になるミコと母。だが、その中には決して棘々しい雰囲気は無く、むしろ久しぶりの再会とこの感触を楽しむ節すら感じさせている。ミコの父と兄が慣れっこな表情でご飯をたいらげている様子からも裏付けされているようだ。そんな様子を見ているうち、ふと蛍からこんな言葉が漏れた。
「家族って、いいものですね」
一瞬だけ場の空気が止まってしまった事は、その原因となってしまった彼女が一番感じ、そしてあっという間に後悔の意識に包まれようとしていた。表情が顔に現れがちな蛍の異変の理由を知らない者がここには何人かいる。何かあったのか、と尋ねようとしたミコの父を母が止め、そして言った。
「大丈夫じゃ、無理に言わなくても分かる。言いたくないんじゃろ?」
「す、すいません…」
「父ちゃん、もしここで聞いたら祝いの飯がまずくなる所じゃったわ…」
「悪い悪い母ちゃん…」
陽元家で唯一予知能力を持っていないミコの父だが、そんな能力が無くとも彼は二人の子供を育てた立派な父である。そして、今日からしばらくは蛍、恵、デューク、三人の「父」でもある、と彼は堂々と言った。
「この俺の娘の大親友じゃろ?そりゃ親にとっちゃ子供のようなもんじゃ。気兼ねなくたっぷり食べな」
「ちょ、じゃあさっきのうちが注意された理由って何なん?差別じゃ差別!」
「お前は図々しすぎじゃっつーの」
「お兄、ずっと沈黙しとってそれが第一声か!」
…一人だけ家族と離れて生活してる故か、それとも未だに親から仕送りされている故か、ミコばかりが突っ込まれるという探偵局の面々にとっては珍しい事態になっている食卓。だが、三人とも表情は先程までの緊張が解け、明るい顔に戻っていた。「三人」とも経験したことが無い、家族というものを楽しむように…。
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…ただ。
「ミコさん、何だかすいません…」
「気にせんでも大丈夫じゃ、うちの家族はヘンチクリンじゃからのぉ」
とは言え、ぶっちゃけ自分ばかり怒られると言うのは納得いかない、末っ子は損ばかりだ、と愚痴を言う彼女であった。ただ、やはりその口調はどこか弾んでいる。慣れっこといった様子だ。風呂上がりの一杯を飲んだ後、二人は二階の小部屋でのんびりとしていた。
「ま、これが家族っちゅーもんじゃ」
「結構本音で言い合うものなんですね…」
自分の家だけだろう、という補足を入れつつもミコは自分の経験してきた家族について語り始めた。少々無愛想な兄とは度々喧嘩はするが、テストの時には非常にお世話になった事。父はいちいち自分に対して馴れ馴れしく、反抗期の頃は滅茶苦茶喧嘩もしたが、困った時には親身になって接してくれる事。昔学校で自分の能力に薄々気づかれたいじめっ子の標的にされた時は、逆に母親からのアドバイスを使って予知能力を駆使し、テストを全部100点取っていじめっ子に思いっきり仕返しして圧倒させた事。どうもミコの実力行使な姿勢は家族譲りのようだ。
「お父さんも凄いですね…予知能力を持ってないのに、娘さんから信頼されているなんて」
「腐ってもうちの父ちゃんじゃしの…。ま、要するに親になるには超能力なんて全然武器にならんっつーこった、はは」
「ふふ、そうですね」
確かに自分の持つ予知能力みたいに、その素質などになると親の血が影響するかもしれない。だが、その原石をどう磨くかはその親の技と腕によるものがある。ミコの両親も何度も苦労し、友人にも相談した事があるらしい。ただ、そのやり方に共通するのは、時に厳しく時に優しく、飴と鞭を使い分ける事ではないか、と陽元家の長女は語った。悪い事はしっかりと怒り、良い事は滅茶苦茶褒める。そうやって、今の陽元ミコは作り上げられた。
「甘すぎる言葉にゃ毒があるっつーのは、うちでじゃんじゃん叩きこまれたようなもんじゃ」
「裏があるのも見抜けたんですね。私の所も…」
「まあの、逆に違和感ありありじゃったからな」
ともかく、初めて味わう家族というものを楽しんで欲しい、とミコは言った。ただ一つ残念なのは、現在丸斗蛍は「二人」いると言う事だ。後で合体した時に記憶は受け継がれるとはいえ、こうやって生で家のドタバタを味わう事が出来ないというのは不思議な能力を操る面としては少し不利な所がある。百聞は一見にしかず、肌で感じる事こそがより力を高める秘訣なのだ。
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一方、恵とデュークは別の方面で盛り上がっていた。相手はミコの兄、陽元シンだ。あまり表情に変化を見せない彼だが、某がめつい刑事と違って心には熱いものを秘めているようだ。ただ、その対象は少々変わっていた。
「私初めて聞いた…サンショー大明神なんて」
「お隣の県で祭られている、という訳なんですね」
「そうっす、祟りを防ぐために祭られてるという感じだったようっすね」
確かに協力者に本物の妖怪はいるのだが、恵が舌を巻くほどシンのオカルトに関する知識は幅広いものであった。特に日本の妖怪の話題を出した途端、彼は相変わらずの無表情だが喜々とした口調でこの変わった名前の神様の事を語りだしたのだ。脳内に図書館を持っているような人だ、とデュークは思った。ただ彼は純粋にシンの事を褒めているようで、内心は複雑であった。
このサンショー大明神、正体は超巨大なオオサンショウウオ、中国地方で多くの個体が生息する国の天然記念物である両生類だ。だがこいつは別格、何十メートルもの巨体を武器に河に陣取り、近隣住人の大事な馬や牛を次々に餌食にしていたという。その「悪行」は、一人の勇敢な侍によって終わり、近隣住人に平和が訪れた。だが、死してなおオオサンショウウオの勢いは止まらず、侍のみならずその一家に対しても祟りを起こしたのだ。よって今の大明神と言うのはその恐るべき力を封じ込めたものだ、というのが彼の説明であった。
だが、デュークはその祟りの「真相」を知っていた。オオサンショウウオと言うのは俗に「ハンザキ」という愛称で呼ばれ、半分に割かれても生きているという言い伝えが名前の由来としてよく説明されている。ただ、この大明神に関しては単なる言い伝えでは無かった。「増殖能力」を持つものは、人間だけであるという証拠は無い。そして、その侍と言うのは誰であるか…。
「そういえば、何で大明神の話になったんですか?」
一瞬思い詰めてしまったデュークは、恵の一言で元通りになった。確かに、突然話題を出した理由は気になるものだ。
実は最近、若いカップルの間で何故かブームらしい。半分になっても生きていけるという言い伝えは捉え方によっては悪くも感じられてしまうが、最近の解釈だと「離れていても続く恋愛」というポジティブなものとなっており、グッズが妙に売れている様子。何故本拠地であるはずの隣の県では無くこの町なのかという疑問はあるものの、今はそれに関する取材で随分儲かっている、とシンは言った。
「ちょうど明日、商店街に出かけるんでよかったら一緒に行くっすか?」
「僕は局長に従いますが…」
「うーん、明日起きれたら行きますよ」
寝坊前提は良くないと突っ込みをいれられつつ、明日の予定は決定したようだ。
恵、恵、デュークはそれぞれ単独部屋。一方のミコは狭い部屋で寝る羽目になった。ただ、久しぶりの布団も悪くないと言うのはいつも車のリクライニングシートで食っちゃ寝している彼女の心の中の本音である。
こうして、西に飛んだの探偵局の一日目は終わるのであった…。