84.探偵局、西へ! その2・陽元家の日常
陽元家は、西の百万都市の繁華街の近く、古い商店街がある所に家を構えている。塀が少々窮屈だが、一旦門をくぐるとその中は広々としている。昔からこの街に住んでいたと言うのもこのような大きい家を町の中で維持できている理由の一つだが、もう一つはこの家の「運の良さ」にあるのかもしれない。城の殿様を助けたり、拾った財布が有名な実業家のもので素直に渡した事でお礼を貰ったり、とにかくこの家の血を引く者、特に本家の面々は良い事に恵まれているのである。ただ、そこにはある隠された真実が眠っている事を知る人は少ない。決してこれらは偶然では無く、「必然」の出来事。もしかしたら、という良い予感、悪い予感、その多くが的中する。それが、この家の真相「予知能力」である…。
そんなわけで、陽元家の長女であるミコが友人を連れてやってくるというのも彼女の両親には既に予想済みであった。彼女が何やら空いている部屋などの事について尋ねていた事からもある程度は推測出来たが、どんな人を連れてくるか、彼女の母親には既に見抜かれていた。彼女の脳内には、黒髪をたなびかせた紳士と紫色の髪の美人さん、そして桃色の髪をした少女が映し出されている。
「ほー、そんな友達連れてくるんか…」
婿養子のために予知能力を唯一有していないミコの父は、母からの言葉に目を丸くしていた。
「ミコ、随分活躍してるようじゃのー」
「うちらの子供じゃけえ当然よ!」
…とは言え、移動探偵というのはなかなか職的には不安定なもの。時たま家に遊びに来てはご飯を食べてまた遠出に出かけるという落ち着かない彼女には、期待反面不安反面な親心である。いくら未来が分かっても、それは単なる指標、そこからどう動くかに関しては本人次第なのだ。
そんな中、家の呼び鈴を鳴らす物影が見えた。インターホンの画面に映ったのは、どこか「妹」に似た顔の輪郭を持つ一人の男性であった。上がってこいという母の声を聞いた後、少々建てつけが悪い玄関のドアが開かれた。
「ただいまー、母ちゃん父ちゃん」
「おかえりー、靴ちゃんと揃えとかんと、お客さん来るけえの」
「分かっとるよ」
陽元家の長男坊である陽元シンが早めに仕事を切り上げたのは、久しぶりに「妹」が帰ってくるという事以外にも、脳内に嫌な予感がよぎったからであった。頭の中を駆け回るうっとうしさに似た感触に、髪を染めあげた妹とは異なる日本古来の黒い髪が震える。あちこちの雑誌会社と契約しながら記事を書くというフリーの仕事をこなす彼は、自らが両親から受け継いだ「予知能力」をフルに活用している。特にシンの場合は何かしらの事件が起こりそうな時ほどより頭が冴えると言うからなおさらぴったりの職場である。
「そういえば母ちゃん、コンタクト…」
「どした、なんか悪い事がコンタクトに起こるんか?」
「大丈夫じゃろ父ちゃんにシン、あたしは何にも悪い予感はしとらん…ってあれ」
…シンとミコの兄妹を育て上げた二人の母の予知能力は、本人も知らぬ間に時空警察に時の流れの変化として記録されてしまうまでの力を有しているというが、心の中に僅かな不安が残ったり信じていない心があると予知が崩れてしまう事が多い。多少の文句は気にしないマイペースな性格と言うのも一つの要因かもしれないが、自分に備わった能力を知っているゆえ、油断をよくしてしまいがちな所が一番の理由であろう。今回も自分の目の違和感をずっと忘れていたため、コンタクトをどこに落としたかの手がかりが無い状態になってしまい、家がてんやわんやになり始めてしまった。コンタクトは透明で見えにくく、そして小さいために探すのは一苦労、気付けば男勢もしゃがんで必死になって床を覗きこんでいる。
タイミングが悪いというのはこういう事を指すのだろうか。混乱の渦の中にある陽元家にミコが仲間を連れて帰って来たのは、まさにその瞬間であった。合鍵を開けて彼らが目にしたのは、うずくまって床をはいずる三人の人間の姿だった…。
「ど、どしたん…」
「ああミコいい所に!母ちゃんのコンタクトが落ちたんよ」
「え、こんな時に!?」
…やっぱりミコの家だな。これが、恵と蛍、そしてデュークが抱いた第一印象であった。
来客をしばらく放置してコンタクトを探し続ける陽元一家。しかし、結局第一発見者は彼らでは無く、玄関で立ちすくんでいた来訪者の一人、母が予知能力で見た「黒髪の紳士」であった。彼の眼に、床の片隅に落ちていたコンタクトの輝きが映っていたのだ。発見したという報告に喜ぶ一行、やはりデューク先輩は凄いと褒めたたえる蛍。しかし、長年彼と共に探偵局ののれんを守り通している恵と彼女の親友であるミコはある程度気付いていた。このコンタクトは彼が時空改変で生み出したものである事、そして本物のコンタクトは既に潰れていたと言う事…。
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見苦しい所を見られてしまったが、陽元家は既に来客の準備が整っている状態であった。この街に数泊するという彼らのために、二階の部屋を整理して三人のために様々なものを用意してくれていたのだ。特に蛍が驚いたのは、彼女の部屋のみ少々壁が厚いという事であった。音もあまり外に漏れ出さない構造、これなら容易に「分身」の練習も可能である。至れり尽くせりな感じであるが、既に恵の関心はミコの家族の方へと移っていた。
「へぇ、雑誌記者やってるんですね」
「そうです、おバカな妹がいつもお世話になってます」
「バカは余計じゃお兄!」
「そうです、いつもおおバカでして…」
「メグはん怒るで…」
ミコの「お兄」であるシンの雰囲気は、どことなくあのたちが悪い増殖刑事こと有田栄司に似たものがある。ただ彼とは違い、言葉は少々きついが内面はすっきりとしており、悪意は感じられない。また雑誌記者として取材をするという一面から意外によく喋るため、同じく賑やかな場が大好きな恵とはすぐに打ち解ける事が出来たようだ。デュークの方もミコたちの父と仕事などの会話が進んでおり、残った蛍もミコの母に頭を撫でられていた。彼女が探偵をやっていると聞いて、小さいのによく頑張っているなというのが理由であるようだが、あまりそういうのに慣れていない様子の蛍は顔を赤らめていた。彼女が今まで経験したことが無かった、「母親」の暖かい手である。
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…そんな感触の一部は、遠く離れた丸斗探偵局の蛍にも伝わっていたようだ。突然どこか光悦な表情になった彼女に、一瞬恵は驚いていたがデュークからの言葉を聞いて納得した。恵たちとは異なり、遠く離れた場所でも感触などはリンクし合っているようだ。
「羨ましい奴だ、いちいち連絡する都合も省けるしな」
「お前はもっと連絡しろ」
暇な丸斗探偵局の冷やかし名目で暇つぶしにやって来ていた、職が違う二人の栄司もその様子を興味深げに眺めていた。今もう一方の探偵局の面々がいる場所自体にはいないものの、その近くに警察関連の仕事に努める有田栄司がいるようである。気が付くとどこにでも彼がいる、まるでどこかの害虫のようだという恵の悪口はあながち間違っていないのかもしれない。
「でも楽しそうね、向こう…」
「ですニャー」
「でも最初嫌がっていたのは二人じゃないですか、仕方ないですよ」
こうやって平和なひと時を過ごすと言うのも、案外心にはいいことだ、と言うのは丸斗探偵局の頭脳的存在。ただ、理屈や理論では人々の心に通用しない事もあると言うのは彼も承知済みであった。駄々をこね始めた二人に、先程コンビニで買ってきたお菓子を上げると途端に大人しくなった。いつもいじられているデュークだが、一方で局長やブランチを上手くけん制しているようだ。…実際の所時空改変を裏で使ったりと支配しているのはむしろデュークの方な時もあるが。
「それにしても、ミコの家系はなかなか手ごわいな…」
「色々段ボールが置いてあったのですが、ミコさんのお母さんが懸賞に当たり過ぎて余った品がいっぱいあると僕から報告がありましたね」
「羨ましいニャー…オレも能力あったらじゃんじゃんキャットフード当たるのにニャー」
「でもブランチ先輩、この前一流レストランの残飯が美味しかったって」
「にゃ、それは別腹だニャ!」
…今からミコの家は夕食の準備らしい。応募で当たった豪華な食品を惜しげもなく使用しているようだが、彼女の母は予感も上手なら料理も上手、手際良く無駄も無く、おふくろの味を仕上げていると言う。ブランチのような動物たちの貰い分は少なくなってしまうのだが、それはそれで十分有りだ、というのは双方の丸斗探偵局に一致する意見であった。高級なものにこだわるよりも、普通の食材でも高級にしてしまう方が、もしかしたら料理の腕が抜群と言えるのかもしれない。何も無い場所からもあらゆる現象を引き起こす事が出来るデューク・マルトの時空改変のように…。