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83.探偵局、西へ! その1・二人の蛍

 もはや説明しなくてもいい気がするが、丸斗探偵局には今日も依頼が無い。クリス捜査官や栄司から持ち込まれる事も無ければ、ドンとエルの夫婦狐からの頼まれ事も無い。無いったら無いのである。こういう暇な時の時間の過ごし方によって、その人の努力度というものが見えてくるのだが…。


「デューク…」

「ニャー…」


 見事にその暇つぶしの仕方は二つに分かれていた。冷房の効いた部屋で全身の力を抜いてだらけている恵局長とブランチの一方で、蛍は新聞を、デュークは難しい英語の文書を真剣に読んでいた。それぞれ時事問題や法律、歴史関連など、様々な依頼に対処するために必要な武器が揃っている読みごたえのある内容だ。局長も読んだらどうかという蛍だが、恵は問答無用で断った。


「局長なのにいいんですか読まなくて?」

「リーダーは怠けてた方がいいって前デュークが見せた本に書いてたもん」

「僕に責任転嫁しないでください…」


 確かにリーダーは知識よりも皆の意見をまとめる力が優先される場合が多いのだが、そのためには皆の模範になる必要があるのではないか、と蛍は突っ込んだ。ブランチも動物のリーダーとしてそうだったはずだと彼女は文句を言おうとしたのだが、人間の常識は簡単に動物には通用しないもの。みんな呑気にゴロゴロしてるだけだったというかつての様相を言われてしまっては、さしもの蛍もデューク同様ため息をつくしかなかった。


「まあ、仕方ないよ蛍…あれが局長だし」

「でも…」


 だが、いざという時に困るのは局長とブランチ自身だと冷たい意見を言い放つデュークには蛍も多いに同意した。勿論文句を言う言われた方の二名だが、後の祭りという言葉もあるように、否定は完全には出来ない。仕方なしに立ち上がり、面倒臭さを隠せないように読み物を探し始めた時、ふと恵はある事を考えた。デュークの時空改変のように話題を逸らすという意図も当然あるが、同じ「増える」事が出来る者として、気になった事があったのだ。


「ケイちゃんって、増えたらどこまでそのままでいられるの?」

「…え?」


 増殖能力を持つ探偵局の協力者「有田栄司」は、常に自らを大量に増殖させ、様々な職場に就いて暗躍…いや、活動している。それを活かしてよく探偵局に依頼を持ちこんでいるのだが、そんな今までの依頼の解決過程で、たまにデュークや恵は自らの数を数人、もしくは大量に増やした上で長時間の捜査や戦闘を行う事がある。ただ、当の恵本人も蛍はそれとは違った戦法で自らを磨いているというのは承知していた。


「瞬間的に分身を繰り出して、一気に力を一点に加えるのがケイちゃんのやり方なのよね」

「はい…やっぱり皆さんには同じ方法だと敵わないかなと思いまして…」


自分にはそこまで出来る力は無いのかもしれない、というのが蛍の心であった。いつもは不真面目な局長だが、いざ本番となると彼女の方が遥かに適応能力で優れている。真面目な新人は、つい考えすぎてしまい顔をしかめてしまっていた。そこまで深く考えなくてもいい、とブランチからは励ましの声を貰ったのだが、そういう増殖能力とは無縁の彼なので説得力には欠けていた。ただ、彼の言葉はある意味核心を突いていた。今の蛍は猪突猛進では無い、と。


「オレ聞いたニャ、蒸気機関車をパンチ一発でぶっ壊したって」

「あ、あまりその話は…」

「でも真実じゃない、ケイちゃん♪」

「後輩で遊ばないでください、局長…」


 あの時は何も考えずにやったからああなった、と顔を真っ赤にして言う蛍だが、それだ、とブランチは突っ込んだ。あれだけの力が彼女には備わっていると言う事の現れ、案外栄司や恵のような事は簡単にできるのではないか、と言うのだ。

 言われてみれば確かにそうかもしれない。ただ、それでも真面目な彼女はそれが足かせとなり、あと一歩が踏み出せない様子である。表情からもまだ悩んでいるのが一目瞭然、何かいい方法は無いものか…。そんな悩んでいる時に限って、丸斗探偵局には来客が来るものである。「依頼」では無く、ただの暇つぶしを目的とした者ばかりだから面倒である。


しかし、今回に限って言えば、朗報であった。


=======================


「やっぱデュークはんは便利じゃの、瞬間移動も楽勝じゃし…」

「「いえ、乗り物に乗って移動するのも楽しいですよ」」


それから数日後の丸斗探偵局。普段は4人が定位置についているが、今日は例外。来客も含めて、合わせて8人が集い、少しだけ部屋の中に狭さを感じる。普段通りに呑気に構えている二人の恵の一方で、もう二人に関しては少々落ち着かない様子であった。大丈夫か尋ねる黒猫に返って来た返事は…


「え、ええ一お「一応…」」

「あ、ごめん…」「ううん、こっちこそ…」

「まだ慣れてない様子ニャ…」


 丸斗探偵局と共同戦線を張る機会が多い移動探偵である陽元ミコからの誘いを受けて以後、蛍はずっと自らを同時に二つ存在させるための練習を続けていた。さすがに道の真ん中で分身を一般の人たちに見せる訳にもいかないので、探偵局内で仲間と協力したり、自主練習を続けたりして能力を維持しようとしていたのだ。恵や栄司のようにそれぞれの「自分」が違った考えを持つ場合とは違い、蛍はずっと同じ考えの存在と一緒に居続けた事もあり、この二人のように自由自在に存在を増やす事に悪戦苦闘していた。


「ま、細かいこと考えん方がいい、とあたしは思うで」


 これから向かう場所の方言がミコの口から出てしまう。夏休みに旅行に行き損ねた探偵局の皆に、彼女の里帰りに同行しないかと彼らは誘いを受けたのだ。ただ、恵がそこまで乗り気でなかったのは助手のデュークにも意外であった。理由としてはやはり彼女の天下の宝刀「面倒臭い」があったからだ。


「で、結局そっちのメグはんにブランチはんは留守番でええんじゃの?」

「いいですニャー、わざわざ遠出して暑い思いするのは御免ですニャー」

「即答かこのネコ」

「まあまあ、残暑も厳しいですし…」


 ただ、幸いしたのはこれに乗じて蛍の実地訓練も可能ではないか、というデュークの発想であった。これから向かうのは、探偵局のあるこの場所から遠く離れた西の百万都市。離れた二つの地点で同時に存在すれば、そのような技を究めるのにぴったりかもしれない。頭脳明晰、万能の助手の言葉に蛍もすぐに賛成した。こういう時はいつも怠けてばかりの恵局長やブランチ先輩よりも、経験に満ちた彼の方をつい信用してしまうものだ。


 …と言う事で、探偵局に残るのは恵、デューク、ブランチ、蛍の四名。一方、ミコと共に瞬間移動で目的地に向かうのは恵、デューク、蛍の三名。場合によっては少し帰るのが長引くかもしれない事を互いに納得し合い、そして万能の助手の合図と共に、探偵局はしばらくの間、二手に分かれることとなった。


=======================


 そして、その目的地である西の百万都市。夜も明るく窓が輝く町の中を、二つの影が蠢いていた。最初の姿に関しては誰もそれに気付いた者はいないが、もう一つの姿になれば、違和感なく街の中を歩く事が出来る。

 ターゲットは決まったか、と一方の影が言った。ばっちりだ、と返すもう一方。その手には、遠く離れた神社に祭られていたはずのとある像が握られていた。この存在を利用すれば、人々が集うこの地でやりたい放題が出来る…。

 丸斗探偵局から遠く離れた西の繁華街で、事件が動き始めていた。

 

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