表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/200

81.MEGUMI and MEGUMI ~Final Room~

「…え?」


時空警察本部の廊下の奥にある細長いトンネル。そこを抜けても、何も無かった。比喩では無く、本当に文字どおりの意味で。アナザー恵の前に広がっていたのは、床も空も、一面真っ白の世界であった。雪のように輝きの凹凸もなく、本当に文字通りの驚きの白さである。

彼女を案内していたロボットさんも驚きの表情を見せていた。人間の顔に当たる部分に表示される緑色の画像が、円の中に小さな点となっている。ヒトで言う「唖然」という感情を表したものだ。確かにここが時空警察の特別局、本名「対特別事例捜査局」だと彼のデータには刻まれていた。


「ねえ、もしかしてそのデータが間違ってるんじゃ…」

「…ワタシモソウ言ウ気ガ…」


時空警察には彼らのような良い心を持つ者がいる一方で、どこぞの増殖能力を持つ刑事様のような自分の利益重視の連中も数多いる、という事をデュークから聞いた事がある。もしかしたら、自分をスカウトしたのもこのような自分勝手なお偉いさんなのではないか。それ以前に、クリス捜査官が立ち入りを許されなかった事からして胡散臭さが抜群である。彼女自身もその通知に驚いていたからなおさらだ。


…やっぱり一旦戻って、もう一度検討し直してみよう。そして、この件に関して上層部に相談しよう。

少し口数を交わし、二人が振り向いた時であった。


その視線に、信じられない姿が映っていた。


「エ…?」

「ど…どうし…て?」


黒縁の眼鏡、白いワイシャツに黒い羽織り、下は黒ズボンの燕尾服。宇宙が嫉妬しそうな髪に、優しくも恐ろしくも見える笑顔。額を露出させた髪型のみは記憶と異なるが、間違いなく目の前にいるのは丸斗恵の助手であるはずの男、デューク・マルトであった。

ブランチが声をかけた状況とは逆に、今度はアナザー恵の方が彼に恐る恐る近づく番となった。何が起きているのかロボットさんの方は判断しかねているようで、画面の緑色のちらつきが困惑模様を表している。一体何を言おうか、どうしてここにいるのか、そもそもここはどこなのか。色々頭の中を様々な言葉が巡ったが、結局局長の口から出たのは…


「髪型…いつの間に変えたの?」


…こういう困った時に、素と言うものは出やすいものだ。マイペースな質問にロボットさんは拍子抜けする一方、目の前の「デューク」は改めて優しく笑顔を作り、そして言葉を発した。


「恵さん、ロボットさん。その実は、私の御無礼をお許しください」


…デュークじゃない。一文目の初っ端で、アナザー恵は気がついた。探偵局の当初からの付き合いである助手はこんな流暢な言葉遣いなどしないし、こんな丁寧では無い、そもそも一人称からして違うと彼女の勘が働いた。いつもの癖ですぐに守りの体勢に入り、ロボットさんをかばうような体制になったアナザー恵に対し、目の前のデュークはすぐに敵対する意志は無いと答えた。


「え…じゃあ貴方デュークじゃないの?偽者?」

「そう言った方が早いかもしれません」

「じゃあもっと悪い事するつもり?こんな空間に私たちを閉じ込めて…」

「イエ…出口ハアリマスガ…」

「へ?」


緊張顔が一瞬で解けてしまった彼女の視線の先には、先程出てきたトンネルの出口がそびえ立っていた。「デーン」という大文字の効果音が似合いそうなほど、堂々と穴を開けて待っていたのだ。

一体全体どうなっているのか、気付けば恵側が強気に出る側になっていた。


「デ、出ナイノデスカ?」

「だってこれが誰だか先に聞かないと胸糞悪くてしょうがないのよ…で誰なの?」

「ですから先程申しました通り、デューク・マルトの偽者でして…」

「そうよさっき言ったわよ!でも納得いかない、もっと詳しく言いなさい!というかここどこ!」

「しょ、少々落ち着いて…」

「落ち着いてられないわよ!こんな何にも無い空間に呼び出して!」


…押しの弱さはデューク・マルトと同様の様子。しかし、確実に彼は別の存在。恐らくアナザー恵が苛立っているのはそこにもあったかもしれない。不安な時、困った時、やはりデュークの存在は欠かせないようだ。遠目から喧嘩を呆れながら眺めつつ、ロボットさんが待機していた時であった。



彼(?)の背後にもう一つの影が姿を表し、時間が止まった。冷たい金属の体に暖かい肌が触れたのを感じた時、ロボットさんは全てを把握した。まるで最初から知っていたかのように…。




そして、「数分」が経った時。デュークの偽者とアナザー恵の喧嘩は、一つの声によって終止符を打たれた。


「間違いなくここは、特別局の入口ですよ、局長」


やはり僕が先に出た方が良かったかもしれない、そう言った人影は、デュークの偽者を「メック」と呼び、そして下がらせた。左手を体と垂直に合わせ、執事を思わせる丁寧な趣の「メック」の一方、もう一方の影はゆるやかに恵の方へと近づいた。

その姿から、一切の恐怖心も湧かなかった。目の前の相手も、先程までのデュークと同じ声色と顔つきを持っている。しかし、記憶の中の助手とは全く違う姿である事に関しても、彼は同じであった。髪型、眼鏡の縁の色、燕尾服の色、靴…それらは脳裏に焼かれた姿とはほぼ異なっている。燕尾服に至っては、漆黒の闇とは正反対の色だ。

それなのに、どうして何も怖くないのだろうか。何故自分は怯えたり、恐れたりしないのだろうか。アナザー恵の持っていた疑問は、目の前に近づいた彼自身によって解かれた。静かに局長の手を自分の手と合わせ、「元」丸斗探偵局助手は静かに、だが丁寧に告げた。


「お久しぶりです、局長。

 数百年、また会える日を、ずっと楽しみにしていました」


=========================


それから、数日後の朝。


「随分不調モ良クナリマシタ。例ヲ言イマスヨ、メック」

「どういたしまして」


時空警察では、大犯罪者であったデューク・マルトはその処罰の関係で警察の「所有物」扱いとされている。ロボットさんが少々態度大きく出ているのはそのためである…が、多分相手が腰を低くしているのも大きな要因かもしれない。

彼自身も気付かなかった故障を、「メック」はすぐに見つけて治してくれた。この特別局の中でも、彼の外見には一つ目立った特徴があった。額に残る傷跡は、彼が自らの罪を忘れないようにするための目印だ。時空改変能力を持つ存在の欠片の一つである彼には修理など朝飯前、特に機械に関して非常に詳しい彼ならなおさらである。蒸気機関車を別の地球から召喚した時、プログラムの破片を集め直して探偵局に再来襲した時のように。


「ヤハリ能力ハ良イ事ニ使ッタ方ガ、気分イイデショウ?」

「そうですね、私もずっとそれを思っています」


他人の迷惑を考える事は面倒だしうっとおしい。しかし、一度誰かを思いやる事を意識すれば、それだけ自分の能力は上がる。少々足枷を付ける事でより筋力が上がるのと同じようなものだ。「良い事をする」という、とても重い鎖に「メック」はずっと縛り付けられる。それが、この特別局に所属する者の運命なのだ。


「お待たせー!」

「局長、そんなに走らないで下さい…」

「むう…何百年経ってもずっと文句ばっかりなんだから」

「局長が全然反省しないからじゃ…」


「マアマア、オ二人トモ…」


 オリジナルに敬意を払っている「メック」ではなく、ロボットさんが二人の言い争いの火種を消した。長い間共に過ごしてきた間柄、たったの数十時間滞在しただけでアナザー恵はもう特別局の環境に慣れてしまったようである。ここからのスカウトに関しても、快く受け入れる事に決めたようだ。

 一方のロボットさんは、特別局を後に、彼(?)がサポートしているクリス捜査官の元へ戻る事になった。ただし、行き先は出発してから一時間後の世界。数日もの間アシスタントがいないという事態は少々危ういという判断の元、ロボットさん自身が指定した時間である。そして、それに基づいてもう一つ条件があった。


「皆様ノ事ヲ覚エラレナイノハ残念デス」

「僕も、同じ気分です。でも、これは…」

「…そうよね、これを知られると色々と厄介だし…」


 機密事項と言うのは、複雑なしがらみによって生まれるものである。情報が漏れだしたときにどれだけの影響が出るか、予想すらできないほどの大きな事柄故、特別局の内部に関してのロボットさんの記録は全て消去される事になった。これはデューク・マルトの判断と言うよりも時空警察そのものの指標のようである、と彼は告げた。


「へそくりの場所は、なるべく誰にも明かしたくないものですからね」

「なんか古臭い例えね…」

「あ、言っておきますがこれ、局長…もう一人の局長が将来僕に言う言葉ですよ」

「えっ」


 ため息をつきながら、もう一人の自分のゆるさ加減に呆れるアナザー恵であった。その後ロボットさんや「メック」が突っ込んだ通り、自分の事を棚に上げているのは言うまでも無い。


 楽しい時間も、ダラダラと続くとつまらない。区切りを付け、ロボットさんは皆にお礼を言った。一旦消去される記憶も、今後の「非常事態」においては再生される可能性もあると言う事で、ここで永遠のお別れと言う事では無い。それに安心したのか、アナザー恵も笑顔で見送る事が出来た。

 案内役の「メック」と共にロボットさんの姿が消えた後、椅子に勢いよく座って局長は一息ついた。そして、思いっきり背伸びをした後に今度は勢いよく立ちあがり、ドアへと向かった。無事に来訪者を送れた事を、特別局の皆に報告するためだ。


朝の挨拶を軽く済ませ、アナザー恵は力強く皆に言った。彼女の後ろには、最強の「元」助手デューク・マルトがしっかりとついている。


「さて、今日もみんなよろしく!」


その言葉に、仲間たちは美声で返した。皆一様に、自信に満ちた優しい笑顔を見せていた。



…時空警察特別局とは、時空警察の本隊では手に負えないような事態に対する最後にして最強の切り札である。




「…で、局長はどうするんですか?」

「え、私?寝る」

「ちょっと待って下さい…宜しくしたんじゃないんですか!?」

「それは皆だけ、私よく寝る子だもん!」

「もんじゃありません!仕事行きますよ仕事!」

「今日は眠いからやだ!」

「給料握ってるのは局長じゃないですよ…」

「何とかしてよデューク、時空改変持ってるんでしょ!」

「そんな事言われても…はぁ…」


…ただし、丸斗恵には全く効果がないようだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ