80.MEGUMI and MEGUMI ~さらば丸斗探偵局~
丸斗探偵局にも、西日が長い影を作る。今回は来客もあり、影の数はいつもの2倍。その一つのみが小さくうずくまり、それを他の影が囲む形だ。そして、その一つの口が動いた。
「…で、もう大丈夫なの?」
…まさか先程まで策略を練って苦戦させ、仲間の命を狙っていたような奴に対して、同情や呆れの感情を覚えるとは誰も思わなかった。確かに男性の涙というのは保護欲やら何やらを誘うと言うのを聞いた事はあるのだが…。
「言っておくが、ごめんで済んだら警察は必要無いぞ」
相手の時空改変の回路は損傷し、ごく普通の人間並みの再生能力や思考能力のみが残された状態のニセデュークを見下ろしながら栄司は厳しく言った。先程までずっと声を出しながら泣き続けていた犯人は、自らの行いに対して後悔と謝罪の念でいっぱいである事は彼も承知済みであった。だからこそ、栄司は姿勢を柔らかくはしない。涙で何もかも許される訳は無いからだ。
「貴方の身柄は、時空警察へ引き渡されます」
よろしいですね、と通常の場合クリス捜査官は同意を求める発言をするが、今回はその必要は無かった。問答無用で決定事項だったからだ。
「…了解です」
そして、彼もその事実を受け止めていた。OTENTOの流れ弾が、ニセデュークの前髪を焼き焦がせ、広い額が露わになっている。頬に先程までの涙の跡が少々残りながらも、彼は立ちあがった。しばらくすると、探偵局の中で一番高い目線は、一番低い二つの目線へと向けられた。標的になった相手は明らかに怖がっていた。当然だろう、彼のせいで一時生物の形すら成さない状態にされてしまったのだから。
そんなブランチと蛍の緊張を和らげるように、本物のデューク・マルトが優しい表情で口を開いた。
「大丈夫、『僕』は一度怖い目に遭った事は二度と繰り返さない」
デューク・マルトはそれくらい臆病な性格だ、それはさっきまでの涙で分かっただろう?
局長に言われる前に先に言っておいた、と言うデュークの心はどうやら図星だったようで、二人の恵局長は歯がゆい顔でこちらを眺めていた。助手をもう少し大事にした方がいいというミコの突っ込みをよそに、未来からの面々は準備を始めていた。先にニセデュークの方が未来へ送還される事になったためである。ロボットさんや彼の仲間との相互通信で送り届けられる仕組みらしいが、説明しても恵局長やブランチは理解できないのは目に見えているため、簡潔にどうするかの説明を済ませておいた。
時空警察への身柄引き渡し後、ニセデュークを待っているのは無限の時間を費やす必要があるほどの懲役刑、もしくは強制労働であろう。まさに今、その罪を課されているオリジナルの方を向き、偽者は静かに口を開き…
「…ご迷惑をおかけしました」
「その言葉は僕にはいらない、謝罪は行動で示してくれ」
少々冷たい口調だが、彼はこれを自分にも言い聞かせていた。
デューク・マルトの善行という処罰は、永遠に続かなければならない…。
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「…なーんて、思い詰めるのは後よ後!」
「デューク早く準備!」
「だからメグはんはもうちょいデュークはんの扱いをじゃの…」
…とは言え、ミコも含め探偵局絡みの大半のメンツはあまりシリアスな重い展開は苦手である。それに、未来へ帰るのは先程のニセデュークだけでは無いからだ。
家電量販店での激闘を経て、アナザー恵は一つの結論を出した。我らが助手の、悪意を持った偽者を目の前にして、彼女はおじけづくばかりで一歩も動けなかった。強気に出る事も出来ず、結局事件は丸斗探偵局の4人の仲間によって解決へと導かれたのである。この事実を踏まえた上で、彼女は時空警察からのスカウトに乗るという結論に至った。
当然最初、もう一人の自分はその考えに納得がいかず、少し声を荒げるほどの講義を行っていた。だが、二人の恵が考えていた内容には少しだけ食い違いがあった。別にアナザー恵は「丸斗恵」になれずに身を引いた訳では無い、「丸斗恵」として新たな道を歩む決意をしたのだ。一方は探偵局、もう一方は時空警察。違った道を進む自分をいつでも見る事が出来る、こんな面白い経験なんて金輪際ないかもしれない。どこまでも楽しさを追求する彼女もまた、丸斗恵そのものであった。
「でもさ、結局特別局の内容は全然分からないんでしょ?」
「腐った生ゴミよりも嫌な臭いがプンプンですニャ…」
「いえ、もしそのような事態になりましたら、責任は時空警察が取ります」
「ん?」
あくまでこちらは実力を見てスカウトする立場、大事な「物」には傷一つつけさせない。捉え方は冷酷だが、時空警察の真面目な捜査官、クリス・ロスリン・トーリの言葉なら、毎回重箱の隅をつつく栄司でも納得せざるを得ない。当事者の言葉ほど重いものは無いのを彼は痛感していた。
「…しかしお前がその当事者になっちまうとはな…ちっ」
「栄司君本当に性格悪いわね」「天国のお姉ちゃん呆れてるわよー」
「やかましい」
それはさておき、いよいよ出発の時間だ。アナザー恵は探偵局としばしお別れである。
ブランチと蛍、二人の部下には優しく頭をなでた。二人とも、もう一人の局長の健闘を楽しみにしている様子だった。
栄司やミコとは不敵な笑みを交わした。親友であるミコ、聡明な栄司には言葉は不必要だ。…栄司に関しては余計な事を言われるのを嫌ったのもあるようだが。
有能な助手であり彼女の創造主であるデューク・マルトの暖かい掌の感触も、しばらく味わえないかもしれない。眼鏡の奥の瞳に寂しさを見出したアナザー恵は、彼の胴を柔らかくこづいた。お陰で彼も元気を取り戻せたようである。
…そして。
「…寂しいんでしょ」
「当たり前よ、顔馴染みがいなくなるんだもん」
「居なくなるんじゃなくて、ただ場所が離れるだけ。それに、私は貴方、心配する必要なんて…」
「そうよね、私だもん。胡散臭い時は思いっきりとっちめちゃってね」
「勿論!」
二人の丸斗恵が最後に交わしたのは、互いを励まし合う固い握手であった。
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…だが、当然ここで終わるわけ無いのが探偵局と仲間たちなのは皆様ご想像の通りである。
アナザー恵と共に未来へ帰還しようとしたクリス捜査官を見送りつつ、栄司がさらりと帰ろうとしたのがまずかった。役一名、彼に対してご立腹の女性が彼の襟元の後ろをしっかりと握りしめていた。
「何さらりと帰ろうとしとるんじゃあんたは」
冤罪を着せられ、仕事に文句を言われ、挙句自分に対しての謝罪の一言も無しに事を済ませようとする。いつも通りの我儘し放題な栄司なのだが、ミコの問屋が下ろさなかった。当然と言えば当然かもしれないが、途端に気の強い二人の言い合いが始まったのは想像に難くないだろう。
「無事解決したんだからいいだろうが!」
「良い訳ないわ!そもそも栄司はんが勘違いするからいかんのじゃ!」
「そんな行動するお前が悪いんだろ!」
「あんた警官の癖にごめんなさいも言えないんかおら!」
「ごめんで済んだら警察は要らないって諺知らねえのかよ!」
…絶対にその用法は間違えているという蛍の突っ込みは、止まらない二人の言い合いの声にかき消されてしまった。頭に血が上った負けず嫌いの二人、ミコと栄司の暴走は簡単には終わらない。喧嘩するほど仲が良いのかただの考えなしなのか、ともかく探偵局やクリス捜査官に出来るのは状況に呆れてため息をつく事しか無かったようだ。
…結局この喧嘩が終わり、クリス捜査官とアナザー恵が無事未来へ帰って行ったのは、満月が満天の星空の中と、涙目の男女の脳天に輝く頃だったとさ。