08.痴漢撃退作戦
「痴漢…?」
随分久しぶりに依頼が入った丸斗探偵局にやって来たのは、一人の少女だった。
見た目は高校生くらいだが、その眼はどこか大人びていた…。
「はい…そうなんです…。
実は最近…電車を使う時に…」
「友達には相談したの?」
「その友達が最初に被害に遭ってしまって…それでそれから少し経って私も…」
探偵局長、丸斗恵としても女性の尊厳を散々に扱う痴漢など許すわけがない。少女の証言をしっかりと聞いていた。
「なるほど…貴方が被害を受けたのは、この鉄道…清風電鉄の本線ね」
近年でも沿線開発で大いに発展し続けている大手私鉄「清風電鉄」。しかし、乗客が増えるにつれて痴漢などの被害も少しづつ増えていたようだ。
「女性専用車もあるみたいだけど…使わないの?」
「あ、その…使った事はあるのですが…あ、あの時は…」
「あ、ごめんね。話したくないときは話さなくていいのよ。事件にはあまり関係ないことだし。」
何両目の車両か、何時くらいに被害にあったか、様々な証言を聞く恵。すると…
「あの、ちょっと聞きたいんだけど…」
隣に座る、美形の助手、デューク・マルトが口を開いた。
「鉄道警察や乗務員の人には、その事を連絡したのかな?」
「ちょっとデューク、いきなり何よ…」
「いえ…局長には悪いですが、警察の方がそういう事件には専門ですし…」
「あ、あの…」
少し怯えるように、少女が口を開いた。
「すいませんが…この一件、貴方達が一番かと…勝手に思い込んでしまって…」
「あ、いいのよそんなに心配しないで… デュークのバカたれ」
「ご、ごめんね…。うん、でも僕たちをそこまで信頼してくれるんだったら、お兄さんたちは力を貸すしかないね」
その一言を聞いて、少女の顔が明るくなった。
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」
こうして、依頼は決まった。
依頼は、「痴漢の正体を暴き、警察へ突き立てて二度と痴漢が起きないようにする事」
報酬は、「清風電鉄フリーパス」
「…でもどうしてフリーパスなんだろう…」
「さあ…。でも一応かなり便利なものですね」
「そんなこと言っても私あまりあの鉄道使わないからね…
デューク、どうしたの?なにか考えたような感じだけど」
「あ、いえ、すいません…他愛も無いことですので」
考え事をするとつい右手の人差し指を顎につけてしまうデュークの癖。長年コンビを組んできた恵が見抜けない訳がなかった。
その予想は当たっていた。デュークは彼女に何かを察していたのだ。普通の人間とは違う何かを…。
「なんだ。じゃあそれよりも、早速痴漢を撃退するための方法を考えるわよ」
「了解です、局長!」
――――――――――――――――
清風鉄道本線は、毎日たくさんの人々を乗せて走る通勤・近郊路線だ。日々たくさんの列車が線路の上を行き来している。
しかし、この路線を走る列車たちは、希望や愛に溢れた人々ばかりではなく、悪意に満ちた人々も乗せなければならない。この男のように…
(ちょうどここがマッチポイント…かな)
彼が乗ったのは、朝7時45分の列車。私立高校が沿線に存在する花形線への直通便だ。
ちょうどこの高校は成績もさることながら、制服のデザインが近くの若者から比較的好評を得ていることでも知られている。
それは、彼のような「痴漢」の常習犯にも同じであった…。
男のジーンズの中には、小さな録画機能付きのカメラが埋め込まれている。お察しの通り、現代の技術では製作不可能のものだ。
ちょうどいい具合に車両が混んできた。ちょうど女子高生もたくさん乗りこんでくる時間帯だ…。
(よ、よし…今日はこいつに…)
車両のブレーキで倒れ込んだように見せかけて、ターゲットの女子高生の尻に脚を当て、さわり心地を楽しむ。車両が混雑しているので、女子高生はむやみに声を出せない…。そのまま不自然な格好を維持し、スカートの中を写せるように足先を移動した。このまま録画し、家の中で堪能するつもりなのだ。
内部がスパッツだろうが、尻フェチ胸フェチの彼には関係ない。
「のわわっ!!」
車両が停車するブレーキに油断してしまい、前で吊皮を握っていた乗客が男にのめり込んでしまった…
「す、すいません…」
小声で謝る乗客に、舌うちで返す彼。気分を害したので、この駅で降りる事にした。
――その一部始終は、その乗客…デューク・マルトによって記録されていた。
自らの体の構造を改変。一種のサイボーグとなり、潜入していたのだ。
あらかじめ数回タイムスリップして男を特定。その後決定的な現場を捉えるため、自らの眼をカメラにし、手先には相手の心を読み、脳内映像を録画するためのデバイスを用意。ブレーキで倒れた時、男の心を脳内部分に挿入されていたDVDに録画していたのだ。
ちなみに、あの時痴漢に遭った女子高生も、デュークが局長を基に作り上げた囮だった。自分が痴漢にあったようで局長は最後まで反発していたが…。
「頭からブルーレイディスクを出すのはやっぱり不気味ね…」
「す、すいません局長…。
でも、これではっきりしましたね、犯人は間違いなく…」
――――――――――――――――
あくる日。再び例の男は列車に乗った。今度は本線の列車。住宅街から市内中心部の企業ビルへ直結するため、ビジネスマンが多く乗る。
今度のターゲットは…
(この女だ…!)
ピンク色のビジネススーツに身を固め、胸も尻も完ぺき(彼の理論上)。はやる胸を抑えつつ、こっそりと彼女についていった。
今日は車内はかなり混んでいた。…と言ってもこの路線は毎日かなりの混雑度を誇る路線、仕方ない。…痴漢にとってはいい意味で。
車内が混んでいるので、すぐにターゲットの尻に接触する事が出来た。今回はわざと手を下においたので、手も使って触りまくり始めた。
「あぁ…あぁっ!」
…気のせいだろうか、あえぎ声まで聞こえてきた。pi○ivの小説欄に転載するとR15になりそうなこの状況。次第にそのあえぎ声に男は引き込まれ、より手や足の動きを速めた。
…次第に男は異変に気付き始めた。あえぎ声が車内の各地から聞こえ始めたのだ。ふと横を見た時、予想は決定的になった。
彼の周囲にいた乗客が、全員目の前の女性と全く同じになっていたのだ。声も顔も服も姿も何もかも…。
そして、一斉に男の方を振り向き、微笑みかけた。
これは夢だろうか…?いや、夢でないとおかしい…。ならば、夢なら…!
笑顔を「もっとしてくれ」の合図と捕らえた男は、堂々と胸に触った。大きい胸はさわり心地もよい。すると、近くにいる女性たちも彼に胸を当て始める。そして、次第に彼を波に巻き込むかのように、車内の奥へ奥へと誘導し始めた。
進んでも進んでも、そこにあるのは同じ顔、顔、顔…。まさにパラダイスのような光景に、彼は興奮の絶頂に達した。
そして、近くの女性の所のスカートの中に手を入れた時…
「「「「「「この人、痴漢です!!!」」」」」」
突然一斉に放たれた言葉にびびった痴漢。しかし、本気で恐怖を覚えたのはここからであった。彼が手にしていたのは、スカートの中ではなく、「男性のスーツ」の上。すなわち、「股間」である…。彼にとっては余りにも嫌なさわり心地に手を引っ込めてしまう…。そして、周りを見渡してさらに恐怖を覚えた。
そこにいたのは、「女性」ではなく「男性」…。全員同じ冷たい目で彼を見つめ、冷酷さを際立たせるおそろいの黒スーツで痴漢を追い詰める…。
「「「「「ほぅ、痴漢とはいけねぇ奴だな…」」」」」
女性にとってはまさにパラダイスだが、(一部を除く)男性にとってはまさに地獄。
そして、そのままドアの端にまで追い詰められた痴漢は…
…
鉄道警察に、痴漢の常習犯が現行犯で逮捕されたのはそれからすぐの事であった。
「男が男があわわわわわわわ」とまるで錯乱状態であるが脳内に異常はないようで、しばらく様子を見てから事情聴取をする事になった。
―――――――――
そして。
「局長…女性って、大変だったんですね…」
「でしょ…まぁ私も…男性って、色々大変だな…って思ったわ…あの感触とか」
「僕もスカートがあんなにスースーするとは思いませんでした…」
実は、あの時の作戦で痴漢に触られたのは、女装…いや、一時的に性転換したデューク(+時空改変で作った彼の複製)の方だったのだ。そして、追い詰めた男というのは…デュークによって一時的に「男」になった恵とその分身たちであった。
あの後、女性を囮に使うとかどうかしてると機嫌を損ねてしまった恵。作戦だから仕方ないというデュークに突き付けたのが、今回の作戦であった。
敢えて立場を変える事で、わざと不自然な状況を生み出し、相手に恐怖を覚えさせるのも狙いの一つであった。そして、それは見事に成功した事になる…。
「痴漢って本当に嫌ですね…。僕も実感しました」
「女性の敵っていう意味、わかったでしょ?」
「はい。…もう局長を囮になんてしません…」
その会話から少し経ち、依頼人の少女が来た。
「本当にありがとうございます!お陰で私たちも無事に…」
「貴方の喜んでる顔、前来たときよりも輝いてるわ。どうやら心も無事解決したようね」
「はい!それでは…失礼いたします」
「え、ちょ、あの、フリーパスは…!」
そう恵が言おうとした時、既に少女の姿は無かった…。
「え…これってどういう…ってあれ?」
しかし、机の上には、報酬のフリーパスが乗せてあった。
「ま、まさか…お、お化け…どういう事なのデューク…?」
「局長、これはこのフリーパス、使わないわけにはいかないようですね」
デュークは自らの予想が当たっていた事に気付いた。オカルトは信じない主義だが、今回は違った。証拠が揃っているのだ。
…少女の正体は、清風鉄道を日々走り、たくさんの乗客を乗せ続けている「列車」である事に。




