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79.MEGUMI and MEGUMI ~Dと逆襲とアプリケーション・6~

 …ブランチの頭の機能が再び作動した時、聞こえてきたのはこれまでに何度も彼の耳の穴に入ってきた声であった。その数が一つでは無い状況にも既に彼は慣れっこである。ただ、他の機能に関してはまだ上手く始動していない様子で、寝ぼけナマコ…ではなく寝ぼけ眼でその様子を見つめていた。そして次第に他の機能も動き始めてようやく彼の目が冷め始めた時、目の前で起きていた事が少々異質であるのにようやく気がついた。疑問を投げかけるような声が口から出た。


「…あ、ブランチ君」

「ブランチ、目が覚めたのね!」


 四つの視線が一斉に彼の方を向いた。そのうち三つに関しては特に違和感は無かった。問題は残りの一つである。やつれたような表情を隠さず、怯えてすらいる目でこちらを見つめている。ただ、ブランチはそんな彼に対して警戒の意志を示していた。はっきりとは覚えていないのだが、何となくは事情が呑み込めたのだ。今回こんな悪い事をしでかした犯人は間違いなく…


「待った、ブランチ」


 野生の本能で飛び込もうとした彼を、デュークが止めた。何故だと返す彼に、もう今の「デューク」には反抗する力が無いという返事が戻ってきた。よく見ると、ニセデュークの髪の質が本物と比べて明らかに乱れている。まるでパーマを当てたかのように雑に膨らんでいた。これだけではブランチでも何を意味するかはすぐには分からない。理解するには、デュークによる説明が必要であった。


「前と同じさ、目の前の彼は時空改変は使えない」


 そう、以前神社を破壊して争いつづけた二人のニセデュークと同じ結末を彼も辿る事になったのだ。ブランチを見据えたまま、何かを言いたそうに口を開く彼だが、言葉が喉から出ない様子。ちょうど自分の罪をずばり指摘され、反論しようにも何を言えばいいか分からず追い詰められている状態に似ている。こういう時は放っておくほうがその相手のためであると言うのは、これまで何度も同じ経験をしているブランチはよく分かっていた。そして…


「とりあえず、解決はした感じですかニャ?」


質問の先を、残りの三名に変える事にした。


「一応ね、結局今回のニセデュークも、ね?」

「うん、デュークとか私とかを犯罪組織の本拠地まで連れてくつもりだったらしいの」

「それにしちゃ大掛かりですニャ、時間止めたりニャんかして」

「相手が相手だもんね、デューク」「ね?」

「あ、は、はい…」


それにしても、どこかデュークの様子も変だ。彼もどこか落ち込んでいるようである。一体どうしたのかと尋ねるブランチに戻って来たのは、少し意外な言葉であった。確かに彼は未来では極悪人、刑を執行されている今は小規模な時空改変などでも捜査官の許可が必要となっている。ただ、いざ面と向かって「彼が悪い」と言われても、どこかその実感はわかない。


「でも、僕は彼らを裏切って逃げたのは本当です…」

「それはデュークの偽者が悪い事ばかりするから嫌気さしたんでしょ?」

「ま、まあ要するには…」

「あ、ニャンだそういう事だったんですかニャ」


 …猫の親分は実に簡単に結論を済ませてしまった。悪い事をしたと自分が分かるのは良い事ではないか、と。ただ問題は、その「偽者」を放置したまま彼は逃亡してしまった事にあった。初めてニセデュークが襲いかかって来た時、今後こういう事が何度もあるだろうと確かに彼は警告している。ただ、その原因の根本は結局デューク本人にあるようだ。


「ブランチや局長たちには、申し訳ないと…」

「ん~、デューク先輩はすぐに謝りますニャー」

「え、でも…」

 

 謝ってばかりじゃ何も解決しない。デューク先輩は違う、行動を起こしてこの事態を収拾しようとしている。いつも口の悪い栄司では無いが、謝る暇があったら動けと言うものだ。親分をやっていた身として、何度も経験したことから得た結論である。


「まあオレは結局反省しかしてニャいんですがニャ…ニャハハ」

「駄目じゃんブランチ…」「でも、その言っている事は正しいかもね。デュークと…そこにいるデュークもね」

「「…!」」


 …もう一人のデュークが、この会話の中に加わった。ともかく謝るのはいつでも出来る、今必要なのはこの世界を元に戻し、平和で明るい家電量販店の時間を復活させる事である。そのためには、一旦ここを離れて外に出た後、量販店を覆っている「時間の壁」を壊すという方法を取る必要があるらしい。そういえば先程から蛍の反応が無いが、もしかしたらずっと寝ているのかもしれない、と皆は考えた。そして彼女の方に向かおうとした、その時であった。


「危ないっ!!!」


言葉の方向に皆の視線が集中した瞬間、その横を一瞬何かが横切り、そして聞こえて来たのはニセデュークの苦しそうな声であった。頭のスイッチが全開になるまでに時間がかかったブランチと違い、声の主である蛍はすぐに目を完全に覚ましていた。当然だろう、目覚めた時に入ってきた視線の先に…


「…な、何よこれ…」

「ニャ…ニャんですか…」

「しまった…!」


異形の巨人がそびえ立っていたからである。


==================


 数ある家電製品の中には、恐るべき力を秘めたものが数多く存在する。電子レンジもその一つである。マイクロ波によって水分子を振動させ、内部から温度を上げるというこの技術は、元々兵器開発の段階から分岐して生まれたと言う。現にこれと同じ原理でウサギを殺す事すら出来たという報告もあるのだ。それ故、仕組みや内部構造さえ覚えておけば、家庭に眠る兵器の目を覚ます事も原理上可能である。そして、それは悪意を持ったプログラムの手にかかれば実に簡単なものであった。

 

「大丈夫!?」


 家電製品や電灯、携帯電話、冷蔵庫。あらゆる製品を集めて無理やり人型を作り上げたOTENTOがターゲットにしたのは、敗北を喫した「元仲間」であった。髪は焼け、額に黒い傷跡を残すニセデュークに、アナザー恵はとっさに駆け寄った。先程まで自分が彼に脅されていた事は今の彼女の脳内には無かった。目の前にいるのは、巨人によって痛手を負った一人の男性だ。


『マダ生キテイルノカ』


動きだしたOTENTOの前に、丸斗探偵局が立ちはだかった。


『ソコヲドケ、モウ君タチニ勝チ目ハナイ』


 顔にあたる部分にある大型液晶テレビのモニターに映ったおぼろげな人影は、怒りの表情を見せていた。


「勝ち目が無いのはどっちだ、僕たちの大事な仲間を取りこんで…」

「デューク、やっぱりブランチとケイちゃんは…」

「ええ、二人の力を吸収して、僕の前に現れさせたのです」


 ようやく蛍とブランチも、真実を知った。大事な仲間であるデューク先輩に、図らずも牙を向く形となってしまった事に、二人の目が怒りに燃え始めた。


『何ヲ怒ッテイルノカイ?怒ルダケデハ何モ解決ニナラナイゾ』


だが、OTENTOは既にこの時点で敗北が決定的なものとなっていた。その一番の理由は、相手を舐め切っていた事。ニセデュークの手柄あってこその実力である事を、高性能故に「失念」していたのである。そのため、余裕はあっけなく相手の挑発に崩れ去ってしまった。その言葉は本当か、所詮口だけではないか。この一言に逆に自分が怒る形になったOTENTOが、冷蔵庫や洗濯機で構成された脚を動かし、こちらに向かってきた。そして巨人は、エアコンや電子レンジで出来た腕を振り下ろし、自分を馬鹿にした存在を捻り潰し…


「それは」「どうかな?」

『!?』 


モニターの両側から、桃色の髪の持ち主から発せられる同じ声が聞こえた。そして右側を振り向いたOTENTOの先にいたのは…


『ナニッ!?』


 店内に轟音を響かせながら現れた、体長10mにも及ぶ超巨大な黒い雄ライオンであった。

 OTENTOによって店内は既に滅茶苦茶な状態になっている、今ここでそれを防いでも仕方ない。幸い自分には、覆水を盆に返す力がある。始末書覚悟で吹っ切れたデュークは、恵局長の同意の元二人に指示を出した。あの巨人が、君たちの力を操った張本人だ!


「「「「「「「「「「本物の力を!」」」」」」」」」」」」

「重い知るニャ!」


 …その後、OTENTOが丸斗蛍とブランチの持つ真の力をインプットする事は無かった。逃げ場を失った巨人の体が崩壊し、それと同時にプログラムが基盤と共に完全に崩壊するまでには3分もかからなかったという…。


==================


 戦いは終わった。店内は元通り綺麗な状態に戻り、固まり続けていた人々もいつでも動かせるように配置をした。後はこの店を出た後に時間停止状態を解除するのみだ。

 随分派手に暴れたものだ、というのはアナザー恵からの感想であった。何せデュークが元に戻さなければ、今頃店内は竜巻が暴れまわった後のように何もかもが滅茶苦茶になっていたかもしれなかったからだ。ごめんなさいと謝る二人を慰める助手と局長。そして、店を後にしようとした時であった。アナザー恵の袖を、強い力で握りしめる者がいた。


「…どうしたの、早く出ないと…」


 そう言って振り向いた彼女や、丸斗探偵局の面々に映ったのは、大粒の涙で顔や眼鏡を濡らしている一人の男の姿であった。

 男が無くと言う事は、あまり一般常識では好まれていない。弱虫と言ってからかわれる対象となる。ただ、気持ちが溢れそうになった時にそれが目から流れる水となって出てくるのは男女とも共通しているようだ。今、彼は初めて「仲間」というものを知った。過去の過ちすら乗り越え、どんなピンチでも互いを守ろうとし、そして喜びを共有し合う。決して一方から押し付けるのではない。確かに最初はそうなってしまうかもしれないが、今の探偵局は四人…いや、五人が以心伝心となって困難に立ち向かっているのだ。どうしてオリジナルに自分が敵わないのか、今このデュークはその秘密を知り、そして涙していた。

  

「こういう時はさ、ごめんなさいじゃなくてありがとう、じゃない?」


男の涙というのもまた異性を刺激するもの。あの激闘からずっと自分たちを守り続けた人たちへの感謝の念を言い続けながらも、彼の目から流れる涙と口から出る泣き声はしばらく止む事は無かった…。

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