77.MEGUMI and MEGUMI ~Dと逆襲とアプリケーション・4~
人間にとって一番もどかしいと感じる時…というより、もどかしいという感情が生まれる時は、恐らく自分が手を伸ばせば届く位置にあるはずの物が、どう頑張っても届かない場合であろう。高さや言葉、物、時間、様々なものが壁になり、そこに向かいたいと言う思いに立ちはだかる。そして、この感情は焦りとなり、壁をより高くしてしまう場合がほとんどだ。
「だぁぁぁぁぁちくしょー!」
多くの場合、その後に行きつく先は癇癪である。
丸斗探偵局に残ったミコ、栄司、そしてデュークの目にも、家電量販店内で異変が起きている事はしっかりとパソコンの画面から見えていた。本物のミコのハッキングは立つ鳥跡を濁さず、彼女の予知能力とも相まってまさに忍者の如く情景を眺める事が出来ていた。だが、今回はそれ以上の事が出来ない状態にあったのだ。
内部で時空改変が起きているのは明らかだ、というのはデューク・マルトの証言。彼もずっと量販店内部にいるもう一人の自分と交信を取っていたのだが、それが何者かに妨害されるように途切れ、そして反応が途絶えたのである。
「まずいですね…僕のまがい物たちがここまでレベルを上げてくるとは…」
「油断した俺たちも俺たちだがな、ったく」
相手も相手なりに、手を変え品を変え、様々な戦法でこちらに挑んでくる。試行錯誤の中で敵の特性を知り、それを打破する手段を学ぶ。ある意味、オリジナルのデューク・マルトと内面は全く同じなのかもしれない。だが、相手は他人に迷惑を被る事を最優先とする集団、何としても倒す必要がある。だが、先程も述べた通り、デュークですら今の量販店の中に入る事は出来ない状況にあった。
「入れるように仕向けられないのか、デューク?」
「すいません…逆に相手に先手を打たれるんです…完全に敵は僕の動きを読んでいます」
そういう彼の顔にも、焦りの色が見え始めた。喉の下部分を上に押しつけ、それを離した時に出る空気の抜けたあの音がデュークの口から出た時は、何か打開策を考えない限り、時空改変能力者もお手上げ状態であるという合図だ。栄司やミコも、様々な事例に巻き込まれていく中でそれは理解していた。
OTENTOもニセデュークも、量販店内で探偵局のメンバー相手に大暴れしているだろう。恐らく全員苦戦を強いられているのは、OTENTOの反応が途絶えないコンピュータ画像からでも明らかだ。
「畜生…何とかできねえのか、ミコ」
「んないきなり言われても無理じゃ!」
――時間が戻らん限りは。
この一言で、デュークはある事に気がついた。
もし相手が籠城を決め込んだとしても、それ「以前」に忍び込む事が成功していたとしたら、その時点で勝利はこちらの元に限りなく近づいてくる。かつてそうやって滅びた国家があるという伝説が、今もなお残されている。それが真実かどうかは定かでは無いが…。
そして、彼は自らの考えた策を告げた。当然ミコと栄司からは驚きの声が漏れた。
「お前がデータになって、過去の世界に潜入か…」
「た、確かにデュークはんなら可能かもしれんが…」
毎度ながら、一応は常識の範囲を知っている二人は彼の発想に驚かされるばかりだ。理論上は確かに可能だが、そんな少々大掛かりな事は試した事が無い。それに、データになって潜入するのはいいが、それはどこから入るのかという疑問があった。
「…それは盲点でした…ミコさんは予知能力者ですから…」
「何か様子が変じゃって気付いたらほぼデュークはんだって考えるのぉ、あたしは」
その過去が無いと言う事は、彼女と関わりが無い経路から進入するしかない。だが、目を瞑っていてもハムレットが全文打てる彼女から逃げる場所など…
「ミコさんが知らない『時間』ならどうでしょうか」
「「「!?」」」
==================================
コンピュータ内の異次元空間。時が止まった量販店の中枢プログラム内で、デューク・マルトの体は打ちひしがれていた。
彼の目の前には、三つの影が立ちはだかっていた。一人は少女、一匹は猫。そして、残る一人は「自分」。だが、相手は全員一つの存在が分かれたもの、三位一体であった。
『マダ君ヘノ復讐ハ終ワッテナイヨ?』
『恋路ヲ邪魔スル者ハ滅ビルノガ常デスカラネ』
『タップリト苦シム顔を見セルニャ』
カタカナばかりで読みにくい、と必死に自分の心の中で皮肉を言いつつ、デュークは攻撃に耐え続けていた。「蛍」の持つ怪力と「ブランチ」の強靭な肉体を抑えつつ、時空改変能力を真似て自らに迫りくる技を彼は全て受け止め、そして跳ね返し続けていた。だが、それも限界が近づいてきた。
「いい加減にしろ…いつまでその姿を奪う気だ!」
『奪ウ?最大限ニ力ヲ引キ出シテイルダケデスヨ、デューク先輩?』
「蛍の口にその言葉を言わせるな!」
それはどの口が言うのか、と売られた言葉は買われてしまった。たちまち何百何千もの蛍がデュークを囲み、一斉に攻撃を始めた。袋叩きと言う言葉はまさにこの状態を言うのだろうか、あらゆる場所に打撃と刺激を受け、彼はまさに手も足も出ない状況に追い込まれていた。
…勝ったな。勝ちましたニャ。
三つの力を真似、そして頂いたOTENTOプログラムは、口元に勝利の笑みを浮かべた。これで残りは、あの時自分を演算不可にまで追い込んだ憎い相手、「丸斗恵」のみ。だが、その彼女も今、結託したニセデュークに取り囲まれ、絶体絶命という状態。まさに復讐は成し遂げられたも同然…
そう思った時であった。突如、OTENTOが化けたデュークの体が、まるでノイズがかかるかのように歪み始めた。近くにいる偽者のブランチの眼が点になる中、先程の余裕とは正反対に苦しみ出すOTENTO。そして、その姿が消える直前、眼には信じられないものが映っていた。
「眼には眼、歯には歯。知ってるかい、この言葉」
正攻法で挑まないのならこちらも変化球で真っ向勝負を挑む。その結果が、今目の前にいるもう一人のデューク・マルトであった。余裕顔の彼に対し、愕然とした表情を隠せないニセブランチ。形勢は、一気に逆転した。
ブランチの姿が二つに分かれ、一方は先程消したデュークの姿に、もう一方は蛍の姿に変貌した。双方とも、目の前の相手に敵意むき出しで突撃して来たのだ。だが、そのターゲットから見ると、これは単なる悪あがきに近いもののように感じられたかもしれない。確かに襲いかかってくるのは、恐怖の犯罪者と超怪力娘、しかも数千人単位である。しかし、本物のデューク・マルトは慌てなかった。「同じ」という事に対する最大の弱点を、彼は知っていたのだ。彼の指を鳴らす音がコンピュータ世界に響いた時、ニセ蛍やニセデュークの姿はたった一陣の風でも風化してしまう「塵」の塊と化した…。
==================================
『こちらデューク・マルト、もう一人の「僕」の救出に成功しました』
『すいません…油断していました』
二つの同じ波長の通信が、クリス捜査官の元に届いた。勿論その内容はすぐにミコと栄司にも伝わり、二人からも歓喜の声が聞こえて来る。もう一人の彼に襲いかかっていたOTENTOプログラムも、完全なるコピーという弱点を突かれ、脆弱な部分を攻撃されて一瞬で崩壊した。まだプログラム自体は完全に消し去った訳では無いが、無毒化にはどうやら成功した模様である。
「クリスはんさすがじゃの、回り道してデュークはんを送り届けるなんて」
「いえ、過去の教えが役に立ちました」
過去や未来を飛びまわる事が出来る時空警察の力なら、縦・横・斜めを超えたもう一つの抜け穴を掘る事も可能である。大犯罪者「デューク」関連の事項と言う事で全面協力の許可が下りた捜査官は、データ化したデューク・マルトを一旦「未来」へと転送した。そこにいるのは、クリス捜査官の良き相棒であるロボットさん。事前に連絡を受けていた彼(?)は、デュークを再び過去へと送り返した。ただし、その場所は今いる所では無い。それよりも少しだけ昔である。
「皆様が言う『OTENTO』が、元あったプログラムを操作するのみだけだったのが幸いしました」
「他人の袴だけでいい気になりやがってたから、その中の害虫に気付かなかったという事ですな」
栄司は害虫呼ばわりしているが、本物の害虫や寄生虫にも繭や形状変化で潜伏を行うものがいる。特定の条件になった時に本性を表すという算段だ。人間がこのような戦法を行う時、それを「トロイの木馬」と呼ぶ事がある。OTENTOとニセデュークが敷地内の時間を止めた時、家電量販店のメインコンピュータ内に木馬が潜んでいた事に誰も気づいていなかったのだ。そして、何も動かずじっとしていたのだからミコや栄司もそれを見抜く事が出来ない。万能の助手の力は、どんな無茶な出来事でもつじつまを合わせる事が出来るのかもしれない。
「取りあえず、準備が終わったらメグはんの所に行ってくれんかの?」
「あの中は私たちでも潜入が不可能でしたので…」
勿論返事は「了解」の二文字。
通信を切った後、デューク・マルトは元通りの一人に戻り、そしてもう一つの戦いへ向か…う前に、彼は眼下で倒れていた二つの影を見つけた。
「…なるほど、どこからどこまでこちらから調達か」
あの時OTENTOが丸斗探偵局のメンバーの能力を使えたのは、データ化された彼らを吸収し、その力を悪用していたためであると言う事にデュークはようやく気がついた。力を無くしたプログラムが吐きだしたブランチと蛍の体を、彼は静かに抱えた。意識はある、二人は無事。残るは二人…
「局長、どうかご無事で…!」