76.MEGUMI and MEGUMI ~Dと逆襲とアプリケーション・3~
ニセデューク。丸斗探偵局員やその協力者たちが呼ぶこの存在は、遥か未来の犯罪組織から次々に送り込まれる恐るべき超能力者であるのは、ここまで読んで下さっている皆様はご存知かもしれない。デューク・マルトと寸分違わぬ姿と笑顔で、各地の世界を面白半分に壊していく。そんな彼らは、単なる兵器と違って自ら考え、場合に応じた行動や時空改変を起こす。その過程で積んだ経験は、確実に彼らを強くしていた。今回のように…
「ニャー…やっぱ見つからニャいですニャ…」
「ごめん、僕がいながらこんな事態に…」
「大丈夫ですニャ、心配しニャくても」
ブランチは本来、時空改変や分身の僅かな差を鼻やヒゲ、耳を使って判別出来る程の力を有するミュータントのはずである。今までも匂いで偽者を嗅ぎ当て、糾弾した事もある(強いて言うなら、ブランチに化けた本物のデュークが能力を間借りして導かれた結果だが)。だが今、彼はその脅威に対して何も感じていないのである。
様子を見ながらニセデュークは思った。これがこの世界でオリジナルが「創った」仲間なのか、と。これまで何度も自分たちを阻止してきたはずの連中なのに、正直なところ少々拍子抜けしてしまっていた。
ともかく、作戦は決行しなければならない。
「そうだ、ブランチに蛍」
名前を呼ばれて、デューク・マルトの後輩はすぐに反応した。ちょっと来てくれないかと言いつつ、彼は二人の脳内に少々介入を行った。どこかの狩人バチがゴキブリに放つ毒針のように、警戒心をわざと無くさせたのだ。周りを取り囲む電子機器を利用すれば、電磁波で「洗脳」など朝飯前だ。
…という事で、二人の恵局長が何かしらの違和感に気づいた時には既に事は済んでいた。
「あれ、局長どうしたんですか?」
「…ううん、何でもない」「なーんか変なオーラ感じちゃって…。それにしても、あちゃーって感じね」
「出口が封じられてますからニャ」
「どうしますか?」
「局長」
こういう時こそ果報は何とやら、焦らず様子を見ようと二人の恵は時が止まった家電量販店のベンチで休み始めた。その様子にオリジナルを真似た呆れ顔を作りながら、「三人」は同じ視線を向けた。
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そのオリジナルは、今非常にもどかしい気分を抱えていた。彼の脳裏には、量販店内で起きている出来事が事細かに映されている。ブランチと蛍に起きた異変も、それによって恵局長が完全に孤立してしまったのも。わざとそれを見させるという事は、やはり真に罠に嵌まったのは自分かもしれない。だとすれば今の状況も納得出来る。
『フフ…ドウシタ、君ノ力ハ相変ワラズカ?』
「まあね、他人の力を許可なしに模倣する君のようなやり方は嫌いでね。正攻法で行こうと思うんだ」
だが、それが勝利をもたらすかは今回の場合はまだ分からない。
対峙する相手は、その力は元より喋り方までデュークに似てきた。勿論、その外見も。そして、その能力は自らのフィールドにおいて最大限に発揮される。例え時空改変能力を有していても、このような異次元に籍を置く存在相手は、今いる宇宙生まれのデューク・マルトにとっては厄介かつ不利な相手となりうるのだ。
時空改変を真似て次々に腕や足を兵器に変形させ、OTENTOはかつて自らを封じた相手を弄ぶかのように攻撃を続けていた。ただ、断片化されて再生すら不可能な単なる数列と化していたこのプログラムを復活させた相手も同じ顔なのだが。
鋼鉄に変形した腕で出刃包丁を受け止められても、もう一方の手でスズメバチの毒針に変形させた爪を相手に打ち込めばいい。相手がその痛みに怯み、血清を自らの体内で形成して毒を抜く一瞬の隙は、スレッジハンマーで彼の横顔をぶち抜く時間に使われた。明らかに顔が痛みで歪んだのを見たOTENTOの顔に、不敵な笑みがこぼれた。これこそ「逆襲」、かつて自らを貶した相手を様々な手段で出し抜くという快感なのだ。
「くっ…!」
『随分痛ソウダナ、早ク治シタ方ガイイゾ?マダ色々ト見セタイモノガアルカラナ』
「わざわざ心配してくれて感謝するよ。後でたっぷり返すからな」
どことなく返し文句が局長に似てきた、と心の中で自分に突っ込むデュークに対し、OTENTOは答えた。そのお返しは…
『コノ姿ニオ願イシマス』
荒涼としたコンピュータ内の異次元に、新たな存在が現れた。…実際は単にOTENTOが変身しただけなのだが。ただ、その姿はよりデュークの心を乱し、顔を歪ませるのには十分な姿であった。そして、どうして奴がその姿を取ったのか、その理由を持ってデュークは確信する事が出来た。
OTENTOを復活させたのは、間違いなく自分の偽者。そして、目の前に丸斗蛍と同じ姿の少女が立っている理由は、以前の戦闘の記憶を、そのまま受け継いだか、もしくは、蛍そのものを取り込んだか。
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先に結論を言ってしまうと、正解は後者であった。
「そういえば、局長…」
「あれ、どうしたの蛍ちゃん?」
時が止まった空間で動く5つの影は、一か所の木のベンチへと集った。元々固い木材で出来ているために、特に時間停止の影響はなく、疲れた局長を癒した。そんな中で、アナザー恵の眼を見つめながら、「蛍」が彼女にある事を尋ねた。結局、未来へ行く事を決めたのかどうか、である。
「うーん…」
「そういえば結局結論が有耶無耶になっちゃったわね…」
「…というか、蛍ちゃん?」
「え、どうしたんですか?」
なんで今それを聞くのか、考えるのが面倒になったアナザー恵は逆に質問を返した。局長がいつもやっているのと同様、何となく聞きたかったからだ、というのがそれに対する返事であった。ここで終わっていたなら、そのまま事は平和に進んでいたかもしれない。だが、やはりというか何と言うか、次の言葉で恵局長のカンが働いた。いくら推理は稀とはいえ、彼女も探偵の端くれ、嫌な予感を一度感じるとそのままその疑惑が増すものである。
――それに、貴方が一緒にいてくれれば、それでいいんです。
…一人称である「僕」を言わなかったのは、「蛍」が自ら相手を舐めたそぶりを見せたことへの謝罪も兼ねていたのかもしれない。だが、既に二人に対して彼女…いや、「彼」は自らの思惑をわざわざ説明する事にした。本当に貴方は蛍なのかと厳し眼な口調で尋ねるオリジナルの丸斗恵と、きょとんとした顔のアナザー丸斗恵に対して、蛍…ではなく、「彼」は正体を明かした。ツインテールが解けて長髪となり、その色が次第に黒ずみ始め、そして外見も次第に変わり始めた…。
「う…嘘でしょ…」
「いいえ…」
「「嘘ではありませんよ」」
はっ。と恵が気付き、もう一人の自分の手を強く握ってここから逃げようとした時には既に遅かった。二人が立ち上がった時、ベンチを中心に三人の人影に彼女たちは囲まれていたからである。夏場は暑苦しそうな黒の燕尾服と黒の長髪、眼鏡の中に淡く輝く冷酷な視線…それは、どれも寸分違わぬ形で微笑んでいた。
「ぶ…ブランチ君と蛍ちゃんがデュークに…」
「あんた、本物はどこやったのよ!」
状況が飲み込めないアナザーに対し、何度も彼らと対峙した恵の口調は既に戦闘モードに突入していた。自分の能力にうぬぼれている偽者の助手は、あっさりと彼らがどこにいるのかを吐いた。だが、その場所は彼女たちでは決して助けに行く事は出来ない所にあった…。
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そう、二人は意識を失ったまま電子情報に変換され、OTENTOの人質、そして力の源にされてしまっていたのだ。二人の局長が三人の偽者に囲まれて身動きが取れなくなっているのを、デュークは感じ取っていた。今すぐにもそちらへ行って彼女を助けたかったが、それが出来ない状況に陥っているのだ。
『残念デスニャ、ニャカマ意識ガ芽生エルト弱クナッチャウニャンテ』
「うるさい!」
不安と怒りが入り混じり、デュークに落ち着きが無くなり始めていた。自らが施した時空改変能力によって、デュークは今苦戦を強いられている。数百人の蛍による怪力攻撃を退けても、今度はOTENTOが再び変貌した偽者のブランチの鋭い爪が彼を襲っていた。
家電量販店という狭いフィールドだが、確実に丸斗探偵局は追い詰められていた…。