75.MEGUMI and MEGUMI ~Dと逆襲とアプリケーション・2~
丸斗探偵局には、ブランチと蛍が直接かかわった事が無い歴史が刻まれている。局長と助手が初めて出会い、探偵局を築いた事。ミコや郷ノ川医師、ドンとエル夫婦と出会い、人脈を作り始めた事。そして、その間に探偵局が出くわした様々な悪人たち。ニセデュークが本格的に動き出す前にも、彼らの頭を悩ます厄介な存在は多く存在していた。その一つが、この『OTENTO』と呼ばれるプログラムであった…。
純粋培養時代、社会の情勢など一切知らないお譲様だった頃の蛍も、当時単なる野良猫だったブランチも、街で起きたネットにまつわる騒動については何も知らなかった。お天道様のようにいつでも相手の情報を把握できる名目が、気付けば機密情報に勝手に侵入して持ち去ってしまう恐ろしいプログラムとなってしまった『OTENTO』。ここまでは当時の栄司たちもある程度は把握していたものの、次第に自らの歪んだ意志を持ち始め、嫉妬のまま恋人の仲を裂こうとした事までは気付かなかった。というより、あの頃の栄司たちは信じる事が出来なかったのかもしれない。お陰で彼らの干渉なく、恵とデュークはミコと協力して嫉妬にまみれたプログラムを撃破出来たのである。
「…なるほどな、どこかおかしいと思ったらそう言う事か」
「何がおかしいんですか、栄司さん?」
「妙に早く製作中止、プログラム停止の処置が行われたっつー事だ。普通はしぶどく手を変え品を変えてしぶどくサービスを続ける所だがな…な?」
「ええ」「「ふふ」」「ははは」
当事者の4名を、しっかりと栄司は見据えていた。やはりあの時時空改変が起きていたのだ。
…ただ、笑ってはいられない事態が現在進行形で続いている。その完全に消去したはずのプログラムが突如として復活したのだから。ミコの名を偽ったと言う事は、目的は確実に自分たちへの復讐であろう。
「そうと決まれば早速やっつけますニャ!」
「ごめんブランチ、そう簡単にはいかないかもしれない…」
「ふぇ!?」
そう言ったのは、あの時OTENTOプログラム相手に予想外の苦戦を強いられたデュークであった。今、丸斗探偵局と栄司が持ってきたもの、合計二台のパソコンを左右に添えて、ミコが栄司からの許可の元自分の偽者を追跡している。手助けできないのかと尋ねたブランチだが、デュークはこの恐るべき相手とは別の、もう一つの気配を察知していた。予知能力のあるミコは、その言葉を小耳にはさんだ時に頭の中で一瞬だけ予想を立てた。その脅威にはまだ目の前ではあった事が無いものの、最強の超能力持ちのデュークを何度も苦悩させられている事を何度も聞いている。そして、毎度ながら彼女は今回も見事当たり棒を引いたようである。
「ミコ、パソコン!」「そっちに集中しないと…」
「わ、分かっとるっつーの…ってちょちょちょちょ!!!」
…どうやら彼女の予知能力は、一つの事柄に集中させないとあまり役に立たないようだ。デュークのような何でもありの能力を持たない限り、こういう真剣作業の時は、気を抜いたり手を抜いたりすると必ずどこかでボロが出てしまうものである。幸い今回は攻撃では無く単に追跡だったのだが、目を離したすきにOTENTOプログラムが予想外の場所に現れていたのだ。
「…ミコ、これ本当に例のプログラムの跡なんだろうな」
「以前ボコボコにした時に、奴のデータからマーカーを作ってみたんじゃ。千種類くらい作ってみたけえ合っとるはず…いや、当たっとる」
「そうね、自信を持つ事がミコの強みだし」
ただ、それでも今画像に映し出されているものには目を疑うしかなかった。彼女が作ったマーカーが、まるで植物が根を生やすかのように家電量販店内に密かに広がり始めていたのだ。いや、単に線が延びて行くだけでは無い。電波を伝って携帯端末や様々な家電へとOTENTOは飛び火していっている…。
「…まずいですね」
その声に、わざわざ自分もそうだと言う時間は無い。助手の名を一言告げ、二人の恵はブランチ、蛍を連れて急いで量販店の瞬間移動を敢行する事にした。
「ちょい待ち、メグはんとデュークはんは一組うちにくれ」
「「「了解」」です」
探偵局に残るは、栄司、恵、アナザー恵、デューク、そして不気味に進行する状況を見守るのみのミコ。そして出かける挨拶も省略するほどの緊急事態の中、5人の探偵局メンバーは一路量販店へワープした。
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…まさにそれが「敵側」の思惑であった事は、一瞬だけだがミコは考えていた。しかし、それはすぐに別の感心へと移り、彼女の脳内からは完全に見逃される結果となった。前述したが、彼女の予知能力の最大の弱点はその当たり外れがミコの心持ちに左右される所である。彼女が想像できる以上の事は予知した時点で起こる事は無く、逆に創造しなければそれ以上の事も起こる。「時間停止」というとんでもない事態が量販店の中で起きていることなど、誰が予想できるだろうか…。
「…ニャ…どうニャって…」
「さ、さあ…」
人は一歩も動かず、時計の針は回らず、炊飯器のタイマーも進まない。平日だったとはいえ、固まった体を避けて進むのはブランチ以外一苦労の様子である。ただ、問題はどこをどう進めばいいかデュークも含めて予想が出来ない事である。
「すいません…完全に罠でした、外部との連絡も…」
「外の扉も開かないです…」
八方塞の探偵局。問題の解決、密閉空間からの脱出、どの出口も見つからない状況。そんな時の探偵局流の解決方法は、少々ド派手なものであるのは予想が付くだろう。出口が無ければ作るのが、能力者である彼ら流の道なのである。脳内では無く自分自身が連絡手段にならんと、デュークは皆が見守る中で瞬間移動を試みようとした。
彼の姿が消えた瞬間、残された4人の探偵の眼は眩い光にくらんだ。彼女たちを包むOTENTOの包囲網がデュークに反応するかのように発光した後、次第に視界を取り戻した探偵の前に、「デューク」が戻って来ていた。その落ち込んだ顔を見る限り…
「そんな…脱出出来なかったなんて…!」
「仕方ないニャ、こうニャったらオレたちだけで探すニャ」
彼とて不可能がある。それは皆も既に承知済みなのである。
…そんな「彼」は、一瞬だけその落ち込んだ顔が「笑顔」に変わったのに誰も気づいてない事を察し、静かに考えた。
あのデューク・マルトが、どれだけ仲間に信頼されているのかを。
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そして、肝心の彼はと言うと…
『脱出シナイノカ?』
「先にお前を何とかしないと駄目だと分かったからな」
僕の姿を借りた、出来損ないの命に。
そう言い放ち、相手の顔が怒りに歪む様子を冷めた目で見ながら、デュークは考えた。
こうやって長髪に乗っている以上は自分が有利になるが、相手が一旦勢いに乗れば、以前の押される可能性は捨てきれない。時空改変での脱出が困難と言う今の事態を、OTENTOは作り上げたのだから。ましてや、今回の黒幕はこいつだけでは無い。というより、逆にOTENTOは利用された形だ。何度も何度も押し寄せる、自らの偽者に…。
丸斗探偵局VSプログラム&ニセデューク、第一ラウンドの開始を告げる鐘が鳴り響いた。