73.MEGUMI and MEGUMI 〜来訪者百景〜
今日も今日とて丸斗探偵局には依頼が来る気配がない。こういう時は暇つぶしをするに限るという事で、局長の丸斗恵と局長の丸斗恵は親友であり探偵局のよき協力者でもある陽元ミコの元を訪ねていた。
「それにしても狭いわね…」「なんか頭ぶつけそう」
「仕方ないじゃろ、ボロロッカ号は名前通りボロじゃけえ…」
各地を移動する住所不定の探偵であるミコは、いつもこの愛車「ボロロッカ号」の中で寝泊まりや調査を行っている。何処から仕入れたのか、移動図書館のようにコンピュータが立ち並んでいる室内。背の高い人ならすぐに頭をぶつけてしまいそうだ。
「でも狭い割に結構綺麗ね…」「ゴミとか全然無いよね」
「まあの、いろいろ散らかした後の掃除はめんどいし…」
それに、大事な家をゴミに取られたら堪らない。中古で買ったこの車をいつもオンボロだと言う彼女だが、内心は大事に思っているようである。
「そういえば、メグはん」
「「ん?」」
ミコは以前から疑問に感じているものがあった。
今、彼女の親友である丸斗恵は二人いる。どちらとも一緒に解決した様々な事件の記憶を有するが、その生まれは違っていた。この世界生まれである恵と、助手のデュークによって生み出された恵…通称「アナザー恵」。二人がこの事実を受け入れた事に、ミコは少々驚いていた。
「普通はそんないやじゃーうちが本物じゃーとか言うてショックとか受けて駄々こねて絶望の淵に陥れたりするじゃろ?」
「でもそれってアニメとか漫画とかの典型的な話じゃないかしら」「あと小説を読もう!でもよく見るわね」
「へ?」
むしろアナザー恵にとってはその事実が嬉しかったという。そもそも彼女が生まれた要因は、デュークの「ずっと局長と一緒にいたい」という思いが現実になった、言わば妄想の産物。それに、彼自身もその事実から目を離す事なくアナザー恵にしっかりと謝ったと言う。
「結局いつものデュークだったからね」「相変わらずよねあいつ…」
「あながち惚気も入っとるって事じゃのー」
「の、惚気って何よ…」「でもデュークは私の助手じゃない?」「そうだけど…うーん…」
「ま、事実は小説よりも奇なりっつー事じゃけえの」
口は悪いが、恵はなんだかんだで助手に絶対の信頼を置いているようであった。そして、相手側もその信頼を蔑ろにする事なくしっかりと返してくれる。ある意味心のバリアフリーの究極のようなものだ、とミコは感心していた。ミュータントも妖怪も、クローン人間でさえも、丸斗探偵局では皆対等な仲間であり依頼人である。
「それにしてもやっぱり狭いわね…」
「さっきからしつこいのー、文句言うならメグはんも一人になったらどうじゃ、栄司はんから聞いたよーに」
「えー、なんか面倒だもーん」「だもーん」
「相変わらずじゃ…」
…喧嘩を経て無事仲良くなった二人だが、その面倒臭がり具合も二倍増しになってしまったようだ。
================
「いらっしゃいませー…って何だお前らか」
「お前らはないじゃろ栄司はん…つーかラーメン屋やっとったんじゃ」
どうせ依頼も来ないだろうと見込んだ恵二人とミコはそのままラーメンを昼飯として食べる事にした。探偵局にはちゃんてその旨は伝えたので問題無いだろうというのは恵二人の心持ちである。
ただ、まさか入った店が栄司の一人が経営してるラーメン屋だとは思わなかった。お昼過ぎなのか店の位置が悪いのか、客はこの三人しかいなかった。
「他の俺から聞いたが、確かに外見は何もかも一緒だな」
「まあ服はさすがに違うけどね」「結構私って足綺麗だったんだ…へー」「当然でしょ♪」「まあね♪」
恵が自分同士で意気投合しているのをミコがにこやかに眺めている一方で栄司はと言うと…。
「チャーシューどこだ」「上に前に置いてたじゃねえか」「無かったから聞いてるんだろ」「いいから速く麺のお湯を切れ」
…この店がどこか寂れた感じの理由が分かった気がした。ただ、それにしては閉まりそうな雰囲気は無い。その理由は、シーフードラーメンや味噌ラーメンを三人が頬張っていた時に分かった。
そういえば以前にもラーメンのつけを払えとここの栄司が警官の栄司に詰め寄っていた。会社員やパートの彼で店の大半の席が埋まった辺りで、ミコや恵はある意味ここは有田栄司の御用達である事に気がついた。隠れ家的に誰も来ていない方が好都合のようだ。こんなに集まるなら自分の家で作ればいいのではないかとツッコミを入れようとしたが、ある意味ムードを大事にしているのかもしれないと考えた彼女は心の中に留める事にした。
「で、あんたあの後ツケ返したの?」
「当たり前だ、こいつがしつこいからな」「やかましい、警官の癖に金借りるな」「そうだぞ恥知らず」「こんなのに治安守られてるとか情けないな日本は」「お前ら俺の癖にいい加減黙れ!」
相変わらず栄司は騒がしい。ただ、口は悪いが心の中を洗い隠さずズバズバ言い続けている中にはどこか爽やかな空気も流れている。恵の場合は歩み寄りだが、栄司は良くも悪くも正直さが自分同士をつなぎ止めるポイントなのかもしれない、とミコは思った。そして二人に共通する事は、自分同士に優劣がないというもの。昔苦い経験をしたからこそ、彼らのような変な仲間との付き合いをミコは続けて行こう、と改めて思った。
================
丸斗探偵局に戻ってきた恵たちを待っていたのは、久しぶりに未来から来た来客であった。そしてその横には、まるで局長にいじられた後のように落ち込むデュークの姿も。何があったのか、本人に聞くのはあれなので蛍やブランチに尋ねた。
「ちょっと待って、私の事で…!?」
「そうなんです、あの時デューク先輩が新しい世界を作った事が…」
「時空警察にばれてこっぴどく叱られてたんですニャ…」
ミコは忘れていた様子だったが、そういえば目の前の長髪の美形の男は未来の歴史に名を残している「第八の大罪」の二つ名を持つ大犯罪者であった。今は自ら首を洗い、裁判所からの命令でこの世界で探偵局に居続けている。ある意味執行猶予のような形を取っている訳なのだが、だからこそ不用意な事をすると各地に混乱が出てしまう。
「はじめまして、時空警察の捜査官クリス・ロスリン・トーリです」
「あ、丸斗恵です…」
捜査官とスマートフォンで名刺交換を終えたものの、自らに関する事なので緊張は拭えなかった。それに相手は警察と聞くと尚更だ。
一方、そんな自分の様子を見た恵はミコと一緒に強気の姿勢を取った。例え相手が凄まじい戦力であっても、この二人は絶対に引き下がらない頑固な一面もあるのだ。
「何かするつもりじゃないでしょうね?」
「手出したらうちも承知せんぞ」
「いえ、私たちはそのような排除命令は下しません」
むしろ生かす方だとクリス捜査官は告げた。今回のデュークのように、法やルールを度外視した命を創造した時に糾弾すべきは製造元。アニメのキャスティングへの不満のように、不満が紛糾する矛先が生みだされた命や選ばれた担当声優に向けられるような事態はなるべく避けるのが時空警察の方針のようである。
「あれ、という事はニャにか命令があって…」
「いえ、命令というよりは依頼…ですね」
デュークもミコも少々予想外な顔をした。特に先程怒られた方は、そのような話を一切出していない捜査官にも驚いていた。まるで「時空改変」のように、記憶にフィルターがかけられた感触を彼は感じた。
だが、時空警察からの依頼はその気持ちを吹き飛ばすほどのものであった。そして、同時に皆の驚きの顔も生み出していた。
クリス捜査官が来た真の目的は、時空警察特別局からの丸斗恵、通称「アナザー恵」のスカウト申請だったのである!