69.MEGUMI VS MEGUMI〜その3:船を山に登らせてみた・前編〜
「…なるほど、これがもう一人か」
「そうですニャ、デュークさんが産んだアニャザー恵さんですニャ」
「アニャザー…?…ああ、アナザー丸斗恵か。いつの間にそんな名前決まったのか?」
「はい、やっぱり同じ恵局長と呼ぶと二人でも紛らわしかったようです」
「キャリアの差だとかニャんとかで局長の恵さんと区別つける事にニャったんですニャ」
「まあ当然だろうな。顔に名前に遺伝子、性格が同じだけで後は赤の他人だ。素人でも見分けつくと思うぞ。…おいどうした」
「え、栄司さん…」
「ニャんか凄いと言うか流石と言うかニャっ得できニャいというか…」
「ニャンニャンうるせえ…誰だこんな口癖設定考えやがったのは…」
「仕方ニャいでしょ、俺ネコですニャーン」
「お前の回答には期待して無かった。で、俺を呼んだ理由はこれか?」
「ニャッ、そうニャンですニャ…」「どうしましょう…」
そう言ってブランチと蛍が見据えた視線の先には、二人の恵が腕を組んで背中合わせで座っていた。そして瓜二つの顔からは怒りが隠す事なくにじみ出ていた。
「おい恵」
栄司が言いかけた途端、二人の声がステレオになって響いた。
「「絶対間違ってる!」」
そして担架を切ったかのように言い争いが始まってしまった。その推理には矛盾ばかり存在している、そっちこそアリバイを検証してない、あの時間をしっかり調べたのか・・・
左右の耳にけたたましく響く声を聞く限り、久しぶりに来た依頼に対しての意見の違いがこの事態を引き起こしたようである。しかし、口論をいくら繰り返されても肝心の依頼内容は全く見えて来ない。近くではデュークが諦めたようにその様子を眺めていた。流石の栄司も、イライラが募っていた。そして・・・
「「どうなの、栄司!」」
知るかと言う低い怒りの声と一緒に、栄司はげんこつで二人の恵に自分の意見を伝えた。
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「なるほど、浮気調査という事か」
「はい、夫婦の旦那さん側からの相談でして…」
栄司に恵二人が説教を受けている一方、増殖したもう一人の栄司はデュークに今回の依頼内容を聞いていた。探偵局の黙秘義務もあって記憶を消す可能性があることを前提に、彼も陰ながら協力することにしたのである。局長が行動不能になっているのも大きいが。
「奥さんの態度がよそよそしい、何か隠しているようだ、と」
「僕の事前調査ですと近所ではおしどり夫婦として有名なお二人のようで、喧嘩も滅多にしないそうです」
「なるほど、だからこそ不安になるという訳か。安定が崩れちゃ当然だ」
そして調査の段階で、二人の局長の息が見事にバラバラになってしまったのだ。デュークも止めようとしたがタイミングを誤り逆効果になったという。恵に頭が上がらない彼なら仕方ないかもしれないが・・・。
「とりあえず、もう一度様子を見た方がいいな」
会話に栄司がもう一人加わった。
「恵の説教は終わったか?」「まあな、分かってる様子は見受けられないが」
「「えーだってー」」
「「だってももねーだろ馬鹿」」
「「むう…」」
ふて腐れる恵局長。完全に今の探偵局は山に登った船になってしまった。一体どうすれば解決できるのか…?
ふとその時、探偵局の呼び鈴が鳴った。近くにいた蛍が用件をインターホンで聞き、それを皆に伝えた。どうやらもう一つ、別の依頼が探偵局に来たようである。
「私が行く」
そう言ったのは、スカート衣装の方の丸斗恵、通称「アナザー恵」の方であった。先程の依頼はいつものボーイッシュな恵局長が受け答えをしたようだ。ただどうやって双方把握するのか気になり質問した栄司の目の前で、丸斗恵は「一人」になった。
「なるほどな、自分同士だから…」
「そ、昨日私の家で試してみたのよ」
元は同じ丸斗恵なので、互いの同意があれば融合も可能なようである。ただ、表だった意識はアナザー恵優先になっているのが服装で分かる。栄司が依頼の邪魔にならないよう一旦デュークに姿を隠してもらったところに、依頼人のふくよかな女性がやって来た。
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「で、今回は素行調査の依頼という事か」
「旦那さんの様子がおかしいから不安という事ですね」
依頼を聞き終わったところで、改めて会議が始まった。ため息ばかりの依頼人の女性の心配そうな顔が、蛍には印象に残ったようだ。ずっと仲睦まじく過ごしていただけに、突然の変わりように動揺してしまっていたのが目に見えて分かった。
こうなると考えは一つしかない、浮気だ、というのが恵の主張であった。だが、そこに食らいついたのがアナザー恵。その変わりようから何か上司に脅されているというのが彼女の推理だった。この小説の紹介文のように推理シーンなんて滅多に起きないんだからたまには従えという一言に負けん気が強い恵が従うはずがない。また言い争いが勃発してしまった。この事態に栄司も呆れる他ない。以前同じ自分同士で喧嘩するなと言ったのはどの口なのか。栄司は過去を重んじるのである。
と、ここで突破口を開いたのはデューク・マルトの提案だった。
「せっかく局長も二人いるわけですし、同時にこなすから喧嘩になるのではないですか?」
「…あーそうか!」「それもそうね」
「双方で分かれて調査をしましょう」
「オレも賛成ですニャー」「私も賛成です」
「俺は客だから権限なし、これで全員異論はないな」
頷く一同。ただその中でも恵は互いに火花を散らしていた…。
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「おい、デューク」
「なんでしょうか、栄司さん」
どちらを担当するかでまた恵二人が揉めた後、皆が解散した探偵局の中で刑事は助手に声をかけた。受け回りは何とか決定し探偵局の面々はそれぞれ自由に配置しても良いという事にはなったものの実質的にはデュークや蛍の争奪戦が起きてしまっていた。
「…お前、何かその時表情一瞬変えたよな」
「えっ?」
普段見せる穏やかさや慌てっぷりとは明らかに違う顔だった。相手を出し抜く事に意識が向いている局長二人は気付いていないようだったが、冷静さを保っている栄司にはそれが何を意味しているのかお見通しであった。
「怒ってるだろ、デューク」
「……今回ばかりは、僕もさすがに頭に来ています」
確かにあの恵を創りだしてしまったのは自分であるし、責任は問われても仕方ない。だが、探偵局の業務にまで支障をきたし始めるとなると別。いくら局長でもお灸を据える必要がある、と彼は言った。
「今回の二つの件は明らかに繋がりがあります。それも非常に分かりやすい形ですね。読者の皆様ならすぐに分かるくらいでしょう」
「それは俺も同感だ。ただ、恵局長様は全くと言っていいほど気付いてないようだな」
「ええ、ですので僕は今回の一件には口出しをしません」
恵の従うままに行動を取るつもりだ。変な発言もしなければ失敗しても全て彼女の責任となる。
「結構憧れの奴に対して酷い扱いだな」
「いえ、違います」
「は?」
仲間だからこそできる事。それが愛のムチだ。助手からその考えを聞いた時、栄司の額に冷や汗が流れた。面影はほとんどないと思っていたが、確かに彼は「8つ目の大罪」にふさわしい男だ、と。