68.MEGUMI VS MEGUMI〜その2:パラレルパラダイス〜
容姿淡麗な長髪の執事風男子、それが丸斗探偵局助手のデューク・マルト。
しかし、彼を一番特徴づける要素といえば何といっても時空改変能力だろう。森羅万象あらゆる動きに介入し、どんな可能性でも自由に現出してしまう、神様ですら抹殺しかねない恐るべき力である。その力の源になっているのが彼の脳に存在する時空改変回路と呼ばれる、有機物で形成されたナノマシン群体。言うなれば人工神経である。
そのメカニズムは現代の科学の力では当然ながら再現不能、理論も完全には表現不可であるが、ある程度の仕組みは説明できる。神経を流れる伝達に生じた電圧を利用し、そこから発する特定の周波数の電磁波を統一理論を応用して重力などの力に変換し、素粒子レベルから様々な物体や事象を生成するという。とはいえ、時空改変によって自在に仕組みが変えられている時もあるようなのでその弱点を突くと言うのはほぼ不可能に近いようだが。
以上のようなとんでもない機能を持つこの部品、いや「回路」は未来世界においてある事象を基に作成されたと言われているが、それは別の話。
さて、本題はここからである。先程部品という呼び方をしたが、あくまで追加武装に近い要素である以上メンテナンスは欠かせない。デュークの脳内にはおよそ数十のメンテナンス用ナノマシンが通常は待機しており、彼の中枢を半永久的に維持している。しかし、それでも粗は出てしまうものでつい無理をするとすぐにそれは現れてしまうのである。しかも彼のみならず、回りの様々なものにまで影響は及ぶ。新たな宇宙を作る事も、無から生命を産む事も当然可能である。
…そしてその結果が、蛍の目の前にいる「恵」であった。
「蛍ちゃんにブランチ君か…さすが、いい名前ね」
「でしょー、私のネーミングセンスに狂いなんて♪」
「そっか、そんなの無いわよねー♪」「ねー♪」「ねー♪」「ねー♪」「ねー♪」
気分よさそうな恵たちの一方、困惑しているのは蛍とブランチの方。全く同じ顔が大量にいるというのはいつもの事だが、今回は同じ顔の別人が仲良く混ざっているのだからたまらない。
「え、えーっと…」
「「「「「「「どうしたのケイちゃん?」」」」」」」「「「「「「「「蛍ちゃんどうしたの?」」」」」」」
「ニャニャ…呼び方がやっぱり違うニャ…」
「ど、どう呼び分けたらいいのか…」
「呼びわけ?」「え、どっちも同じ私じゃない?」「そうそう、私も丸斗恵だし向こうもね」「うん、私も…ってミコどうしたの?」
「メグはん、あまりにマイペースすぎじゃ…」
いつもは恵がミコに突っ込みをする場合が多いが、さすがに今回は逆である。仕事がなく暇なので来た彼女は二人に増えた親友に頭を抱えていた。
確かにスペックは双方とも全く違いはない。髪型も声も名前も同じ丸斗恵だ。しかし、その服の好みは真逆だ。カジュアルな服装で露出が少ない恵局長に対して、デュークが今朝連れてきた「恵」はフォーマルな衣装を身につけ、美脚や白い腕を建物に差し込む太陽の日差しに見せつけている。先程まではヘソまでちらつかせていたが少々冷えてしまったようで今は隠している。
「つまりデュークはん、そのエロい方のメグはんがデュークはんの脳みそが故障した時に現れた方じゃろ?」
「エロいって何よエロいって」「そうよ、私に色気が無いって言うの?」
「二人ともちーと落ち着いとくれ、話が進まん…」
言い方はあれだがまさしくそうだ、とデュークは告げた。恵も以前彼からその世界の状況は伝えられていたが、その時メンバーでは無かったブランチと蛍、探偵局の一員ではないミコはその話に未だに動揺を隠せなかった。地球全ての建物が丸斗探偵局、全ての人間が恵局長、そして最終的に全ては無限に増え続けた恵の肉の海に沈んで行くという世界。デュークの絶叫を覆い隠しながら・・・。
「え、ニャんで一人に戻ったんですかニャ?」
「うーん…ごめん、私も分からない。気付いたら一人でこの世界にいて、ブランチ君に会って…」
「デューク先輩は理由は分かるんですか?」
「申し訳ないけど、今の所僕も掴めない…」
時空嵐やワームホールなどの仮説を彼は提唱していたが、正確な所は分からなかった。時空改変の力を使おうとしても、増殖能力がある恵には打ち消されてしまうからである。
どちらにしろ、確実であり本人も受け入れた事実は、もうひとりの恵を作り出したのはデューク・マルトという事である。
「…というか、さっきから気になってたんだけど、だからなの?」
「どうしたの私?」
「いや、さっきから貴方、デュークに妙に近づいてない?」
…恵局長は気付いてしまった。
あの時デュークは件の世界が現れてしまった要因についてこう言っていた。「ずっと恵局長と共に探偵でいたい」という思いが暴走してしまったからである、と。それはすなわち、向こうの恵もデュークと一緒にいるのを何よりも望んでいるという事になってしまう。つまり…
「デュークは私の助手よ、あまり近づかないでくれる?」
「何よ、私だって局長だしデュークは私の助手よ?」
「何言ってるのよ、私の方がキャリア長いんだからね!」
「私は貴方、貴方は私ってさっき言ったじゃん!」
「過去は振り返らないのよ!」
…やっぱりこうなると思ったというのはミコの心の一言。どちらも恵だが、同じ恵ではないのである。先程まで中睦まじかった二人はもう対立ムードに突入していた。まあ局長は増殖した自分たちとも平気で喧嘩しているので動揺はまったく起きてなかった。
そして、そのまま言い争いを続けるかに見えた二人は何かに気づいたように、助手を睨みつけた。
「「というかデューク!」」
「は、はいっ!」
「「元はと言えば貴方のせいじゃない!」」
「そ、そうですが…」
「責任取って今月分の給料カットよ!」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
「そうよ、責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」「責任取りなさい!」
「きょ…局長…狭いです…」
…探偵局の中が恵で充満しきってぎゅうぎゅうになってしまっている中、ミコは思った。今回は何とかデュークに思いの矛先が廻ったからいいが、これから探偵局のリーダーが二人もいる中でトラブルが起きる「予感」が拭えない、と。
船頭多くして船山に登る。予知能力を持つ彼女は、無事に山から海に戻れるか心配した。…ただその前に。
「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」「デューク!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!だから早く元に戻ってください!」
「局長…」「ギューギューだニャ…」
(デュークはん、超能力はとんでもないのに相変わらず情けないのぉ…)