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60.Dの疾走 ~ぶっちぎり!紅色の力~

客車の屋根の上では、熾烈な戦いが繰り広げられていた。


新人探偵の蛍にとっては、クリス捜査官のような未来からの使者は今までなら本の中でしか考えられなかったような人。彼女の持つ様々な装備も、好奇心の的となった。ただ、ニセデュークからの「煙」という名の武器を相手にしている今、聞いている余裕はあまりない。しかし、彼女の蹴りや拳を助けてくれるその装備については聞いておくべきかと考えた。


「クリスさん、これは…」

「気体や液体の動きを定温のままで止める硬化弾です。っと!それより蛍さんも凄いですね…」


それほどでも、と言いつつ彼女は捜査官の放つ銃弾によって固められた煙の筋をなぎ倒していた。勿論背後に佇むデュークの手助けはあるようだが、それにも増してこの二人はかなりの実力を持っていた。分身能力をただ自らの体を増やすのみならず瞬発力に応用する蛍、そして射撃の腕なら自信があると言うその言葉を裏付けするかのように百発百中のクリス捜査官。列車は猛スピードでカーブをして追い払おうとするものの、この二人の勢いを止める事は難しいようだ。

…だが、タイムリミットは刻一刻と近づいていた。今の状態でもし視線に見えるあの山に開いたトンネルを潜り抜けてしまえば、こちらの負けだ。何としてでも、意地でも止めなくては…だが、どうすれば…!


その時であった。


「蛍!捜査官!何かにしがみついて下さい!今すぐ!」


蛍とクリス捜査官、二人に衝撃への注意が促された直後であった。突如、暴走列車の挙動が変わったのは。先程まであれだけ速度を上げ馬力を全開にしていた黒い怪物D52…いや、そこに魂を移していたニセデュークの動きが、急に遅くなったのだ。明らかに目の前の端末も顔を歪めている。

そんな彼に、もうひとつの同じ顔が、冷たく言い放った。


「忘れたか?僕はお前のオリジナルだ」


オリジナルに勝るコピーはいない。その言葉にこのような解釈をしてしまった蛍が一瞬怖がるのを見たクリス捜査官は彼女を優しく包み込んだ。貴方がどう考えているかは分からない。でも本物の彼は優しさを持つ人にそのような目を向ける事はない。彼を監視する任務に就いた彼女だから言える言葉かもしれない。

それにしても先程の衝撃は何だったのか。カーブに差し掛かり列車の最後尾が見えた時、今まで蛍が見たことがない蒸気機関車が悠々と煙を出し、列車の速度を落としていた。


確かにデューク・マルトはオリジナル、迎え撃つのは偽者のデューク。しかし、決してそれが強さを決めているのではない。驕り高ぶる者は、下から懸命にはい上がる、常に強くなりつづける者に追い抜かれるものなのだ。今回もまさしくそうだった。日本一が世界一とは限らない。日本最強のD52とD54の馬力を合わせても、線路幅1067mmというステージで世界決戦に挑めば、紅色に輝く南アフリカ最強の蒸気機関車「レッドデビル」には全く敵わないのである。


「くっ…だがまだだっ!」


ただ日本にも山で鍛えたど根性魂が眠っている。異次元へ続くトンネルを前に、オリジナルの紅と偽者の黒による熾烈な戦いが繰り広げられていた。車輪が軋みあう音が響く中、次第に良からぬ音が混ざり始めた。


「クリスさん、これってまさか!」

「危機的な状況ですね。もしこのまま…」


もしこのまま客車の連結器が引き裂かれたら、最悪客車をごっそり犯罪組織に持ち逃げされてしまう。それこそ人質を殺されたと同意義になってしまうのだ。デューク側も必死に硬度の強化や消去を繰り返し続けているが、トンネルが間近に迫る今、残された時間も少ない。何か、何か起死回生の「一撃」を…!


その瞬間だった。蛍が一目散に前方に駆け出したのは。無数の煙の筋がその白い肌を狙うが、真剣な表情で睨みつけた彼女の能力には無駄であった。数千分の一秒で消去と出現を繰り返す蛍は次々に残像を残し、客車を飛び越えて機関車へ降り立った。


「あ…熱い!」


まあボイラーに乗れば当然の反応かもしれないが、瞬きよりも短い時間での接触で彼女は耐えていた。温度による影響が及ぶ前に瞬時に消失と出現を繰り返しているのだ。何とか襲いかかる煙を硬化弾で押さえ付けたクリス捜査官や、彼女を援護すべく姿を現したデュークが無茶だと止めようとするも、蛍は既に最終段階に入っていた。


…デューク・マルトから噂は聞いていた。今度の探偵局の新人はおしとやかそうに見えて結構意志が強く、悪く言うと少々頑固な所があるクローン人間だ、と。その後に聞いた彼女の能力の概要やその応用力の高さから、ある程度は無茶な事をやってくれる逸材だとは覚悟していた。だが、まさかあんな事をしてこの列車の動きを止めるなど考えもつかなかった。確かに一秒間に数千、数万発もパンチやキックを同じ場所に繰り出せば「穴」を開ける事など容易だ。ただ、今回の事件の最後の一打が…


『ニセデュークが変身したD52蒸気機関車の車体を貫いた蛍の「拳」』


…になるとは、さしものクリス捜査官も、そして時空改変能力である程度分かるはずのデュークですら予想がつかなかった。


圧力バランスが一気に崩れ、機関車は呻くように耳障りな音を鳴らした。吹き出す高温の蒸気から瞬時にデュークは新人探偵を救い、脱線して横倒しとなった偽りの黒馬を尻目に、列車はトンネルの中へと入っていった。そして、残された黒い巨大な乗り物は、やがてうずくまる一人の青年の姿になった。その腹には、燕尾服を貫いてぽっかりと穴が開いていた…。


長い闇を抜け、出口から見えた景色は、入口と何ら変わらない田舎の風景であった。いつもと変わらず、今日も機関車は快調、機関助手が焼べる石炭をD54は美味しそうに平らげ、運転士の指示通りに列車は走ってくれている。ただ、一駅間だけだがその様子に違いがあった。遠く離れた別の地球へ戻るワープ地点は安全面を考慮して少々遠い地点に設定。そこにお客様を乗せたD54蒸気機関車牽引の列車を連れていくまで、運転士と機関助手はどちらともデューク・マルトに託されていた。


「・・・ん?」


元いた世界のダイヤに従って駅に着いたデュークは、ふとホームで途方に暮れている一人の少年を見つけた。そういえば先程シャッターの音も一瞬聞こえたような気がする。そう、それはつまり…


「…なるほど」「そういう事か」


客車の方にいる自分から真相を聞いたであろう局長、捜査官、蛍も窓から顔を覗かせていた。微笑、笑顔、苦笑の三拍子は後で時空警察に始末書を書く必要が出来た事の印かもしれない。今までも何枚も書かされて来たのだが、今回は久しぶりに大掛かりな時空介入をしてしまった関係上結構長めになる可能性もある。嘆きの声は、車内の自分に任せる事にした。


「じゃ、ちょっと行ってくる」

「了解」


軽く自分と声を交わし、学生服を思わせる国鉄の制服と制帽で身を固めたデュークは今にも泣き出しそうな少年の所へ向かって歩きだした。その手には、あの時の懐中時計をそのまま複製した品が…いや、数十年の時を経た後、「あの時」のものになるであろう懐中時計が握られていた。


探偵局に依頼した時点で、どうやら今回の事件は既に解決という終着駅に達していたのかもしれない。


「…そう言う事だったのね、今回の事件って」

「はい、結局僕が全ての元凶だったようです。ちゃんと責任もって、この懐中時計は本当の持ち主の所へと戻ってきましたよ」

「自分の責任は自分で取ったと言う事ですので、今回の始末書は普段よりも少なめになるかもしれないですね、デュークさん」

「良かったですニャ~!」

「ところでそっちはその後どうなったんですか、ブランチ先輩?」

「代わりに俺が話すぞ。結局あの後ニセデュークはボロボロになってそのまま倒れ込みやがった。だからその体を卵状にして…」

「た、卵…ですか!?」

「卵…というよりあの芋虫がいた元の星の石かな…?ご安心ください、時空改変能力を解除させた上で異次元へと封じ込めておきましたから」

「デューク、結構偽者にはえげつないのね…」

「「ま、まぁ…はい」」


「…ところで、オレずーっと気になってるんでニャすが…ニヤニヤニヤ」

「俺もだ…くくくっ」

「僕もです…」

「私も…ぷっ」


「笑うなああああ!!」

「だから言ったじゃないですか局長、SLが引っ張る列車はトンネル潜る時は窓を開けちゃ駄目だって…」

「恵さん、窓の景色を占領してましたからね。私たちが浴びるはずのすすを顔面に浴びてしまったと言う形です」

「オレと一緒で真っ黒けっけですニャー♪」

「大丈夫ですか、局長…」

「大丈夫じゃない!ちょっと私、ついでにケイちゃん!風呂行こう風呂!」

「ええええ!?」「な、何で私まで…」

「いいから早く!顔がザラザラして耐えられない!」

「ちょっと局長、その顔じゃ…」「せめて洗面台で…!」



「…相変わらず、賑やかな人ですね」

「ただああ言う部分あってこその丸斗恵ですね、クリス捜査官」

「栄司さんの言う通りです。

 色々ありますが、それも局長を引き立たせる材料ですから」

「よく分かりませんけど、オレは美味しい物を作る材料ならニャんでもいいですニャー」


「お前も相変わらずだな、ブランチ」


「「じゃちょっと行ってくるー!」」「行ってきます!」

「行ってらっしゃ…って局長もうちょっと顔洗って下さい!おーいきょくちょー!…」


(…デューク、お前あんな局長によくついていけるな…)

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