06.隣人調査と嫁入り娘:後編
「彼」の追跡側が動きを見せていた頃、ホスト班も慌ただしくなっていた。ターゲットの男が家から出てきた。どうやら食べ物を買いにコンビニへ向かうようだ。
高めの弁当を買う彼…最近ずっと安物ばかりだったので羨ましがる尾行中の恵数名。すると、男の携帯電話に着信が入ったようだ。内容は至って普通の言葉だが、恵の地獄耳はしっかりと彼の言葉を嗅ぎつけ、脳内の辞書をフル活用させた。単語の繋がりを知識の中にある法則にあてはめると、完全にとある裏稼業の隠語である。
次の日の探偵局は、久しぶりに探偵らしい盛り上がりを見せていた。…と言っても、恵が数十人いるだけで違う顔はデュークだけという、遺伝子的に見ると寂すぎる組み合わせなのだが。
「彼」班は昨日の衝撃的な事実を。
「ホスト」班は男の不可解な電話を。
そして「本部」班。こちらも不思議な事を知った。依頼人の男性と、調査先の男。双方とも共通点があった。ある一定の時期から、公式の記録が一切残っていないのだ。デュークの力で過去の情報を洗いざらい調べてみたが、それでも駄目であった。
ふと恵たちの頭にある思いが浮かんだ。過去の事が無い、過去の事を忘れている。まるで自分のようだ、と。それから始まった話し合いですぐに忘れ去られていった。それに、自分は過去の事を振り返らない性分、そんな事気にしないのだ。
そんな話し合いの中、資料として以前の写真が必要になったのだが、信じられない事が起きた。どこを探しても、写真が見当たらないのだ。念のために過去を観察し、その様子を見たデュークが、あまり見せない「驚愕」の表情を見せた。
「どうしたの、デューク!?」
「しゃ…写真が…葉っぱに変わってる…」
そして、ようやく「二人」は引き出しの中でしおれている二枚の葉っぱに気付いた。恵は確信した。双方の事件に関する重大な情報。丸斗探偵局は、「化け狐」たちが巻き起こす騒動に巻き込まれたのだ。
「妖怪が本当にいるなんて…」
ひとり言のように呟く助手に、局長は尋ねた。
「未来じゃ妖怪なんて存在しないの?」
彼の様子からも分かるように、彼の来た未来では科学が感情論をも上回るほどに発達しており、妖怪ですらその存在を「肯定」したうえで「完全否定」されている。一言でまとめると、妖怪は「絶滅した」世界だと言う。
「確かに貴方の世界ではそうかもしれない。でもね、デューク。この世には科学がどれだけ進んでも絶対分からないことだってある。これだけは覚えておいて」
「…分かりました、局長。今回の一件、局長主導でお願いできますか?」
「前からそうだった気がするけどね」
…かくして、夜遅くまで「二人」は作戦を練った。今回の一件、強引(デューク曰く)だが鮮やかに(恵曰く)解決できそうな方法がある。
数日後の夜の繁華街。
ホスト風の男が、数人の男を連れて町を練り歩いている。資産家である彼の正体、お察しの通り化け狐である。ある方法で無尽蔵の金を持つ彼、夜遊びもお手の物である。
今日もまた数日前に出会った一人のグラマラスな「美女」と待ち合わせである。
「ごめんごめん、遅くなっちゃって…」
「いいさ、君を待つ時間もまた乙なものだからね」
「もう…」
顔はてれているが、内心はこの男を貶しているのは言うまでもない。
そして、彼女を連れて歩き出す男。その足は、ある路地裏へと向かっていた。こんなところに来てどうしたのか。その問いに、しばしの間をおいて、男は答えた。
「…………こうするのさ!」
腹に突然衝撃を受ける女性。あっという間に気絶してしまった。…しかし、それこそ彼女…丸斗恵の狙いどころであった。
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それから時間が経った、暗がりの中。服のまま縛り付けられている恵が、意識を取り戻した。それに気付いた男たちが、彼女を取り囲む。ホスト風の男以外にも、いかにも典型的な「不良」と思われるような格好の連中ばかりだ。しかし、恵はある程度彼らの正体について察知をしていた。
「なんのつもりかしら、化け狐のみなさん?」
「ほぅ、あんた俺たちの秘密知ってるんだね?」
あっさりと男たちが自分たちの正体を明かしてしまった事に、一瞬拍子抜けする恵。しかし、彼女とてそう簡単に自分の心の内を相手に知らせる事はしない。
「ええ、あなたたちが変身するところ、見せてもらってたの」
勿論、嘘である。
「ちっ、人間ごときに見られちまうとは俺もまだまだだな」
「ごとき」。その言葉に、恵は引っかかった。
「あぁそうさ、お前らのような、化けられもしない、ころっと騙される愚かな生物にはこんな姿の方がお似合いさ!」
ネットで彼を支持する声が大きいのも、彼が有りもしない嘘の予定や情報を載せただけ。少し考えれば無理だと分かるのに、誰もそれに気づかず、自分をいい人、尊敬する人だと崇める。
「あんな簡単に俺支持へ持って行けるなんてなぁハハハ!」
「ネットはまぁ…世論いじるの楽だし…。それで、私をどうする気?」
こういう時の場合は、基本的にやる事は一つ。勿論、今回もそれであった。
「人身売買」。
「だろうね…この流れだと」
「余裕ぶっこいてていいのかな?どうせこれからお前は眠りに就くことになるのさ、この薬品でな!」
「そんなものに頼ろうとするなんて、あなたの方がよっぽど愚かじゃない?」
「…こいつ、余裕ぶっこきやがって…!」
男が手を上げようとした、その時。
「はいはいそこまでー!」
ホスト狐とその仲間、そして恵が振り向いた先には、依頼人の女性、「彼」、そしてもう一人の恵がいた。一体何が起こったのか、一瞬男には理解できなかった。当然読者の方も理解できない可能性があるので、説明しておこう。
実は、今回恵の一人を囮にする作戦と並行して、探偵局は「彼」および依頼人の女性と接触。
デュークは女性と。
「…やっぱりばれてましたか…」
「いえ、僕たちも危うく気付かないところでした」
恵は依頼人と。
「びっくりしましたよ」
「俺たちの詰めが甘かったようですね…」
あの鳴き声は「彼」が狐に戻った時の鳴き声であった。人間に化けて暮らす中、ストレスが貯まると元の姿に戻り、遠吠えをするようだ。
油揚げはもちろん狐だから…というわけではなく、単に彼が大好物だったかららしい。
そして、もうひとつ重要な事が分かった…
「こ…これは…」
「おやおや、これは。そんなどんくさい田舎狐を連れてどうしました?」
このホスト風の狐こそ、彼女の許嫁として結婚をする約束を交わらせていたものであった。しかし、当然もう彼女には結婚する意志も欲も消えている。
「い…田舎…そりゃ俺は田舎だけど…」
「しっ、静かに…」
そして、依頼人も静かに怒っていた。自分では無い、故郷を貶された事に。しかし、それは隣にいる恵によって代弁された。
「どうしたもこうしたもないわよ!私たちは、あなたの化けの皮を剥がしに来たのよ」
「化けの皮?」
「この人はね、あんたと違って本物のお金で暮らそうとしてるのよ!ニセ札で稼ぐような卑怯者とは違う!」
その一言に、女性は驚いた。隣にいる、「田舎狐」の行っていた事に。
「本当にごめん、あなたに内緒で尾行をさせてもらってたの。見たわ、求人情報を持って工場へ行くあなたを。」
「そ、そうですか…」
「けっ、そんなちんけな安っぽい所で働いて何になる!さぁ、どうか私と共に。私こそあなたにふさわしい…」
嫌だ。女性の鋭い言葉が、工場に響いた。
「お主のような、ウソつきの嫁になどならぬ!そして、他の生き物を弄ぶような事をするなんてもってのほか!」
当然、怒り心頭のホスト狐。
「…なめてかかればこのアマども!おいお前ら、たっぷりもてなしてやれ!」
「「「おぅ!」」」
彼の「ダチ」が屈強な男に変化し、依頼人の女性らに迫る。
…しかし、迫られていたのは、男たちの方であった!
一人の男が肩をたたかれ、振り向いたその時、派手な音を立てて吹っ飛んだ!
そして男たちが気付いた時には、周りを無数の女性に囲まれていた…そう、まったく同じ姿形の女性から…。
「「「「「「「「「「「「悪いけど、私卑怯な手には卑怯な手で対応する事にしてるの」」」」」」」」」」」
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…袋叩きの惨状から、仲間を見捨てて逃げ出したホスト狐。
(畜生…あいつ、あんな凄い技を…やつは人間じゃねぇ!
…っとここまでくれば安心だ…次は別の姿になってまた再起を…)
「そうはいきません」
!!
狐の前に現れたのは、一人の若い「人間」の男だった。
「あなた、先程人間は愚かな生物、といいましたね?
人間をなめてると、痛い目に遭いますよ…」
妖怪の弱点は、自らの存在を崩される事。
未来の科学は、超的存在を抹殺し、神をも凌駕する。
それから数日後。
「で、ニセ札は全部彼の仕業だったという事ね」
恵が持つ新聞のトップ欄に、ホスト風の男の写真が大きく載っていた。偽札製造の容疑で逮捕されたのだ。デュークの怒りの時空改変によって、彼は過去を変えられ、一生人間のまま罪を償うことになっている。妖怪としてではなく、彼がずっと貶し続けてきた汚らしい姿として。
「ええ。先程過去へ跳んで確認したのですが、あの狐が今まで使用してきたお金、すべてが葉っぱを変化させたものでした。無論、局長が欲しがっていたあの高級弁当も葉っぱの金で買っていたようですね」
「これに気付いてたら、もっと早く私の行動力で解決できたのにな…あちゃー…」
「まぁ、いいじゃないですか。それに、局長もたまには僕に頼ってもいいんですよ」
「局長たる私が部下に頼ってばかりだと堕落するじゃない?だからさ?」
「…さすが局長ですね。」
その時、ドアが開いて恵と同じ顔の女性が入って来た。局長の分身…いや、こちらがオリジナルかもしれない。彼女には分身もオリジナルも関係ない、どちらとも「丸斗恵」なのである。
「で、どう?」
「ばっちり、ほれ!ちゃーんと依頼料が入ってるわよ!」
そう、あの夫婦と管理人からの依頼料金である。
あの後、恵たちは管理人に納得できるような形で説明を行った。デュークもこっそり「協力」していたようだが。また、あの部屋にこれから夫婦で住む事になるだろう、ということも付け加えた。勿論本人たちも交えた話し合いの中で。
「うーん…夫婦の依頼料、分割払いローンも可って言ったけどこの金額は少な…ゲフンゲグン」
「局長…大事なのは金額じゃないですよ」
「そうね、あの人、ちゃんと働いて本物のお金で過ごそうとしている。」「案外うまく人間社会でやっていけそうね」
「そうですね。今回の依頼、無事解決ということで?」
「「OK!」」
その日は、午後から雨が降って来た。空は晴れているのにも関わらず。
これを、「狐の嫁入り」という。