59.Dの疾走 ~逆転の一声!~
※少々生々しい表現があります。ご注意ください。
…確かに、全ては彼―ニセデューク―の思いのままに進んでいた。オリジナルに手出しが出来ないように仲間を蒸気機関車の煙で封じ込め、オリジナル自身にもその状態をまざまざと見せつけた。そして、彼の「魂」が宿った補助機関車にして日本最強のSL「D52」が、人質ごとオリジナルを古巣へと案内しようとしていた。あともう少し、視線に入って来たあのトンネルを潜り抜ければ、その先は異次元、彼らの世界だ。
だがこの時、彼には大きな落ち度があった。ずっと彼が見ていた対象は、ついに奪還・・・いや、帰還を果たさせる事が出来るオリジナルデューク。彼が何も出来ない状況を持って、ニセデュークは勝利を確信してしまった。だが、まさか人質側が反撃の狼煙を上げるなど、誰が思ったであろうか。
煙の隙間に充満する紅い液体、握り潰しても振り払っても、そこから限りなく現れ続ける「丸斗恵」の肉体・・・!
「何っ!!?」
その一瞬、ニセデュークの顔面に襲い掛かったのは本物の美脚が放つ凄まじい力の蹴りであった。怯ませた隙に、助手は局長がまさに体を張って作ったチャンスを活かす手段に出たのである。
自らの血など内部の体液が溢れ出た時、恵の増殖は制御不能になってしまう。三人に分身したデュークのうち二人がクリス捜査官と蛍を捕らえた煙を粉々に砕く一方、もうひとりは急いで増えつづける恵局長を回収し…
「…あれ、え?」
一瞬気を失っていた彼女が目覚めた時、そこにいたのは心配そうな顔から満面の笑みに戻った助手であった。列車の最後尾に連結されていた荷物を積んでいた客車の中に時空改変で病人用ベッドを作り、局長の回復を待っていたのだ。嬉しそうにその手を握りしめつつ、あまりにも無茶な体を張ったあの戦法を諌めた。当然だろう、凄まじい圧縮が掛かっている場所で大量に分身でもしたら、体が壊れたり引きちぎられたりして血が溢れ出るに決まっている。しかし、恵は逆にその血を暴れ狂う煙の隙間に流し込み、脱出ついでに一気に自分を溢れさせたのである。敵を抑えるべく相手が時空改変で固体状に煙を変化させたのが仇になった。動きまわるものには必ず隙が生じてしまうのだ。
「それには感謝します…。いくら僕がいたり局長が不死身でも、無茶は…」
「でも、それしか相手の気を逸らすチャンスは無かったでしょ、デューク?」
それ以外にあの時思いついた手はあったのか。そう言われてしまうとデュークでも反論は出来なかった。ただ、その後偽者の彼を討ち取りにもう一度挑もうとする彼女には毅然とした態度でそれを許さなかった。それ以前に、恵自体も元に戻った反動からかのぼせたようにふらふらしている。助手の能力で消す事も可能だが、それをしなかったのは今回の事態を局長以外の三人で解決しようと考えていたためだ、と恵は理解した。正直ベッドでダラダラしているのも悪くないとふと考えてしまったのは内緒。
「でも大丈夫なの…?だってデューク以外はクリスさんとケイちゃん…」
「ええ、だからこそです」
クリス・ロスリン・トーリは時空警察の凄腕捜査官。犯罪を逃さぬその心は、神様にも決して怯まない。
丸斗蛍は探偵局期待の新人。どんな悪人もその俊足と怪力で絶対に逃さない。
「「安心して下さい…
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絶対に勝ちます」」
そして、もう一方の戦場でもデュークはブランチへの加勢を止めた。今目の前で、巨大な芋虫へと変貌したニセデュークと数十メートル、超ド級サイズのサーベルタイガーが廃工場を舞台に死闘を繰り広げていた。確かに今の状況は、恵や栄司も加勢に回りたくなるほどの事態だ。双方とも傷跡が時間を追うごとにどんどん多くなっている。しかも相手はしつこいようだが時空改変能力の持ち主、傷を瞬時に治してしまっている。その度に見た目がどんどん歪になっているのは気のせいでは無いかもしれない…。
「デューク…!」
利己的な発想を中心に動く栄司が、自分たちだけデュークの張ったバリヤーという安全圏内にいる事に苛立っている。
「栄司にしては珍しいわね」
「当然だろ、あいつは俺たちのパートナーだ…デューク、お前は何を…」
そう言って彼につかみかかろうとした時。三人の脳内に、猫の鳴き声のような、しかしはっきりとした声が響き始めた。今、偽者に付けた傷の数は何個か。意味が分からない質問であったが、デュークははっきりと数を言った。
「後二個…ってどういう意味だ、ブランチ!」
「見れば分かりますよ、栄司さん」
今の数は98個。ブランチの鋭い爪や牙は、時空改変でも誤魔化せない。所詮は偽者、本物には及ばばいといのがデュークの考えであった。そして、それはブランチ本人も理解していたのかもしれない。
あの時、とっさに時空改変でサーベルタイガーに変身した彼は、心の中でデュークに必死に連絡を取っていた。死闘の中でも、町の動物のドンは作戦を練っていたのだ。
…ニセデュークに付けられた傷が、100個になった。ちょうど頭の近くだ。すぐさま修復し、新たな触手を伸ばす芋虫だが、ブランチはその直後の攻撃をかわしはしたものの、反撃をしてこなかった。代わりに相手に向けたのは、まさに地響きを思わせるような巨大な唸り声であった。とっさに耳を手でふさいでも、その凄まじい声は辺り一面に響き、恵や栄司、そして何故かデュークまでも苦しめていた。
「こ、こんなに大きいとは…!」
「お前も予想して…うるせえ…!」
「す、凄いわ…ガラス全部われちゃった…!」
その事に恵が気付いた直後であった。突如窓から差し込んでいた光が、一斉に入って来た羽音と共に影の中に埋もれたのだ。廃工場の中に飛び込んで来たのは大小様々な鳥たち、カラスやスズメ、トンビ、さらにはハトまでやって来た。耳が良く利く街中の鳥たちが、ブランチの唸り声を合図に作戦を実行しに一斉に飛び込んで来たのだ。向かう先は、当然あの芋虫。先程の怒涛の唸り声で、これまでにつけた100個の傷が僅かながら露出している、その先であった。
…以前ブランチは、蛍からこんな本を読んでもらった事があった。遠い別の国に伝わる神話で、神の王様の逆鱗に触れた罰としてとある不死身の神様が罰を受けてしまったと言う話だ。鎖に縛られた彼は、毎日日が昇ると空に恐怖を覚える。タカが毎日舞い降りては、彼の生き胆を直に食べてしまうのだ。その激痛はさることながら、食べた後も不死身なので傷が癒えてしまう。その間に当たる風も、よりこの罪人を苦しめていた。夜になるとさすがに痛みは治るが傷口はそのままで、再び夜が開けるとタカが舞い降り、生き胆を美味しそうに食べ続ける。本来蛍が伝えたかった内容はその後、英雄によってその神様が助けられ、逆鱗に触れてしまった件について直に話す事が出来たという所までだったのだが、元は半野生の彼、鮮明に覚えていたのは残念ながら…かもしれないが、先程説明した部分の内容だったのだ。
おごり高ぶる者、自分に酔う者ほど足元がグラグラ。その力は一見強そうに見えるが、街を飛ぶ鳥たちにすら及ばない。
『多勢で責める…卑怯だ…ぞ…!』
追い払っても傷口が癒える事は無い。これが、ブランチの作戦だからだ。
『卑怯とは失礼だニャ。
これが、オレたち街の動物のやり方だニャ。デュークさんの偽者、お前のやった事と同じニャ!』
今回は単に、ニセデュークの戦法を上回っただけ。
そう言い放ったブランチが、とどめの一撃を放ったのはその直後であった…。