58.Dの疾走 ~漆黒の激闘~
デューク・マルトには、確かに「時空改変」という恐るべき能力が備わっている。彼の気持ち次第でどんな事象も自在に操れると言う、神様が降り立ったかのような力だ。だが、その力を知りつつまた彼はそれを積極的に活用する事はなるべく避けるように心がけている。今のデュークは丸斗探偵局の助手。探偵と言う者は、自らの予想が的中した時の喜びが味わえる職業だ。何もかも当たってしまうとつまらなくなってしまう。今のように、自らの考え通りに物事が進んでいた事が分かった時も…。
「なるほどな…」
自らの「複製」の狙いは一つ。自分を古巣へと導こうとしているのだ。
暴走する普通列車の車内での牽制を局長と新入り、そして自らを監視する捜査官に任せてデュークは敵の懐へと侵入していた。本来この世界には存在していないはずのD54形蒸気機関車の運転台だ。やはりそこは既に「デューク」の管理下に置かれ、石炭をくべてこの鉄の馬を動かす機関士と補助の二人はその精神と共に鍛え上げた肉体を石に変えられていた。
そしてその先には、車内にいたはずのもう一人の存在が、不敵な笑みを見せていた。デュークとはあらゆる要素が共通していながらも、ただひとつ「心」のみは正反対の偽者だ。
「一応言うけど、この二人に危害は加えてないだろな」
「危害?…まあね、ただ時間を止めているだけだから」
ただし、終着駅に着いたらそれなりの処置は考える。
この一言にデュークが動こうとした時、体をぶち抜こうとした右腕は三人目の男に止められた。時空改変能力を用いれば、蛍のような分身も自由自在なのだ。
「…残念だね、オリジナル」
「この列車はノンストップなのさ」
その一言と同時に、暴走し続ける機関車の数が二倍になった。いや、それ以上と言った方がいいかもしれない。D54以上の馬力を備えた、日本最強の蒸気機関車「D52形」が突然列車の先頭に躍り出たからだ。前触れもなく現れたその機体のナンバープレートは邪悪さをにじませる赤色を覗かせ、ヘッドライトも睨みつけるようにまがまがと灯っている。「デューク」が無から製造した偽者であるのは言うまでも無い。
「…くっ!」
早く破壊しないと手遅れになる。このまま「犯罪組織」の根城へ三人が連れていかれたら…!
勢いを失ったとはいえ、複製は本物には敵わない。自らの腕を抑えていた偽デュークを睨み一発、苦悶の表情を見せる炭に変えた直後、探偵局の助手はD54蒸気機関車の屋根にその姿を現した。そしてそのまま幻影の暴れ馬を自らの拳で破壊しようとした、その時であった。後ろから、悲鳴が聞こえて来たのだ!
「きゃあああっ!!」「いやああああ!」「くうっ!!」
「きょ、局長!みんな!」
その体は、機関車から伸びた黒い「手」に包まれていた。かなり強い重力がかかっているようで、増殖能力を駆使していたはずの恵が自らの体を増やそうとしないことからもそれが伺えた。クリス捜査官も蛍も、体が締め付けられる痛みに声を発する事しか出来ない。そして、その方向に気を取られていたデュークは、全てに気が付いた。
「貴様…!」
「トンネルが近くなれば窓を閉める。SL列車に乗る時の常識だよ?」
今回のニセデュークの本体はほぼ特定された。あの「補機」―異次元に無理やり突入させるための余計なお世話の補助機関車―の動きさえ止めれば、こちらの思いのままに事態は進行する。だが、相手は非常にベタ、そして一番有効的な手段を選択し、デュークへ突きつけた。
…ニセデュークにとってはオリジナルは敵わぬ相手であり、決して届かない「憧れ」の存在。だが、それは能力の比較のみによって導かれた結果であり、善の心が邪魔をする今のデューク・マルトに有利に立つのは不可能では無かった。もしここで冷静さを保ったままでいられれば、恐らくここまで文章を書くことなく事態は解決していたであろう。焦るオリジナルをあざ笑ってか、はたまたその姿に愛おしさを覚えたからか、暴走機関車が鳴らす汽笛はどこか軽やかだった。
…ただ、この時既に相手側に反撃のチャンスは与えられていた。そして、金と休暇にがめつい丸斗恵局長がそういった機会を逃すはずはなかった。
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それは、こちらにも当てはまっていたのかもしれない。
「くっ…!」
現代。
こちらでも全く同じ表情で、焦りを見せるデュークの姿があった。ただ過去の世界と違うのは、追い詰められているのは「犯罪組織」側の彼である事だ。
「ったく、俺のスーツに泥付けやがって…」
「そういう文句なのね…」
「クリーニングに出したばかりだっつーのに」
どんな時でもボケツッコミを忘れない栄司と恵だが、その心は決してたるんではおらず、目の前の悪人を睨みつけていた。
今回も展開は以前と同様であった。例え凄まじい能力を持っていても、それを過信し続けていればただのカラスやスズメ、トンビの一撃も形勢逆転の一手になってしまう。あの時襲来した最初のニセデュークの失敗は活かされる事が無く、空へと逃亡を図ったニセデュークが撃墜された一方、町の動物たちの統率力の方は磨きがかかっていたようだ。
轟音と共に屋根に穴が開いてしまったのは、錆びた機械が未だに残り続ける町の廃工場であった…と書けば、だいたいここがどこか分かる読者の方はいるかもしれない。栄司と丸斗探偵局が初めて接触したあの場所である。探偵局からも信号さえ引っかからなければ走って行けばかなり近い場所なのだが、今回はデュークの瞬間移動を頼りに敵を追い詰める戦法に来たのであった。
左手の拳を右手で包みながら、局長は相手に降伏を勧めた。鳥にもやられた以上、もう逃げ場は無い。案外あっさりとかたが付いたものだ、という軽口まで出る始末。
そして当然ながら、こういう調子に乗る時の恵は注意力も散漫になり、目の前のニセデュークの僅かな変化も見逃してしまうものである。
「…!」
もし探偵局側のデュークが皆を守らなければ、恵や栄司、そしてブランチも突如現れた『芋虫』に押しつぶされていたかもしれない。
「ちっ…姿をコピーしやがったか!」
このまま異次元へ封じても、相手の時空改変能力がそのままの限りは再び現れる可能性が十分にある。
『反撃の機会はまだ僕の方にもあるようですね、皆様方』
逆に軽口をたたきながら、以前対峙した宇宙生命体の親玉と同様の姿をとったニセデュークの触手が皆を襲った。確かに見た目はあの時の刺客と変わらないが、その力は格段に上がっているようで、その速度にデュークもバリヤーを張る事で精一杯の様子である。こちらでも焦り心が時空改変能力を妨げているようだ。そして、それが隙を生んでしまった。
「ニャアアアアッ!」
「ぶ、ブランチ!」
ブランチが捕まってしまい、そのまま超スピードで一気に体を持ちあげられてしまったのだ。このまま叩きつけられれば、命など簡単に失ってしまう…!
…しかし、体に傷を負ったのは『芋虫』の方であった。触手を千切られる…いや、触手を消されると言うおまけつきで。
「間に合った…!」「よっし!」
『ちっ…時空改変か!』
『ニャアアアア!!』
廃工場に、太古の雄たけびが響き渡った。そこにそびえ立っていたのは、ただの黒い猫ではなかった。鋭い牙を光らせ、爪を尖らせるその漆黒の巨体を、人々は「サーベルタイガー」と呼ぶ…。




