52.謎のエレベーター 前編
いつも賑やかな街の中でも、特に賑わっている一角がある。売り上げは全盛期と比べてかなり落ち込んだとはいえ、デパートはいつも混雑していた。そんな中を、一組の男女が歩いていた。一方は燕尾服に身を包んだ長髪の男性、もう一方は茶色系の学生服調の装いをした、ピンク色の髪をした少女である。まだ寒さが残る中、建物は暖房も効いているので、少々スカートが短くても安心のようだ。そんな少女―丸斗蛍―の顔は、少々怒っていた。
「もう、局長もブランチ先輩も酷いですよね!」
今回このデパートにやって来たのは、買い物のためではない。れっきとした調査である。依頼主の名前は、例によって有田栄司。今回はネットで様々な情報を収集する仕事をしている彼からであった。決してサボリではない。
「お化けが出るとか言って、私たちに全部任せるなんて…」
最近このデパートで不穏な噂が経ち始めていると言うのだ。あるエレベーターに乗った客が、忽然と姿を消す。数時間後には姿を現すのだが、皆何故か一様に鏡を恐れるようになる。あくまで噂段階でネットにのみ広がり始めているだけのようだが、これ以上広がってしまうとこのデパートの売り上げにも関わる重大な問題である。栄司のうち数名がこの店舗と関係を持っているとならば、放置しておくわけにはいかない問題だ。
ただ、もしこれが何かしらの超常現象とならば自分たちだけでは到底解決できない。そこで、白羽の矢が立ったのが彼の顔なじみにして最強の探偵たちであった。ただ、今回調査に来たのはデュークと蛍のみ。他の二人は何かしらの理由を付けて休んでしまったのだ。
「まあ、局長もブランチも頑張っている事だし」
言葉はそう言っている彼だが、二人は明らかにさぼろうとしている事は分かっていた。敢えて突っ込まなかったのは言っても無駄である事を良く知っているからである。時空改変を使っても本人が反省する様子を見せないと満足できない。そう操作させればいいのだが、それは単なる自作自演である。助手の頭を悩ます問題であった。
ただ、彼と一緒に調査に向かった蛍の方はどこか落ち着かない様子であった。それもそうだろう、何せ隣にいるのは執事と見間違えそうな美男子だ。デパートの中にいるおばさまたちのように大半の女性なら振り向かないわけはないだろう。現に彼女も少々顔が赤くなり、彼本人から言われて慌てて否定していたりしていた。
そうこうしている間に、目的地のエレベーターに到着した。怖くないかと聞かれた蛍だが、全然大丈夫だと否定した。自分の強みを見つけた彼女は、お化けも妖怪もどんと来いという気持ちが宿っていたのだ。
中は結構広く、定員数は25人。これだけいれば局長や栄司でも大丈夫だろう、と冗談も飛び出す中、取りあえず屋上へのボタンを押したその時、一瞬だけ電気が消えた。すぐに点灯したものの、明らかに何かがおかしいと言うのは二人とも分かっていた。怖くない、と自らの拳を握りながら言い聞かせる蛍。
そしてエレベーターは動き出し、二階で止まった。だが、異変はいきなり始まった。その階で待っていた4人に、蛍は眼を疑った。隣のデュークも、少しだけ眼を見開いている。
「…え?」「「…え?」」
「…!」「「…!」」
そこにいたのは、デュークと蛍とデュークと蛍。何もかも全く同じ、もう2組の自分たちであった。
分身した覚えもないのに、目の前に自分が二人もいる。先程までの威勢がさっそく崩れ始め、蛍が慌てだしてしまった。ドアが閉まり、新たに入って来た自分たちも同様の状態である。
「だ、誰!?」「そっちこそ誰!?」「それは私のセリフ!」
言い争いが始まろうとしたところを、3人の助手が急いで止めた。デューク同士でも件のポンコツかと疑いを一瞬かけたが、それは間違いである事は互いをスキャンして明白となった。つまり、ここに乗っているのは全員本物であると言う事である。
「「「ど、どういう事…ですか?」」」
聞こうとした時、再びエレベーターのドアが開いた。3階でも誰かが乗って来るようだ。そして、それが何者か分かった時、蛍の顔はさらに衝撃に包まれ、デュークは事態を確信した。
そこにいたのは、新たな3組のデュークと蛍だったのだ。
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「「「「「「異次元!?」」」」」」
「多分そうかもしれない」「ここにいる僕たちは」「全員少し違った宇宙から」「呼び出されている」
エレベーターが次の階に上がるまでの時間を制御し、デュークたちは蛍たちに軽く説明した。何かしらの大きな力によって、エレベーターが異次元へと繋がりを持ってしまい、次々に他の世界の自分たちを乗せようとしているそうなのだ。だが、もしこのまま出てしまった場合、各自の自分が元の世界に帰れない可能性がある。特に厄介なのは、全員全く同じ記憶を持っていると言う事。もし少しでも違った世界に戻ってしまったら、それこそ未来が変わってしまう場合もあるため、慎重にしないと駄目である。
と言う事は、今回の解決方法は一つしかない…。
「「「「え、ええ!?」」」」「「「「「「ま、また!?」」」」」」
「やはりか…」
4階では4組。5階では5組。階の数ごとにエレベーターに乗りこむ自分たちの数は増えていった。定員数に関してはデュークらの時空改変のお陰で問題は特になかったのだが、それでも次々に増える自分を相手にするのはどこか不思議な感じであった。
「私であって」「私じゃないんだよね…」「なんか不思議…」
ただ、少しづつ蛍がその状況に慣れ始めていたのは幸いだったかもしれない。
デュークらの方も、各自で情報の伝達を行い始めた。全員状況が全く同じと言う事もあり、特に言葉を交わす必要もなく、揃って脳内のナノマシンで会議を始めていた。階ごとに人数が増える状況も自然になり始めた時、ようやくエレベーターが屋上にたどり着いた。
これ以上乗っていたら、さらに碌でもない事になるかもしれない。各自大分広くなったエレベーターから降り、少々寒いデパートの屋上の遊園地に辿りついた。出口からぞろぞろと出てきた男女の組の数は、10階建てのビルから換算して55組110名…×2。
なんと、この横にあるもう一つのエレベーターからも、全く同じようにデュークと蛍が次々に屋上に降りてきてしまったのである。無理に広げなくても大丈夫な広さを誇る屋上なのだが、それでも220人が一気に降りてくると賑やか極まりない。念のため、エレベーターはこの状態で維持する事にした。また自分たちが上がって来るとも限らないからだ。
屋上に来るのは初めてだ、やはり名物の観覧車は大きい、など完全にリラックスモードに入っているデュークたちの一方で、蛍たちはそうは言っていられなかった。勇気を出して下を覗いてみた時、彼女から出たのは驚きの声であった。あれほど賑わっていた道路に、人っ子ひとりいないのである。どういう事なのか、先程までの状況も加えて蛍たちは混乱し始めてしまった。だが、それを優しく、しかしはっきりとした声でデュークは諌めた。
「「大丈夫、心配はいらない」」
「「そ、そんな事言われても…」」「私たち異次元に閉じ込められちゃったんですよ…」「「どうすれば…」」
「こういう時」「恵局長なら」「どうするかな?」「じっくり背景とかを考えて」「行動すると」「思うけどね」
その一言で、蛍は少しづつ落ち着きを取り戻した。探偵たるもの、どんな状況でも冷静な心を忘れてはいけない。その場の感情が標的を逃がしてしまうことだってある。それに、目の前にいるのは完全無欠、万能無敵のデューク・マルトだ。彼の言葉を信じないわけにはいかないだろう。
取りあえず、何者かの力が働いているのは間違いない。また、栄司の情報が正しければ、ここから逃げのびた人がいると言うのも事実であろう。と言う事は、どこからか出口があるに違いない。それは間違いなくあれだ、と数人の蛍が指差した先にあったのは、下へ降りる階段であった。向かおうとした蛍だが、何かの気配を察知したデュークが止めた。誰かが操っている以上、単純な出口など有る訳が無いと言うのは、ある意味常識でもある。
ただ、ここから降りる事が出来る場所と言えばここしかない。分身では無く同じだが別な存在である事が災いした。一部の蛍が、勝手に階段から降り始めたのである。出口を探さなければ脱出は出来ない。そんな時、手当たり次第探すと言うのも一つの方法である。だが、今回はデュークの忠告を聞かなかったのが裏目に出てしまった。
突然、階段の方から悲鳴が上がった。しかもその声は次第に大きくなってくる。目線を合わせた直後、一人のデュークが急いで階段へ向かい、そして数秒後に蛍たちを連れて帰ってきた。ただ…
「分身…じゃないようだね」
「「「嫌な予感が」「的中したよ…」「こっちは2倍だ…」」」」
階段も封じ込まれていた。一人が降りれば踊り場で二倍、下の階で二倍。階が一つ変わるごとに、その数は4倍になってしまう。数千人にも増殖してしまった蛍とデュークで、屋上は満杯になってしまった。局長に比べると小さいのだが、やはり女性と言う事もあって胸で体が圧迫されてしまう。デュークたちも何とかスペースを作るも、自分の数が多すぎて次第に連絡に支障が生じ始めてしまったようだ。
「駄目だ…回線が混雑してる…」「これ以上の増幅は難しいか…」「異次元だからな…」
あまり時空改変をし過ぎて、この世界がおかしくなってしまっては元も公もない。こうなった責任を、これを仕掛けた犯人に取ってもらいたい。その蛍のつぶやきが、事態を急変させた。
度々申し訳ないが、今屋上にいる数千人のデュークと蛍は全員瓜二つの別世界の住人である。すなわち、いくら知識や考えが同じでも、そこに至る経緯と言う所で差が生まれると言う事にもなる。栄司から伝えられていたある事実に気付いたのは、とある数名のデュークであった。そこから伝播的にここにいる全員に情報が伝わる。
あの時、栄司は確かに「お化け」と言った。つまり、これを引き起こしているのは「妖怪」の類である。ちょうどここのビルの知識を事前に収集していた事が幸いし、そう彼が言った理由もすぐに分かった。
「「「「「神様…ですか!?」」」」」
「まだ確証は無いけどね」「でもここに昔」「小さな神社があった事は確かだ」
もしこのデパートの店舗が、それを無視して建築したとしたら…。こういった状況は、各地で見られるものだ。
つまり、今二人は神様の「祟り」に巻き込まれてしまったと言う事になる。
「神様相手じゃ…」「文句も言えないです…」
このまま諦めるしかない、そう思いかけた蛍の肩を、それぞれのデュークが優しく手をかけた。
「「「「「僕に考えがある」」」」」