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50.発動・怒りの分身

ブランチが見た時、恵局長は何か悩んでいるような顔で助手にその事を言った。彼も、何が言いたいかは少しだけ分かっていたようだ。新たな仲間、丸斗蛍の件である。

デュークが授けた力は、確かに彼女を寂しさから解放させ、笑顔を取り戻す事に成功した。しかし、今の蛍がそれを上手く使いこなせているとは言い難い。それに、彼女には少しプレッシャーがのしかかっている事を、恵はよく分かっていた。そして、助手に面と向かっていった。何故彼女に、分身能力を持たせたのか、と。


「局長、結構心配してたみたいだニャ。ホタルが弱っちいからかニャと」

「え、私…でも私、大丈夫…」


だが、やはり心の中に不安がある事を隠す事は出来なかったようだ。自分はまだ、そのような扱いであると言う事実への苦悩と共に。

なお、ブランチは伝える事は無かったが、恵はあの後デュークに怒り、そして彼の胸で泣いた。蛍のようにはかなさそうなその光を、どこまで活かす事が出来るか。大丈夫だと言い聞かせる自分の心を、信じる事がどうしても出来なかったのである。ボーナスを無しにしたのも、それが原因であった。無理に蛍に重荷を課した罰である、と。ただ、その裏で彼女もどこか自分を責めているように、ブランチの耳と脳みそは感知していた…。



太陽の傾き具合もそろそろはっきりと分かり始めた。今の蛍はお使いの身、さすがにそろそろ戻らないと二人の先輩が心配しているかもしれない。紫がかったスカートについた汚れを払い、蛍がブランチと共に岐路に就こうとした。まだ悩みは消えていなかったが、今は先輩の心配顔を癒すのが先だ。 



そう考えた矢先であった。彼らのいた近くから、小さく、しかしはっきりとした悲鳴が聞こえたのは。以心伝心、目線を合わせてそれぞれの考えを伝えた後、二名の探偵は急いで現場に向かった。


悲鳴の先には、一人の女性が座りこんでいた。腰が抜け、怯えから来る震えが止まらない彼女の背中を優しく撫でながら、蛍は自らが探偵である事を告げた。そして、そのまま一体何があったのか注意深く聞いた。


「…ひったくり…ですか」

「は、はい…」


まさに数十秒前に、バイクに乗った男にバッグをさらわれてしまったという。

ふと目線を上げた蛍の目の前に、その証拠がばっちりと入って来た。この女性の言葉通りだ。バイクに乗った一人の男が、女性の大事な金品が入っているバッグを余裕そうに持っている。ヘルメットも付けず、髪型も丸見えだ。見る限り、世間や女性一般を舐め切ったような感じがその身体からも漂ってくる…。



…気がついた時、既に蛍の体は犯人に向かって動き出していた。


『む、無茶すぎるニャ!』


首輪を伝ったブランチのテレパシーも無視し、蛍の追跡は始まった。恐らくバイクのミラーにも、彼女の体は映っている事だろう。そして、それを見てもスピードを変えることなく悠々と道路を進んでいる理由も、彼女は薄々感じていた。確かに「家畜」だった頃に自らの基礎体力は様々な競技を実践する中で格段に上がっていた。水泳や柔道、長距離走に短距離走、テニス、フェンシング…覚えられるだけの力は、自分や分身たちの中に身にしみている。それに、自分は二人の先人に比べれば無力であるが、それはあくまで技や能力だけ、悪事を許さない心は彼らと同等である。

しかし、いくら基礎体力を鍛え、正義の心を持つと言ってもバイクにごく普通の少女が追いつけるはずが無かった。


「きゃあっ!!」


整備の遅れているアスファルトの凹みに足を引っ掛けてしまい、蛍の身は地に伏せてしまった。彼女の履いている白いニーソックスのお陰で膝にけがは無かったが、手には少々かすり傷がついてしまった。そして、バイクとの距離も格段に離れてしまった。だが、それでも彼女は諦めず、再び立ち上がり、追跡を続行しようとした。だが、傷つき疲れが見え始めた体は、精神についていけない状態にあった。必死に追っても、もはやバイクとの距離を縮める事は不可能であった。


――もしこんな時に、自分の代わりがいたら…


ふと頭をよぎった考えに、彼女ははっと気がついた。


「…もしかして…!」


=====================


男の顔は、まさに愕然としたものだった。バックミラーに見た光景は、信じられないものであったからだ。

女性からバッグをひったくった後、それを感づいた一人の少女が彼を追い始めていたのをこちらも確認していた。そして、その姿を彼は鼻で笑った。女子高生を思わせるただの少女が、バイクなどに追いつけるはずが無い。少し遊び半分で彼女が追いつけるくらいの速度で翻弄していた。それでも諦めない少女を見て苛立ったこの犯人は、一気にバイクの速度を上げた。一時的に制限速度を超えた事で、もう自分を追跡する事は不可能であろう、そう数十秒前まで考えていた。


…それがどうだろう。今、バックミラーに映っているのは、まさにあの時の少女ではないか。ツインテールを靡かせながら、真剣な表情でバイクとの距離を全く離さず、追撃を続けているのだ。一体どうなっているのか、慌てた彼が制限速度を遥かに超えた時速130キロでエンジンをふかしても、状況は全くと言っていいほど変わらなかった。


一体どうなっているのか。あいつは化け物か。

どうして疲れの顔一つ見せず、このバイクについてきているのか…。


彼は知る由も無かった。これこそ、丸斗蛍が秘めていた能力の真骨頂である事を。


確かに蛍の能力は、「自らの体を増やす」という点に関して先人である恵局長や栄司と完全に被っている。しかし、細かい所を見てみると、二人とは違う部分がいくつかあった。恵が「一つの体」から分かれるように身体が現れるのに対し、蛍の場合は栄司と同様、ある程度自分の体から離れた場所からでも自分を自在に出現、消去する事が可能である。分身との意思は栄司と違って分化しておらず、言うなれば別の体は蛍にとってラジコンに近いものとなっている。こちらは恵に近いものだ。つまり、分身を瞬時に近くに出し、それと同時に今の体と分身を入れ換える事が出来れば…。


あの時、蛍はそれに気付いたのだ。そしてそれは、「無力な少女」からの脱却の瞬間であった。


一度コツを覚えれば、もうこちらのもの。お譲様、もしくは家畜時代の特性故か、蛍は短時間でも非常に物事の飲みこみが早い。自らの進む方向にもう一人の自分を配置し、瞬時にそちらへ意識を映す。それを何度も繰り返す、アニメーションのコマやテレビの点滅に良く似た事を今の彼女は行っているのだ。自らの体に収納している何千、何万もの別の「自分」を繰り出す事で、疲れを一切起こす事無く、走る速さを特急列車並みに上げ、空気抵抗も受けることなくバイクの追撃を続けていた。信号を無視して信号を直角に曲がろうとも、完全に無駄であった。


デューク先輩が自分に渡してくれた力の真意に気がついた、今の蛍には。



そして、人気の少ない場所に来た時蛍は自らの速度を上げてバイクに飛び乗り、一気に数十人に分身してバランスを崩させた。


「「「「「「「「「「バッグを返しなさい!」」」」」」」」」」


もう犯人にはなす術も無かった。「普通の女性」なら簡単に振り払う事が出来る彼だが、相手があまりにも悪すぎたようだ。自らより弱い存在を笑う者は、自らを超えた存在にはとことん弱いのである。


数十人の蛍が犯人を羽交い絞めにする一方、一人の蛍が急いで警察に連絡を入れた。駆け付けた「青髪の男性警官」がその様子を見に来、驚きの表情を見せたのはそれから少し後の事である。


========================


それから数日後。


「そうかい、貴方が蛍ちゃんだね」

「は、はい!」


よろしくお願いします、と蛍は銭湯のおばちゃんにはきはきとした返事をした。以前のようなおどおどした雰囲気は、もう彼女から消え去っていた。そして、その様子を隣から恵局長はにこやかに眺めていた。


あの時、銭湯の帰り道に栄司から報告を受けた恵は、彼から事件の顛末を聞いた。ひったくりの被害にあった女性への挨拶も勿論だが、それにもまして彼女が力を入れたものがあった。蛍への謝罪である。彼女の事を自ら弱い存在だと思い続けてしまい、自信を喪失させてしまった、と。これでようやく、恵の中に宿っていた「弱い蛍」の幻影は消えうせた。今、彼女のイメージには強い光を放つ「蛍」の姿がある。

ひと段落した後、帰り道でブランチにも声をかけた。やはりあの時こっそり覗き聞きしていたのはばれてしまってたようだ。だが、お咎めは無かった。彼が言わなければ、蛍への自分の思いは伝わらなかっただろう、と。一方、蛍も逆に恵たちに迷惑をかけてしまった事を謝った。多分今回の件は間違いなく後でデューク先輩の時空改変が必要になってしまうだろう、と。そんなどこまでも真面目で優しく、そして正義に熱い彼女の頭を、局長は静かに、そして優しく撫でた。


「分身を出し入れして高速移動か…その発想、全然無かったわ。さすがね!」

「ありがとうございます、局長!」


不安交じりの声では無く、しっかりとした意志で蛍は礼を言った。

なお、二人は知らなかったのだがデュークのボーナスカットはそのまま維持される事になったと。局長曰く、乙女を泣かせた罪は大きい、との事。さすがの助手も反論は出来なかったようだ。

ともかく、この事件を経て、改めて蛍はこの探偵局や仲間たちの中で自分の居場所を見つける事が出来たようだ。そして、心の中に残っていた不安も弾け、しっかりとした根を張り、自分の心を伝える事が出来るようになったようである。


「まだフリーパスって有効だよね?」

「大丈夫だよ、ゆっくり浸かりな」

「ありがとうございます!」


女性二人で初めて入る銭湯。恵も蛍もワクワクしながら、暖簾を潜って行った。

また一つ、新たな絆を作った探偵局の面々を見つつ、おばちゃんはひっそりと呟いた。誰にも聞きとれないように…。



――頑張ってね、ケイちゃん。

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