05.隣人調査と嫁入り娘:前編
丸斗探偵局に、依頼が入った。
最近各地でニセ札が多いという事もあり、局長の丸斗恵は助手であるデューク・マルトにしっかりと確認するように頼んだ。勿論、有能な助手にわざわざ言う必要はないというのは承知の上だが。
「それにしてもがめついですね局長…」
「だって最近ずっとコンビニの安いおにぎりで済ませてるから…そろそろお金が…」
「まったく、この前荒っぽく使ったからですよ…」
やって来たのは近所のアパートに住む管理人のおじさんだった。恵たちも時々スーパーなどで会う顔見知りの関係だ。
彼の持ち込んだ依頼は、「隣人調査」、近隣の人の身元や情報などをあたるものであった。
「実は…ここの住人についてなんですが…」
「2階の3号室の…」
「男性の方ですね」
その男性の様子が、どうやら最近様子がおかしいらしい。カーテンはあまり開かなく、出入りも見られない。それなのに、何故かゴミの量が多いようなのだ。
「ゴミの量は、あくまでわしが見た判断にすぎんのですが…」
しかし、余りにも不気味な事態に住人から不安の声も出始めていた。このままだとアパートの「格」にも影響を及ぼすかもしれない、と言う事で二人に調査を依頼したとといういきさつである。
久しぶりの依頼と、予想以上の解決金で気分が舞いあがる局長をなだめながら、デュークはある程度予想していた。その男性の方と繋がりがある可能性は高いという事を…。
…その日の夜から早速作戦が始まった。局長自身の体を使っての張り込み調査だ。
ちょうど以前に起きた風呂騒動と同じように、数人の「丸斗恵」によるローテーションである。
彼女は「一人」にも「複数人」にもなれる。特殊能力の持ち主なのだ。
しばらく何も動きを見せず、次第に彼女にも飽きの色が見え始めた、そんな時であった。数日後の夜に、動きがあったのは。
今回も数人の「自分自身」で辺りを見回る彼女。
「今日は確か燃えないゴミの日だから…」「弁当殻を捨てに行く率が高いわね…」
ただのゴミ捨ても、探偵にとっては大きな手がかりに変わる。腐っても探偵である彼女の本能が、感覚を研ぎ澄まさせていた。そんな中、携帯電話が鳴った。どちらの「恵」に鳴ったのかは定かではないが、その着信音を聞いて相手も「自分自身」である事は確信した。と言う事は…
「もしもし、こちらゴミステーション近くの恵!」
「はいこちら本部の恵。どうしたの?
……へ!?なにそれ!?」「な、何かあったの?」
…三人目の「恵」が見たものは、まさに不可解なものであった。突然、本当に突然男が現れ、たくさんのゴミを捨て、そして煙のように消え去ったのだという…。
その次の日。
「調べたのですが…以前のような未来の犯罪者があそこにいる、という資料はありませんね」
「そんな!どの機密文書にも?」
「ええ、最大で数千年後までの警察や防衛隊のコンピュータを可能な限りハックしてみたのですが…」
「えぇ~どういうこと…?」
何やら物騒な会話をしている恵とデューク。デューク得意の時空改変で気付かれないまま未来のコンピュータに侵入して資料を探っていたようだ…
以前同じような手段で犯行に及ぼうとした悪質な未来人がいたという前例があったのだが、今回はどうもそれとは違うようだ。
「これはもう一度調べ直す必要が…ん?」
「誰か来たようですね」
インターホンごしに彼女が見たのは、どこか気品のある長髪の若い女性であった。基本的に予約を入れていない場合は断る場合が多いのだが、彼女の顔を見て、恵は用件を聞くことにした。その眼から、誰からも救いを得る事が出来ないようなオーラを感じたからである。
「どうぞ、お入りください」
「かたじけなく存じます」
どうやら彼女も身元調査に来たらしい。それも二人も調べてほしいという。
「なるほど、結婚する事になって、ある方と一緒になる予定だと」
大雑把に言うと、そういう事である。女性にとって結婚は重要な問題、恵が黙っているはずはなかった。
「しかし、密かに恋焦がれている方がおられるということですね」
「はい…左様でございます…」
物腰も良く、気品がある彼女を見ると、デュークはずぼらでいい加減な局長と心の中で比べざるを得なかった。
富豪である彼女の両親としてはどちらか一方を選んで欲しいようだが、ある程度自由な気風らしく、最終選択権に彼女にあるらしい。その参考にするべく、探偵局に依頼を行ったのだ。
そして、彼女の持ってきた写真を見て二人の探偵は驚いた。ホスト風の一方はともかく、もう一方は以前より何度も見ている顔であった。あのマンションに住んでいる、挙動不審の彼だったのだ。
恵たちの選択は勿論承諾。女性問題と言う事で恵はがぜんやる気になっていた。
…そんな依頼人が去った後、テーブルの上には二枚の写真ではなく、二枚の葉っぱが載っていたことに気付いたのはそれからしばらく経ってのことである。
同時進行で二つの調査を行う探偵局。こういう時こそ、増殖探偵の見せどころである。
美人の依頼人の許嫁である「ホスト」班、挙動不審の「彼」班、(デュークがいる)探偵局班に分かれ、数人単位で調査をする事になった。
ホスト風の青年の方は、デュークが能力を使うまでもなくネットで結果が出た。たくさんの株を持ち、それで生計をたてているカリスマ資産家らしい。ただ、詳しいプロフィールは裏サイトなどにも載っておらず、直接彼の家付近で張り込みを行う事に。
デュークから情報操作を用いるという考えも出されたが、局長に断られた。実地で張り込みしたいという行動派の心境である。
一方の「彼」班。張り込みを続けるうちに色々分かって来た事があった。
最近どうも探偵局近くで野良犬の声がうるさい…と思われていたがどうも彼の家から流れてくるらしい。一応ペットOKのアパートなのだが、それにしても野性味がありすぎるし、よく聞くと犬とは違う。
そしてもうひとつ。
恵「「「あ…油揚げ…?」」」
探偵の技の一つにゴミ漁りがある。ゴミの中に様々な資料が入っている場合があるのだ。
なので皆さま、住所などが書いてある手紙などは手でちぎって捨てるようにしましょう。
…しかし丸斗探偵局はそんな用心も通用しない。お馴染みデュークの能力で、中身をあっという間に解析してしまうのだ。ただ今回は妙だった。燃えないゴミの中身の1/3が、近くのスーパーの油揚げ関連なのだ。
「油揚げ…大好きなんですかね…ってどうしたんですか、局長…」
「ねえ、デュークって妖怪とかの類とか、信じる?」
「あいにく僕は、裏付けされた存在意義が無いもの以外は信じない思考です。探偵として、当然ですよ。いきなりどうしたんですか?」
「ううん、何でもない」
…このとき、自分の推理に半信半疑だった恵。しかし、数日後、それは確信へと変わる。
「彼」がゴミ捨て以外の目的でアパートを出たのだ。
そのまま駆け出し、山の方へと向かう彼。後を追う恵だが、「彼」の動きが結構速い。そこで恵が指を鳴らすと、山へ向かう道の角のいたるところに、恵と寸分違わない女性が現れた。これが丸斗探偵局流追跡方法だ。
無論、前もってデュークに連絡し、ターゲットにばれないように「細工」を施してもらった。位相のずれた彼女たちの動きを、この街の人たちは誰も知らない。
それぞれ情報を共有し合い、合体して数を減らしながら「彼」のたどる道を把握していく恵。追跡の中、ターゲットは山の中に入ったことが判明した。
速報を受け、瞬間移動でやって来た助手のデュークを伴い、こっそり後をつける恵。
そして二人は見た。木々の生い茂る山の中で、一人の「人間」が、一匹の「キツネ」に変身するのを…。