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49.苦悩・二人の探偵

「あ、ここにいたんだニャ!」


丸斗探偵局の一員、黒猫のブランチが探し相手を見つけた場所は、川のほとりであった。相手の方は突然猫が人の言葉を喋った事にまだ慣れていないようで一瞬慌てた素振りを見せてしまっていたが、当の彼はあまり気にしていなかった。3月になっても寒さが残る冬の川沿いに、人の姿を彼女以外見出す事が出来なかった事もある。


「ブランチ先輩すいません、お使いの途中で…」

「気にしニャいで大丈夫だニャ。局長の無茶ブリだからニャ」


そう言って、黒猫は桃髪の少女が座る木のベンチに乗り、身を伸ばした。体の筋肉同様心も緩くなっているブランチの一方、「後輩」の表情はどこか暗さを残していた…。


=======================


丸斗探偵局の新たな仲間、丸斗蛍。

栄司やデュークによって戸籍上は恵のいとことして扱われているが、本当は彼らとは繋がりを持たない、赤の他人である。しかも、彼女はただの人間として生を受けてはいなかった。とある大富豪に反乱を起こしたクローンが作った、新たなクローン人間。名前も与えられず、家畜のように扱われていたのが、かつての彼女の姿であった。その報いを受け、栄司を始めとする警察の強制捜査により今ニュースはこの大富豪の話題でごった返している。意中の本人が行方不明であると言う事もそれを大きくしている理由だろう。ただ、いくらマスコミが眼を血眼にしようとも、恐らく一つも良い情報を得る事は出来ないだろう。既に丸斗探偵局の息が吹きかけられているからだ。

 今、蛍は名実共に一人の人間として過ごしている。デュークの時空改変によって生じたフィルターのお陰で、関係者を除いて誰ひとり彼女が件の大富豪「H」と同じ遺伝子を持つ存在である事を知らない。そして、それに伴い生活も大きく変わった。蛍にとって生まれて初めての自給自足の生活。栄司らの手引きでマンションの一室は楽に得る事は出来たのだが、掃除や洗濯など、知識として覚えている事でも実際に行うと難しい。料理も添加物たっぷりのインスタントや焦げ目が多めの揚げ物など少々健康に悪そうなものが多い。しかし、それは彼女にとってはかつての生活では味わう事が無かった最高級の料理でもある。


「それに、掃除に洗濯に、色んな事が出来るのが嬉しいんです…」


鳥かごの中では味わえない様々な出来事を、蛍は日々学んでいるようだった。


「マジメだニャー…俺はネコだからよく分からニャいんだけど、ホタルが偉いのは分かるニャ」

「え、そんな…」


でも、まだ暗い顔をしている。そうブランチは言った。

ミュータントである彼の嗅覚や聴覚は、隠していても仕草や身振りから出てしまう蛍の心の中を感じ取っていた。元気が少し空回りしている、そんな感触を彼は感じていた。


「無理に隠すより、困った時は堂々と話せばいいニャ」


それに自分は先輩だ。そう言った彼を見て、蛍は静かに語りだした。


「劣等感」。今、彼女の心に影を落としているのはこの感情であった。自給自足、丸斗探偵局の新人としての一人暮らし生活に慣れていくにつれ、心の中に味わった事が無いものが湧きあがって来たのだ。その原因は、彼女を助け、そして協力してくれる頼もしい仲間たち。その「頼もしさ」が、逆に蛍にとっては羨ましいものとなっていたのだ…。


まず、デューク・マルト先輩。時空改変能力で森羅万象あらゆる事柄を自在に操作できる、黒髪眼鏡の美形の先輩。いつも真面目だが素直でとても優しく、困った時は真っ先に手伝ってくれる。

次に、コンピュータの達人であり、予知能力も併せ持つ陽元ミコさん。豪快な性格で、ネット界隈での疑問には面白おかしくしっかりと対応してくれている。

郷ノ川・W・仁先生は、どんな病気でもすぐに解決方法を見つけてしまう凄腕のお医者さん。普段は動物病院を務めているのだが、探偵局の面々など超能力を持った人々の治療にも携わっていると言う。

分身能力を駆使し、ありとあらゆる職業を席巻している有田栄司さん。デューク先輩とは別の面で、蛍は凄まじさを感じていた。口が悪くちょっと怖いが、困った時はしっかりと支えてくれる。

そして、彼女を助けてくれた増殖能力の達人である丸斗恵局長。一緒に作ったカップラーメンの味は、ずっと忘れる事は無いだろう。ちょっとだけ不真面目すぎるのは球に瑕だが…。

他にも、探偵局と業務提携に近い形で協力をしてくれるという化け狐のドンさん・エルさん夫婦、デュークの監視役を務めていると言う未来の捜査官であるクリスさん。この三名はまだ蛍はあった事が無いのだが、その噂はよく先輩たちから聞いていた。


「あと、ブランチ先輩も凄いですよね…どんな匂いも嗅ぎ分けちゃいますし、デューク先輩がどんな声も聞き分けてしまうって言ってましたから…」


そんなに褒め無くても、といつも通りおどけようとした黒猫ブランチだが、今回は途中でそれを止めた。先輩たちへの思いを告げつつ、どこか哀しげで悩みを抱えていそうな彼女の顔を見てしまっては、とてもそう言う気にはなれない。


蛍自身にも、デュークの力で新たな能力が身についていた。

元々彼女はある特性を持って生まれていた。屋敷の中で、彼女は毎日その数を2倍に増やしていたのだ。というより、正確には「増やされていた」と言った方がいいだろう。蛍と遺伝子は同じだが中身は邪悪と言う一言で説明できるメイドたちによって、家畜として飼育されていた頃の話だ。

そこから解き放たれ、彼女がこうして新入りとなっている今、その力は蛍本人へと受け継がれた。自らと同様に飼育され続けていた「分身」たちを自らから自在に出し入れする事が可能となっている。体の中に分身たちを超空間の中に収納しているそうだが、デューク以外その原理を理解できる者は探偵局にはいない。蛍も途中まで頑張ったが断念した。ただ、確かなのはこれで彼女も「分身探偵」として活躍できるチャンスを得たと言う事である。


…ただ、それと同じような力を持つ者が、蛍の周りに「二人」いた。

恵局長と栄司さんが保持する能力は、彼女とは格段にレベルが違う。栄司さんは常にその身体を数千、もしくは数万近く現出し続け、自分同士で連携をとり、社会の裏で様々な事をやってのけている。恵局長は彼とは違って普段は一人だが、いざという時は二つ名の通り、一気にその身体を多数に増やし、見事な連携で依頼を解決する。「分身」というより、もはや「増殖」に近い域だ。蛍の実力では、全く及ばない…。


「ニャるほど…二人と比べて自分はどうすればいいのかニャやんでる訳か」

「はい…」


…やはり局長の言った通りであった。ため息をつき、悩み顔が収まらない彼女に、ブランチはある決心をした。自分が聞いた内緒話を、こっそりと伝える事だ。ただし、本人たちには絶対に言わないようにという念を推しながら。


「…え、デューク先輩の給料が!?」

「そうだニャ、ボーナスは無しになったんだニャ」


一体どういう事なのか、蛍にブランチは静かに説明を始めた。


===========================

一方。


「つまり、デューク君に八つ当たりしちゃったって事か」

「うん、そうなるよね…」


買い物を頼んでいた局長の方も、留守番をデュークに託して外出していた。

向かった先は、探偵局が出来た頃からよくお世話になっている銭湯。最近は珍しく事件続きで来る機会が無かったのだが、今回は無性にここの番頭であるおばちゃんに相談をしたかった。幸い開店まで時間があったので、二階建ての家にお邪魔する事が出来た。


「でも蛍ちゃんかい?いい子じゃないか、遠くから来てるのに頑張って」

「そうなんだけどね…」


勿論、おばちゃんには蛍の能力やら出生やらは隠している。当然だろう、「一般人」である彼女をも巻き込んでしまっては大変だからだ。ただ、それでも彼女に悩みを打ち明ける事は出来た。

恵はずっと心配していた。今、蛍は丸斗探偵局の一員として新たな一歩を踏み出している。永遠の孤独から解放され、彼女には笑顔が戻って来た。だが、それがずっと続くのか、いつかまた消えてしまうのではないか、局長の頭に浮かんだ悩みは消える事は無かった。


「デュークに言っちゃったのよ…どうしてケイちゃんを無理に巻き込んだんだって」


正確には、「どうしてあんな能力を授けたのか」という文面で。今思ってみれば、かなり頭に血が昇っていたのかもしれない。彼女の脳裏には、助手がどう反応すればいいのか分からず困惑する様子が鮮明に残っていた。受け答えも出来ずオロオロしてしまった彼を見て、より恵は怒りを増してしまった。その結果が、デュークのボーナス抜きであり、そして彼女の顔に残った涙の跡である。


「ねえ、本当に大丈夫なのかな…」

「蛍ちゃんの事かい?」

「うん…」


何度も自分には、彼女は凄い存在だと言い聞かせている。しかし、それでも心配はぬぐえなかった。一体どうすれば、確証を持って彼女を一人前の「探偵」だと認める事が出来るのだろうか…。


沈黙してしまった恵の頭を、やさしくおばちゃんは撫でた。まるで実の母のような感触だった。


「本当に大丈夫か、自分で自信が持てないのはおかしいことじゃないよ」

「え…?」

「恵ちゃんの中の蛍ちゃんが、まだ弱い存在だからかな」


自分の中に一度植えつけられたイメージは、なかなかぬぐうのは難しい。それを打ち破るのは、心の中の葛藤だけでは不可能だ、そうおばちゃんは言った。では、どうすれば勝つ事が出来るのか?


それは、本物の「丸斗蛍」が見せてくれるはずだ。


確固たる自信が、おばちゃんの言葉から感じる事が出来た。


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