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45.ツインテールの逃亡者・5

六人が盛り上がっている一方で、その話題の中心となっている少女の方は、恵の家で静かに帰りを待っていた。但し…


「どうだった?生まれて初めてのカップラーメンの味は」

「はい…とってもおいしいです…!」

「でしょー!さっきのは塩だったから、今度はネギ醤油にする?味噌もトンカツもあるわよー!」

「す、すいません…もうお腹いっぱいで…」


もう一人、丸斗恵の方は非常に五月蠅かったのだが。


デュークからの着信音を目覚ましに起きた恵は、その横で疲れを取るように爆睡している少女の横で画面を確認し、そっと自らの体を二人に増やした。昨日に念のためを考えて「罠」を張ってもらった結果が出たと言うのだから、早めに出かけてその様子を聞く必要がある。しかし、目の前で眠っている少女に自分の分身術を見られてしまったら、より彼女を不安にさせかねないと思い、こっそりと一方は探偵局へ出かけ、もう一方は少々慣れない手つきで朝ごはんを作った。

ソーセージやみそ汁、トマトなどあまりぱっとした食事では無かったものの、少女はそれをとても美味しそうに食べてくれた。今までも様々な朝飯を食べてきたが、ここまで美味しいものは味わった事が無いとまで褒められ、恵も満更では無かったようだ。それは、先程食べた昼飯のカップラーメンも同じであった。ただ、今まで少女が逃げてくる前まで何を食べていたのかを聞いた局長は、正直驚いた。聞けば聞くほど、彼女では到底味わえそうにない食べ物の名前が出てきたからである。トリュフ、黒毛和牛、フォアグラ、チョウザメの卵、ツバメの巣。やはりこの子は、件のセレブ『H』なのだろうか。


「正直貴方の方が凄いわよ…私のこんな食べ物なんて…」

「でも…なんか違うんです。恵さんの作ったご飯は、今まで食べてきたものと…」


唯一にして最大、食品添加物満載の恵の料理が、これまで少女が口にしてきた料理より一歩抜きんでていた理由は、「愛」であった事は、誰も知らない。


そんな中で、恵局長は一つ気になる事があった。先程から少女が自分の名前を思い出せていない事である。逃げてる最中のショックでこのような事になってしまったのだろうか。


「ごめんなさい…」

「いいのよ、気にしないで。思い出せなかったら、今から考えればいいのよ」

「…え?」


相変わらず突飛な事を平気で言いだす局長だが、驚く少女をよそに早速脳内に考えを巡らせた。勿論某チートな助手のような事は出来ないが、思考は彼に負けないと自負している彼女。そして、少しの間をおいて、恵はある名前に至った。


「ねえ、『蛍』って言うのはどう?」

「『ほたる』…ですか?」

「うん、ちょっと頭に浮かんだの。可愛いでしょ?」


一応探偵ものの作品のはずなのに、推理をしないどころか仕事も不真面目な恵局長だが、ネーミングセンスだけは結構あるようだ。あの時に聞いた『H』という単語から連想したその名前、少し戸惑いながらも彼女は気に入ってくれたようだ。


「思い出すまでだけど、その名前で呼んでいいかな?」

「は、はい…宜しくお願いします」


しっかりと頭を下げ、『蛍』は恵と共に賑やかに午後を過ごした…。


―――――――――――――


一方、他の面々も事態の解決へ向けて動き出し始めていた。

ボロロッカ号の中で情報の整理を始めたミコの元には、狭そうな格好をしている郷ノ川医師が乗り込んでいた。デュークよりも背が高いと言う事もあり、様々な機材や生活用具が積んである大型車でも窮屈そうである。


「しっかし、こりゃあれだな…」

「あたしも信じられないっすよ、こんなの恵とかエージはんとかだけかと思っとったんですけどね」


画面に映るのは、先程の映像およびその続きであった。件の襲撃者…現在恵が家で保護しているという連絡が入った少女「蛍」と同じ顔の少女が画面に映る。しかし、その服装はあの時デュークが見たと言う物とは違っていた。黒いメイド服に身を包み、周りにいる同一の姿の少女たちと共に、巨大な廊下を歩いたり屋敷の中を歩いている。

そして、彼女たちのもとにいる、フリル付きの少し可憐な服装をしている少女たち…。


「こりゃあれか、お譲様とメイドって奴か」

「そうみたいっすね…」


にこやかに「お譲様」と話す「メイド」の様子を見る限り、とても先程のような情景は想像できない。裸の眠る少女が乱雑に箱の中に押し込まれたり、そのままの姿で…いや、これ以上は描写しない方がいいであろう。それほど信じられない光景が映し出されていたのだから。その様子を見る限り、映像から聞こえる優しい言葉や豪華な食事も、全く空虚なものに感じられた。それがあの時の怒りとなったのである。

栄司も今頃あちこちに散らばった自分たちを動員し、動きを見せ始めている事であろう。


そんな中、二人はある事が気になっていた。親玉であろう美人の大富豪、「H」についてである。イニシャルだけで言うとどこかR15では済まない香りもするその名前…。


「確かずーっと顔を見せずに…」

「スポークスマンを代理にしてたよな」


時々テレビなどで入る映像でも、彼女の姿は映っていなかった。あの栄司たちですら掴めなかったというのだから、かなり厳重なガードが成されていたのであろう。

何かを隠そうとしているが、まさに頭を隠して尻を隠さず、その気配はすぐにばれていた。だが、その「尻」が何かと言う事に関しては、二人とも分からなかった。

だが、こちらには一人、そのような事でもすぐに分かってしまう存在がいる。


「ミコちゃん、どう考えるか?」


陽元ミコ。パソコンの天才である彼女が持つもう一つの力こそ、未来を固定する「予知能力」である。

そして、彼女の言った「カン」は、最初郷ノ川医師ですら少々信じられないと言った顔をしていた。だが、それを感じた証拠は数多くある。「美人」「女性」そして…。


―――――――――――――

恵の所にも、もう一人の自分が帰還していた。デュークを介しての郷ノ川医師とミコからの連絡、そして彼自身の調査の結果を基に。普段はある程度自分自身で会話の後に融合する事で記憶を受け継ぐ事が出来るが、今回は伝える事が多いため、瞬時に合体し、二つの記憶をそのまま併せ持つ事にした。

彼女自身も、その結果に信じられない様子であった。いや、信じたくないと言う思いもあったであろう。だが、これは確かに説明するよりも記憶として直に刻んでいた方が分かりやすいと感じた。しばらくキッチンで思いにふけっていた時、リビングにいた少女―蛍―が、彼女を呼んだ。


「…あの…」

「どうしたの?大丈夫、無理しなくてもいいから」

「いえ、その…信じてくれるのか…」


自分の今から言う事を信じてくれるか、という蛍の問いには恵局長は明確な答えを敢えて出さなかった。まだ言ってもいないのに、そんな事を言われても分からない。でも、今の彼女の眼は嘘を言う目では無い、という言葉で、彼女を勇気づけた。


…探偵局に彼女が保護された時、デュークは彼女が何者かと言う事を問おうとした事がある。しかし、この時の蛍は答える事が出来なかった。誰かに言っても、信じてくれない。自分の持つ常識は、外の世界では通用されない。逃亡を続けていた彼女が知ってしまった事実が、勇気を消そうとしていた。その様子を見て、助手も無理に記憶を引き出す事はせず、そのまま彼女が話す時まで待つ事にしていた。

そして、家の中で賑やかに接してくれた恵の様子を見て、次第に彼女にも勇気が湧いて来たのである。主従でも無く「自分」でもなく、一人の頼れる女性として、生まれて初めて接する存在と出会えた事が、蛍の心に有る勇気を突き動かしたのである。

一方の恵は、彼女の語る言葉を聞いたとたん、その豊かな胸に蛍の顔を押し当て、そしてその体を強く抱きしめた。


「…貴方凄いよ…私なんかよりずっと…」


全ての幻想が壊れた中で必死に逃げ続けた蛍の心を聞いた恵の方が、目に涙を浮かべていた。もし自分が同じ状況を受けた時、耐えれる保証は彼女には無かった…。

そして、『蛍』の持っていた勇気に応えて、恵の方も真実を話す事にした。デューク、ブランチ、ミコ、郷ノ川、そして栄司。もし何かこの事で支障があっても、その際はデュークの時空改変で何とかできる。少々彼頼みな部分も多かったが、少なくとも蛍の驚き顔を見ると、どうやら大丈夫なようだ。


「そんな…私よりとっても…」

「へへ…そう言ってくれると私としては嬉しいかな」


自分よりもはるかに凄い力を持っていた事を知り、今度は蛍の方が逆に恵に尊敬の眼を向けていた。


「…私、結構酷いですよね…」

「どうして?」

「皆を見捨てて、自分だけ逃げてきてしまって、それで…」


そんな事無い、と言い返そうとした時、恵の元に一通の電話が届いた。蛍にも話した、彼女の(一応)頼りある仲間、有田栄司からであった。

そして、彼女は彼の連絡を伝えた。仲間を助ける勇気は、まだ残っているか、と。

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