44.ツインテールの逃亡者・4
…前回は女性陣の部屋の中身を書いたが、今回は男性陣、デューク・マルトの部屋を説明しよう。
…「質素」。
この一言が、彼の部屋の様子を表す。
恵たちとは別のマンションに住む彼だが、その中は初期設定そのままの状態を保っている。部屋にはインテリアの一つもなく、クローゼットには服すら入っていない。冷蔵庫の中身は空、コンセントも抜いた状態だ。生活感が感じられない部屋だが、彼はたいして気にしていない様子だった。日常の大半を探偵局で過ごす事もあり、自室に気を配っていないようである。そもそも時空改変能力で生活必需品はただで幾らでも出せるが…。
そんな彼も、さすがに部屋の中でずっと燕尾服は着ていられない。寝る時の体制に入った彼は、丁寧に畳んだ服をハンガーにかけ、眼鏡をはずし、布団を被って眠りに…就かなかった。目を閉じたまま、ずっと何かを待っている。
少し経ち、辺りも静かになった頃、突然デューク宅の玄関で物音がした。何者かがカギをいじっているようだ。しかし、彼は動かない。
数度カギ付近が動き、そしてドアが開いた。
そこにいたのは、三人の人影。静かに部屋に入り込み、台所などで何かを探し始めた。それでもデュークは動かない。
そして、ベッドのある部屋のドアが開いた。そこに見える影は、まさしく「例の少女」だ。
合図を取り合い、そっと彼女に近づく人影。そして手袋をかけた右手が彼女に触れた…まさにその時であった。
「人の家にはいるときは、ドアホンを鳴らして要件を伝える。
この時代の常識ですよ」
突然点灯した部屋の明かり。ベッドにいたはずの人影は消え、代わりに三人の人影…いや、女性の後ろに現れたのは、燕尾服の男、デューク・マルトであった。読みは見事に的中していた。あの時の断り方だと、何か隠していると思われてしまう可能性が高い。相手の脳内を瞬時に観測した際、そのような動きを感じ取れたのだ。しかし、彼はそれを逆手に取った。わざと相手の記憶に自分の家の情報を伝え、そこに件の少女が隠れているように錯覚させた。そして…
「顔を見せろ!」
その顔は、まさに彼の読み通りであった。あの時の女性と、そっくりそのまま同じ顔。
だが、デュークにとって少々予想外だったのは、残りの二人である。彼女たちも、あの時の女性…というよりも、自分たちが保護した例の少女と全く同じ顔であったのだ!
その一瞬の油断を突き、彼は急所をやられた。そのまま逃亡する彼女たち。腹を押さえ、座りこむデュークに彼女を追うだけの力は…
勿論あった。逃走した時、わざと髪を一本、女性の一人の肩に付着させている。今頃それは変形し、以前対ブランチ戦で使用した、例のメカノミとなっているであろう。
(たまには敗北というのも、悪くないな…)
万能の存在だからこそ言える言葉である。そして、改めて彼は燕尾服から寝る体制に戻り、そして次の朝日が昇るまでしばらくの休眠に入った…。
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次の日、丸斗探偵局はかなり賑やかな事になっていた。探偵局の三名に加え、栄司やミコ、さらには郷ノ川医師も予定を変更してまで駆けつけてくれた。
「ニャるほど…これが前に俺を映してた奴ですニャ?」
「そう、ノミ型のカメラロボットの映像だ」
デュークが例の侵入した女性に付けた超小型の罠の映像を、パソコンの画面から皆が覗き込んでいた。あの後数日間女性の肩に取り付けていたものの、ずっとばれることなくその様子をじっくりと映し出していた。
「ひゃー…凄いのぉ、画質が鮮明だわ」
驚くミコの隣で、郷ノ川医師と栄司はじっくりと画面の様子を見ていた。しかし、その次に、少女がある豪邸の様子を見た時、映像を止めてもらうようにデュークに言った。何故だと驚く恵やブランチだが、二人はこれに見覚えがあった。
そして、意見は一致した。間違いない、若い美人大富豪『H』の所有する、大豪邸だ。
「そうか、刑事さんも聞いた事があるか…」
「ああ…この道を進むと時々話題に上がるからな…」
どういう事か、何も知らない恵やミコは質問をする。彼女たちにも『H』の情報は知っていた。若くしてとある財閥の後を継ぎ、不況と呼ばれる現在も非常に大きな規模と資金を誇っているという。しかし、ネットなどでよく取り上げられている通り、その中には非常に黒い話題も数多い。
「ろくでもない物を平気で売って、お金稼いでるって聞くしな」
「なんじゃそれ?」
「やっぱりそうか…?いや、俺も小耳に挟んだっつーか友人が買ったっつーからさ…」
「…ねえ、一体何?」
…次に郷ノ川医師からでた言葉に、恵たちは少なからず衝撃を受けた。
『H』財閥が裏で取引していると思われるもの、それは「人」。
科学実験、薬物実験、はたまた人「肉」売買…。様々な目的で、どこからか仕入れた人間を活用し、非常に儲けている、という噂だ。栄司らも自らの能力を駆使し、それに結びつくであろう証拠をいくつか手に入れていたらしいが、決定的な証拠に関しては、丸斗探偵局と同盟を組むまで辿りつく事が出来なかった。しかし今、それに関する決定的な証拠が目の前に有るかもしれない。
「…ちょ、ちょっと待って…確かデューク、この女って…」
「はい、恵さんが保護した少女と体格は非常によく似ております。もしかしたら、ですが…」
デュークの予想していた事は、他の皆にとっても同じであった。
かの少女が逃げてきた理由、それはこの「人」の商売から逃げてきた、と言う事。そして、少女はその重要な製品…。
正直、あまり信じたくなかった。ブランチも、商品として売られるペットたちの中にいる哀れな末路を辿った存在を知り、それを子分につけてからこのような辛さは身にしみるほど感じている。
そして、覚悟を決め、再び再生ボタンを押した。
…予想通りであった。画面に映るのは、彼女と同じ姿の少女が、まさに「製品」とされる所。目を覆いたくなる場面もあった。しかし、それでも耐えた。ここに集まる6名の正義の怒りが、それを許さなかったのである。
許さなかったのは、単に彼女が「家畜」のような運命をたどっていたからではない。それに対する「愛」が、全くなかったためである。豪華な料理も充実した運動も、全て己のため。綺麗な言葉を並べても、その中身は全く愛と言う物がない。羊頭狗肉どころか、中身はからの着ぐるみ状態だ。
「お百姓さんならもう少し家畜や野菜に感謝すべきじゃろうが!なんじゃ、利用価値はある?いい需要元?ざっけんな、おらぁ!」
「み、ミコちゃん少し落ち着きな…。しっかし、言葉だけは安いもんだな。お譲様、お怪我はありませんか?か…。言葉はいつだって優しく出来るもんな」
「うわべだけですね…」
「俺も同じ意見だ…。愛が全くない所で育った牛乳や肉なんざ、安いにもほどがあるぜ…」
そして、皆はある決断を下した。
どんな手を使ってでも、この負の温床をぶっ壊して見せる、と。
―たたたたた大変よ!!!やばい!かなりやばいわ!!
―や、やばいって…?
―まさか…。
―ばれたのよ!警察に!!!
―ええええ!? ―ええええ!? ―ええええ!? ―ええええ!? ―ええええ!?
―な、なんで!?嘘、あんなに手回ししたのに!?
―刺客失敗したのが響いたの、もしかして…?
―分からないけど、とにかく相当まずすぎるわ…。
―ちょっと待って…前の資料ないかしら…。
―え?こ、これだけど…。
―嘘…。
―1人、いなくなってる…。