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43.ツインテールの逃亡者・3(番外編:自業自得の闇)

「…」


そこに広がるのは、薄暗い蛍光灯に照らされた、古い地下室の風景。ずっとそれは変わらなかった。変える力は、彼女には既に残されていなかった。今の彼女に出来るのは、大きないくつもの力の前にひれ伏す事のみであった。


この光景がどれくらい続いているのだろうか。僅かな光の中で、ただ孤独に生き続けている事を。そして、自らが「生き殺し」させられている事を。

今の彼女の栄養源は、一日に一度、ホースから送られる流動食のみだ。栄養の中身は良く、力なくそれを飲むだけでも最低限のみずみずしさは保たれる。ただし、肉体だけは。ずっと地下室に閉じ込められている方は体のたわわさや艶やかさとは真逆の精神状態である事だ。


どうしてこのようになってしまったのか、永遠に近い時間の中で、彼女は過去を思い出す。というより、過去に逃げるほかなかった。一人の大富豪、一人のセレブとして生きていた頃の事を。


==================


きっかけは、彼女が出資していたとある新興研究所から聞いたある極秘の情報であった。両親が死んだ後、実権を握った彼女の家では表では様々な慈善事業をしている裏で、そこから得た資金を様々な「裏」の方面に使用していた。過去へと逃げ続ける彼女が閉じ込められている広大な地下室も、かつてそのために作られていたもののようだ。麻薬の製造、禁止薬物の研究、そして人体実験。人間の体を刺激する様々な事が、この部屋で行われ、その度に金が溜まっていった。この研究所も、それを知った上で後に正式に彼女に相談した。


自分の代わりは要らないか、と。


乱暴に言ってしまえば、「クローン」の研究である。ただし普通のクローンではない、それから一歩進んだ新たなる「複製人間」である。そして、それらが今、彼女を永遠の闇へ陥れている。


本来動物のクローンというのは、体細胞を直接培養しても作成する事は不可能であり、一度細胞を原初に近い状態に戻す「脱分化」という工程が必要とされた。だが、この研究所が持ち込んだのは、その工程が必要ない、植物のように細胞の一欠けらからでも自在に再生できる、というものであった。この実験に協力し、さらに第一被験者になるべく彼女は自らの細胞から、自らの複製を創りだしたのである。初めのうちは、自分と複製の仲は良好であった。自分の分身となり、自分の遊び相手となり、完全に気の合う友人として、彼女は自分自身との日々を過ごしていた。


しかし、それが崩れ始めたのはその複製の数が次第に多くなってきてからである。実験要素も兼ねて、複製の細胞から新たな複製、自分の細胞からの複製、様々な形で自分自身を増やしていった。自らの体に自信があった彼女としては、別段問題要素はない、と思っていた。だが、次第に彼女は自分にそっくりな連中に嫌悪感を持ち始めていた。何もかも自分にそっくりであり、全て自分と同じようにこなす。その事に対して、イライラが生まれ始めていたのだ。生まれるクローンは、基本的に自分自身に服従するように調節されていた。「万が一」の事を考え、彼女自身がそうさせたのである。それが、恐ろしい形で役に立とうとしていた。


初めは悪口からであった。毒舌程度のものから、次第に尊厳をも奪いかねない悪口へ。出来そこない、へなちょこ、気色悪い、ブス、デブ。自分に跳ね返りかねない言葉も多いが、全て「研究」と称されて増えて行く自分の分身への嫌悪感の現れであった。だが、研究所へ協力の打ち切りと言う事を考えた時、彼女はある事に気がついた。今、目の前にいる彼女の「分身」は、尽きる事がない半永久的な資源となっている。それを使えば…。


その時から、彼女と分身の間は変わった。


友人から、絶対的な主従関係。そもそも刻み込まれた遺伝子の中には「主従」に関する神経回路が自動的に設定されるようになっていたようで、それをいじりさえすれば簡単にそのような事にする事が出来た。発注元の研究所から、彼女の豪邸の地下へと移されたこれらの複製の製造装置が稼働し始めたのは、その頃であった。


毎朝彼女は起きてからわざと部屋を滅茶苦茶に散らかす。朝ごはんも我儘を言い、貶し、そして部屋にぶちまける。その度に、複製たちは慌て、彼女に必死に謝る。その顔を押さえつけて、さらに酷い事を言う。昼や夜も同様であった。元々物を大事にすると言う感情が乏しかった彼女が、毎日が複製たちへの虐待の場となるのにそうそう時間はかからなかった。

複製たちに一般常識があるのも彼女にとっては幸いだった。それに反する行為を強要した時の複製たちの慌てようと言ったら。毎日下着姿で働け。食事は一日一回。社交界で満面の笑みを見せる彼女の、警察すら嗅ぎ付く事が出来ない裏の顔が出始めた。「研究所」の影が、消えて行ったのにも気づかず。


当然そのような状態では、体力を消耗し、怪我をする複製も現れる。そんな時、地下室が非常に役に立った。


「や…止めてください…!」


地下室からは毎日苦悶の声が響いた。向こうでは拷問用具に刻み込まれた複製が、やがて訪れる死への恐怖を叫び声として感じ続けている。その横で、手首を釘で打たれ、今にも命を落としそうな複製たちがまるで壁画のように並べられていた。そして…。


「ほら、まだ余裕あるでしょ?」

「や…やめ…あぁぁっ!」


虐待という言葉は、このような場合を指すのだろうか。満足そうな顔をする自らと同じ顔の存在に甚振られ、悲鳴を挙げ続ける一人の複製。この部屋に連れてこられた複製たちは、その日が命日となっていった。


そんな彼女が破滅に追いやられていく原因になったのは、もう一つ考えられる。自らの複製を創りだし自ら消し去っていく一方で、一部の複製を自分の身代わりとして様々な仕事に配備させたということである。社交界や仕事上での対応、食事の支度、そして複製装置の管理やより上質な「複製」作りへの対応。既に研究所への応答は無かったにも関わらず…設備や実権が完全にこちらへ移行した事も大きいが、彼女はより高度な複製技術を求め続けていた。もっと手早く、もっと大量に、複製を増やす。この実験が成功すれば、やがては巨万の富を得る事が出来る。複製を危め、仕事も複製に任せた、すでに堕落の道から抜け出せなくなっていた彼女はそう考えていた。


…それこそ、決定的な要因であった。様々な仕事をこなしていく中で、次第に複製たちにも高度な知恵が現れ始め、それはやがて一つの「自我」となっていった。余りにも静かな芽生えであったため、本物には一切気付かれる事が無かった。しかし、その自我は、自らをこき使い、全く感謝の意を示さず、傲慢でい続ける「本物」への怒りへと確実に変わっていった。それは、最終的に眠っていた彼女を今まで自らがされてきたような行為を行うため、地下室へと押し込む事へと繋がることとなる…。


あれからどれくらい経っただろうか。もう今の彼女には掴めない。

自分と同じ姿の存在によって「複製」の研究はより進み、今や装置なしでも自在に分裂増殖が可能になったと言う。もはや「分身」のレベルだ。しかし、その研究に本物は既に一切手を触れる事が出来ない。


…自業自得と言う言葉がある。自分のした悪い事は、やがて自分にも跳ね返って来る、という意味。今、彼女はまさしくその四字熟語の末路を辿っている。

…ただ、一つだけ忘れてはならない事実がある。その複製自身も、今、自業自得の「業」へ足を踏み入れているという。


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