40.増殖バイト・丸斗恵
…丸斗探偵局に、ピンチが訪れていた。強敵や偽デュークよりも、恐らくまずいであろう重大な事態である。
「先に言っておきます。僕はお金は出さない主義です」
「…ごめん」
…今月の丸斗探偵局の給料が、出せない状態になってしまったのである。
依頼は確かにいくつか来た。栄司からのあっせんもあった。しかし、そのお金をつい恵がネットなどを駆使して使いすぎてしまい、彼女の生活費を引いた結果、給料分のお金が無くなってしまったのである。しかも、その生活費も相当ギリギリであり、彼女自身も危うい状況に追い込まれていたのである。
…だが、皆の反応はそっけなかった。
何せ、デュークは時空改変で何でも出来るし、ブランチは仕方ないと言う顔をしつつ街中でゴミや残飯をあされば生活可能である。と言う事は…
「結局困るの局長だけですニャ」
その通りであった。そして、そもそも局長の自業自得である事は皆意見が一致していた。あの時ブランチも、お金の怖さを知っていたから余計である。だいたいあの時、怖いと言ったのは局長では無かったか、と反論できるまでに。
このままでは自分自身の生活が危うい。どうしようかとデュークに抱きつくも、さすがに今回ばかりは彼も冷たかった。
「デューク酷い…偽者並みに酷い…」
「出来そこないの頭でも多分局長を見損なってしまうでしょうに」
「このケチ!」
「局長がケチらないからこんな事になったんでしょうが…」
「お前ら何をやってるんだ…」
いつものように言いあいを始めようとした二人を止めたのは、いつものようにやって来た客、有田栄司であった。当然、彼も今回の情けない理由に呆れる他ない。ただ、女性の泣き顔にはどうしても慣れない彼は、仕方ないといった表情で彼女にアドバイスをした。姉が健在だった頃から、彼もデューク同様女性の手駒には取られやすい所があるらしい。
「アルバイト…?」
「探偵局の仕事もあるだろ、一ヶ月で十分な給料の出るのを探してやる」
「栄司ありがとー!どっかの燕尾服の男とは違って優しいよ貴方…」
「…局長…」
…久しぶりの犯罪者の睨みには、さすがの恵も謝らざるを得ず、栄司すら慄いてしまうほどだったと言う。ちなみにブランチは、我関せずと言った顔で眠りについていた。
―――――――――――――――――
それから少し経った。
しばらくの間、満場一致で局長はしばらく休みになり、代理として一応デュークが局長となることになった。本人も心底反省しているようなので特に心配はいらないが、やはり局長の椅子に座ると言うのは慣れないもので、結局いつものように立ち、壁にもたれかかって読書タイムに移行してしまう。
結論から言うと、結局デューク「局長」が依頼を解決する事は一つもなかった。能力は凄まじいがいかんせん知名度は一部の連中以外には圧倒的に低い。それに、未来人からの犯罪報告も来ない。そんな昼間。
「ちょっと…うーん…」
「どうしニャした?」
外の様子を見に行きたい、という助手の言葉にブランチは彼が何をしようとしているのかすぐに分かった。
「後で俺にもしっかり教えてくださいニャ~」
「「大丈夫、任せておいて」」
探偵以外の顔をのぞかせる局長を、一目みたいと考えたデュークは、留守番用の自分を作成し、街へと抜け出した。
―――――――――――――――――
・コンビニの場合
「いらっしゃいませー」
元々局長は結構声は良い。フィルターを念入りに張り、全く別の姿に変装した彼はちょうど欲しかった緑茶のペットボトルを購入した。
「100円になりまーす」
思っていたより、案外すぐに馴染んでいたようだ。ゴミが増えるといけないのでレシートは断り、袋も自前のものを使用する事にした。勿論時空改変で作りだしたものである。
それを見抜かれたのか、このコンビニの若い店長である有田栄司に目線で挨拶をされてしまったのが、デュークには少々驚きであった。
(これでもばれるか…凄いな…)
―――――――――――――――――
・工場の場合
(なるほどな…こういう事か)
工場でパートタイマーが主に行う仕事は、作品の基礎部分の製作もあるがどちらかというと流れ作業による部品の組みたてが多い。それは、ここも同じであった。ただ、この工場が少し違うのは、そのパートが全員全く同じ女性であると言う事である。
工場の外から透視し、電子機器をマニュアル通りに作っている恵局長を眺めていた時に突然後ろから声をかけられ、デュークは驚いた。またもやここの工場長である有田英治に見抜かれてしまったのだ。
「悪いな、これのために工場まで出してくれて」
「いえ、お金の大切さを分かってもらえればいいんですよ」
普段局長は自分の能力で楽にお金を稼ぐ時が多い。しかし、普通の仕事と言うのは決して楽してたまるものばかりではない。
「終わった後はやっぱり皆疲れた顔してるぜ」
「でしょうね…」
そう言いつつ、心配さと安心さが入り混じる複雑な表情のデュークが、どこか恵を見守る保護者のようだとからかう英治。少し照れながらも、丸斗探偵局を影で支える助手はどこか嬉しそうであった。
―――――――――――――――――
・配達の場合
(あれ、間に合わなかったか…)
ちょうど恵が荷物を届け終えた時に、デュークはその場所に辿りついてしまった。ただ、彼女の仕事がいい具合に進んでいる事はその届け主の笑顔から分かった。
「ようデューク!」
「郷ノ川さん、お久しぶりです」
本人の前では言わないでほしい、という忠告付きで恵のバイトの理由を聞いた郷ノ川仁の口から出たのは、豪快な笑い声であった。相変わらずしょうもない理由だという呆れと、名誉挽回のための真面目さへの感心、二つの意味が込められている。
「しっかし、めぐちゃんだらけの工場ったあ凄いだろうな…」
「局長も以前言っていましたね、流れ作業で自分の力は大いに役立つって」
「だろうな、しかもロボットよりもしっかり働いてるんだろ?」
「はい、僕の上司ですし」
そう言う言葉がすらりと出るのが、郷ノ川医師にとってはちょっと羨ましかった。自分の部下である龍之介や看護師たちに自分がどう思われているか、あまり聞いた事が無かったからである。少々照れくさいという気持ちもあったが。
「そういえば、何を頼んだんですか?」
「え、見るか?あまりお勧めしないんだがな…」
ただ、デュークは別に平気であった。元々犯罪者であった彼にとっては、少々臭い塊を見ようと、それが大量のヒルたちの餌として食べられていようと、たいして気にはしていなかったのである。そもそも、彼はヒル使いとして人類に協力してくれる彼らをバックアップしている。それを考えると、とても気持ち悪いという気持ちは起きない。
「そういえば、これって何ですか?」
「心配すんな、ただの培地セットさ。ちょっと俺の血も混ざっているがな」
けろりとそんな事を言う彼、デュークにとっては「凄い」と言う一言のみであった。
―――――――――――――――――
そんなこんなで、無事一ヶ月のバイトは終了した。
「はい、デューク。二か月分の給料と、今回の分のボーナスよ」
「ありがとうございます、局長」
「ブランチには、ほれ、キャットフードの現物支給で」
「おぉ、これ俺がずっと欲しがってた高級キャットフードですニャ!ありがたニャ~」
この一カ月、汗水たらして働いた恵は改めて、言葉だけでなく身体でお金のありがたみを知る事が出来た。普段簡単に手に入るお金だが、このように自分で汗水たらしてしっかりと稼ぐお金というのは、その重みが違う。無駄遣いする気はとても起きなかった。
「まぁ…最低限のものはあの時に一気に買っちゃったからね…。あ、デュークそんな顔で見ないで…。大丈夫よ、もうあんな事はしないから」
多分もう大丈夫であろう、とデュークとブランチは顔を合わせた。もし同じような事を起こしても、今回のように自分で挽回できる方法を編み出した以上、切羽詰まった状況にはならない。そう彼らは読んだのである。
また一つ、恵局長が「大人」の階段を上った瞬間であった…。
そんな中、探偵局の呼び鈴が鳴った。そこにやって来たのは、例によって有田英治であった。ただし、工場長の。一体何事かと聞いた時、彼の口から出たのは驚くべき内容であった。例のデュークが作りだした工場を再利用したいと言うのだ。そう、あの後うっかりデュークは時空改変で作りだした工場を消すのを忘れていたのである。彼にしては非常に珍しい、そして非常にまずいミスであるのは言うまでもない。
だが、そこは自分同士のネットワークが築かれている有田栄司たち、これを応用して各地で職を失った人たちを再雇用する計画があっという間に決まり、近く公表する事にしたという。国などに頼っていられない、という彼の意志は丸斗探偵局も拍手でたたえた。ただ、その雇用が決まるまで、工場の生産ラインを止める事は少々難しいと言う。そこで、恵に協力を要請しに来たのだ。
「…悪いけど、もういい…」
「め、恵さんいいんですかニャ!?困ってますニャ!」
「だってあれけっこう疲れるし…給料意外に安いし…」
デュークらの鋭い目線が飛ぼうとした時、英治はあっさりと給料を二倍にする、と言ってのけた。勿論…。
「分かった、協力しましょう」
…本当に反省したのか、ちょっと不安になるデュークとブランチであった。
ちなみにこの二倍分、警察などの職場に就く有田栄司らがどこかの国会議員へ政治資金の疑惑を追及して脅すついでにそこから半分ぐらいせしめるという裏事情は内緒である。デュークとは別の方向で、チートかつえげつない「彼」であった。
========================================
さて、彼なりの「善行」をこなした夜。
相変わらず有田家は、同じ顔が並び立っている。皆お揃いの髪型と顔色。しかし、その思考はその個体ごとに違う。件の柿の木とは違うが、栄司の能力もある意味この地球で生きるのにふさわしいものかもしれない。「子孫を残す」という意味で…。
それはさておき、ふと一人の栄司が、整理していた資料に目を止めた。
「…はぁ…」
「どうした…ってこいつか…」
そう言って指差したのは、とある調査報告書であった。秘密厳守のはずだが、栄司本人は「独り言」と言って平気で自分同士でこういうのを見せあっている。その中で、時々様々な情報が進展する事がある。
法律の穴もこじ開けやりたい放題の彼だが、それでも通用しない相手がいる。丸斗探偵局の面々もそうだが、それ以外の数少ない、いわば目の上のタンコブ的な存在の名前が書かれていたのだ。理由は不明だが、名前のみが挙がり、一切外に写真などが流出していない謎の富豪「H」。栄司ですら、まだ一度もその姿を見た事が無いと言う。
デュークの力でも借りるか、という自分の助言を、彼は断った。あくまでデューク・マルトは切り札中の切り札。いきなり出してしまっては負けを認めたも同然だ。
いつか絶対、その顔を拝んでやる。
…そう息がる栄司。
…しかし、そのチャンスは案外早く訪れたようだ。ただし、残念ながら今家にいる10名の有田栄司以外の「有田栄司」に。