04.そして彼らは出会った
話は少し昔に遡る。
路地裏でチンピラ3人が何かを囲み、殴ったり蹴ったりしている。何か言ったらどうなんだ、そういう彼らに対し、その対象は何も言えない状態となっていた。それは、一人の青年。執事と見間違う燕尾服も、彼らの乱暴のせいでボロボロとなり、長い髪も引きちぎられていた。
しかし、いくらあれだけ殴られ蹴られたのに、彼は笑みを浮かべていた。それに腹を立てたチンピラが、近くにあった角材をぶつけようとする…。
「あんたたち、何してるの?」
手を止めたチンピラたちが見たのは、腕組みをした一人のスタイルの良い女性だった。
そして、彼女の姿を見て安心したのか、リンチされていた青年は意識を失った…
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現在。
本日依頼の予約が来ている丸斗探偵局。しかし最近掃除をしていなかったので少々埃だらけである。真面目にはたきを用意する助手のデューク。一方局長の丸斗恵は、非常に面倒臭く感じていた。
「局長も手伝ってくださいよ…」
「えー…私も…?よし、じゃぁ…この手で行こうか」」」
さっそく分身を作り、掃除を任せようとする彼女。しかし、根本が嫌がっている以上、分身も掃除を嫌がるというのは当然の流れ。そしてその分身がまた分身を作る。その分身もまたまた分身を作り…。
「ちょっと入れないわよ…」「うぎゅう…そこ邪魔…」
広めの部屋のはずの丸斗探偵局が同一人物でぎゅう詰めになってしまった。これにはさすがのデュークも…
「いい加減にしてください!!」
「デュークのケチ…」「ケチで結構です」
助手に叱られたのを不服に思いつつ、分身同士で協力して掃除をする恵。
とはいえさすがは局長得意の人海戦術、あっという間に綺麗になった探偵局。
と、ちょうどいい所に依頼人がやってきた。瞬時に一人に戻った局長が出迎える。今回の依頼人は女性。そして、その依頼の内容は女性は勿論、男性にも非常に堪えるもの。
「ストーカーですか…」
「はい…」
まるで自分を追うように電話がかかったり、視線を感じたり、そのような事がずっと続いているらしい。人権を無視するストーカーに憤りを感じる恵の横で、なぜかデュークは依頼人の顔をまじまじと見つめていた。どうしたのかと聞く恵に、依頼人が「彼の知り合い」によく似た顔をしていたためだと応える助手。惚れたのかとからかいつつも、しっかりと依頼人には謝る彼女であった。
「どうしますか、局長?」
「デュークの力では…」
「不安なところもありますね…」
依頼人が去った後、作戦会議が始まった。様々な事情があり、盗聴調査に関してはデュークの力を持ってしても丸斗探偵局の領域ではないため、探偵仲間の「調査のプロ」に連絡を入れ、改めて調査することになった。
そんな中、デュークは考えた。あの女性に良く似た顔を、確かに見たことがある。自分もよく知るものだ。しかし、それが何なのかまでは、この時点では思い出せなかったようだ。
それから数日後、探偵仲間と共に依頼人の自宅にお邪魔して調査した。盗聴調査のプロだけあって手際のよい調査が行われたものの、盗聴器は発見されなかった。しかし、今までの経緯を考えると犯人は何らかの形で彼女の動きを把握している事は確かである。そうなると、犯人は外から覗いたりしてるのだろうか。
悩む局長を、依頼人が呼びとめた。探偵局に相談へ言った後から、妙な事を経験したというのだ。例のストーカーは、彼女の行動を先読みしたような電話をしてくる事があるのだ。しかも、十中八九合っていると言うのだ。
それを聞いて、デュークは確信した。今回の犯人と、この女性との関係を。もしかしたら被害を抑えるどころか、犯人を退治できるかもしれない。調査を終えた後、探偵局へ戻ってその旨を局長である恵に報告した彼。暇になってしまった探偵仲間にも後で結果を報告することにし、改めて作戦を練り直す事にした。
再び数日後、住宅地。一人の女性…依頼人の女性が細い路地を歩いている。薄暗い街灯が、もう少しでたどり着く家までの道案内をしていた。夜の寂しさを醸し出す光景が続く。
と、その時。まさに不意打ちの如く背後に突然男が現れ、彼女に刃物を振りかざしてきた。素早くよける依頼人だが、鋭く光るナイフが右肩をかすめた瞬間、目の前から突然男の姿が消え、背後に現れた。そしてそのまま脳天を狙ってナイフを振りおろそうとする男を、依頼人は必死に食い止める。夜の道で続く揉み合い、それを終結させたのは…
「予想通りだったね」
丸斗探偵局助手、デューク・マルトの一声だった。
一瞬慌てる男だが、その顔を見るや否やすぐ体制を立て直し、女性を掴み首に刃物をあてた。彼女を人質にでもして見逃すつもりのようだ。
一方のデュークも男と同様、相手側の顔を知っていた。
この男、デューク・マルトと同じ未来人。ギャングまがいの行為を行い、逮捕されたのだ。しかし、とある事情で脱獄に成功、同じく牢獄されていた仲間を見捨てて過去へ逃げのびた。今襲っている「依頼人」は、彼が逮捕されるきっかけを作った捜査官の遠い先祖。彼は自らの過去を思いのままに変えようとしているのだ。相変わらず卑怯な真似ばかり、と憎き犯罪者を蔑むデューク。しかし、男にも言い返す材料があった。
「どのツラ下げて俺を卑怯だとか言うんだぁ、
大犯罪者さんよぉ?」
――犯罪者、デューク・マルト。
タイムスリップの技術が発達した未来において、歴史を変えること、いわゆる時空改変は「8つ目の大罪」と呼ばれるほどの重罪になっている。かつてのデュークも、「犯罪組織」の一員として何度も壮大かつ大規模な時空改変を起こし、時空警察に指名手配されているのだ。
ただ、彼のために言うと、今のデュークは決して犯罪者ではない。
過去の世界で起きたある出来事がきっかけで、彼は真実を知り、犯罪から身を洗う事を決意。自らの償いの意味で過去へ跳んだ。その後の功績を知っている者も時空警察には多いようで、彼の扱いは現在は「義賊」的なものとされている。
しかし、デュークの起こした犯罪歴は決して消える事は無い。生物種の絶滅、文明の崩壊、地殻変動…かつて起こした様々な犯罪を述べ、反応しないデュークを男はおもしろげに罵り続けた。
しかし、このとき男は完全に油断していた。
突然指を噛まれ、依頼人をつかむ腕の力が抜ける。
「なっ!?」
その隙に逃げる依頼人。未来から来たこの男が得意とする「瞬間移動」で追いつこうとした…が、現れた途端、脳天に強烈なキックを食らわせられ、体制が崩れる。振り返った男が見たのは、もう一人の依頼人だった。
唖然とする彼。気づくと、デュークの姿は消え、代わりに道を覆い尽くす依頼人の大群に囲まれていた。いくら未来の技術が発達しても、瞬時に同一の人物が現れると言う事は決してあり得ない、それが彼の常識であった。だが、時として常識が役に立たない事がある。そういう状態に慣れておらず、恐怖で震える男の手から刃物が落ちた瞬間、無数の依頼人が、男のある「一点」へ集中攻撃を食らわせた。
…遠い未来でも、男の弱点は変わらないようだ。
気絶した殺人未遂犯を見下げている依頼人の一人がデュークの名前を呼ぶと、近くの家の屋根上が歪み、一人の男が姿を現した。そしてデュークが指を鳴らすと、道を埋め尽くす依頼人の姿が、増殖探偵・丸斗恵へと変わった。男の「瞬間移動」と同様、デュークにも能力…「時空改変」という凄まじい能力がある。森羅万象、ほぼあらゆるものを操り、作りだし、消し去る事が出来る。まさに「八番目の大罪」にふさわしい能力だ。今回はこれを使い、恵の姿を依頼人の姿に変え、自らも透明になれる能力を一定時間身に付けたのである。そして犯人をおびき寄せ、一気に退治する。今回の作戦、依頼と共に見事に成功、そして解決した。
翌日。依頼人に事件解決の知らせを届けた恵とデューク。依頼人の安心した笑みを見るのが、探偵業をやってて一番幸せな時だ。料金は後で口座に振り込んでもらうことになり、未来史に名を残す凄腕捜査官の遠い先祖は去って行った。
それから少し経ち、落ち着いてきた頃にデュークが局長に尋ねた。あの犯人の男が言ったことである。あの後、犯人はこれまたデュークの時空改変で「下着泥棒」に仕立て上げられた。今頃警察のお世話になっているころだろう。その男が言った。
「僕は大犯罪者、過去へ逃げた臆病者、そして卑怯者…」
心配顔を隠せぬまま彼は恵に改めて問う。こんな自分でも、助手として雇ってくれるのか、と。
それに対する局長の答えは、いつものような明るい声だった。
「いまさら何を心配してるの?」
大事な右腕、大事な助手、それがデューク・マルト。例えどんな苦しい過去を持っていようとも、今の彼を信頼しない局長なんて、この世界にいるわけがない、と恵は力強く言った。
その言葉に、とびきりの笑顔で返すデューク。その眼に浮かぶものを、局長に見せるのは、彼としても許せない事。彼女に背を向け、そっと目に滲む水を時空改変で消した。
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少し昔。
あの路地裏で出会った二人は、互いの秘密を共有した。
恵の分身の術、デュークの過去。
デュークの方は見てしまった恵の秘密を、恵は自ら語ったデュークの消せない過去を、絶対に漏らさないと約束して。
ここで意気投合した二人。のちに探偵事務所を作ることになるだが、それはまた別の話。