37.揉め事は探偵局の外で
有田栄司。年齢20歳後半。青髪の男性。独身。
このパーソナルデータを持つ者は、この街に限らず、日本各地に存在している。「彼」は自らの持つ能力を活用し、様々な役職に就いている。
そう、裏稼業から有名な職場まで、本当に様々な役職に彼は「偏在」しているのだ。ずる賢さを持ち合わせている分、下手したらあの黒い昆虫よりも厄介な存在かもしれない。なお、恵やブランチが間違えたように、決して「変態」でも「冤罪」でもない。ましてや「惣菜」や「ザーサイ」な訳が無い。
今回は、そんな彼の一端を示すような出来事を紹介しよう。
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いつも暇な丸斗探偵局に、この日は珍しく相談者が来ていた。
「なるほど…借金返済ですか…」
どちらかというと法律相談所に聞くべき様な内容だが、彼らでなければ相談する意味はなかった。
「…で、どういう意味があるの?」
「お前らぐらいしか俺の能力知ってる奴はいないからって言っただろ…」
そう、相談者はご存じ有田栄司であった。相変わらずの青髪に掌を付け、悩んでいる様子で探偵局の皆を見ていた。ここにいる彼は中小企業に社員として勤めているらしく、金の工面に困っていたらしい。その際に偶然とある広告を見つけたのが運の尽きであった。
ただ、恵はあまり助け船を出す気はなかった。何せ彼が金を借りたのはどう見ても怪しすぎる金融業者であったからだ。デュークの指摘通り、明らかに金利がおかしい。いつ警察に捕まってもいいくらいだ。事情がさっぱり呑み込めなかったブランチも、その違和感は感じ取っていた。
二人が言うなら仕方ない、という結論の元、恵が早速対策を練ろうとした時であった。探偵局の外に備え付けてある呼び鈴が鳴ったのだ。何か慌てた様子の栄司の一方、デュークが取ったインターホンから聞こえて来たのは、彼と全く同じ声であった。
「局長、栄司さんがもう一人要件があると来たみたいですが…」
「…おい、そいつってまさか…」
「え、なにか悪い?入れちゃっていいよ」
何故栄司が慌てている…というより怯えている素振りを見せたのかは、その扉が開いた途端に明らかになった。服装は違うが顔も背丈も全く同じもう一人の男が、先程までいた男に突如詰め寄ったのだ。そして、大声で言った。早く金を返せ、と。
「ちょ、待て、なんでここが分かったんだ!」
「やかましい!こちとら1カ月も待ってるっつうんだ!さっさと支払え!」
「誰が払うか!法律違反だってあいつらも言ってたぞ!」
「あいつらって…あ。」
「「「…へ?」」」
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珍しく相談者が二人にも増えた丸斗探偵局。
「なるほど…お金を返してくれない、と」
法律相談所に聞けば一発で違法だとばれそうな内容だが、彼らはそれでも相談に乗った。
「待て、なんでそう言う展開になるんだ…」
「一応被告の意見も聞いておくべきじゃないかしら?」
「そ、そうだが…」
と言う事で、二人目の有田栄司が、なんとこの金融業者のトップであった。基本的に各地で労働基準法を無視した労働を強いている業者を相手に金をだまし取り、それを工面して慈善事業に寄付すると言うある意味義賊的な事をやっていたようだが、何故か別の自分がそれに引っかかってしまったらしい。一般人でも傍目から見ればおかしいと気付く内容であり、本気で困っている人は見捨てると言う形で見逃しているにもかかわらず。一方の栄司は自分のよしみで許してほしいと言うが、地獄の沙汰は金の内というもの、もう一方の栄司は許す気は全く起きないという。デュークの指摘した通り、支払う義務がないにしても。先程まで味方していたブランチも、少々微妙な気分になって来た。
「同一人物同士の金の貸し借り」という前例のない事態に探偵としてどのようなアドバイスを送るべきか、恵が悩んでいる時であった。探偵局の外に備え付けてある呼び鈴が再び鳴ったのだ。また何か慌てた様子の栄司の一方、デュークが取ったインターホンから聞こえて来たのは、彼と全く同じ声であった。
「局長、三人目の栄司さんが緊急要件で来たいと言ってるようですが…」
「…おい、ちょっと待て、まさか…」
「え、なにか悪い?入れちゃっていいよ」
「おう、俺も賛成だ」
やめろ、という金融業者の栄司の反対を押しのけてドアを開いた時、服装は違うが顔も背丈も全く同じ三人目の男が、金融業者のトップに詰め寄ったのだ。そして、大声で言った。事情聴取をしたい、と。
「ちょっと待て、何でそういう流れになるんだ!」
「やかましい!さっさと署まで来い!」
「待て待て、流れがつかめない奴があそこにいるんだが…」
「「…あ」」
「「「…はぁ…?」」」
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気付いたら相談者が三人に増えてしまった丸斗探偵局。
「確かに…悪い事してますからね…」
本来ならすぐに署まで連行する内容であるが、相手が自分自身と言う事で少々甘く出ている。
「いいの、あいつ連れて行かなくて?」
「お前らがいい監視役になってるからな。安心してあの馬鹿を監視できる」
「誰が馬鹿だおい」
「ざまあ見やがれ、金の亡者め」
「騙されるお前も悪いだろうが…」
「…どっちもどっちね…」
三人目の栄司は、度々探偵局にお世話になっている警察官の栄司の一人であった。確かに義賊的な行動をしているのは認めるが、やはり法律違反である事は間違いない。事情を聴くため、情報収集に協力してもらいたいと探偵局にやって来た所にちょうど本人がいたと言うのである。同じ顔が三つ並ぶと言う異様な光景が繰り広げられているものの、事情はそれぞれ異なるようだ。警察の動きを時空改変で消すと言うのは、その仕掛け人であるデュークに先に否定されてしまった。今回ばかりはブランチも同情できない。
これは探偵局と言うよりは栄司たちの問題ではないか、と薄々恵が感じ始めた時であった。探偵局の外に備え付けてある呼び鈴がまたまた鳴ったのだ。今度は警察官の栄司が何か慌てた様子の一方、デュークが取ったインターホンから聞こえて来たのは、例によって彼と全く同じ声であった。
「あの…警察官の栄司さんに会いたいとラーメン屋の栄司さんが…」
「ま、待て、まさかそれって…」
「もう入れちゃって…どうせ駄目だって言っても勝手に上がるだろうし」
「何だ、あの慌てようは…」
そして、入ってくるなり四人目の栄司は三人目の自分に詰めかかって言った。はやくラーメンのツケを返せ、と。自分のよしみだと言って断ろうとする警察官、それを批判する金融業者、蚊帳の外の社員…。共通する事は、彼らが全員「有田栄司」である事と、全員金絡みで揉めていると言う事である。
どうしようか呆れる探偵局だが、事態は収まらなかった。
次に入って来た五人目の栄司は、ラーメンの中にハエが入っていたと言う文句をつけにきた名打てのクレーマー。
六人目の栄司は、そのクレーマーによって利益を損害されたと言って訴えに来た広告代理店の重役。
七人目は、彼のやり方が気に入らないといってやって来た契約先の偉い人。
八人目は、そこの業務によって…
九人目は…
十人目は…
「…いい加減にしてください!!」
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「…済まなかった、俺が迷惑かけたようだな」
後日の探偵局。広島の宮島名産の饅頭と共に、刑事をしている栄司が謝罪をしに来た。
十人の栄司は、同じ声で揉めに揉めると言う耳にも眼にも悪い光景に怒りが爆発したデュークによって、全員とも手足に錠を付けられてしまい、その後連絡を受けてやって来た彼に自宅まで強制連行された。勿論、栄司の生まれた「有田家」である。
「あいつらはしばらく自宅謹慎と言う事になった」
「当然よね…」
「全くです」
外にのさばらせておくと、また碌でもない騒動を持ってくるに違いない。他の栄司たちとの議論の結果、しばらく頭を冷やさせると言う結論に達したという。
それにしても、恐るべきは金の力。どれも結局絡むは「金」というのが、今回の事例のキーワードであった。改めて、お金の大切さと恐ろしさを探偵局の皆は思い直すきっかけを得たようだ。そして、ブランチも。猫に小判とは言うが、理解できる脳みそを持つ彼には当てはまらない。
「人間社会は大変ですニャ…」
「だが、意外に慣れれば楽しいぞ。例えば…」
この通り。
彼が持ってきたスマートフォンの大画面に、ある画像が映し出されていた。
ニャるほど、というのがブランチの率直な意見であった。それは、この街を司る様々な機関や会社の社員名簿。個人情報のため、ある一人の名前を除きすべて黒い線で消されていた。だが、それにも関わらず埋まったのは四分の三ほど。残りはすべて、とある一人の名前で埋め尽くされていた。
自分の総数が何人いるか、栄司本人も把握していない。一人いたら近くに三十人はいるかもしれない。
ただ、確かな事がいくつかある。全員が本物の有田栄司である事、様々な職に就いている事。そして、それを応用し、文字通り「やりたい放題」している事。