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34.二人の能力者

「…くっ!」

どこかの異空間で、二つの影が対峙していた。一方は余裕の顔を崩さず、眼鏡を触り相手を見下してすらいる。もう一方は、顔に大きな傷を負い、必死の形相で相手を睨みつけている。双方とも、全く同じ顔、同じ姿、同じ声、そして同じ服装。だが、外見は驚くほど違った。


「諦めが悪いな」

一方はさらりとした長髪に、黄色の淵の眼鏡が光る。


「う、うるさい…!」

もう一方は裸眼で相手を凝視している。髪型も無造作な短髪だ。口調も違い、まるで必死にもがいているようだ。そして、左の頬に大きな傷が生まれていた。

彼は追われていた。自らの任務に失敗した責任を、命で果たす事を恐れたがために。


「随分情に流されてるようだね」

「それくらい…僕の勝手だろ…ガハッ!!」


戦況は次第に「逃亡者」不利な状況へと変わり始めていた。「追跡者」の不敵な笑みと共に、次々に彼の体から剣、槍、鉛筆など鋭利な先端を持つ物体が現れ、無数の傷口を増やす。何とか自らそれを抑えつけ、必死に抵抗するも、その度に脳内に激痛が走る。そして…


「ゲームオーバー」


その一言と共に、彼は奈落へと落とされていった。それを見送ろうとした男だが、何かを察知するとそのままターゲットを追い、異次元の奈落へと消えていった…。



――――――――――――――――――――

有田栄司。


この人物名が、あの時からずっと丸斗探偵局の面々から消える事が無かった。


「ミコさんからの情報によりニャすと…見るだけでうんざりですニャ…」


文字が苦手なブランチが嫌がるのも無理はない。そこにあった紙には彼と思われる人物が在籍すると思われる省庁や企業のリストが載ってあったのだが、その数は100を下らない。しかも中には裏であくどい事をしているであろう企業、さらには裏で怪しいと思われているの名前までいくつか列挙されていた。しかも、ただ名前を検索しただけでは無い。ミコがデュークより託された「警官」のモンタージュ写真を基にしたデータを使って検索した結果がこれである。つまり、この全てに「彼」と同じ顔の存在がいる、という恐ろしい事実が明らかになったのである。


「服は違うけど、髪型から写真映りまで全部同じか…」

「局長なら大丈夫ニャんですけど、ちょっと気持ち悪いですニャ…」

「もしこれが事実なら、局長の疑問も解決できるでしょう」

「デュークがこれを知らなかった事?後裏付けも無理だって事かな」

「はい…」


以前、恵局長がある騒動に巻き込まれ、一時この世界から姿を消していた事がある。その際、デュークらの居場所が時空警察の一部不良因子に追い回される事態になってしまったが、その原因として恵自身の持つ増殖能力がある、と彼は説明を行った。分身の場合は本物と端末の区別がある程度は存在するが、局長の場合はそのような区別がそもそも素粒子レベルで確認できないらしい。


「もしこの彼が同じ能力を持ってたとしたら、僕もあのでき損ないも…」

「原因が分からニャかった事が説明できると。というかもうこれじゃニャいですかニャ?」

「それを、もう少しで本人から聞くのよ」


…そう、あの出会いの後、双方ともお互い何者なのかを確かめるため、ここ丸斗探偵局へ有田栄司がやって来る事になったのである。彼曰く、ここで面と向かって互いの正体を知った方が様々な面で有利になる、とのことであった。エリートというものは、打算的に友好関係を形成する方向に動く事が多い、というのは以前恵がスマートフォンで見た話。


「…って局長、いつの間に…」

「ちょっとね」


そんな事をやっているうちに、探偵局の呼び鈴が鳴った。この時間帯に来るのはもう誰だか分かっている。依頼人か、もしくは例の客か。

結果は後者であった。扉が開き、恵やデューク、そしてブランチが見た謎の男が入って来た。ただし…。


「「お邪魔するぞ」」


二人。


――――――――――――――――


「交番勤務の巡査の有田栄司だ」

「刑事の有田栄司だ」


服装も異なり、感じ微妙に違うが、外見はほぼ同一。声も顔も、髪型まで全く同じ。そんな男二人からほぼ同時に名刺を出される恵。一瞬腰が引けてしまったものの、自分もしっかりと名刺を返した。丸斗探偵局の局長であるという証である。


「隣にいるのがデューク・マルト。私の助手よ。

 それでこっちがブランチ」


淡々と仲間の紹介を始める恵に対し、もう少し警戒したらどうだと心配する目つきの助手。しかし、それに関しては相手側から心配は無用との発言があった。なにせ相手は様々な事件に携わって来た存在、微妙な表情の変化などお見通しなのである。しかもそれが二つとならば…。


「それに、こいつはお前たちの能力をある程度目撃しているからな」


…最初、これに関してはデュークの時空改変で証拠そのものを隠蔽し、彼からあの激闘の記憶を消す事も考えていた。しかし、全員が本物であり、しかもその数が不定である以上、「全員」から記憶を消す事はほぼ不可能であった。それに、助手自身もある事を考えていたのである。彼ははっきりと、あの時記憶を消すつもりであったと告げた。驚くブランチがうっかり人間の言葉を話してしまうほどの衝撃を受けたのだが、恵はその理由が分かっていた。同じような能力者には、時空改変が無効化されるされない以前に、そういう交渉の方が有利である。目の前にいる栄司たちと同じ選択肢を取ったようだ。

なお、あの時に被害を受けたホストやホステスなどは、その後デュークの力によって記憶を消された上で全員無事に社会に戻る事が出来たという。ただ、それも彼にはほぼばれていたようだ。


「貴方がた…いや、貴方のほうがいいですかね。同じように普通の人には隠しているという事ですか」

「いや、隠すと言うよりもばれていないと言う方が正しいかもしれんな」

「へぇ…」


感心する恵の一方で、訳が分からなくなっているのが一人…いや、一匹。あの時ライオンに変身していた際にうっかり人間の言葉を話してしまった事も、既に有田栄司の知る処となってしまっていた。


「にゃ…ニャんでばれニャいんですか?そんなにいっぱいいるのに…」


その問いに関しては、デュークが答えた。周りの生物の感覚が、鈍化しているのではないか、と。先程も彼が述べたとおり、未来のレーダーからの解析が恵らには通用しないとあったが、そのレーダーの開発には、生物の五感及び科学の進歩で存在が裏付けられた第六感が応用されているという。す


なわち、レーダーでも観測できないと言う事は普通の人間たちならばなおさら分からないと言う事だ。

栄司たちにとっても、長年分からなかった理論をあっさりと目の前の男は解説していた。しかも、まるで既に自分たちが探偵局の一員であるかのように。ただ、そういう彼らも同じような態度であった。


「シマウマのようなものか」「あいつらも集団でいる事で、個々を目立たなくさせてるからな」

「あ、そうなんだ!あの縞模様って派手なのに大丈夫かなってずっと思ってたなー」

「局長、この前テレビで一緒に見たじゃないですか…」


少し話が脱線気味になってしまったが、なぜここまでフランクな状態になっているかはお互い不思議に思いながらも、悪くは無いと言う考えが芽生えた。警戒心ゼロだと言う二人の栄司に、警官失格と返す恵。少し口をすぼめたものの、敵意は特になかった。…取りあえずここまでは。


「さて、そろそろ」「互いの種明かしをしようじゃないか」

「申し訳ありませんが、全ては無理なのを連絡します。お互いそうでしょうけどね」

「そうですニャ、俺がこっそり隠してる高級キャットフードのようn…あ…」

「…その件も、種明かししてもらおうか」


――――――――――


涙目のブランチの脳天にタンコブが一つ出来る中、互いに話せる段階の部分はお互い共有し合った。


「なるほど…するとこの猫がライオンに変身したのは」「未来の技術だったのか…」

「結構私と似てるわね、貴方達の力…」

「それよりも痛いですニャ…」


増殖探偵丸斗恵。未来人デューク・マルト。ミュータント猫ブランチ。そして分身刑事有田栄司。各自の能力は、互いに驚き合うのに等しいものがあったようだ。


「お姉さんも、局長と同じような能力だったのでしょうか…」

「まあ、な」


そう返した「警官」の栄司だが、問題はここからであった。その後に続いた言葉が、自分や姉の方法は局長のような非効率な方法とは違うと言った所に恵は突っかかった。


「それってどういう意味かしら?」

「お前のやり方が理解できない、と言えば分かるだろう」

「な、何を言ってるのよ!私の方が随分効率的じゃない、一気に仕事を分担できて」

「だが、その仕事は一つしかない。俺はいくつもの業務に就いて、そこで知識を溜めているわけだ」

「でもそれって、結構混乱するような気がするんだけどな?」

「やかましい!」

「何よ、図星だった訳?」

「本当の事言われて怒らない奴がいると思うか!」


「きょ、局長落ち着いて…」「喧嘩は駄目ですニャ!」

「おい、いい加減にしろ」


三名に止められ、仕方なく喧嘩を止める二人。しかし、意地を張りあう双方は互いに背を向け合い、目を合わせない。自分に怒られるなんて情けない、と言おうとした局長にはデュークの厳しい目線が飛んだ。


結局、今日はここで一旦解散する事になり、改めて今後双方がどう関わっていくか考える事にした…。


――――――――――


そして…。


「すまん、『俺』が迷惑かけたな」

「いえ、大丈夫ですよ」


休憩所に、二人の男性の影があった。デュークと『刑事』の栄司である。あの後局長は怒りを抑えきれないまま帰ってしまい、もう一方の栄司も同じような感じで署に戻って行ってしまった。


「融合は…しないんですか?」

「何を言ってんだ、したらしたで俺が困るだけだ。違う考えが脳内を巡ったらそれこそ疲れちまう」

「…やっぱり、局長みたいですね」

「あいつか…」


どこか二人の子供を見守る大人のような会話をする二人。一方は自分同士なのだが…。そんな中、栄司がずっと気になっていた事をデュークに聞いた。恵についてである。あの時、もう一人の自分は彼女の姿を、殺された姉に重ね合わせたと言った。


「俺も、あいつを見てどこか姉さんっぽい所があるように感じた」

「そうですか…」


そして、彼は聞いた。デュークが、彼の姉さんと何か関係していたのか、と。一瞬思案した後、彼は首を横に振った。すまない、と謝りながら缶コーヒーを飲む栄司の横で、少し複雑な表情を取るデューク。と、栄司はふと彼の表情が少し変わったことに気がついた。


「…どうした」

「いえ…何でもありません」


…その時、彼の脳内が何かを察知していた。

強大な力を持つ何かが、またもやこの時間に降りてくるかもしれない、という事に。

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