表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/200

33.噂の彼は増殖系 ~増殖探偵、敗北!?~

…目が覚めた時、恵は見知らぬ場所にいた。周りは薄暗く、大小様々なものが放置されている。ここがどこであるかは、光が入ってくる場所を見つけた時にだいたい予想が出来た。十数年前に移転したと言う、どこかの企業の工場跡だ。しかし、なぜこのような場所にいるのか、考えもつかなかった。覚えているのは、ターゲットにしている女性と接触し、路地裏へ誘われた後…。


「…思い出した!」


静かな建物の中に、少しトーンが低めの恵の声が響いた。あの後、その女性と瓜二つの影がいくつも近づき、意識を失ったのである。

ようやく調子が戻り始めた時、彼女は近くで何かが呻く声を聞いた。薄暗かったが、眼を慣らせばすぐに周りの様子が見える。予想通り、取り残された古い機材が不気味な影を作っていた。その中で、不自然な物体をいくつか見た。大きさは恵よりも少し高く、壁にへばりついている。それが何か、彼女はすぐに分かった。あれは人だ!


「だ、大丈夫…ですか!」


普通ならこのような光景を見たら恐れ慄き、どうすればいいか分からなくなるだろう。しかし、百戦錬磨の彼女が考える事はただ一つ、皆を助ける事であった。そして、そこに近づいた時もう一つの事に気がついた。


へばりつく人たちの中で、見た目は若々しいが、その眼は既に死にかけ、弱弱しい頷きしか出来なくなった彼。恵はその顔に見覚えがあった。あの時捜索願が出されていたホストと非常にそっくりだったのである。そして、その体はまるで強靭な布で固定されているかのように壁に押し付けられていた。


「待って下さい…今すぐ助けますから…」


そう言い、恵は固定部へ手を駆け、必死に取ろうとした。しかし、幾ら彼女に特殊な力が宿っていても、あまりにも硬いその部分を取る事は出来ない。それでも諦めず、頑張って取ろうとした彼女は、余りにも隙だらけだったかもしれない。隣で彼が何かを訴えかけている事に後少しだけ気付くのが遅れたら…。

逃げろ。声を出す事も出来なくなったが、未だに美しい潤いを保ち続ける彼の口元が、恵局長に警告を発した。その直後、彼女のいたはずの方向に向けて凄まじい衝撃が襲った。崩れる壁を貫通するのは、地球の生物ではとても考えられないほどの禍々しさをもつ巨大な触手。それを見て、より眼を弱弱しくさせようとしたKの前で、信じられない事が起きた。


「「やっぱり、デュークの言ったとおりだったのね!」」


先程までそこにいたはずの人数は一人。それが今、二人になって彼の目の前に現れている。体型も変わり、より動きやすい「女性」の姿になっている。鋭く睨みつける先に、ターゲットとなっていた女性の姿があった。それは一人だけでは無い、見渡す限りすべて同じ女性だ。


「「「邪魔ヲスルナ…」」」


恵たちが街で会った同じ顔の女性とは対照的に、感情の一切こもっていない声がエコーとなって響く。そして、その女性たちの後ろにもう一つ、恵が今まで見た事が無い巨体があった。その容姿を見た恵の反応は、一瞬だけだが本気で引くというものであった。当然だろう、体が常にうねっていて、体の各部から触手を発生させている巨大な芋虫状の化け物を目の前にされては。


「こいつ…!」「宇宙生物…!」


その瞬間、戦いは始まった。無数の女体と無数の触手が、恵向けて襲いかかる。先に到達した触手によって引き起こされた爆風で空に舞い上がった二人の恵は、再び地面を踏むまでにその数を次々に倍化させ、一気に女性にキックを食らわせた。

数の面では、これで互角である。だが、それで勝負が決まる訳ではないことを後で恵たちは痛感する事になる。


―――――――――――

 その様子は、デュークにもしっかりと伝わっていた。そして、今回の敵が非常に厄介な相手である事を。

 宇宙の各地で発見されている生物の中には、その特性故他の星への移入が固く禁じられている種がいる。今回がまさにその典型的な例であった。巨大な芋虫状の母体によって産み出された無数の子供が、その星の生物を根こそぎ食いつくす。そしてそれらの子供が母体によって食べられる事により、より母体は強くなる、と言う。そして、厄介であるとされたのはもう一つ。その「子供」が、その星に生きる様々な生物に擬態する事が可能であると言う事である。地球に持ち込まれた時、この個体は女性を選び、子孫を残しやすい地球人の男性や女性を次々に襲いかかっていたのだ。

 そのような凄まじい生物を、何故デュークは見つける事が出来なかったのか。それはワープを突然遮った謎の力の主によって明かされた。


「…やはり君か、デューク・マルト」


その顔に一番驚いたのは、ブランチだったのかもしれない。目の前にいるのは、一度デューク・マルトによって倒されたはずの存在のはずだ。しかし、その疑問を投げかける暇は無かった。


「今すぐそこをどけ、警告だ」

「物騒だな。どかなかったら、どうせ僕を殺すんだろ?」


物騒な会話が、全く同じ姿の二人の男性によって続けられる。そんな中で、デュークに抱えられたブランチは、彼の体を通じて事の真相を知る事が出来た。この宇宙生物を持ち込んだのは、目の前にいる偽者の「デューク」。本物よりも時空改変は劣るとはいえ、本物に干渉させる事は可能だと言う。

この生物を繁殖させやすい男女が揃っている、一番良い時代がここであった。どこかの陰謀かどうかまではデューク・マルトには分からなかったが、確かな事は、黒幕は目の前にいるというものである。


「ブランチ、眼を閉じてくれ」


その時、デュークが彼にそう言った。何故だかはこの時すぐには分からなかった。眼をしっかりと閉じたブランチがその事に気付いたのは、頭に妙に生温かい感触を味わった時だ。目の前にある壁が高いなら、突き抜ければいい。デュークは、「デューク」の体そのものを貫いたのだ。

このまま一気に廃工場へ行こうと加速した時、突然彼らの進路を遮るように黒い「槍」が刺さった。ギリギリのところでデュークは避ける事が出来たのだが、問題はその相手であった。そう、先程命が奪われたはずの「デューク」が、怒りの形相で佇んでいたのだ。


「ま、前より強くなってるニャ…!?」

「いや、前とは違う個体…どちらにしろこれはまずいな…よし!」


そう一声言うと、デュークの体が二つに分かれた。一方は後ろへ飛び、自分と同じ姿をした刺客に真っ向から挑む。そしてもう一方はブランチを連れ、この異空間から一気に向かおうとしていた。しかし、そうはいかなかった。再び同じように黒い「槍」が飛び交い、行く手を遮るのだ。そして…。


「君たちの予想以上に、壁は厚いんだけどね」

「ニャニャ、偽者がまた!」

「面倒臭いなこれは…」


次々に行く手を阻まんと、デュークの偽者が次々に姿を現す。今回送り込まれた刺客は一体であることから推測するに、おそらく時空改変で分身を呼び出している状態なのであろう。それに対抗せんと次々に新たな自分を創りだすデューク・マルトの能力と似ているが、こちらは「分身」を創りだすのではなく「本物」を作りだす、丸斗恵局長直伝の技であった。そのためか、ブランチの眼に見えるデュークVS「デューク」の戦いは、こちら側優勢になっていた。

だが、それでもきりが無いのは確か。決意した彼は、勇気ある黒猫、ブランチに全てを託す事にした。この出来そこないをとっちめてから合流すると言い残し、彼に変身能力を再び与えて、ワームホールへと投げ飛ばした。


「来い、出来そこないが」

「言われなくても来るさ、裏切り者」


―――――――――――


「「くっ…!」」


恵は予想以上に苦戦していた。確かに自分には増殖能力がある。どれも同じ自分自身であり、連携も抜群。この力を使って、確実に襲いかかる女体は何とか倒す事は出来た。しかし、問題はそれを支援する触手である。


「がはっ!」


余りにもそのスピードが速すぎるのだ。血の一滴からも再生できる彼女だが、その一瞬…約0.1秒も、目の前の「芋虫」にとっては隙となってしまうのだ。次第に数の上でも劣勢になり、壁に追い詰められ始めた。無数の女性の麗しい女体と、それに似つかわしい禍々しい巨体が、恵とホストを追い詰める。もはやこれまでか。そう思った時であった。


突然、轟音と共に空から何かが降って来た。そしてそれは、恵が近づけもしなかった「芋虫」に、出会い頭鮮血を流させたのだ。人間と同じ赤い血を流し、怒り狂う怪物。その横で、女体を捻り潰しながら怒りの咆哮が響く。

恵はその姿をまだ一度も見た事が無い。デュークから聞いただけだ。しかし、その毛並みからそれが誰なのかは一瞬で把握できた。


「「「ブランチ!」」」


黒猫…いや、バーバリライオンに変身したブランチが、戦況を逆転させるべく駆け付けたのだ!


――――――――――――――――――――――


…何なんだ、これは。


この惨状を目にした警官、有田栄司の最初の感想であった。一人…いや、二人になって潜入した廃工場で、突然響いた巨大な音。次第にそれは人の声である事が分かり始め、そしてそこに鮮血が飛び散るような破裂音が混ざり、そして先程聞こえたのは動物園でも聞こえないライオンの声。


戦場となっているであろう廃工場のフロアから少し離れた階段からでも、そこで起きている荒唐無稽な戦いを目の当たりにする事が出来た。巨大な芋虫っぽい化け物対黒いライオン。無数の女体対無数の女体。どれも血みどろの凄まじい戦いである。まるで異世界に来てしまったかのような感触さえ、栄司は覚えてしまった。しかし、だからと言って逃げる訳にはいかない。見た目からしても、今回の誘拐事件の犯人はあの巨大な化け物だ。


「だが…」「どうやって倒す?」


悩んでいる中、ふと女性たちの方に目が行った。そして、いくつもの栄司の眼は、一方の女性の姿をはっきりと捉えていた。美容院に勤務している自分によれば、あの紫色の髪型はナチュラルショートというらしい。服装は赤紫のパーカーにジーンズ、スニーカー。どれも激戦の跡を思い浮かばせるようにボロボロであるが。その服装やその顔に、彼は見覚えがあった。別人かもしれない、しかし、その姿は彼にとって非常に懐かしく、そして絶対に守るべき存在と重なった…。


「「…姉さん!!」」


そして、栄司は決意した。相手が素手で挑むなら、こちらは…!


―――――――――――――――――――――


黒猫のブランチは、無茶な相手にも果敢に挑む場合が多い。デュークの能力を見破った時や、ロボットを蹴散らした時。しかし、どれも後にその「無茶」が足を引っ張り、彼を苦境へ追い込んでしまっている。それは、今回も同様であった。


強力かつ高速で動き回る触手を押さえつける事は、四本の足と頭しかそのような器官が無いブランチにとっては無理な相談であった。ダメージを与え続けるため、必死になってうねうねと動く「芋虫」の巨体に爪や歯を食い込ませるも、決定打には未だなっていない。それでも彼は諦めなかった。

今、ブランチの後ろでは必死に恵局長が戦っている。たった一つのちっぽけな命を守るために、無数の悪に無数の体で立ち向かっている。巨大なライオンの方に気を取られた事が功を奏し、少しづつ戦況は局長側優勢へと動き始めていた。次々に女体が生み出されるも、恵のキックやパンチによって次々にノックダウンされていく。彼女の頑張りを見ていたら、ここでへこたれる訳はいかない、と根性を振り絞ってより力強く敵にしがみついた。

しかし、その時に姿勢を変えようとふっと力を抜いた事が仇となった。


「ニャアアアアアッ!!!」


黒いバーバリライオンの巨体が、地面へ投げ飛ばされた。その弾みで大事な「子供」が大量に踏みつぶされてしまったが、「芋虫」に情はなく、ただ目の前にいる敵を消し去る事に集中していた。体勢を立て直した恵たちが一斉に彼を守るべく動き出すも、無数の触手が行く手を阻む。

そして、「芋虫」の巨体がブランチにのしかかり、その牙が首を斬り裂こうとした…


その時であった。


乾いた銃声が一発、化け物の体を貫いた。それが、合図であった。


恵たちは見た。先程まで淡い月の光を届けていた窓が、無数の影によって遮られているのを。その影の主たちは誰なのか分からなかったが、服装とその武器から見て間違いなく「警官」である事は分かった。芋虫の上方から次々に打ちこまれる弾丸、そして途切れる事が無い銃声。何百発、何千発打たれたかは分からない。しかし、只一つ確実な事がある。この集中砲火が、「芋虫」と、それに従う無数の「子供」を、反撃不可能にまで追い詰めたという事を。


そして、倒れ込む化け物の巨体から、恵と拘束が解けたやせ細っているホスト、そして彼と同様に助かったホステスたちの体を庇った影があった。薄暗い夜の廃工場に佇む、青黒い髪の警官。その顔に、恵は見覚えがあった。ずっと行方不明のホストやホステスを探し続けていた、あの「彼」である事を。


そして、化け物が意識を失うとともに、全ては闇に消えた。


―――――――――――――――――――――


デュークが現場へ駆けつけたのは、全てが終わった後だった。倒れ込む「芋虫」に驚愕しながらも急いで手をかざし、未来へ強制送還した。そんな彼に、疲れ果てた顔の恵が、頼もしいその姿に駆け寄る。口では遅かったじゃない、とかバカバカ、とか言っているが、その本心は彼の事を心配するものであった。ブランチから全てを聞いたのだ。もう一人の悪いデュークが、主犯格であった事を。


「あいつには…逃げられました」


任務が中断した事を受け、デュークの攻撃をギリギリで退けた「デューク」は、闇へと消え去ったと言う。それまで、ずっと異空間の中で彼は必死に戦い続けた。だいぶ汚れてしまった燕尾服が、それを証明している。申し訳ない、と謝るデュークだが恵は当然許さないという事は無い。当然だ、ここまで自分たちを守ろうと戦ってくれた男だからである。


そして、もう一つ。デュークには気になる事があった。偽者にも、今回何故「芋虫」の反応が消えたのか理解できていなかった様子だった。本物にもそれは同じであった。一体誰がこの事態を止めたのか。ブランチか、それとも局長か。

その問いに、どちらも首を横に振った。そして、彼女はデュークに聞いた。


有田栄司と言う人を知っているか、と。


まさか、と言いだしかけたデュークだが、それが口を通って声になる事は無かった。


「俺の名前…知ってるのか?」


彼の後ろに、一人の男が現れた。

髪は青、顔は少々童顔。間違いない、あの男である。無言でたちすくむ彼の横を通り、栄司は恵と対峙した。


「…随分面白い事が出来るんだな」

「…貴方もね」


「教えて欲しい事があるの」「奇遇だな、俺もだ」

「貴方は…」「お前は…」


「「何者?」」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ