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32.噂の彼は増殖系 ~再挑戦・消失事件~

「あ…あの…もういいですかニャ…」

「も、もうちょい、な!あぁ肉球気持ちいいの~」


丸斗探偵局の局長丸斗恵は、少々イライラしていた。原因は、目の前にいる一人と一匹である。正確には、その一匹が構っているもう一方だが。溜まって来た資料をいったん整理するのを手伝いに来てくれたのは嬉しいが、誰も肉球を触り続けろとは言っていない。さすがの彼女も、これは注意せざるを得ないと思った。


「ミコ…あんた何しに来たの…」

「何って、手伝いじゃろ?」

「今手伝ってるのは自分の欲望でしょうが!こっちを手伝ってよ!」

「おぉそうじゃった、すまんすまん」


反省の色があまり見えない仲間に、少しうんざり顔の恵。頼もしい仲間だし、自分に良く似ているところはあるが、たまに付いていけない時がある。一方、そんなやり取りをする女性陣の横で、デュークは淡々と、しかし丁寧に資料を片づけていた。

基本的に丸斗探偵局の資料はパソコンやデュークの脳内にしっかり記録されているが、これらの欠点として保存性に欠けるというものがある。パソコンは机から落としただけで調子が悪くなる時もあるし、デュークは危険な任務をよく遂行するので不安要素が多い。そのため、アナログだが非常に保存性に長けた紙を併用している。ただ、パソコンと違ってあまり綺麗に整頓されているとは言えない。面倒臭がり屋の恵が適当に入れているのが多くの原因だが…。

しかし、最初は嫌々始めた資料整理も、次第に面白くなってきた。過去に遭遇した事例が、その顛末を記録した資料と共に皆の脳内に鮮明に蘇り始めた。


銭湯の覗き魔を退治した事。

「あの後局長、一週間くらい銭湯に通いづめでしたね」「気持ち良かったんだもん」


悪徳化け狐を懲らしめた事。

「デュークはん、随分容赦ないのぉ…」「怒らせると怖いよあの人」「二人とも聞こえてますよ…」


ミコと共にストーカープログラムを成敗した事。

「また回転寿司、連れてって欲しいのぉ、恵」「もう勘弁して…」


ブランチとの出会いも、しっかり記録されていた。

「わ、恥ずかしいですニャ…」「でも、いい反省になるでしょ?」


他にも、ミコも知らない様々な事例が明らかになっていく。普通はデュークによって封印され、見知らぬ人は決して見る事が出来ない資料の数々だが、仲間である彼女は特別に見る事が許されていた。日付順、優先度順にしっかり分けている時、ふと彼女はいくつかの事例に眼を留めた。これらにはある一つの共通点があった。それは、どれも結果の欄が空白だった事である。どういう事なのか尋ねるミコに、苦笑しながら恵局長は答えた。これらは未解決の事例だ、と。


「デュークはんでも無理だったんか?」

「すいません、どうしても見つからなかった事がいくつかありまして…」


恵は知らなかったが、大半がこの前のように偽者のデュークを送り込んだ「犯罪組織」の妨害がその要因らしい。過去の自分自身による干渉もあったという。打ち破ろうにも、そうなると自分の過去が変わってしまう事になり、探偵局が存在しなくなる可能性がある。スペアを作ってそこを介すれば問題は無いのだが、彼には一抹の不安が合った。


「恵さんと違ってよく考えてますニャ」

「どういう意味よ」


ただ、さすがは有能コンビ、未解決事項の数は非常に少なく、大きめに用意した箱の中に入ったのは大半が空気であった。そんな中、ミコがある事例に眼を留めた。ブランチが加わる少し前に受け取った依頼だ。


「あ、あたしこの人知っとる!ホストクラブの店長さんじゃろ!」

「そうそう、行方不明になったホストを探してくれって頼まれて…」


しかし、あのデュークの力を持ってしても彼を捜し出す事は出来なかった。神隠しの類も視野に入れたのだが、それでも駄目だったと言う。勿論報酬はなし、依頼人に謝罪を行ったらしい。


「今考えても結構悔しいのよね…店長さんは許してくれたけど」


そう言った恵を、ミコがいった一言が変えた。


「そういえば、これで動きがあったらしいで」

「…動き!?」

「僕にも教えて頂けますか?」


最近このホストクラブを含んだ歓楽街の一帯で、行方不明事件が起きているという。K以外にも何人かのホストが忽然と姿を消し始め、警察も動き始めていると言う噂もある。


「現にここに歩いてくる前にあそこ通りかかったら、この人知らないかっつー声かけられたし」

「未解決とはいえ、まだ事態は終わってなかったという事ですね…」


その時、デュークは彼の横で何か笑みを浮かべている局長に気がついた。この顔をした局長が何を意味しているのか、彼には大体分かる。


「局長…いいんですか、またこれに挑んでも報酬は…」

「ううん、今回ばかりは報酬じゃない。私のプライドよ」


まだ事件は終わっていない。被害者を見殺しにしてしまった以上、自分にもこの事件を広げてしまった一端はある。


「さすが、恵はんじゃの」


探偵局の一員であるブランチと共に、彼らの仲間であるミコも支援する事にした。

再び、捜索は始まった。


――――――――――――――――


「じゃあ早速だけど、デュークにも協力してほしいの」

「ちょっと、いきなりですか!?時空改変は勘弁していただきたいのですが…」

「大丈夫、ちょっとタイムスリップをさせて欲しくて」

「タイムスリップ…ですか?」


準備段階として、これまで行方不明になった人の目撃情報をもう一度集める事にした。

普通なら最終目撃情報のみになってしまうところだが、超能力がある二人は違う。いくつかの日にちでそれぞれの行方不明者の動きを聞き込みや張り込みで調査する事にしたのだ。念のために、こちらも助手が情報を各地から集める事にした。


何十人にも分身し、事務所の部屋中に溢れる紫パーカーの恵局長。

「ムニャ…きょ、局長…」

「ちょっと狭いね…。じゃあここら辺に立ってます局長は一週間前をお願いします」

「「「「「了解っ!」」」」」

これを何回か繰り返し、過去へ次々に自分を送り込む恵。

分身たちには、自動で元いた時空へ一度だけ戻れる使い捨てタイムマシンを所持してもらっている。デュークが自らの時空改変を応用し、未来から取り寄せた安物だ。とはいえ、現代の技術からすると相当高度な技術なのだが。


そして、全員を送り込んで少し時間が経ったところで、再び恵局長たちが帰って来た。タイムマシンの制限時間が切れ、この時間へとブーメランのように戻って来たのだ。中には危うくブランチの尻尾を踏みつけそうな位置に帰って来てしまいった者もいたようだが…。


改めて皆の情報を集めるため、それぞれの時間で一人づつになるよう、自分の数を減らし、改めて作戦会議を行った。

助手が調査した事と、恵たちが調べた部分はほぼ一致した。ある廃工場を中心に、ちょうど同心円状の区域に行方不明者が揃っている。他の所から来た人々の中で行方をくらました人々も、この地域に集中していた。デュークの悩む顔を見る限り、やはり彼のいる未来絡みの存在のようだ。ただ、この場ではまだ断定はできないと言う。


「一応聞くけど、どんな可能性があるの?」

「理由までは説明する事は難しいですが…例えば、未来から持ち込まれた生物とか、でしょうか」

「「生物!?」」


未来と言うより、正確には他の惑星から持ち出された異質の生物。夢が根こそぎ奪われた未来の世界でも、各地の星の生物多様性の問題など先進的な一面がある。しかし、当然それを破る者も多い。かつてのデュークたちのように…。


「え、でも俺、昔あそこ歩いてたけどニャんにも変な匂いしなかったですニャ!」

「それすらカモフラージュできる存在…の可能性もあるね」


宇宙の生物のスペックの高さに、恵たちの髪から少し見える額に冷や汗が流れる感触があった。念のため、デュークの力を借りて五感や筋力を一時的にアップしてもらう事にした。

一方で、最近の時間に近づくほど、恵には気になる事があった。それは、道行く人々の「顔」である。恵達の場合、自分やデュークなど知り合いが何人に増えようとも別に気にならない。既にそういうものであると慣れているからである。しかし、それが他人の場合だとそうはいかない。慣れ過ぎているからこそ、違和感も大きいのである。

見かけたのは、黒色長髪の女性と、濃い青色の、いわゆるセクシーショートと呼ばれる髪型の男。外見は助手の力で瞬時に紙に映し出されたため、他の時間にいた恵やブランチも見る事が出来た。


「なるほど…どちらともスタイルは良い感じですね。その分逆に没個性的な形がある、こういう事でしょうか」

「さすが助手。道行く人は気付いてない様子だったけど、多分こういう訳だと思うの。それで…」

「こいつらが犯人ですかニャ?」

「ううん、まだ決めつけるのには早い。もう少し様子を見ないと…」


局長権限で、調査を続行する事に決めようとした時、デュークが何かを思い出したような顔をした。この手法を取る存在を、ようやく思い出したのだ。この絵が決め手だったようである。そして、恵に「女性」の方をもう少し詳しく調べてみてほしい、と頼んだ。怪しいのはこちらの方、と感づいたのだ。ただ、念のため「男」に関しても調べる事にしたのは言うまでもない。


―――――――――――――――――


それから少し経った。

久しぶりにミコが探偵局を訪れた時、彼女は珍しい光景を目撃した。今は恵がいないので男性一人と雄猫一匹が暖房の良く利いた部屋にいるのだが、双方とも眠っているのである。そっとデュークを起こし、遊びに来た事を告げる彼女。


「すいません…まさか寝てしまうなんて…」

「たまにはいいんじゃ。気にせんこと。それにしても髪サラサラじゃのぉ」


いつもだらけている局長とは違い、真面目な彼。たまにはこういう姿もあるものだ、と思うミコ。ただ、そんな彼女がやってきた目的は、単に遊びに来ただけでは無い。例の行方不明事例の続報を聞きに来たのである。

今、局長が真実に近づくために街に繰り出し、各地を回っているらしい。


「一種の囮捜査…ですね。相手が女性と言う事も考慮して、以前の列車痴漢事例の時と同じように、局長の性別を一時的に男性としております」

「はぁ…相変わらず何でもありじゃのぉ」


とは言いつつ、正直助手より男…特にどこかおっさんくさい一面のある彼女の事、デュークの助けがなくても案外ばれなさそうだというのがミコの感想であった。その中で、例の女性にコンタクトを取る事が出来た恵がいたという。見た目は優しげなのだが、ちょっとだけ忘れっぽいようだ。気さくに話しかける恵と仲良くなったその女性と、今日待ち合わせをしていると言う。ゆるい態度だ、というミコに対し、これもあくまで作戦だと言うデューク。


「局長の特性を生かした形です。自分自身を囮に、相手の様子を調べる、という形です」

「相手に餌と間違えて毒を呑みこませる…じゃな」


どこか害獣を退治するような手法のように感じたミコの予感は、今回も正解であった。デュークも同じ予感をしていたのだ。件の「宇宙生物」説である。鏡に恐竜、化け狐、さらにはサンタクロースまで何でも経験してきたというこの探偵局の言う事なら、突拍子のつかない事も本当になる可能性がある。


「で、どんな感じの生物なん?」

「それが、ちょっと今思い出せなくて…」


珍しくデュークも手こずっているようだった。前にあったような故障ではなく、検索自体が難しいようだ。どこぞの地球の本棚のように簡単に見つかればいいのだが、今回は決定的なキーワードが見つからないようだ。ミコも同じように分からないとなると、これは簡単には見つからないようである。


一方、もう一つ気になっていたのは、局長が何度も見たと言う男であった。


「僕も街を歩いていた時に、交番でこの人を何度か見た事があります」

「じゃあ、ただの警官なんじゃろ?あちこちでよう働くのぉみたいな」

「最初は僕もそう思ったのですが…」


そう言って、彼が見せたパソコンの画面にミコは驚いた。そこに書かれていたのは、様々な職業であった。先程の警官は勿論、判事、刑事、警部補など警察関連の職業以外にも、法律家やジャーナリスト、工場長、有名企業の部長や課長など、職業と聞いて想像できるあらかたのものはこの中に含まれていた。そして、デュークは言った。これが、彼の「顔」で検索した結果だ、と。


「彼は単なるお巡りさんではありません。これら全ての職業に、彼は関係しているでしょう」

「へ、つまり全部の仕事を掛け持ちしとるっつーこと?」

「そこを今から調べようと思っていたところなんです」


この結果が何を意味するのか。それを実証しようとしていたところだったのだ。丁度いい所にパソコンのプロであるミコもやって来てくれていたので、彼女の力を借りて調査をしようとしようとした、まさにその時であった。


「ニャぁっ!???」


突然ブランチが起き、そして苦しそうな顔を始めた。突然の行動に、意識がそちらへ向く二人。一体どうしたのか、と聞かれたブランチは言った。凄まじく変なにおいが、こちらへ漂ってきていると。彼の感じた「匂い」というのは、次元の歪みである事をデュークの脳内がすぐに察知した。


「向こうの方角は…廃工場か!」


そして、それと同時にミコにもある嫌な予感が芽生え始めた。宇宙生物、廃工場、そして謎の女性。確証はないが自信はあった。


「デュークはんにブランチはん!もしかしたら恵はんになにかあったかもしれん!」


予知能力を持ち、未来をある程度固定する彼女の考えを信用しない訳が無い。局長を救うため、デュークは一路ブランチを連れて廃工場へ飛び去っていった…。

そして、残されたミコにも仕事があった。丸斗探偵局の美男助手から託された任務、例の男の詳細を探る、という。


「よっしゃ、えーと名前は…有田栄司…じゃな!」


―――――――――――――


…その頃であった。もう一つの影が、件の廃工場へと向かっていた。

今回の行方不明事件を調査していたのは、丸斗探偵局だけでは無かった。もう一人…いや、一人では無いかもしれないが。


「あれか…」


工場の近くで、もう一人別の影が待っていた。


「本当にあそこなんだな」

「間違いない。というか、俺の調査の賜物だぞ?」


普通の人だと全く意味が分からぬ確信だが、聞かれた男にとってはそれが一番の証拠であった。聞いた方も、聞かれた方も、どちらも同一の存在、それが理由である。


「気をつけろ、中の様子までは分からん」

「気にするな、代わりは幾らでも作れるからな」


…例え自分の命が消えても、幾らでも代わりが溢れる事が出来る。それが、彼―有田栄司―が持つ『増殖能力』の真骨頂である。

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