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31.噂の彼は増殖系 ~番外編:俺と姉の思い出~

…突然だが、今回は番外編だ。

増殖探偵とかいう作品らしいが、悪いがその登場人物の出番は今回はないそうだ。ただ、代わりに俺の昔話を聞いてもらう機会を得る事が出来た。

せっかくこのページを開いてくれたんだから、ちょっと付き合ってくれ。

俺の姉には、不思議な力があった。

見た目からしておっとりしていて、どこか元気が空回りする所もあったけど、いつも俺の事を考えてくれた姉さん。親を早くに亡くした俺にとって、父さんや母さんがいない分余計に大事な存在だったのかもしれない。たった一人で、ずっと俺を支えて来たんだから…いや、一人と言っていいのだろうかあれは…。


というのも、姉さんは一人にもなれるし、複数にもなれる、そんな不思議な力を持っていたからだ。


「姉さん、早く起きてくれよ…」

「…えー…あと五分…」

「姉さんが朝ごはん食べてくれないと、俺が遅刻するんだよ…」

「そりゃ大変だね…じゃぁお休み…」

「…姉さん!!」


…とまあ、いつも朝はこんな感じだった。朝が苦手だと言う姉さんの代わりに、いつも俺が料理を作っていた。親がいない俺たちの事、仕送りは親戚とか言う知らない人から来てるらしいから生活に不自由は無かったけど、ぐうたらな姉を持つと苦労するものだ。

ここまでは他の家も同じかもしれない。ただ、大変なのはここからだ。朝飯の準備をしていると、まず姉が髪をぼさぼさにしながら降りてくる。余りにも見苦しいので、先に顔を洗ってくれと言うとあくびをしながら素直に洗面所へ行く。その後ろから、もう一人の姉さんが同じようにやって来る。さっきと同様に顔を洗えと言うと素直に従う。そしたらまたもう一人…。ちょうどこれを3、4回繰り返した後に、姉たちはリビングへ全員集合する。全員何から何まで全く同じだ。髪の乱れも、あくびのタイミングも、服のだらしなさも。

うちの姉さん得意の分身の術だ。いや、分身と言うより「増殖能力」と言った方がいいかもしれない。


こんなにたくさんの料理は今の俺でもささっと作れるものではない。一人に戻ってくれと言うと、姉は嫌々ながらも従ってくれる。いつもの流れだ。朝ごはんを食べた後は、俺と姉さんは学校に行く準備だ。俺たちは年の関係で、一緒の学校に入れるのは小学校までのようだ。大学に向かう準備をする姉さんの後ろで、中学校の制服を着ていた頃が少し懐かしい。というか、この年になっても同じ部屋で着替えてた姉さんはもう少し俺の年齢を考えてほしかった。目の行き所に困る…と言うよりこの年頃の男性がどんなものなのか知ってたのだろうか。そう考えると…。


…そんな思考はどうでもいい。いいったらいい。


俺たちがそれぞれの学び舎へ行こうとしたぐらいの時間に、もう一人…時々二人の姉が帰って来る。夜間のバイト組だ。どうやってるのかはずっと知らなかったが、生活費を稼ぐためにうちの姉さんはよく分身して各地で荒稼ぎしていたらしい。…まあ方法を知ったお陰で今の俺がいるのだが。むしろどうやって姉さんは戸籍をいじる方法を知ったのだろうか。


そんなこんなで、俺が一人、姉さんが二人か三人になったところで家の守りは交代する。学校へ行く俺と姉さんに代わって、朝起きた姉さんが創りだした分身が留守番や家事を担当、その間に夜勤担当の分身がぐっすり寝る…。

家の中はこんな妙な空間だが、学校では俺も含めどちらとも普通の学校生活を過ごしていた。うちの家系は何故か髪の色が青っぽい感じに染まる遺伝子を持っているらしかったのだが、校則が厳しくないうちの中学校では別段気にされる様子は無かった。初めて会う人はよく驚くのだが、学校の皆はとっくに慣れたらしい。それは姉さんも同様、あの時からあまり変わらない髪型…ふんわりヘアーというのだろうか…そんな感じで大学院生活を送っていたみたいだ。たださすがにバイト先ではそれは色々とまずいので染めていたらしいのだが。


家の事情も事情なので、俺は部活とかに入った記憶があまりない。サボリの友人の家に行って授業内容教えたりそいつから漫画とかゲームとか借りたり、本屋で立ち読みしたり、そんな感じで家に帰る。…名誉のために言っておくが、こう見えてうちの学校は成績いいところだったんだからな。進学校の異端児とかなんとか呼ばれてたの今になって知ったよ…。


で、その後は日によって様々だった。姉さんに宿題見てもらったり、姉さんと一緒にゲームしたり、成績悪い時には姉さんに囲まれてスーパー説教タイム…これは辛かった。後は姉さんと昼寝したり姉さんと…自分で突っ込むのもあれだが、なんか「姉さん」ばかりだな。まあ家中同じ顔だらけだった事もあるかもしれないが…。

夕飯食う前に色んな事がある訳だが、その中でも未だに覚えてる事がある。今話してるのは中学の頃なんだが、まだ俺が小学生だった頃…で、姉さんは高校生だった時の話だ。時代がコロコロ変わってすまん。


「まずい…」


料理を作ろうとしていた姉さんが、何か悩んでいる様子だった。学校の制服…黄色系のセーラー服そのままで、冷蔵庫の中身を見ていた様子からも、夕食のメニューに関する何かが足りない事はその頃の俺にもすぐに分かった。


「ねえ、お願いだけど…これ買って来てくれない?」

「姉さん、これ買ってくればいいのか?」

「うん、そうだけど…大丈夫かな…お使いなんて…」


恥ずかしながら、ずっと買い物は姉さんにまかせっきりだった俺にとって一人でスーパーに行くのは初めての経験であった。ただ、よく付き合いで色んな品物を見ていた俺は特に心配はしてなかった。正直あの時色々やばかったのは姉さんの方かもしれない。なにせずっと道は覚えているか、場所は把握しているか、お金を忘れてないか、ずーっと心配していたからだ。心配してくれるのは嬉しいが、しつこすぎると逆に困る。何とか姉さんをなだめて俺はスーパーへ行った。


行ったまでは良いんだ、そこまでは。何か変な違和感が背中から感じていたわけだ、ずーっと。後ろを振り向いても一応何も見えなかったが、改めて考えると、電柱辺りに妙なのがあることくらいその時に察知してれば良かったかもしれない。スーパーに入った辺りで一旦その感じは消えたのだが。

メモに書いてあったのは、夕食のカレーの隠し味。俺が好きなのもあるかもしれないが、姉さんはよくこれを作ってくれた。水分を多くせず、かといって固くならない。そんな風にカレーを制御するのがチョコレートだと言う。それも特定の。別に俺はどれでもいいのだが…というか今もそこら辺は気にしてないのだが、一応指示通りに買っておいた。その時にまた違和感が生じたんだが、この時はすぐに忘れてしまっていた。

レジを通って買い物袋に詰め込んで、そして帰ろうとした時、ようやく俺は気配に気がついた。頭隠してなんとやら、電柱に何かが見えたのだ。よく見るとそれはスカートの一部だった。しかも俺のよく知っている。急いで駆け寄った時に相手は逃げようとしていたが、体力は残念ながら当時から俺の方が上だった。


「姉さん!」


すぐに分かった。家にいた制服のままの姉が、電柱の陰に隠れていたのだ。ばれちゃったか、とのんきな声を出す姉さんを見て、ずっと俺を監視…というより見続けていた事をすぐに俺は見抜いた。


「だって心配だったんだもん…」


そういう姉の後ろで、別の影が動き出した。隣にあった電柱からだ。そして、それを見て俺は本気でびっくりした。影は一つや二つどころじゃなかった。後から後からどんどん俺の方へ向かってやって来るのだ。しかもどれも全部同じ人間。


「「「「「「「せっかく心配したのになー」」」」」」」」


…やっぱり予想通りであった。うちの姉さん、俺を心配し過ぎて分身しまくりながら俺をずっと見てたらしいのだ。恥ずかしいってもんじゃなかった。道端で大きい声で怒ったよ、そりゃ。幾らなんでも俺をガキとして見過ぎだ、もっと大人として見てくれってな。…まぁあの時はまだ小坊だったから仕方ないかもしれないが。

俺が通る可能性のある道全部に姉はいたらしく、結局帰りはとんでもない光景になってしまった。50人くらいの高校生の姉に挟まれて帰る小学生の弟って今考えると凄まじい気がする。口々に俺に謝り通しだったわけで、そうなるとさすがの俺も可哀想になって来る。というかある意味数の暴力に負けた形だ…。


「いいよ、姉さん。俺を心配してくれてたんだろ?」


…えらい大人びたガキだった当時の俺。その後に一斉に笑顔でありがとうって返されると、嬉しい半面少々ビビった。あの時はそうだったんだが、さすがに今は大丈夫だ、そう信じたい。


ちなみにこの時の夕食はさっきも言った通りのカレーだったのだが、確かに美味かったのは美味かった。ただ、まさかあの後から1週間ずっとカレーばかりになるほどの量を作るとは思わなかった。分身したまま一斉に料理を作りだした姉さんが全面的に悪い気がするが。


…それと…これを言うと世の男性から石を投げられそうな気がするが、うちの姉さん、結局ずっと風呂は俺と一緒だった気がする。中学生のエロ坊主になった後も、よく姉さんは俺を風呂に誘った。断ろうとしてもいっつも無理やり入らされる感じだ。色々辛かったが、今考えると贅沢な辛さだったかもしれない。今思うと姉さんかなりの体つきだったようだ。昔の俺にも薄々それは感じていたが…。それに、時々一緒に寝る時もまた大変だった。うちの姉さんは寝像が悪過ぎて、よく俺は板挟みにされていた。いつもの習慣で土日でもすぐに目が覚めるのだが、そんな時に姉さん数人にもみくちゃにされたまま起きると毎回色々大変だった。避けようにもうまくしないと寝起きの悪い姉さんが余計に分身してそれこそ出られなくなったからな…。


色々語って来たが、今となってはどれも懐かしい思い出だ。ある意味俺の絶頂期だったのかもしれない。それというのも、もう姉さんとは会う事が出来ないからだ。

高校生の時、姉さんは死んだ。いや、殺されていた、と言った方がいいかもしれない。初めて俺の家に静寂が訪れた時だった。目の前で誰かに殺された形跡を残し、冷たくなった姉さんを前に、あの時の俺は何故泣かずにいたのだろうか。何故呆然と…多分半日間くらい何もせずに姉さんを見つめていたのだろうか。どう反応すれば分からない時、人間は信じられない行動を取ることがあるらしい。もしかしたら、それもあるかもしれない。

葬儀の会場には姉さんの友達らしき人や、見知らぬ親戚も多く来ていた。その時どんな会話をしていたのかははっきりと覚えていない。ただ、その後に起きた事は今でもはっきり覚えている。静かになった家で、何をするべきか全く分からなかった俺が、いつも姉さんが美味しい夕食を作ってくれた場所に座った、そのすぐ後だ。全く自然な状態であったので最初気がつかなかったが、俺がいつの間にかやって来て、同じように…ちょうど俺の真ん前の席に座った。…訳のわからない文章だが、本当の事だ。当然それに気付いた俺と…俺は驚いた。例によってお前は誰だの言い合いになるところだったが、その直前に二人とも気付いた。試しに目の前にいるもう一人の俺と同じ事を考えてみると、この部屋にいる俺の数は4人になった。もう分かるだろう、姉さんと全く同じ能力「増殖能力」だ。


きっかけとか方法とかは分からないが、俺は姉さんから力を受け継いだ。その時点から、もう俺は「一人」だけではない、「複数」存在するものとなった。いや、お前たちから見たら「無数」って言ってもいいかもしれない。うちの姉さんはこの能力であんなことやこんな事を楽しんでいたようだが、俺…いや、俺たちの方がいいだろうか…よく分からないが、あいにくそのような事は出来なかった。姉さんを殺した犯人を捜し当てたい、姉さんみたいな犠牲者を出すような犯人を許しておけない。復讐心とかいうものが、俺を突き動かし、その成績を伸ばしていった。そして、知識や知恵を蓄えた「俺」は、様々な社会へ潜り込んだ…言い方が悪いな、進出したというものだ。決して侵略ではないぞ。


あれから結構年月が経った。とはいっても、まだ俺は若いがな。今の「俺」の職業は、そんな悪党を直接裁ける場所…一言で言うと警官だ。法律関連や裏稼業、そして同じ警察でも刑事や判事の道に進んだ「俺」たちから聞く情報も頼りに動いている。同じ顔がこんなに動いているのに、案外普通の人間というのは気付かないものだ。そんな事を信じないからというのも大きいかもしれない、と心理学やってる「俺」が知ったかぶってそうに教えてくれたんだが、どうなのだろうか。別のアプローチもあるかもしれないが…。 



「いつまで話してるんだ、おい」


…なんだ、俺か。どうした。


「どうしたもこうも、事件だ。お前に協力を要請したい」


刑事やってる方が下っ端に相談とはな。


「同じ俺だろ…。とにかく、この街だ。この街に行って調べてきてほしい事がある」


なんだ…行方不明…だと!?


「この一帯だ。ホストやホステス、そこいらの連中が消えている」


最近になって増えてきているな…。

お前がやれ…とは言い返せないな、最近忙しそうだし…。

了解した。


「ありがたい。それじゃ、頼んだぞ。有田栄司殿」


こちらこそ、有田栄司殿。

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