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28.Dの激突・前編

ある日、丸斗探偵局に恵が来た時、珍しく誰もいなかった。窓が開いているところを見ると、恐らくブランチは外に遊びに行っているのであろう。

ふと机を見た時、そこに一つの封筒を見つけた。糊を使ってしっかりと封がされており、中には紙が入っているようだ。これはもしかしたら…


「お…お札一束!?」


これまで経験した解決事項から、様々な可能性が思い当たる。取りあえずこのまま置いておくのもあれなので、一旦金庫にしまっておく事にした。本当はこっそりと…しようと思ったが、助手やペットがうるさいし、まずネコババなど探偵としてあってはならない。取りあえず帰ってきたら報告しておこう。そう思い、業務を始めた。


…それから数日間、丸斗恵はデューク・マルトの姿を一切見ていない。

ブランチに聞いても、全く分からないという。彼自身、非常に心配していた。普通は匂いなどですぐに分かるのだが、デュークには時空改変という恐ろしい力がある。それを前にされては動物の本能も全く役に立たないのだ。これは無断欠勤としてとっちめる必要があるし、行方不明事項としても重要な要件だ。と言う事で、本日の解決要綱は「デューク・マルトの捜索及び行方不明理由の調査」。依頼人は丸斗恵…の分身と仕事手帳には書いた。一切報酬もないので少々空しいが。


こういう場合、恵が大量に分身して手当たり次第探せばいいのだが、今回は念のためにもう一人…というかもう一匹の部下であるブランチに協力を求める事にした。ある意味助手は非常に厄介な存在、人間の勘だけでは対処できそうにない存在だ。と言う事で、彼の人脈にも頼る事にした。当然後でちょっと値の張ったキャットフードを驕ると言う約束付きで…デュークの給料からのおごりにしようと勝手に約束を決めたのはここだけの話。

街中、公園、コンビニや建物の中。各地を巡って見たものの、各地に散った恵の分身たちもブランチの仲間である猫たちも、彼の姿を見なかった。目晦ましをしている可能性もあるが、以前彼本人から自分の時空改変は恵を対象にした場合非常に効果が弱まると聞いた記憶がある。そうなると、本当に街から消えてしまったのだろうか…。

万が一依頼が来た時に備え、局長が一人待機する事にした。と言っても、結局依頼は来ずじまいだったが。そろそろ日も暮れて来た頃、外でごろごろしていたブランチが一旦下に降りて行った。仲間たちからの報告を受けるためらしい。探偵局では見習い的な立場の彼だが、一旦外に出れば動物たちの重要な存在。逞しい後ろ姿を見送り、探偵局の室内の方を振り向いた時であった。


「すいません、局長」


そこにいた人物に、恵が抱きついたのは言うまでもない。ずっと姿をくらましていた助手こと「デューク」がそこにいたからである。ずっと心配かけてしまった事を謝る彼に、彼女は今まで心配させた分、たっぷりおごってもらうように言った。苦笑するデュークだが、口調は怒っていても恵の顔は笑っている。それを見た彼は、表情を一瞬だけ、彼女にも気づかれないほんの一瞬だけ変えた。非常に冷酷な、デューク・「マルト」なら決して見せない顔に。

ブランチの方は帰りが遅いと彼に連絡を入れた、というデューク。彼の事だ、明日詳細を言えば許してくれるだろう、そう恵は返す。もう少しで探偵局も閉鎖の時間だが久々の二人、会話を弾ませた。ここ数日間に見つけたあんな事、こんな事。


「ねえ、デュークはその間なにしてたの?」


思案顔の彼。何かを隠しているようだが、言いたくないなら大丈夫、と彼女は答えた。探偵たるもの他人のプライバシーに余りにも踏み入った事までは聞かないのがポリシーであると考えたからである。それに、彼は未来世界では未だに「犯罪者」呼ばわりされている。未来に帰って野暮用を済ませた可能性もあるし、そこまでいったら局長である自分が理解できないかもしれない。長い髪をさらりと巻き上げながら、デュークは礼を言った。

それにしても、ブランチが帰ってこない。何かあったのかと見に行こうとする局長を、助手は止めた。自分と違って彼は猫、そんなに遠くには行っていないはず。明日までには帰って来るだろう、と。しかしそれでも局長は心配だった。普通なら今頃帰ってきてご飯を催促される事。外で採ってこいと毎回注意するものの、人間の味は一度覚えると忘れないとかなんとかで結局食べる事になる。


「ねえ、何か変わった?」


ようやく恵も何かに気付き始めた。こういう時、心配するのは「デューク・マルト」のはず。少しだけ、目の前にいるデュークの顔が何かを言い当てられたかのようになったのは見逃さなかった。もう一度聞こうとした時、彼が何者であるかを告げる声が響いた。普通の人には猫の声に聞こえるが、特定の周波数の影響で恵やデュークには人間の声に聞こえるよう、首輪の翻訳機がフルに働き、その緊急内容を届けた。


「そいつ、偽者ですニャ!匂いが全然違うニャ!」


はっと「デューク」の方を振り向いた時、彼の眼が変わった。口元は笑みを崩さないが、蛇をも殺しそうな、恵すら一度も見た事が無い表情に彼女が驚愕した時、一瞬だけ隙が出来た。脇腹に激痛が走り、偽者と呼ばれた「デューク」の姿がドアの外に消えた。痛がる彼女に駆け寄るブランチ。しかし、恵は自分よりも仲間たちにこの事態を報告するように言った。デュークの偽物が現れ、この街に消えた、と。それを受け、黒猫もドアの外へと駆けより、そして姿を消した。


この緊急事態は、勿論各地で捜索を続けていた恵の分身たちにも届いていた。一度はデューク帰還の命を受けて元通り一人に戻る事を考えたのだが、この緊急事態を受けて街中に恵の包囲網を築くことにした。

しかし、当然だが各地に散らばってもデュークらしき人影は見ない。当然だ、彼は途方もない能力を持っている。本物ならまだしも、探偵局にいた自分の情報からは彼がデューク・「マルト」に近い能力を持っていると言う情報があった。これは自分の力だけでは難しいかもしれない…。

そう思った時、ふと夕暮れ迫る空が賑やかになり始めたような気がした。カラスの声やスズメの声、ハトの声も。


「もしかして…ブランチ…!」


彼に導かれて、町の動物たちも動き出し始めたのか。そう一人の恵が思った時であった。突然空の鳥たちの声が攻撃的になり始めた。ある一羽のカラス目掛けて嘴や羽、脚で次々に打撃を加えていく。何かを察知した恵数人がその方向へ向かって行った。そして、そこで見たものは、普通の人間であれば目を疑いたくなる光景であった。人影もない路地裏に墜落したカラスの姿が、見る間に一人の人間へと変わっていくという。


デューク。その姿を見た恵たちは一瞬驚きの声を上げようとしたが、すぐにそれを止めた。


「…烏どもにやられるとは…」


助手なら決してそのような事は言わない。あの、デューク・マルトなら。


「鳥どもにやられる」「貴方の方が」「惨めだけどね」


息もぴったり、腕を組んだ三人の女性が、長髪の男性を囲む。もう逃げられない、一瞬だけそのような確信が生まれた。有利な状況だと一瞬でも思った時、人間はそう思ってしまうものだ。相手が悪すぎる場合でも。


それはほんの一瞬だった。偽者のデュークの「手」が、鋭利な「ナイフ」へと変化し、恵の一人の腹を貫いた。鮮血が溢れ、地に伏せる自らの分身の様子に唖然としたもう二人の恵。だが、彼女たちが意識を保っていたのはほんのわずかな時間であった。偽デュークの背中に一瞬だけ生えた鋭利な触手が二本。同じように腹を貫かれ、命を盗まれた恵の体が横たわる。元の姿に戻った偽デュークはほくそ笑んだ。その時何を思ったかは良く分からない。だが、確実に「命」を蔑んでいたのは確かであろう。


…しかし、状況と言うのは時間によって変化するもの。次に苦戦するのは偽デュークの方であった。以前も恵が同じ状況にあった事を覚えているであろうか。あの時…そう、恵の分身の「命」が、暴力団の銃弾によって奪われ、鮮血が飛び散った時。一度は有利かと思われた暴力団の顔色が、その瞬間一気に青ざめ、形勢が逆転したのだ。まさに今、同じ事が起きていた…。


「メグミか…!」


偽デュークの声は、彼の体に付着した鮮血から次々に現れ続ける女体に向けられていた。血の一滴からでも自らの体を再生する、恵の奥の手が発動したのだ。次々に現れ、彼の体にしがみついたり彼の長い髪を引っこ抜こうとする恵たち。払いのけようとするも、まさに泉のように湧き出る体はそう簡単には払えない。そして、余裕を無くした偽者の顔が憎悪に満ちた時、彼の体は一瞬だが一気に変化した。

確かに血の一滴からでも恵は再生してしまう。ならば、それを出さない形で行けばいい。次々に恵の体が縮み、干からびたようにしおれ、やがて煙のように消えてしまった。自らの周りだけ、時間を進め方を速めたのである。ざっと数万倍に。デューク・「マルト」なら絶対にせず、そして朝飯前かもしれないこの行為。行った直後に痛がるように頭を押さえた彼は、やはり偽者であった。


そのまま羽を生やして空を飛び、逃亡を図ろうとする彼であったが、既に勝利の道は残されていなかった。例え周りの時間を数万倍に速めたとしても、自らの時間そのものを速めていない以上、血の匂いはどうしてもぬぐえなかった。それを察知したカラスなど鳥たちの群れが襲いかかる。しかし、その目的は彼を餌として見ているのではなかった。動物たちに行きわたった連絡先へ、ターゲットを送り込もうとしているのだ。


===============

「公園…!?間違いないの?」

「うん、絶対。あのカラスたちやあそこのネコたちが行ってる方向は、間違いなく公園」


自分の分身が三体行方不明になった直後から動物たちの動きが慌ただしくなった。空を見る人も多くなっている中、その隙間を縫って恵たちもその方角へ向かっていた。目的地が分かった以上、大勢の自分が集まってもしょうがない。少しづつ合体を繰り返しながら人数を絞っていった。


そして、元の一人に戻った恵はようやく公園へとたどり着いた。


「ようやく来ましたね…恵さん」


聞き慣れた声、しかし今の恵にはぞっとする声であった。

助手と同じ姿、顔、声をする者の右腕は、「手」の形を成しておらず、まるでレーザーナイフのような鋭利な刃物の形を取っていた。そして、左手に抱きかかえている、一声鳴いているのは…


「ぶ…ブランチ!?」

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