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27.ミラージュパニック 後編

あの伝説には、あまり知られていない一文があった。何故あの女武将は鏡を捨てる事になったのかという理由。あの鏡を操る事が出来るのは、それを屈服する事が可能な力を持つ者のみ。彼女は、農民や部下には非常に優しい一方で鏡の精を恐怖で支配し、操っていたと言う。おそらく死期が近い自分以外に、「この時代」に操る事が出来る存在は不可能であろう。そう考え、二枚の鏡を封印した。

もう一枚の鏡の行方は分からない。しかし、この一文はある意味正しかったかもしれない。精霊の我がままやいたずらを咎める手段は、少なくとも今の時代の住人は持ち合わせていなかったからだ。ただし、それは「現在」に限る。「未来」の恐るべき技術の前では別問題だ…。


==========================


月も雲も動かず、時が止まり続ける村の中に、不似合いな銀色の人間型ロボットが銃をうならせていた。標的は3つ。凶悪犯デューク・マルトと、彼に味方しているであろう二つの生命体だ。

相変わらずロボット以外には信用されていない、とテレパシーで悪態を突くデュークに、これらのロボットを操る少々頭が禿げている男も減らず口で返す。彼さえ捕まえる事が出来れば、自らのポイントが上がり、信用度も増す。彼らのいる世界の法律に反した、過去の世界における時間を停止させた状態での一種のハンティングすら、全く悩みもせずにやっていた男は、それをもポイントでもみ消すと豪語していた。

木が破壊され、道が崩れ、家には銃弾の穴が開く。お構いなしに彼らを殺そうと狙っていた男だが、突然部下のロボットたちの動きが鈍り始めた。ターゲットを見失ったのだ。彼らの得意なカモフラージュだ、と思った男は面倒臭そうに搭乗していたUFOを想わせる機械から降り、自ら探索を始めた。田舎の景色を古臭い、気持ち悪いと罵倒しつつ…。


…探し求めていた三人のいた場所は、そんな男の過ぎ去ったすぐ脇であった。どうして見つからないのかさっぱり分からない「鏡」にデュークは説明した。今の自分たちは別の位相、鏡のよく知る時代で言う「天狗の隠れ蓑」を被っている状態である、と。今の時代にこのような凄まじい存在がいる事を知り、かつての記憶を思い出した鏡は先程と一変し、表情に恐れや怯えを見せた。一体貴方は何者か、あいつらは何なのか。どうしてそのような力を持っているのか。


ブランチも、デュークが未来人であり、そこで暗躍している「犯罪組織」から逃亡してきたと言う事は承知済みだ。しかし、そこから語る事実は一度も聞いた事が無かった。

彼が何故今回のように直接未来人の警察のレーダーに察知されず、無事でいられたのか。それは、局長の持つ能力のお陰であった。彼女の持つ「分身」能力…あくまで恵の姿をコピーしただけの鏡には使えない能力だが、その力は別の作用を呼んでいた。ターゲットの存在する可能性そのものを察知する時空レーダーを攪乱し続けていたと言う。ターゲットがたくさんあり過ぎて、レーダーが混乱していたと言う事なのだ。つまり、今その局長が別の場所に封印されている状態なので、場所がばれてしまったという事なのである。


この事態を引き起こした直接の要因は自分に有る。かつて感じていたような恐怖を思い出し、涙を流しながらデュークやブランチに謝罪をする鏡の精。女武将の部下だった頃には、一度失敗した時は何時間も責め立てられ、失意のまま元の鏡に戻されていた。しかし、目の前にいる西洋風の服を着た、女性を想わせる長髪の男は違った。彼女の肩を優しく抱きあげ、全てを許すと言ったのである。そもそもの原因は自分の存在そのもの、むしろ自分の方ほど謝りたい。その顔には、嘘一つなかった。


そんな二人に、ブランチは言った。一見普通の猫が突然人間の言葉を話したのに鏡は最初驚いたのだが、その口から出た内容を聞いてさらに驚いた。「鏡」の精霊を、自分がお洞まで案内すると言うのだ。猫又ですらないただの猫にそんな事が出来るのか、と思った「鏡」。しかし、彼も探偵局の一員、傍観者でい続ける事は耐えられない。そう断言した彼の言葉に、デュークはある作戦を思いついた。今いるこの隠れ蓑は、一歩動いただけで崩壊する。しかし、それが合図だ。そして、彼は少々いたずらっぽく言った。


過去が未来に敵わないというのは、言語道断である。過去の凄さを、うぬぼれた未来の「天狗」に見せつけよう、と。局長から聞いた、この土地のもう一つの英雄の事を思い出していたのだ。少々力を借りる時が来たようだ。

そして作戦を決行しようとした時。


『…聞こえるか、過去の僕?』

「え…ど、どうしたんだ、突然?」


彼の脳に「デューク・マルト」の声がした。未来の自分からの報告だ。普段はこのような事はあまりしないし、カンニングを思わせるようで乗らないのだが、その内容を聞いた時、何故そのような事をしたのか彼は理解し、少しだけあきれ顔をしながらも皆に告げた。作戦を少々変更しよう、と。


==========================


レーダーに反応があった。すぐさま反応を起こすロボットたち。諦めたか、と嘲笑する男の前に、信じられないものが現れた。その唸り声を聞いた時、一瞬驕り高ぶった彼の鼻はひしゃげた。目の前にいたのは、確かに「ネコ」。しかし、その姿はあの時目視したものとは全く異なっていた。黒い肌に紫のたてがみ、爪は鋭く、牙は白光り。そしてその巨体、普通のライオンの数倍はありそうなほどの逞しさだ。慌てたように攻撃命令を下すも、それより黒いライオンの動く速度の方が早かった。瞬時に襲われ、機能を停止するロボットたち。銃弾で対抗するも、ライオンも必死に耐えている。これが目晦ましである事は承知済みだが、それにしても強すぎる。いらつきの顔を男は隠さなかった。


謎の黒いライオン、一体何者なのか。…勿論それは知ってのとおりだろう。

普段はのんびりしているが、仲間を守る時は勇猛な姿を見せるライオンの姿に、同性、同属として憧れていたブランチが、デュークの力で変身したのである。しかも、ライオンの中でも史上最大、最強と謳われ、屈強なローマ人すら打ち負かしたと言うバーバリライオンの姿に。みなぎる力をフルに活用し、大暴れをする彼の一方で鏡は必死になってお洞の方へと向かっていた。過去の力も未来の力に勝つ事が出来る。その自身をブランチの姿から貰った鏡の精は、目の前に現れた男に対しても勇気を持って対峙出来た。


彼は今やいい人、そんなデュークやブランチを殺す事など、絶対に許す事が出来ない、と。あの女武将も、確かに怒ると怖かったが普段は非常に勇猛で知性に溢れていた。今目の前にいる男は、ただ私利私欲の身に走る悪い奴だ、と。しかし、それは男の一笑の元に返された。彼が指を鳴らすと、そこには恐ろしい光景が浮かびあがった。


かつて最強最大を誇ったバーバリライオンは、今は絶滅寸前、もしくは絶滅しているとされている。その理由の一つが、先程のローマ人と関係していた。闘技用に乱獲され、奴隷たちと戦わされ、そして命を落とされていったのである。しかし、体中傷だらけ、血だらけになってもその闘争本能だけは命が消えるまで失われる事は無かったと言う。今のブランチのように…。


時の止まった夜空に映された、ロボットたちの銃弾や殺傷用のナイフによってボロボロになった彼の姿を見て、鏡は悲鳴を上げた。それを嘲笑い、男はデュークの居場所を教えるよう脅した。もし教えなかったらどのような目に遭うか、言わなくても脳裏にはその光景が浮かんできた。衝撃、崩壊、ひび割れ、血…鏡の命が奪われる光景が駆け巡る。苛立つ男に首元を掴まれた時、鏡は大声で悲鳴を上げた。


「助けてぇぇぇぇぇ!!!!」


まさにその時であった。必死の叫びに応えるかのように、男の乗るマシンを衝撃が襲った。たたき落とされ、土の上に体が落とされる。服についた泥を気持ち悪そうにぬぐおうとした男の顔が、恐怖に変わった。目の前にいたのは、ここにいるはずのない存在。6500万年前に消滅したはずの過去の遺物、「恐竜」だったのだ!


==============


天狗様のような鋭い爪と、巨大な体格。胴体を支える二本の足は、その体や腕のように緑色の羽毛で覆われていた。あっという間にUFO型のマシンを捻り潰したその姿を、呆然と見守っていた恵…いや「鏡」の肩に、燕尾服に身を包んだ長髪の男性が静かに手を置いた。もう大丈夫だ、という声と共に。


デュークが呼びだしたのは、この地で深い眠りに就いている一頭の恐竜だった。

彼のいた未来でも、その名前―グランドサウルス―というものはよく知られている。攻撃力がある爪や皮膚を守る骨など、攻防共に完璧に近いと呼ばれている一方、その性格は生物として非常に変わりものであったと推測されている。凶暴なアロサウルスと同じ系統にいるにも関わらず、良く言えば勇敢、悪く言えば無謀。仲間を守るためなら命すら捨てるその姿勢が彼らを絶滅へと追い込んでしまったというのが定説だ。しかし、それはあくまで第三者からの話。蘇った恐竜と意志を交わし、友好の姿勢を見せたデュークにとってはこれほど頼もしい仲間はいない。過去の英雄の力を、存分に見せつけてほしい。その願いに応えてくれたのである。

そしてもう一人…いや、もう一頭の戦いも形勢が逆転していた。最初ブランチはデュークからの助けは最低限でいい、と告げた。無敵であるライオンが負けるはずはない、と。しかし、結局彼の力をもう一度借りて戦う事になってしまった事に、力を過信していた自分に少し反省した。次々にロボットに体当たりしたり猫パンチを食らわせたりして機能を停止させていく。丸斗探偵局最強の助手から得たもう一つの力であっという間に傷が治り、しかもそれから受ける攻撃はどれも痛くも痒くもない。まさに無敵のバーバリライオンここにあり、である。


一方、男は完全にパニックに陥っていた。半分幽霊であるグランドサウルスには、光線銃も全く効かない。ただし、走る速さだけは未来の技術を持つ男の方が早かったようだ。何とか丘の上に逃げのび、完全に敗北を意味している下の光景を目にしながら復讐を誓い、未来へ逃げようとした…その時であった。


「へぇ、部下置いて逃げるんだ」


背筋に震えが生じた。振り向いた時、そこには一人の女性がいた。


「「それが未来人のやり方?」」


いや、もう一人。さらに、もう一人。男の脳に内蔵されているレーダーが狂い始めた。目の前にいる女性は、どれも同一の存在。しかも、それが小高い丘を見る間に覆い尽くしていく。もう逃げ場は無かった。


「「「「「「じゃ、過去のやり方、見せてやろうかしら!」」」」」」


…そして、止めを刺したのは大量の局長によるキックであった。過去も現代も未来も、変わらないものがある。その一つが、男の最大の「弱点」である。


==============


悶絶した男や機械の残骸。それらを未来へ強制送還した後、デュークや探偵局の皆、そして鏡はマウントサウルスにお礼を言った。それにウインクで応え、大きな咆哮を残した後、恐竜は再び眠りに就いた。過去は単に古いだけでは無い。そこから得られる知識は今を、未来を創りだしていく。だから、過去だって十分未来と戦える。少し、鏡に自身がついたようだ。そして、今までの自分のやって来た行いも思い出し、改めて恵に謝罪した。勿論彼女は快く許してくれたのは言うまでもない。


「それにしても気になるニャ」


動き出した時間や激戦の跡が消えた村と同様、ライオンから元の黒猫に戻ったブランチがある疑問を口にした。何故恵局長は脱出できたのか。鏡曰く、封印は絶対だったはず…らしかった。即座にその事を、当の恵に否定されたのだが。

事実はこうである。無限に広がる鏡の中の漆黒の空間。分身して手分けして出口を探そうとするが見つからない。兆単位…局長本人の自己申告によれば「59502849281984人」にまで増えても見つからず、自分自身と共に途方に暮れていた時、一人がある物を見つけた。それは何と、鏡の精が出入りしている引き戸だったのだ。しかも鍵もかかっておらず、ご丁寧に「出入り口」という看板まであったという。普通相手を封印するならこれくらい隠すべきであろう、何が封印は絶対だ、と突っ込む彼女に顔を赤くしながら平謝りの鏡。デュークとブランチは思った。もしかして、鏡の精がいつも怒られっぱなしだったのは精霊自身がおっちょこちょいだったからではないか、と。そして、これは過去の自分へ伝えるべきかもしれない、と考え、自らの脳内に過去へのタイムマシンを一時的に作成し、連絡をした。


「安心してくれ、局長はもう少しで自力で脱出に成功する」

『自力…どうやって?いや、それ以前に過去に未来をを教えても…』

「それは今から説明するよ。今回は、答えを教えた方が問題解決をしやすいからね。それに…」


過去と現代、二人の助手の苦笑が重なったのは言うまでもない。


そして、長い夜は夜明けと共に幕を閉じた。


その後、とある村に不思議な伝説が生まれた。忙しくて猫の手も借りたい時、自分そっくりの誰かがその用件をこっそり、しかも完璧に済ませてしまうという。ギリギリまで頑張っても難しい時に助けてくれるという不思議だが頼もしい存在。きっとこの場所に住んでいた神様だろう、と老人たちは言ったという。ただし、やらなくていい仕事までやってしまっているのはご愛嬌だが。

一方、ドッペルゲンガーの真相と言う物を上手く説明する手段が思い浮かばなかったために今回は丸斗探偵局に報酬金は来ず、依頼人の人から頂いた地元特産のこけしやミニチュアの木でできた地蔵さんが報酬だった。ただ、帰りの電車の中で恵は少し嬉しそうだった。悪人も退治できたし、何しろ鏡の中に入るなんて初めての経験だ。相変わらず子供っぽい局長と、籠の中でぐっすり寝ているブランチの隣で、デュークは窓の外の景色を眺めていた。その顔は、どこか覚悟を決めたようなものであった。


======================



後書きに代えて、もう一人、その後を連絡する必要がある者がいる。今回駆除に失敗した、例の時空警察の男だ。結論から言うと、彼は抹殺された。

帰還し、恨み辛みを口に隠さず言いながら再びコンピュータの方を向こうとした時、目の前にいたのは彼と裏取引をしていたより強い悪…「犯罪組織」の一員であった。彼らからも、裏切り者のデューク・マルトの抹殺を依頼され、ロボットの武装などを貸し与えた。しかし、結果は失敗。彼が約束した、「出世後の給料の10%を毎月払う」という報酬はもう手に入らない。次の作戦で挽回する、という男の言い訳はもう通用しなかった。


「報酬?命で頂いたよ。…なに、これくらい軽いものさ。むしろ、これからがちょっと大変かな?

 じゃ、連絡切るから、後処理はよろしく頼む。

 待ってろ、裏切り者め…」


…この時、男の命を奪った刺客の姿は、「デューク・マルト」そのものであった事を最後に報告しておこう。

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