26.ミラージュパニック 前編
…恵が腹痛でダウンしたあの時、遠い未来の片隅で一つの悪が動き出していた。
『ぽいんとSR2011-2012、微弱デスガ時空特異点ヲ感知シマシタ。コノ波長ハ「伯爵」ノモノダト思ワレマス』
「SR2011-2012か…正確な位置は分かるか?」
『波長ガ直後ニ拡散サレタタメニ詳細ハ不明デス』
「ちっ…仕方ない、もう少し追跡だ」
『了解シマシタ』
(貴様さえ見つかれば、俺の出世は決まったも同然だ…
時空管理局の名に懸けて、デュークマルト、必ず捕まえて見せる…!)
「なんかこういう景色って、新鮮よね」
「そうですね、たまにはコンクリートではなく、本物の森林を眺めるのも一興ですね」
恵とデューク、そして籠の中にいるブランチは、田舎の線路を走る列車の中にいた。清風電鉄のお古らしいが、見た目には古さを感じない。
今頃丸斗探偵局には、本日休業の張り紙がはためいている事だろう。
何があったのかと言うと、探偵局に遠出で依頼が入ったのである。ローカル電車に揺られながら、恵とデュークは外の景色を見つつ依頼主の所へ向かっていた。
「ここってさ、昔は恐竜の楽園だったんだって」
恵が語るには、今その化石が続々と発掘されているらしい。そんな彼らの話を、ブランチも退屈そうにしつつ籠の中で聞いていた。目的地に着いたら、もう籠の中にいる必要はない。
「早く動かないと体が鈍ってしまうニャ…」
普通の人には鳴き声にしか聞こえないが、探偵局の二人にはしっかりと人間の言葉に聞こえる。と文句たらたらなブランチの一方、その横で話を聞いていたデュークの顔がどこか何かを不安に思うような感じに見えた。
籠の上に空いた窓から見えたその顔に、心配ないと励ますブランチに、長髪の美男は笑顔を返した。
電車の駅を降りて数分、趣のある和風の大きな家が依頼主の自宅だ。今回の依頼は、よくパソコン関連で協力してくれるミコが持ってきた仕事。彼女の知り合いの女性が住む田舎で、ちょっと気になる事が起きていると言うのだ。
「ドンペリケンカ?」
「ドッペルゲンガーですよ、局長…」
和風の景色漂う佇まいに似合わない、外国用語が彼らの口から出た。どうも最近、あちこちで依頼主やその友人そっくりの人物が多く目撃されているらしい。
「みんな知らないって言うんですけど…」
中には話したり一緒に仕事をしたりという事もあった。余りにも不可解な事件、警察にも相談したのだが物的証拠が少なく、動きにくいという返答が帰ってきてしまった。そこで、ミコを通じて丸斗探偵局へと回って来たのである。
勿論原因の即答は難しい。甘えるブランチを膝に置いた、ネコが好きな依頼主の女性にデュークがある事を尋ねた。
「伝説…ですか?」
「はい、何かこの村特有の言い伝えや伝説のようなものは無いでしょうか」
これまでも度々そのような科学とは真反対の力による事件を解決してきた彼らにとってはそのような些細な言い伝えも重要な手掛かりに早変わりする。
そして予想通り、かつてこの村に不思議な話があったという情報を得た。かつて、この一帯を治めていた女武将がおり、日夜問わず農民や仲間のために尽くしていたという。だが、夜も一切寝ずに活動していた彼女を不思議がった誰かが、ある日こっそりと彼女の部屋を覗いた。その時見たものは二つの鏡を合わせ、女武将がその中央に立つとなんとその鏡の中から瓜二つの女武将が現れたという光景であった。
それからずっとその鏡がどこに有るか、噂を聞きつけた様々な人が探そうとしたものの未だにどこにあるか分からないという。実際その武将は鏡に気を配っていたようで今で言う姿鏡のようなものすら用意していたと言うが、そのようなオーパーツはそう簡単に見つからないという。
随分と変わった伝説だという恵の横で、デュークの顔がどこかこわばっていたのに気づいた人はいない。
次の日から、探偵局による聞きこみが始まった。今日は特にドッペルゲンガーのようなものは現れていないが、どうも自分たちがここへ向かって来た時間帯に、まるで急ぐように帰る「自分」を目撃された、という人がいた。もしかしたら、それがかのあれではないか。情報を聞いた恵は、デュークに連絡を入れその方向を調査する事にした。
「局長…あまり、無理はしないようにお願いします」
念を押す彼には勿論心配ご無用と言う返事をした。そして、彼女は道端に有るとある小さな祠と、その後ろにある穴を見つけた。見た限り、誰かが通った形跡が残されている。これは調べる価値がある、と思い穴に入っていく行動派の恵。
「…ん、なんだろ、奥に何か見える…」
普通ならそんな所に置いてあるはずがない、しかしそうとしか考えられない。ある確信を持って、どんどんと奥へと入っていった彼女は、洞の先端にたどり着いた。少し広まった空間に、何かが置いてある。
良く見ると、それは一枚の大きな鏡であった…。
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その後、恵が戻って来たのは夕暮れ時であった。遅いと突っ込みを入れるブランチの頭をこづく恵の様子を見て、デュークもどこか一安心であった。
その夜。民宿を営む依頼主の家に泊まったデュークたち。変な癖がつかないように自慢の長髪をまとめていた彼の元を訪ねる影があった。黒猫のブランチだ。一体どうしたのか、そう聞こうとしたデュークは彼の真剣そうな表情に気がついた。そして、彼の情報に耳を疑い、そして驚きの表情を見せた。
「今の局長は、匂いがしニャい。全くの偽者ですニャ!」
寝ている「恵」を決死の様相で起こすデューク。
「ま、まだ眠ったばかり…」
「いいから早く!」
文句を言う彼女を無理やり起こしたデュークは、真剣な顔で聞いた。貴方は誰か、と。
何を言っているのか、自分は恵だと言う彼女。しかし、デュークはそれでも引き下がらなかった。今の彼女が自分の知る「丸斗恵」ではない証拠はいくらでもある。
「さぁ教えてください!貴方は…誰ですか!」
少しの沈黙ののち、「恵」は笑いだした。
「あはは、結構すぐにばれちゃうものなんだね」
彼の必死さに耐えかねたのか、恵…いや、見知らぬ女あっさりと真相を明かした。やはり今の彼女は偽者。伝説の鏡は実在し、それが今の「丸斗恵」…鏡の精霊本人であった。洞の近くの穴に興味を持った者の姿を映し、各地でちょっとしたいたずらを仕掛けていたらしい。それを邪魔しようとやって来た彼女を閉じ込め、成りきっていたのである。
「まさか堂々と入って来る人がいるとはね…お陰で姿を頂くのも楽だったし」
「め、恵…局長は今どこに!」
「さっき言ったでしょ、例の洞の鏡の中だって」
それを聞いたデュークは言った。今すぐに戻れ、と。さもなくば局長のみならず、「鏡」すら命の危険にさらされる。しかし、鏡にとってそれはある意味予想通りの反応であった。そのように必死になっていくというのは、悪戯好きの「彼女」にとって願ってもない楽しみだったのだ。それでも必死さを止めないデューク、それをただの説得の種類だと考えた鏡。二者の交渉は平行線のままであった。焦るブランチの後ろで、突然ブランチの甲高い声が聞こえた。
「ニャーー!!」
この声は、猫が危険を知らせる合図だ。その方向を振り向いた二人の目の前で、突然爆撃音と共に閃光が輝いた。障子を開いた時、「鏡」すら見た事もない光景が広がっていた。
田舎に不似合いの機械の数々。二足歩行するコンピュータの鎧。そして、その後ろに立っていたのは、青系の衣装に身を包んだ一人の男だった。
そして彼は、驚くべき言葉を口にした。
「ついに見つけたぞ、デューク・マルト…」
言われた本人も、その言葉の主の正体を知っていた。未来世界の時空警察で汚職を繰り返しているという、悪い心を持った存在である事を。