02.銭湯態勢、デューク・マルト
日本のとある町にある探偵事務所「丸斗探偵局」。だが、規模が小さいためか依頼はあまり来ない。という事で、本日も暇なうな状態である。そんな中、局長の恵は、深刻な悩みに直面していた。
「家の風呂が壊れた…」
朝風呂をしていたら、お湯が出なくなってしまったのだ。
「風呂がないと体も洗えない、リラックスも出来ない…」
「局長、そこまで悩むのでしたら僕が…」
「ちょっと黙ってて! …修理するのも時間かかるし、風呂の予備があればなぁ…そうか!」
「どうしましたか?」
彼女は「銭湯」という選択肢を忘れていたのに気付いた。探偵局を開いた当時からお世話になっている場所があるのだ。
「局長、「せんとう」って確か公衆浴場の事ですよね…?」
「そういえばデュークは初めてだったよね?それならなおさら行かないとダメみたい!」
どうせもう夕暮れだし、依頼も無さそうなので探偵局を早めに切り上げることにした恵。心配なデュークを連れ、いざ戦闘…いや、銭湯へ向かう事に。
「おばちゃーん、恵です~!お久しぶりー!」
「あら恵ちゃん。かっこいい男の人まで連れてきて、とうとう春がきたのかな?」
「ち、違うわよ!彼は私の助手であって、その…もう、おばちゃんの意地悪!」
「ふふふ…」
久しぶりに会う番頭のおばちゃんは、今日も元気そうだった。
…しかし、二人が着替え場へ向かう時に、おばちゃんがどこか不安そうな顔つきだったのをデュークは見逃さない。
一方の局長は、一目散に服を脱ぎ捨て、タオルを体に巻いて風呂へ直行。一日の疲れを癒す。とはいえ、今日は一日風呂の事を考えていただけだったのだが。
「ふぅ、久しぶりに入るといい気分ね… さすが天然の源泉の真上に作ってるだけは…!」
…彼女は妙な視線を感じた。別の入浴客? いや、それにしては変な方向から感じる。念のため大声を出すと、謎の視線はどこかへ消えた。
風呂からあがり、腰に手を当ててコーヒーミルクを飲む恵に、長い髪を結ったデュークが初めての経験の感想を嬉しそうに言った。
「銭湯って気持ちいいですね!なんか僕や局長の肌が綺麗になった気がします」
「あら、いつも綺麗じゃないっていうのかしらデュークくん? …ところで、さっきお風呂で変な感じしなかった?」
「え?」
デュークに先程の視線の事を問いかけるが、彼の入った湯=男湯では特に何も感じなかったとのこと。ということは、考えられるのは一つ。誰かが外部から女風呂を覗いている!?
「ただ、その事を直接おばちゃんに言うのは…」
「言わなきゃならないけど、いいづらいわよね…」
対処に悩む探偵と助手。
その時、番頭のおばちゃんが二人を呼んだ。相談したい事があるというのだ。
事情を聴く恵とデューク。
…やはり、先程の視線は「覗き」のようだ。最近、不審な動きをする男性を銭湯の周りでよく見かけるというのだ。
「警察には相談したのですか?」
「ええ、一応相談はしてみたのよ…でも、確実な証拠がない限りは警察も動けないらしくて…」
「肝心な時に融通が利かないわね…これじゃあもっと覗かれないと解決させないって言ってるのと同じじゃない」
「局長、ちょっと落ち着いて下さい…。
ところで、ちょっとお聞きしたい事があるのですが」
「どうしました?」
「この銭湯の場所に関してなのですが…」
「「場所?」」
この銭湯を見てデュークは考えていた事がある。いい具合に古びた銭湯の周りには新しいマンションや、新進企業の本社が目立つ。近くに一軒家もちらほら見かけるとはいえ、土地の買収の話もあるのではないか?
結果はまさにその通りであった。以前から土地の売買についての相談をよく持ちかけられるのだ。
「しつこそうね…じゃない、しつこそうですね…」
「ええ恵ちゃん…おっと失礼局長さん。私もここが大事だからいっつもお断りしてるんですけど、何べんも来て…。お二人が来たついさっきもまた男の人が何人かやってきましてね…」
(もしかしたら…)
(もしかすると…)
二人の探偵の考えは一致した。「覗き」は企業連中による土地買収の脅しかもしれない。
という事で、悪を撃退するべく、デュークと共にこの話を引き受ける事に。
「こほん、えー、ところで、今回の事件の解決に伴う報酬の話ですが…」
「うふふ、そういうと思って、これを用意しましたのよ、探偵さん。」
そう言って、おばちゃんがおもむろに出したのは…
「「銭湯の永久無料券!?」」
そんなものを頂くとはもったいなさすぎると言おうとしたデュークを抑え、目を輝かせた恵は即答で依頼解決を約束した。
(局長…相変わらずですね…というか早く手を口から離してください…)
そして、夜の探偵事務所。今日は残業も兼ねて、この一件の作戦会議をすることにした。
「今回優先すべきは、まず覗き魔の撃退ですね」
「ただ、もし覗き魔が企業と関係していたら、たとえ追い払ってもしつこくくる可能性があるわね…」
「雇われ人ならなおさら。相手はどんな汚い手でも使う可能性がありますし…」
「うーん…」
一瞬の沈黙を止めたのは恵だった。
「…ねぇデューク、『あれ』、使える?」
「逆に伺いますが、今まで聞かなかった意味は?」
「心配だったのよ、デュークが乗り気にならないかな…って」
「その心配は無用ですよ、局長。今回は一大事、思う存分使いましょう」
「そうこなくちゃ!」
恵の言う「あれ」とは、一体何だろうか…?
――――――――――――――――――――
…数日後。常連さんも上がり、静かになった銭湯。そこに一人の女性が来た。
そしてその女性を確認したかのごとく、数名の男が銭湯の周りに集まり出す… 綺麗な黒髪、フォーマルな服装…仕事帰りの美人は彼らにはうってつけの「撮影材料」だ。
…それを、数名の「同じ姿」の女性たちが追跡していたのに、彼らは気付かない。
男たちは、彼らしか知らない秘密のポイントへ向かった。覗きの被害に遭っている銭湯側も手をこまねいている訳ではない。女湯と男湯を日によって入れ換える事で対処している…ただし敵には動きを読まれているのだが…。
ターゲットが浴室へ入って来た。余りにも浮世離れしたそのスタイルに、下心丸出しの男たちは釘付けだ。体を洗い、髪を整え、浴槽へ向かう女性。
と、突然女性は右腕を高々と上げ、そして浴槽へ響かんばかりの大きな音を指で鳴らした。その瞬間、覗き魔が見たのは信じられない光景であった。先程まで美しい紫髪の女性が入っていた場所には、裸の若い長髪の男性が悠々と立っているではないか!
これは一体どういう事なのか?彼らとしては眼をそむけたくなる光景だが、あまりにも突然の出来事に唖然として身動きが出来ない。その時。
「何をしているの?」
彼らの後ろに、腕組をして怒り心頭の女性の姿が!自分たちの行為が見られていた事に気付き、慌てて逃げる覗き魔たち。しかし、女性は何故か追いかけない。追いかける必要なんてないからである…。
近くの道。追手をまいたと思っていた三人…だが。
「逃げるつもり?」
彼らの背後から聞こえた声に振り返ると、先程の女性が同じような格好をして立っているではないか!悲鳴一発、再び逃げ出す三人。追手を撒こうと三方向に逃げ出す三人。しかし、どの方向に逃げても先程の女性が待ち構えていた。
「どこに逃げても」
「貴方達に逃げ場所なんて」
「ないのよ!」
彼らは気付いた。自分たちを追いかけているのは一人ではない事に。そして、彼らは十字路に追い詰められた。周りには、腕組みをした大勢の女性…丸斗探偵局局長、丸斗恵が。
「「「「なんでもっと早くに気付かなかったのかしら?」」」」
もはや身動きもできない覗き魔たち。取り囲む恵の一人が合図をすると、近くの家の屋根に一人の男が現れた。
「じゃ、よろしく」
「はい」
燕尾服を着こなした助手が指を鳴らした途端、電線が突然切れ、覗き魔の上に落ちてきた。
「「「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」」」
震え上がる三人の前で、電線がまるで生き物のように動き、三人を縛り上げる。気がつくと、電線は太い縄に変わっていた。さらに辺りを見ると、あたりの景色が一変していた。先程までいた十字路ではなく、暗い公園の中。しかも、周りにはたくさんの人影…勿論全員丸斗恵である。
「「「「「さ、聞かせてもらおうじゃない?」」」」」「「「「「どうして覗きなんかしたの?」」」」」
怯えつつ男たちは言った。どうやらあの銭湯、以前「覗きの名所」としてとある方面の雑誌に突然載ったようだ。それに目を付け、度々写真を撮ってはネットなどに流出させていたらしい。また、銭湯の買収を目論む企業たちとこの三名の間には、特に接点などは見当たらなかった。
ここまで追い詰めても反省せず、修理しない銭湯が悪い、と悪態を突く覗き魔たち。彼らを前に、恵の怒りが炸裂、自称美しい十数本の脚が、男たちの弱点に天罰を下した。
数日後…ようやく風呂が直った恵。しかし、久しぶりに入る銭湯の気持ちよさが忘れられない。
「今日は私が銭湯担当だからね、あなたは家でゆっくり浸かってなさい」「何言ってるのよ、私が担当じゃなかったの?」「私よ!」「いや私!」
「局長、自分同士で喧嘩しないでくださいよ…」
…しばらくは、丸斗恵が同時に2人以上存在する時間が長くなりそうだ。
ドタバタが落ち着き、新聞を見る恵。表紙をめくり、中のページを読む途中、とある記事を見つけた。
銭湯で覗き魔が逮捕されたというのだ。しかも、「全国区の記事」の欄に。記事には、企業に頼まれた覗き屋が、銭湯の価値を下げようとしていたとあった。会社も釈明に追われ、土地買収どころではなさそうだ。
サムズアップでデュークの仕事を褒める恵。笑顔で返すデューク。
過去や現在を自由に改変し、様々な事象を思いのままに操作する、「時空改変」と呼ばれる能力。これが、未来からやって来た助手デューク・マルトの得意技であり、担当する業務である。