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199.分身探偵・丸斗蛍 エピローグ・11 丸斗恵・リターンズ!⑥

「あの時の遅刻はクリス捜査官もさすがに失笑でしたよね……」

「む、昔の事しつこく探るなんて失礼でしょデューク!」


 でも先にそういう話を振ったのは局長じゃないか、という突っ込みをしつつ、デュークは静かに感銘にふけっている千尋の様子を見ていた。あの時の恵局長……自分の真実を知った時の彼女も、こういう感じの表情をしていたのを覚えている。ただし、以前のあれは切羽詰まった、まさに危機的な状況の中の絶望だった。その時と比べ、こちらはむしろどこか晴々としたような、胸のつかえがとれたような感じである。


 今度は、局長からバトンタッチして自分が千尋に話す番だ。


「さっきはちょっと僕も焦っていた所もあったね……ごめん」

「いや、別にいいっす……でも、局長にそんな事が……」


 本人には内緒にして欲しい、というのはさすがに千尋もすぐに同意してくれた。今の蛍局長は、「強くて頼もしい」丸斗探偵局の大黒柱、弱音を吐かずに頑張るという姿勢を貫いている。彼女の出鼻をくじくような事はしたくないからである。ただ、こういう側面もある、という事を知ると言うのも一つの経験かもしれない、とデュークは言った。


「蛍にも色々と迷惑かけちゃったからな……」

「でも、二人が助けてくれなかったら、今の局長はいないんすよね」


 それだけは、千尋も蛍から何度も聞いてきた。 

 今回デュークや恵から聞いた話のように、「彼」が蛍の正体を彼女の口から話された時も、最初はあまりに壮大な話のためになかなか頭の中にインプットする事が出来なかった。彼女が元は大富豪のクローン人間である事、そこで文字通り「飼育」され続けた事、そしてその運命を丸斗探偵局に変えてもらった事……。ただ、それを聞いた後も、千尋の蛍に対する気持ちが揺らぐ事は無かった。クローンという言葉に嫌悪感すら覚えると言うこの世界の人々とは違い、自身が異世界の出身者なのも理由かもしれないし、それで片付く問題かもしれない。ただ、これまでずっとお世話になっていた彼女には……


「……もしかしたら、僕は千尋君と蛍の仲を引き裂く所だったかもしれないね」

「そうよデューク」


 突然口を挟んできた局長にいきなり入り込まないで欲しいと文句を言いつつも、否定まではしなかった。いくら自分が凄まじい力をもってしても、絶対に越えられない壁というものはある。ただ、それがあるからこそ自分の『時空改変』はどこまでも強くなれる、というのも事実である。


「ここだけの話だけど、ヴィオとスペード、それにメックの『時空改変能力』は僕とは違う方向に進んでいるんだ」

「そうなんすか……?」「え、そうなのデューク?」

「ええ、そうなんです。

 見た目は同じかもしれないですけど、これからあの三人の力がどうなるか、未来を見ない限りは僕もまだ未知数です」


 でも、正解を先に見てしまうと言うのは非常につまらないもの。恵局長は不服そうな感じだが、こればかりは「何でも出来る」という経験がないと分からない真理である。とは言え、一つだけ確かな事が言える。


「今の探偵局の仲間たちなら、きっと君を元の世界に帰してくれる。ですよね、局長」

「うん。私たちの、凄いお墨付きよ?」


 蛍局長にとっての命の恩人であり、『姉』でもある丸斗恵。ヴィオとスペード、メック、そしてコウや丸斗探偵局そのものの生みの親であるデューク・マルト。彼らが言うからには、確かに間違いは無いだろう。

 そして、この言葉にはもう一つの意味合いがあった。正直なところ、戻してほしいとは言ったものの、千尋自身にはどうしてもそういう話題を思い浮かべる度に、「別れ」の光景が頭に浮かんでしまう。どうやら、まだ自分は探偵局を離れるには早すぎるようだ。


「蛍局長を、お願い出来る?」


 恵『局長』への返事は、勿論OKであった。


===========================


 確かに、恵局長は噂通り……いや、それ以上の存在だった。あの時のデューク先輩の言葉を借りると、まさしく蛍局長にとっての「越えられない壁」にぴったりかもしれない。帰り道の千尋には、もうこの二人に慄く理由など存在しなかった。


「え、あれってパーティーの準備だったの!?」

「し、知らなかったすか二人とも……」


 驚く恵だが、千尋を始めとする一同は既に彼女たちが知っていると思っていたようだ。デュークが心配していたサプライズパーティーという訳では無く、単なる連絡ミスというのが真相だった。栄司やブランチがあの時美紀さんの家に向かったのは、栄司が貸し切った豪華なホテルのホールで行う祝賀パーティーの準備だったのである。相変わらず、連携の方は取れる時と取れない時で差が顕著のようである。

 最近ずっと顔を見せて無かったから仕方ない、などと話をしていると、突然後ろから彼女たちに懐かしい声がかかってきた。


「恵さーん!デュークさん!」「お久しぶりでございます」


 恵局長の時代からいつもお世話になっている、狐夫婦のドンとエルである。普段は仲睦まじい『人間』の夫婦だが、いざという時は千尋も腰を抜かすほどの凄まじい先祖代々の妖術を駆使して、時空改変すら追い返すほどの力を見せる、心強い仲間である。双方とも数年前に最後に会った時からあまりスタイルは変わっておらず、ドンさんのお腹の方もなかなか引っ込まない様子である。だが、大きく違う事が一つあった。


「え、赤ちゃん!?」「しかも……二人ですね」

「あ、そうか……恵さんもデュークさんも知らなかったんだな」「お二人が行った後に生まれましたの」


 ベビーカーの中でぐっすりと寝ているのは、『人間』の姿をした二人の小さな赤ん坊であった。恵局長の大声にも動じない、なかなかの大物である。

 エルの妊娠が分かったのは、恵局長たちが旅立ってからすぐの事。それからしばらくの間、二人はエルの実家に戻り、そこで仲間たちや先祖代々の霊などに守られながら、新たな命をこの世に呼び出した。神聖な場と言う事で残念ながら蛍ら探偵局の面々は立ち会う事は出来なかったものの、松山の狸の親分夫婦やジュンタと言った変化動物の仲間たちが駆け付け、夫婦を応援したと言う。

基本的に多産であったり、子育てのノウハウなどを「仲間」に伝授してもらうキツネの本来の性質と言うのはそのままこの化け狐にも活かされているようだが、やはりそこは人智を超える能力を持つ『妖怪』。現在、この二人の赤ちゃんには彼らの持つ「封印」の呪文が押され、成長などがある程度抑制され、人間として過ごす事が出来るようになっていると言う。


「この子たちがもう少し大きくなってから、もう一度里に戻って慣れさせるつもりなんだ」

「え、と言う事は……やっぱりこの赤ちゃんたちも『狐』の一員に?」

「ええ。それなりに苦しい事もあるかもしれないですが、良い事もある。わたくしはそう信じてますの」


 自分自身の運命を受け入れると言うのは、確かに辛い事かもしれない。自分の故郷が遥か遠くにある、自分の故郷は存在しない、様々な現実に直面した時、誰でも挫けそうになる。しかし、そんな時に絶対に味方になってくれる存在がいれば、そういった「運命」をも自分の思いのままに動かすことだって出来る。このドンとエル夫妻も、その事を丸斗探偵局のお陰で知った一員である。


「お二人はパーティー……は難しいかな?」

「申し訳ありませんが、今はこの子たちの方が……」「すまない、三人とも」

「まぁ、でも仕方ないっすね」「そうですね、規則正しい生活が赤ちゃんには必要ですし」


 何か困った事があったら、出来る事は自分も協力する。前も言ったかもしれないが、改めて千尋はドンとエルの夫婦に言った。その横顔は、どんな依頼でも解決する『丸斗探偵局』の一員にふさわしい、凛々しいものであった。



「それじゃ、一緒に探偵局まで行きませんか?」「いいですわね。せっかくのお散歩ですし」

「赤ちゃんの方は……って大丈夫みたいですね」「ぐっすり寝ているなぁ、誰に似たのか……」


 久しぶりの仲間との会話の時間は、数十分とも数時間とも思えた。



 そして、その夜の大パーティーは、さらに盛り上がったと言う。一年間のブランクは、あっという間に解かれた。

 丸斗恵とデューク・マルトは、再び仲間たちの元に帰ってきた……。

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