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197.分身探偵・丸斗蛍 エピローグ・9 丸斗恵・リターンズ!④

「うーん……」


 彼女……いや「彼」、天城千尋の長い話が終わった時、丸斗恵は難しそうな表情を見せていた。

 自分が遠い遠い別の宇宙から来た、なんて言う話、やっぱり信じてもらえなかったのだろうか……というのが千尋の脳内での心配事だったのだが、恵の考えていた事はそれとはまったく違っていた。彼女の場合、一度相手の話をじっくり聞いた後、改めてそこで気になった事をもう一度問い直し、しっかりと把握するというパターンが多いのである。単に「聞いていなかった」という可能性もあるかもしれないが……。


「大丈夫、最初に言っておくけど私たちは『探偵』。顧客の情報を第一にする仕事よ」


 だから、千尋の話は全て「真実」として捉える。そう言った恵の言葉にデュークも同意していた。ちょっとだけ釈然としない所はあったものの、彼女たちの言葉を信じて、改めて先程言った話を一つづつ確認する事にした。

 まず、以前いた場所での千尋の事。元の場所では「男子」学生としてごく普通の学校に通う存在だったと言う。まずそこから確かなのは、「彼」がやって来た宇宙の文明レベルは、最低でもこの世界と同じである、という事である。どういう感じの勉強をしていたのかという点については、蛍局長に見せてもらった様々な参考書の内容を見る限り、こちらも恵や蛍たちの世界の学校と同じような感じだったようだ。ただ、問題が一つだけあった。


「えーと……兄弟がいない一人っ子で、お父さんとお母さんは元気……」

「友達は結構いて、あちこち遊んでいた。君の記憶に残っているのは、だいたいそこまでかな?」

「は、はい……すいません……」


 謝る必要は無い、とすぐに恵は返した。「異世界人」である千尋の脳内に現在残っている異世界の情報は、身の上の基本情報や家族の事ばかり。特に記憶に残っていたのは、家族の暖かいご飯や会話、友人との思い出などであった。残念ながら、恵が興味があった別の宇宙の町の様子や授業の様子などを聞き取る事は出来なかった。

 でも、覚えていないなら仕方ないと恵が言った時、おもむろにデュークが大きく美しい右手を、千尋の少々茶色がかった髪の上に静かに乗せた。突然の行動に少々驚く千尋だが、その行動の意味にすぐに気付いた。確か前にも、こうやって掌を乗せてもらった事がある。そして、デュークはその掌に……


「なるほど……確かに、『思い出せない』状態になっているみたいだね」

「え、どういう事?」


 彼の掌には、現在の千尋の脳内を走る神経の様子が鮮明に映し出されていた。「彼」の記憶などを司る神経そのものには支障が無いものの、そこを伝わる電流などの「回路」が故障してしまっている、と言うのだ。そして、さらりと凄い事を言ってのけた彼に対して、ヴィオやスペードでもこういうのは分からなかった、という千尋の一言で、デュークは間違いなく彼が『別の世界』からやって来た事を確信した。この世界由来の物ならあの二人でも楽勝で調べる事が出来るのだが、以前同じように千尋の頭に掌を乗せた際は、脳内の構造はまるでもやのような構造で、内容が掴めなかったのである。


「例えて言うなら、局長や千尋君が、参考書無しで1000年前の本を読むのと同じ感触ですね」

「な、なるほど……」「そりゃ無理よね……」


 そこにはっきりとした内容があるのに、それを読みとる事が出来ない、という事のようだ。数えるのも面倒なほど存在する「デューク・マルト」だが、ここにオリジナルとコピーの差があるようである。


 ともかく、元の世界での千尋はごく普通の人間だったと言うのははっきりした。だが、そんな「彼」の運命は、ある日突然変わった。突如襲った目眩と立ちくらみ、そこから数分の間記憶が途切れ、ようやく脳内の映像録画が始まった時には、周りには見慣れぬ景色が埋め尽くしていたのである。


「その時に、『身体』の様子も?」

「そうっすね……なんか体が変な感じなのに気がついて……」


 千尋の脳内に残されていた記憶には、自分自身の顔つきや体つきに悩んでいたというものがあった。向こうの世界でも、やはり「男女」に関する違い、それに関わる議論や偏見と言うのは根強く存在していたようで、当時の「彼」も、自身の女性っぽい顔つきや肩幅の狭い体格に対しコンプレックスのような物を密かに持っていたと言う。一人称が『俺』だったり、口調が少々ぶっきらぼうである、というのもその表れかもしれない。ただ、それでも自分が女性として生まれていたら、と考えた事は多かったと言う。だが、まさかそれが本当に……「彼女」の身にそういった出来事が降りかかってしまうとは一切予想できなかった。蛍局長らと初めて出会った際も、助けてもらった嬉しさよりもそういった混乱の方が大きかったと言う。

 その気持ちは分かる、と言いかけた恵だが、あの時は痴漢撃退作戦のためにデュークによって一時的に「男性」の体にしてもらったもの。その後は元の姿に戻れるという安心感はあったが、それでもやはり体に残る違和感は大きかった。千尋のその後の苦労を考えると、軽い口は叩きにくい、と考えたのである。その代わり……


「それで、ケイちゃんたちに助けてもらったんだっけ?」


 その後の進展についての確認をする事にした。

 元は「男性」であると言う身の内を知ってもらってから、蛍やヴィオ、スペード、そしてコウは様々な形で千尋のサポートを手がけていた。女性の身体でも「男性」として過ごす事の出来るグッズの検索や、女性でも男性でも似合いそうな服の購入などの一方、蛍は千尋の複雑な思いを踏まえ、『女性』としても暮らしていけるようにする準備も行っていたようだ。各種それぞれ方法は違うようだが、全員とも千尋のために動いていたのは確かだ。


「で、何でそういう事になったのかって言うのをヴィオやスペードから……」

「そうっす……確証は出来ないって言ってたんですが『時空嵐』って……」

「え、それってあの……」

「その通りです、局長。千尋君はこれに直接巻き込まれてしまったようですね」


 『宇宙』と『宇宙』、超巨大な空間を流れる時の流れが、台風の後に出来るせき止め湖のように詰まったり、家のコードでやってはいけないタコ足配線のようにこんがらがったり、様々な要因で通常とは違う流れを引き起こしてしまう現象……これを、デュークの生まれた未来の世界では「時空嵐」と呼んでいる。別宇宙の様子も垣間見る事が出来る丸斗探偵局異次元支局の助手であるデュークはその原因もある程度は掴んでいるようだが、言葉に出すと非常にややこしく、修理しようにも「未来」の技術が追い付かないために対処法は存在しないようだ。それに、下手に干渉すると嵐がもっと酷くなってしまう可能性もあると言う。

 恵も、以前そのような現象に巡り合った事がある。自分たちの住む異次元支局の中に、別の宇宙の住人がひょっこり顔を出してしまったのである。こちらの場合は、時空嵐は宇宙と宇宙の間に大きな「穴」を開けてしまい、そこから地球の動物によく似た存在がやって来た、という感じなのだが、千尋の場合はその凄まじい力を体に直接受けてしまったと言うのだ。「濁流」のように荒れ狂う時空嵐の中ではあらゆる事が起こりうる可能性がある、今回のように性別が変わってしまうという事も十分にあり得る話だ、というデュークの話のスケールさに、改めて事の大きさを知った恵と、自分の身に起きた出来事の凄まじさを知った千尋が唖然としたのは言うまでもない。


「お……俺って凄い事に巻き込まれたんすね……」


 そうみたいね、と苦笑しながら相槌を交わす恵。千尋の中で、少しづつ彼女に対する印象が変わり始めた。単なる怠け者やぐうたらな「最悪」の局長ではない、丸斗探偵局の創設者でもあるもう一つの顔が、千尋の前に現れ始めたのである……。



「……あ、ねえデューク、もしかしてあの『ダイヤ』も……?」

「『ダイヤ』じゃなくて『ダリア』ですよ局長……。

 でも、言われてみればそうかもしれないですね……栄司さんも『どこへ消えたか分からない』って言ってましたし」

「でしょ?もしかしたらあいつも別の宇宙に……


 あぁ、ごめん千尋君、ちょっと昔色々あって……」


 何やら複雑な事が過去にあったようだが、今の所自分には関係なさそう、というのが千尋の感想であった。

 ともかく、今の千尋には、左右に座る二人の先輩がずっと身近な存在に代わってきた。別の宇宙から迷い込んできた、という突拍子もない話も、突然性別が変わったと言う信じられないような話も、恵「局長」もデューク「先輩」も真摯になって聞いてくれる。それだけでは無く、これらの話に対して様々な補足を付けて、自らの疑問の解消までしてくれる。探偵局やその仲間の面々が何度も口を揃えて言っていたイメージが今、千尋の傍に現れていた。自分たちの蛍局長よりも、さらに凄いという……


「あの……」


 そして、千尋の口から一つの提案が出された。自分を『元の宇宙』に戻すための協力をしてくれないか、と。


 デュークはその言葉を受けてすぐに行動に出ようとした。先程の脳内スキャンのデータを利用すれば、千尋の生まれ故郷の宇宙を特定できる。少し時間はかかるかもしれないが、自分自身の力を使えば千尋の依頼を実現させる事が出来る。そして、もう一度「彼」の頭に手を触れ、脳内の構造や素粒子の配置などを確認しようとした時、彼の大きな手は別の小さな手によって追い払われた。


「悪いけど、その依頼は受け取れないわね」


 はっきりとした口調の、恵の言葉と共に。

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