196.分身探偵・丸斗蛍 エピローグ・8 丸斗恵・リターンズ!③
「良かったんすか、あれ……」
デュークに連れられるままに見なれた道を歩く千尋が、気になった事を少し心配げに尋ねた。どうしたのか、と横から同じくらいの目線で聞く恵局長に、千尋は現在の丸斗探偵局本部の様子を言った。
「確か、あの中にも恵さんやデュークさんが今も……」
「あれの事?気にしなくていいわよ、どっちも私だもん。ね、デューク?」
「で、でも……」
「確か、君の所の『局長』も似たような事やっているみたいだね」
自分を二人に増やして、一方は外出、もう一方は留守番。何かしらの力で分身や増殖が可能な、丸斗探偵局のメンツだからこそ出来る技である。あの時探偵局の中に出した『コピーデューク』は、こちらの世界ではデュークと恵、二つの鍵が揃っていないと世界に居続ける事が出来ない。久しぶりにヴィオやスペードと会話させて気分転換させるという理由があって、久しぶりに二人はお馴染みの手段を取ったという訳である。ちゃんとこれからの記憶も相手側に映す事も可能だから心配しなくても大丈夫だ、とデュークは言った。
千尋や恵の頭が肩の高さより低め、という長身の彼が二人をどこへ連れて行こうとしているのか、最初彼の『先輩』であり、年功序列的に丸斗探偵局の面々で一番偉い恵もよく分かっていなかった。一体どこへ行くのか、と彼女がデュークに聞いた時、何故か返って来たのは少々唖然とした、そして少しだけ慌てたような声だった。
「え、事前に僕が連絡したはずじゃ……」
「……え、えーと……ああ、なんかそう言う感じのあったわねー!」
そう言いつつも、彼女の口調は以前にデュークから聞いた事をすっかり忘れている事を否応なしに示していた。あの時蛍から彼に耳打ちされた内容もそれに関する確認だったようだが、その時に二人が心配した通りの様相だった。こういう風に、人の連絡を忘れるのは良くない事だ、とデュークに言われて、千尋が大いに納得したのは言うまでもない。それを聞いてムキになって反抗する彼女と、呆気なく論破しても食い下がる彼女にため息を突くデュークを見ている千尋の中で、マイペースで自分勝手な恵局長に対する印象はイマイチなものに固まりかけていた……。
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そんな微妙な空気の中で、三人が辿りついたのは、駅とは反対方向にある大きな川のほとりであった。梅雨の中の晴れ間という事もあって、洪水対策で築かれた広い草原では沢山の人が思い思いのレクリエーションを取っている。自転車専用のサイクリングロードも、風を受けて走る自転車ドライバーがよくすれ違っているようだ。今の時期は暑いのだが、今日は比較的涼しい方。少しぐらい太陽がさんさんと輝いて温度を上げても問題ないくらいである。
千尋も時々、気分転換でこの場所を訪れる事があるのを聞いたデュークが、普段千尋が佇むと言う場所を聞いた。
「いつ来ても、緑を見ると落ち着くわね」
「そうですね、恵さん」
久しぶりの空気を、まるで二人は懐かしむかのように吸い込んでいた。二人の間に座っている千尋にとっては、どこか恵とデュークが『過去からやって来た存在』のようにも思えた。当然だろう、千尋はこの二人の探偵が丸斗探偵局の顔として活躍していた頃を知らず、蛍やブランチからの言葉の知識しか持たないからである。いつか自分もそうなるのかもしれない、という考えがふと頭に浮かんだ時、千尋の顔は少しだけ曇ってしまった。自分がこの場所を去った時、彼女たちのように皆の記憶に残る存在になるのか、いや、本当に自分は……
「……あ、そういえばデューク、結局用件って何なの?」
「局長、結局聞いて無かったんですね……」
そんな二人の会話に、千尋は現実世界に戻された。そして、デュークの口から出た言葉を聞いて、その顔色が変わった。
「蛍から、千尋君に関する相談を預かっていまして」
……あの局長から、この二人に託された相談事。それを聞いて、千尋の脳内には一つの答えしか思い浮かばなかった。先程までの悩みの真髄をいきなり突かれてしまったような格好だ。恥ずべき事では無く、やましい事でも決してないのだが、他人に相談すると言う事まではしたくない。誰かに言ってしまうと、それだけで自分の信頼関係が崩れてしまう、そんな事を千尋は危惧していた。だが、彼の口調からすると既にその事は蛍局長に見抜かれていた可能性が高い、という事になる。
言ってもいいかな、というデュークの問いにも、うつむいた千尋はすぐに応える事が出来なかった。
「ちょっとデューク、いきなり新人苛めなんて酷いわよ!」
助け船を出したのは、千尋がずっとその実績を半信半疑の目で見ていた丸斗恵本人だった。ただ、先程までのやり取りからの推測通り今回も少々強引にデュークに責めかかっていた。本人の気にしている所をいきなり突っ込むなんてどうかしている、それでも何年も助手やって来たのか、などなど……。確かに蛍局長とヴィオ、スペードの三人のように、よく喧嘩していたコンビであると言うのは間違いない。ただ、ちょっと言い過ぎられるとかばってもらった身としても逆に立場が弱くなってしまうもの。
「ふ、二人とも……」
何とか千尋になだめられ、喧嘩……と言うより一方的な口論は何とか収まった。いつもこの調子だったのか、と聞かれて、さすがの恵やデュークも気恥しい様子だった。とは言え、喧嘩の時もあまりピリピリしたムードは流れず、一旦終わるとこうやって仲直りしている所を見ると、この二人の信頼関係がかなりの物だった事が頷けるかもしれない。
その様子を見ていると、千尋の中にも少しづつ不思議な感情が芽生えてきた。今まで自分が心の中に創りだしてしまった壁を壊す事が出来る、「勇気」という名のパワーショベルが動き始めているような、そんな気がしてきたのだ。そして……
「そういえばデューク、なんでさっきから千尋『君』って呼ぶの?」
デュークが女性相手に使う言葉にしては珍しい、という言葉を恵が口に出した時。
「それ、俺が話してもいいですか?」
千尋は初めて、丸斗探偵局の「大先輩」に自分から言葉を発した。
双方とも一瞬きょとんとした顔を見せてしまった一方、その決意を褒めるかのようにデュークは笑顔を見せていた。まるで魔法のように、千尋の心が後押しされた。
「……信じてもらえないかもしれないっすけど、今から話すのは……」
「うーん、話してくれないと真実かどうか決めるのは出来ないわね。教えてくれない?」
「あ、そうか……すいません」
そして、千尋……『彼』は語り始めた。自分の生まれた場所は、この町から遥か遠くにある場所……『別の宇宙』である、という事を。