195.分身探偵・丸斗蛍 エピローグ・7 丸斗恵・リターンズ!②
「ケイちゃん久しぶりー!」「大きくなったわねー!」「しばらく見ないうちにー!」
「め、恵局長……」「そんなに抱きつかなくても……」
二人の蛍局長に『四方八方』から抱きつく、紫色のショートヘアの女性たち。
「うおーオリジナル久しぶりー!」「しばらく見なくても全然変わってないなー!」
「や、やめてくれ……そんなに髪をいじるな!」
逆にヴィオとスペードからちょっかいを出されている、黒髪のロングヘアの男性。
部屋の中に飛び込んできた『二人』のいきなりの行動に、千尋とコウは少々蚊帳の外に置かれていた。確かにこの二名こそ、今回の来客……蛍や自分たちにとってはある意味VIP級に近い存在である。しかし、上記の三人とは違い、少々唖然とした感じの千尋とコウは、この来客たちの事を深くは知らない。特に千尋にとっては、今回初めて本人を目の前にしている状況だ。再会を喜び合うのはいいのだが、その嬉しさを知らない自分たちにはこの騒乱を一時的に留めないと詳細は掴めない。
「あ、あの……」
どうしても緊張のあまり、声がか細いものになってしまったが、『女性』にしては少し低めな声を聞いて皆の動きが止まった。そして、丸斗探偵局の新人に対して、恵局長が放った最初の一言は……
「「「「「「え、あなた誰?」」」」」」
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「そ、そう言う事で、『俺』がその天城千尋です……」
「よ、よろしくね……ケイちゃん、頭痛いんだけど……」
「ご、ごめんなさい……」「でも私の部下にあんな事言ったからですよ」
腕を組みながら、蛍局長は「先輩」に不機嫌そうな顔を示していた。一方の恵の方も、先程思いっきりぐりぐりされた頭を抱えながらかつての新人、現在のもう一人のリーダーに対して不満満タンの表情を見せている。二代目局長の気の強さは、先輩に対しても一切の恐れを抱いていないようである。もう少し敬ってもいいのにと恵が言い返した所で、この口論はもう一人の来客であるデューク・マルトによって抑えられた。
スーパーコンピュータのコウの次に探偵局にやって来た、一応「ただの人間」である千尋。この町に迷い込み、深夜の薄暗い路地で悪い奴らに襲われていた所を蛍たちに救出されたと言う。真面目そうな感じ、という恵の言葉通り、千尋は普段から先輩たちを尊敬し、毎日仕事に励んでいる、との言葉がコウからやって来た。当然本人はそれを聞いて照れ臭そうだったのだが。
一方、それを聞いたヴィオやスペードが一瞬だけ引きつった表情になった理由は、すぐに明らかになった。
「ヴィオとスペードも真面目にやってるみたいだね」
「当然だよ、オリジナル!」「僕たちはいつでも真面目だからね!」
「『数時間だけ』真面目になられても、困るんじゃないかな、蛍?」
「「そうですね、デューク先輩♪」」
……やはり、普段ダラダラと怠けてばかりであると言う事は彼らの『オリジナル』にばれていたようである。
確かに、蛍局長が憧れる通り、真面目で少し厳しめな人である。千尋がデューク・マルトに抱いた第一印象であった。顔は正直『男性』でも一瞬心を奪われそうなほどの美形、心もそれと同様に誠実で綺麗なもののようだ。そして、そう言う事を考えていたのが千尋の先輩である助手二人にも読まれていたようで、すぐにヴィオとスペードから色々と補足が入ってきた。いつもオリジナルは厳しい、遅刻したり怠けていたら怒るし、頑固だし……ただ、すぐにどっちが悪いんだ、という突っ込みがデュークや蛍から飛んで来たのだが。
『あらあら、賑やかな空間ですワンね』
そんな様子を傍観者として眺めていたコウの感想である。
新人としてまだまだ慣れない一面もある千尋に代わって、意見がぶつかり合う事が多い蛍とヴィオ、スペードの緩衝材、そして探偵局の陰のまとめ役をコウは務めている。いつでも落ち着きのある優しい、そしてかなり低いバリトンボイスの女性口調を聞いて、彼女が不調も無く元気であると言う事を恵は十分感じる事が出来た。
「コウちゃんも随分貫禄がついてきたわねー」
『ありがとうございますワン、ミコ姉さまもお元気ですワン♪』
「さっき会ったけど、相変わらずだったわねー」
いくらコウがスーパーコンピュータで、内部に様々な知識を得ていようとも、それを応用するにはやはり先人の知恵というプログラムが欠かせない。たまに探偵局にやって来る、盗聴捜査とコンピュータが得意な陽元ミコ「姉さん」に、コウは探偵局に来た頃から色々と教わっているようだ。普段はおちゃらけている彼女だが、いざ専門的な話題になると、千尋や蛍局長も全く理解できない単語が大量に飛び出してくる。その意味で、千尋は専門家である彼女にある程度の畏怖を持っていた。
しかし、今の所、この丸斗恵「局長」にはどうしてもそういうムードが感じられない。偉そうな態度というのはあくまでわざとお茶らけてやっているだけで、本当は蛍たちにもとても優しい、と言う事はここまでの成り行きで分かった。しかし、それが今まで蛍たちから聞いている実績や実力にはどうしても繋がらなかった。本当に、この人は凄い人なんだろうか、千尋はそう思い、悩み始めた。
ちなみにもう一方のデューク・マルト先輩に関しては、素直に『凄い』という感情が湧いていた。
先程から蛍たちと近況を話している時も、決して見下しはせずに同等の目線で語り合ったり、難しそうな単語もしっかり補足を付けたり、分からない事も相手に丁寧に教えている。そこには嫌みは一切なく、他人が分かってもらう事を最優先にしているようだ。そして、凄さは言葉だけでは無い。デューク先輩は能力も凄まじい、というのがすぐに分かった。手元に出したトランプのような黒いカードを地面に置いた途端に……
「わっ、でゅ、デュークさんが三人に!?」
驚く千尋を前に、新しく出現した二人のデュークは、明るい笑顔で……
「「よろしく♪」」
その声は、何がよろしくだ、と呆れと嫉妬、そしてからかい交じりのヴィオやスペードと全く同じものであった。
蛍局長もかなり驚いているようだが、彼女の話からすると、この二人のデューク先輩こそ、よく話に出た「コピーデューク」、丸斗探偵局最強の切り札の一つだと言う。飄々とした明るい態度を取っているが、確かに底知れない雰囲気を醸し出しているようだ。とは言え、話の中に出てきた『第八の大罪』と言った雰囲気は、この三人やヴィオ、スペードからはあまり感じられない。これもまた、『恵局長の力』とか言うのだろうか……?
悩む千尋を尻目に盛り上がる探偵局の面々だが、そんな中で、蛍局長がそっとデュークに耳を貸してほしいと言った。同じような感じの二つの長髪が共にたなびく中、何かを囁いた彼女は、一瞬だけ千尋の方に焦点を向けた。その時「千尋」の方は気付いていなかったものの、蛍局長の要件が自分に直接かかわるものだ、と言うのは……
「んーと、天城千尋君……かな?」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれてつい高い声を出してしまった千尋。怒ったりはしないから大丈夫だ、と彼に優しくフォローを貰ってしまった。そして、改めて彼の口から、千尋に対する要件が口に出された。
「ちょっと、一緒に来てくれないかな?
あ、恵さんも一緒にお願いできますか?」
「……え?」「「「「へ、私?」」」」