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190.増殖探偵・丸斗恵 エピローグ・2 恵と「恵」

 どんな町にも欠かせない要素、と言われて思い当たるものはかなり多いかもしれない。神社に公園、学校、警察署、消防署……町の人たちの拠り所になったり、安全を守ったり、それぞれ色々な役割を担っている。その中で、町の人たちを『癒す』という役割を担っているのが、銭湯かもしれない。全盛期に比べて数は減少を続けているものの、今もなお人々が一日の様々な事を語りあい、疲れを洗い流す場として愛され続けている場所も多い。


 さて、この町の銭湯が他の場所と一味違うのは、天然の水脈を利用した「温泉」としての一面も有する事である。知る人ぞ知る穴場スポットとして密かな人気を集めており、体の倦怠感を癒してくれるなどの効用がある、と言われている。しかし、この銭湯にはもう一つ大きな秘密がある。温泉の元となる水脈の存在が確認出来るのは、この銭湯の真上のみ。他の場所をいくら掘っても、そこからは一切のお湯も水も出てくる事は無いのである。まさに都合の良いように仕上がっているのだ。

 この不可解な現象の秘密を握るのが、銭湯を長年「一人」で営み続けるおばちゃんである。


「……ふわぁぁ……」


 けたたましく鳴り響く目覚まし時計の音に包まれた部屋で、ようやくおばちゃんが目を覚ましたのは、既に太陽も南の空に上がっている9時になっての事だった。普通の仕事なら完全に遅刻なのだが、おばちゃんの営む銭湯は午後から夜までの営業なのであまり関係がないし、それに今日は彼女の都合により臨時休業としている。そんな時に自分を無理やり起こした目覚まし時計が悪い、と責任転嫁をしつつも、彼女は朝の準備を始めた。

 今日の朝ご飯は、昨日買っておいたウインナーソーセージ、トマトとキャベツのサラダ、そしてインスタントの味噌汁に炊きたてのご飯。面倒臭がり屋のおばちゃんは、今日も無洗米を用いている。


「いただきまーす」


 台所と直結した食事部屋で、彼女は朝ご飯を食べ始めた。大きなテーブルには何脚もの椅子が並んでいるが、おばちゃんが座るのはその端の方。どこか寂しげな様相で、一人暮らしのはずの彼女には不似合いなセットだが、これにはしっかりとした意味がある。正確に言うと、彼女は「一人」であって「1人ぼっち」では無い、矛盾しているようで矛盾していない存在なのである。

 ご飯を食べ終え、皿を洗った後は、今日の仕事の始まりである。普段はこのまま家と直結している銭湯に向かい、出水量のチェックや風呂の掃除などをするのだが、今日はそれに加えて来客への接待の準備をしないといけない。双方とも短時間で出来るような仕事では無く、特に銭湯に関しては到底一人ではできそうにないものだ。だが、彼女はそれが出来る力がある。


「よし、着替え完了……っと!」


 少しづつしわも目立ち始めている顔に不似合いな衣装……チェック柄のズボンに濃い紫色のベスト、それに白色のワイシャツを着こんだ時、おばちゃんの姿が少しづつ変わり始めた。水分を失っていた肌は瑞々しさを取り戻し、力なく垂れていた胸の形も少しづつ盛り上がり、白髪混じりだった髪も綺麗な紫色になっていく。もはやその姿は「おばちゃん」では無く、一人の若い女性だ。

 彼女の名前は『丸斗恵』、丸斗探偵局の元局長である。


 恵の持つ不思議な力はそれだけでは無い。大きなタンスが構えている部屋から出た時、彼女の数は1人では無く、5人に増えていた。全員とも全く同じ顔や姿、服、そして声を持つ丸斗恵だ。そしてアイコンタクトを取った後、2人が二階に上がって来客への準備を始め、三人はそのまま廊下を進んで銭湯へと向かっていった。一人だけではこなせない仕事も、自分自身を際限なく増やす事の出来る「増殖能力」を使えば何でも出来るようになる。これこそ、増殖探偵との異名を持っていた彼女の真骨頂である。


=========================================


 時計の長い針が11時を指し始めた頃。


 「「「「「「「「「おまたせー」」」」」」」」」


 数時間前に風呂場に向かっていった三人の「恵」は、その数を三倍に増やして戻ってきた。広い風呂の維持管理にはそれなりの人出が欠かせない。彼女の場合、その人員は自分自身を使えば良いのでその辺は非常に節約をしているようだが。

 家の方の「恵」も来客の準備を終えており、後は向こうが来るのを待つばかりである。念のため、外出する可能性も考えて彼女は十数人から元の一人に戻り、そして姿も壮年期が近付いているおばちゃんの物になった。先程までよりも体が重い感触があるが、これが「おばちゃん」の証なので仕方がない。彼女が持ち合わせているのは、増殖能力だけでは無く、こういった自身や周りの物を思い通りに操作できる『時空改変』能力もあるのである……。


 それから数分後。


「おーい!おばちゃーーん!」


 下から呼び鈴を鳴らす音と同時に、そこにあるマイクでは無く直接窓に向かって大きな女性の声が流れてきた。


「おばちゃーんいるー!生きてるー!?」


「生きてるよ!」


 ……久々に顔を見ても、やっぱり内面は全然変わっていない。苦笑しつつも、「恵」は来客を中に迎え入れるべく一階の玄関へと降りて行った。

 来客の名前は「丸斗恵」……丸斗探偵局異次元支局長であり、もう一人の丸斗恵、この世界で生まれ育った存在である。いや、正確には彼女も一人ではないのだが。


=========================================


「それでどう、この町の様子?」「結構変わった所もあったわねー」「あのビルようやく完成したのね……」「そうそう、新規開店したんだっけあの喫茶店」「結構美味しいわよコーヒー」


 ガールズトークには不似合いな台所を構えた机を囲み、十数人もの丸斗恵が互いに語り合っている。銭湯の番頭であるおばちゃんも先程までの若々しい姿に戻り、来客である恵と混ざり合い、話を盛り上げている。双方とも元から会話が好きと言う事もあり、お題は幾らでも出てくるようだ。一年ぶりに訪れた町の様子……マンションが完成していたり、デパート内の喫茶店が新規開店していたり、商店がコンビニに生まれ変わっていたり。長年探偵をしていると、そういった変化にはつい目が行ってしまうようである。しかし、そんな中でも……


「おばちゃんはいつも通りよねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」ねー」

「「「「「う、うるさいわね……」」」」」


 そもそも今はおばちゃんではなく美人番頭の丸斗恵だ、と自画自賛を交えながら突っ込みつつも、仕方ないかと最後に彼女は付け足した。自分は元々この町や世界とは全く違う場所からやって来た存在、目の前にいる自分自身とは全く別の存在だ。こうやって自分同士で会話するというのも楽しいものだが、ある程度の区別をつけておくというのもこういった交流には欠かせないものである。

 ちなみに、彼女のポリシーとしては、こういった増殖能力を使うのはなるべく若い姿に戻った時にしているようである。しわの多い歳の進んだ女性がうじゃうじゃいても、目の保養にならないしむしろ気持ち悪いだろう、という自虐的な理由からだが。 


「あ、そういえば恵ちゃん」

「「「「ん?」」」「「「どうしたのおばちゃん」」」


 恵局長が自分の話に意識を集中させ始めた所で、おばちゃんは今回一番聞きたかった内容を尋ねる事にした。あの後……自らの正体をもう一人の自分に告げ、その時の勇気をばねにして見事に「犯罪組織」を壊滅させた後の彼女や仲間たちの動向である。

 

 事件が解決して数カ月が経った後に、クリス捜査官に呼ばれた事。

 彼女の口から、時空警察の「第二」特別局の開設、異次元空間の復旧、そして丸斗探偵局の勧誘など一気に様々な話題が矢継ぎ早に飛び出した事。さすがの恵やデュークも、あまりに急な話過ぎて整理に時間がかかってしまったと言う。

 そしてその中で、今回の事件の一部始終が未来の裁判所へと送られていた事。


「やっぱり凄いわよね……」「あれでしょ、『魔境』」

「へぇ……」


 丸斗探偵局と協力関係を結ぶ四国の狸たちが大事に持つ、あらゆる物を見通す不思議な道具『魔境』。しかしその真相は、未来のハイテクノロジーが生み出した簡易型のタイムマシン、どんな過去でも思い通りに映す事が出来る機材である。当然ながらプライバシーが完全に度外視されることから、裁判所など過去が絶対に必要になる場合にのみ使用するようになっている。紆余曲折あって狸一族の手に渡った試作品の『魔境』でも思い通りの光景をすぐに映しだせたのに、それを改良した完成品がより性能が高くなっているのは言うまでもなかった。

 恵にとって少々厄介だったのは、この魔境によって報告された内容の多くが、今回の犯罪組織の壊滅に関わった仲間たちに伝わってしまった事である。普通は門外不出なのだが、彼らに伝えなければならないものがいくつかその中に含まれていたのである。その一つが、現在の丸斗恵、そしてデューク・マルトに関してである。もう少し格好つけて皆に言うはずだったのに、先にクリス捜査官から報告されて出鼻をくじかれてしまった、とは恵の感想である。


 現在、この部屋にいる恵は正確に言うと「四人」いる。


 丸斗探偵局の初代局長、現在の異次元支局長である、恵局長こと丸斗恵。

 時空警察の捜査官で、現在は「第二」特別局に務める、恵捜査官こと丸斗恵。

 現在は銭湯を営む、遠い遠い別の世界からの来訪者である、おばちゃんこと丸斗恵。


 ……そして、もう一人。彼女たちのオリジナルであり、「犯罪組織」のボスであったメグミ・マルト。

 彼女は今、丸斗恵……恵局長の体内に封じ込められている。


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