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19.聖夜は再び 前編

前回より新たな仲間ブランチが加わり、少しだけ賑やかになった丸斗探偵局。しかし、増えたのは人数だけ、雰囲気はいつも通りのようである。今日も今日とて暖房のきいた部屋でだらけている恵局長、こたつもないのに丸くなって寝ているブランチを尻目に、様々な文献を読み、勉強を続けているデューク。


「デューク…読まなくても時空改変で覚えりゃいいんじゃないの?」

「そうしたらつまらないじゃないですか」


ほぼ万能の彼にとっては、逆にそれが退屈さを生み出す要因となる。学ぶ過程、不完全なものを完全に近づける段階を経る楽しさを、毎日味わっているのである。ただ、毎日色んな事で悩む恵やブランチにとってはかなりの贅沢な悩みにしか聞こえないのだが…。


「時々デュークの事が分からなくなるのよね…」


ふと、恵は掛け時計に目線を置いた。その途端、慌てた様子で急に立ち上がり、机に乱雑に置かれた雑誌群を急いで片づけ始めた。どうしたのかと慌てるブランチだが、デュークは大丈夫だ、と言う目を返す。実は、昨晩に予約が入っていた事を今の今まで局長はすっかり忘れていたのだ。ある意味自業自得と言う事でデュークは手伝わず、数人に分身した恵が焦っている様子を呆れ顔で眺めていた。なんとか依頼人が来るまでには片づけることに成功したようである…。


「この人を…探してほしい、と」


依頼人は、見た目からして西洋風の顔の男性。身長が高いはずのデュークよりも大きく見えるのは、厚い服を着こなしても分かるその肉体のせいであろう。茶髪に橙色のセーターと、少々派手な服装であるが。そんな依頼人が出したのは、一枚の写真であった。同じような髪の色をしているが、彼とは違いかなりの痩せ型の男性である。


「数日前から行方が分からなくなっているんです」

「なるほど…」


彼を含めた仲間と共に一仕事を終えて一夜明けた時、彼の姿が忽然と消えていたと言う。勿論自分たちでもあちこちを回ってみたのだがそれでも行方を掴む事は出来なかった。そんな中でどうしてこの街だと推測したのか、というデュークの問いに男は答えた。各地を回る彼らの仕事、最後に回った街がここなのだ。ただ、恵としてはそれだけで決められるのはどこか腑に落ちない所がある。しかし、悩んでいる人を見過ごすわけにはいかない。


「分かりました、依頼を引き受けましょう」


深々と頭を下げた後に依頼人が帰ろうとした時、その足を止めるものがあった。


「こ、こらブランチ!」


鳴きながらすり寄る黒猫をこちらに引き寄せ、無礼を謝りつつブランチの頭をこづく恵。しかし、依頼人はあまり気にしていないようであった。ウインクまで返す余裕まであったのだから…。


=================


「依頼人の方の名前はプランサーさん、探し人の名前は…読みにくいわねこれ…」

「プレッツェンさん、北欧やドイツ系の名前ですね。そしてこれが住所…」

「読みにくい文字ばかりですニャ…」


ブランチも交え、丸斗探偵局の作戦会議が始まった。住所を見てブランチや恵が頭を抱える通り、やはり彼…プランサーは海外からの訪問者であった。そして、現在分かっている状況と言えば、夜に消えた、プレッツェンは寂しがり屋、そんな事ばかり。ちょっと少なすぎる気がするが、そこは丸斗探偵局。わざわざ自分たちを選んでくれたのだ、全力で挑む以外に選択肢はない。


「ちょっと、お願いできる?」

「分かりました、お任せ下さい」


そう言って彼の姿がソファーから消えた直後、ブランチの近くに再びデュークが姿を現した。だいぶ慣れたとはいえ、やはり突然誰かが気配もなく現れるというのは驚くものだ。時を飛び越え、依頼人の動きを観察していたのである。いつもならこれでだいたいの状況は分かる。しかし、今回は違った。時空改変と言う力で森羅万象を制御できるはずのデュークが、対象を見失ってしまったと言うのだ。


「それってどういう事!?」

「すいません…ちょうどフィンランド付近まで行き当たったのですが、それ以前の追跡は出来ませんでした…」


…それを聞いて、恵にはある節が思い当たった。その時間を聞き、それはある程度の確信へと変わった。「ある程度」というのは、誰もその存在を実際に目撃した事が無いからである。デュークとブランチに、この事を尋ねてみた。


「ねえ、サンタクロースって知ってる?」

「「え?」」


サンタクロース。12月24日に世界中の子供たちの家を回り、良い子たちにプレゼントを渡す不思議な老人。仲間の9頭のトナカイにそりを引っ張ってもらい、一晩で世界中を駆け巡るという。勿論、これは空想の存在である事は恵も知っている。しかし、この探偵局にはそのような「絶対」は存在しにくいという実情もある。


「可能性が完全に否定されない限り、いないとは言い切れませんね」

「そうなのよね…」


その考えをより確信へと導いたのは、ブランチの証言であった。彼の「鼻」は非常によく利き、例えどんな手段を使っても何でも嗅ぎ分けてしまう凄い能力を持っている。そんな彼が、あの男性から人間の匂いがしなかったと言えば信用しない訳にはいかない。ただし、悪い匂いではなくむしろどこか爽やかで、一仕事を終えたような感じで会ったと言う。もしかして、あのプランサーとかいう男がサンタクロースなのか。まだ確証はないが、それも視野に作戦会議を進める事にした。


「それにしても、サンタクロースか…」


まさか年の瀬になって、彼の名前が出てくるとは思わなかった。そんな恵に対し、デュークはどこか子供っぽい顔をしていた。サンタクロースという存在を、聞いた事が無かったようだ。

以前デュークから、未来には妖怪をはじめとする超常的存在は根こそぎ絶滅させらえているという事を聞いた事がある。と言う事は、サンタクロースやクリスマス自体も消えているのではないか。そんな恵の問いだが、彼は答えを言わなかった。あまり未来の事…自分が「過去」いた世界の事はあまり話したくない、という。局長もこれ以上は聞かなかった。彼女もあまり過去を振り返らない性分、他人に嫌な事を押しつけるのは良くない、と。


「…あのー、でしたら毎回の面倒事を僕に任せるのは…」

「それは別問題」

「即答ですね局長…」


一方のブランチは、少々落ち込んでいた。そんな人物がいるならもっと良い猫でいるべきであった、と年が変わる今頃になって反省している。来年もあるから大丈夫だ、と励ます恵の方は十分その権利があると言い張っている。確かに悪い奴をやっつけたり困っている人を助けたりはしているが…。


「恵さんはいっつもさぼってばっかじゃニャいですか、だから今年も来なかったんだニャ?」

「何言ってるのよ、サンタクロースは子供のための存在なんだから来ないのは当たり前だって」


大人が楽しむのは良いが、図々しく割り込むのはもってのほか、というのが彼女の持論であった。

一方のデュークは、笑顔は崩さなかったものの、サンタからのプレゼントを貰う権利は自分には無い、と言った。かつて彼が引き起こした様々な犯罪が、今も重い鎖となっているようだ。彼の秘密をその口から聞いたブランチも、その事をよく分かっていた。自分は確かに色んな悪い事をやって来たが、正直彼と比較すると雀の涙、猫の額ほどのレベルだ。だから今、きっとこうやって正義の味方としてその分を償っているのかもしれない、と彼は思った。ちょうど自分のように。


そして、今回の作戦の方もそろそろ決まり始めていた。デュークの追跡により、この街のどこかにいるのは確かである事は分かった。しかし、これだけ分かれば十分だ。ブランチの嗅ぎつけた匂いの元さえ辿っていけば、確実に見つかるであろう。ただ、彼がもしサンタの関係者であれば、恵やブランチだけでは追跡は不可能かもしれない、という事も考え、デュークも捜索に向かう事にした…のだが。


「はぁ!?留守番!?」

「だ…だってお外は寒いニャ…」


ここに来てブランチが我儘を言いだした。せっかく本物のサンタに会えそうな機会なのに突然弱音を吐き始めた彼に納得いかない恵だが、一度丸まった猫はなかなか元に戻らない。仕方ない、と言う事でデュークが一時的にブランチの能力をコピーし、使用する事にした。あくまで期間限定なので劣化版だが、それでも匂いすら分かれば十分だ、という判断である。

念のため、もう一人留守番としてデュークを配置した後、「二人」は一路冬の街へ飛びだした。窓からその様子を見る留守番係のデュークの眼下で、「2人1組」の影は2組、4組、8組と次々に増えていく。人海戦術で根こそぎ探すという作戦だ。


匂い以外にも、写真を使った聞き込み、周りの探索など様々な手段を使って探したものの、どの局長や助手も探し人「ブリッツェン」を見つける事が出来なかった。しかし、ブランチの能力では間違いなくこの街にいる、という事が分かっている。


「でも…どこにいるか全然…」


寒くなってきたし、諦めて帰ろう。そう恵たちがデュークたちに言おうとした時。彼の耳が、何かを捉えた。何が聞こえたのか分からない恵の耳にそっとデュークの手が触れた瞬間、突然彼女の耳の形状が変化した。


「ちょ…これって…」

「猫の耳の性能は、犬以上です。それに、ブランチはそれを遥かに上回ります。これなら聞こえるでしょう」


突然の本物の「猫耳」に驚く彼女だが、それ以上にその性能に驚いていた。静けさの中に埋もれていた声が、はっきりと聞こえるのだ。


「これは…誰かが助けを!?」

「ええ、急ぎましょう!」


すぐにその情報は街中に散らばる二人に伝えられ、その場所に一番近い恵とデュークが動き出した。その方向にあったのは工場を囲む壁。しかし、工場の中からは何も聞こえない。一体どういう事なのか、と戸惑いかけた恵だがその後のデュークの動きを見て納得した。彼女を少し離れた所に移動させた後、キックボクサーの力を一瞬発動、壁…いや、壁がある方向にある次元の壁をぶち抜いた。匂いもこの中から一番漂ってくるようだ。他の分身たちを自分の元に一瞬で融合させた後、急いで中に潜った二人。そして、今回の事件の真相が明らかになろうとしていた。


「あ…あんた…?」

「…やはり僕の世界の人…未来人か…!」


厳しい視線で一人の女性を見つめるデュークと…


「き、君たちは…」

「プレッツェンさん、助けに来ましたよ!」


捕われていた男の名を呼ぶ恵。


――――――――――――――――

「…連絡が来た!犯人が見つかったみたいだ」

探偵局内で留守番をしていたもう一人のデュークや、彼から伝えられたブランチにもその情報は伝えられた。確かに外は寒いが、悪党が見つかったとなれば黙って丸まっているわけにはいかない。すぐに合流せんとデュークが準備を始めたその時、探偵局の呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。インターホンから見えたのは、以前お邪魔したプランサーと、その仲間と思われる人々。皆お揃いの茶色の衣装を着ているが、性別は様々のようだ。そして、もう一人。


「あの…デュークさんと黒猫さんですか?」

「はい、そうですが…」


映像に見えるのは、ちょうど局長ほどの年齢に見える女性。後ろの人々と同様、北欧系の顔つきをしている。最初はデュークも突然の訪問に怪しんだものの、その声を聞いた途端突然敵意が薄れてしまった。


「下に降りてきてくれませんか?」


一体何を考えているのだろうか。一瞬不安がよぎったが、その時はその時。自分やブランチを身を守る武器は無数に出せるのだ。

しかし、その必要はなかった。探偵局を出た先にいた、深々と頭を下げた女性からは、どう見ても悪の心を感じる事は出来なかった。そして、彼女は名前を名乗った。


「私の名前は、イルマ・サローネン。ヨウルマーと言った方が、貴方も調べやすいかもしれないわね」


まるで自分の能力を言い当てたようなその口調に驚きつつも、彼女の言うとおり脳内でその名に対する情報を検索してみたが、数件あたっただけで十分すぎる情報がデュークにインプットされた。目を見開き、彼女の姿をまじまじと見つめながら。小声でこっそりとどうしたのか尋ねるブランチに、驚きと興奮を要り混ぜながら彼は語った。今、彼の眼にはその女性は「お姉さん」にも「おばさん」にも、そして「おばあさん」にも見えている。そして、付き添っている人々も、また別の、人間とは違った姿に。


「ブランチ、この方はミセス・サンタクロース。サンタクロースの奥さんだ」

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