188.増殖探偵・丸斗恵 with ハピの暢気な日常 お化けの町の迷子たち④/後日談
立ち並ぶビルの窓の外に見える空間も、少しづつ暗くなり始めている。まるで夕日を思わせるような球体が、少しづつ仮想の西側へと下がっていく。どこからどう見ても、見慣れた夕焼けの様相だ。
そんな中で、無数に存在する丸斗探偵局の一つ……正真正銘本物の「丸斗探偵局」の中で、局長の恵と助手のデュークは、互いに一息ついていた。この場所に見慣れぬ来訪者が現れる可能性がある、というのは以前より言われていたのだが、まさか本当に現れるとは思っていなかった。どんな事でも事前に心構えをしないと、心身ともに疲れてしまうものだ。
「仕事終わりのお茶は、やっぱり美味しいですね」
「そうよねー。特に冷たい麦茶、今の季節にぴったりよね。
……それにしても……」
あの『お化け』という例えは何とかならなかったのか、と恵は助手に苦言を言った。自分たちは確かに普通の人間から見ると不思議な力を持つ異質な存在かもしれない。だが、だからと言ってあの言い方は人間とは別格と言っているのと同じじゃないか、と。ただ、元々の原因は局長にあるのではないかと言い返されてしまうと、流石に彼女も反論はできなかった。確かにあの時、自分たちであのように動物たちを追い詰めすぎたがゆえに怖がらせてしまった。元は優しい動物たちも、こんな風に怖がらせてばかりだとやがて臆病かつ攻撃的な性格に変わってしまう。危うく自分たちは、これまで人間が動物たちに行っていた仕打ちをまたもや行うところだったのだ。
「それに局長、ブランチやカラスたちの事を忘れてませんでしたか?」
「で、でも喋るパンダよパンダ!珍しいでしょ!」
「そ、それは僕も同感ですが……」
ともかく、何とか事態が無事に解決したのは良かった、と強引だがデュークはこの話を収めた。彼らが単なる迷子、しかも悪意の全くない存在であった事も幸いした。彼らは今後もきっとこの「場所」……いや、この異次元空間を、お化けの住む不思議な町だと信じて疑わない事だろう。そして、とても怖い場所でもある、とも。本来この空間は自分たちの世界にとっては重要機密、特別な許可を得た者以外は立ち入りもできないのだから。
この「お化けの町」は、かつて恐るべき存在が蠢き、あちこちの世界を恐怖に陥れていた場所だった。傲慢さを極めた未来のテクノロジーによって生まれた存在「デューク・マルト」が、仲間である「メグミ・マルト」と共に無の空間に新たな宇宙を作りだし、そこを本拠地に各地の時代に大小数多くの被害をもたらし続けたのである。その勢力は日増しに広がり、気づけば数十億もの大軍勢がこの空間……「犯罪組織」の本拠地に蠢くという事態にまで発展した。しかし、それに終止符を打ったのも、またデューク・マルトであった。自らの過ちに気づいた彼と、過去の世界で築いた信頼を基にした仲間たち、そして過去の世界に創り出した新たなる活躍の場「丸斗探偵局」の面々と共に、傍若無人の限りを尽くした過去の自分自身の幻影を打ち砕き、犯罪組織の息の根を止めたのである。
それなのになぜ今、恵とデュークはこの異次元空間にいるのだろうか。その理由は一つ、「犯罪組織」の後始末であった。
「「お待たせー♪」」「「お邪魔しまーす」」
丸斗探偵局のドアが開き、二人の恵と二人のデュークが中に入ってきた。外にあるコンビニ……正確にはデューク・マルトの時空改変によって生み出された食料の供給所のような形なのだが、そこで買ってきたコンビニ弁当を片手に、皆で夕ご飯を食べようとする算段だ。
この恵とデュークは、見た目も声も探偵局内にいる二人と全く同じ。スーツ調の服とすらりとしたジーンズを着込んだ探偵局「異次元支局」局長と、昔からずっと変わらぬ黒の燕尾服の「異次元支局」助手だ。記憶も遺伝子も違いが全く見受けられない彼らだが、その出自はそれぞれ異なっている。探偵局の中で今までずっとくつろいでいた恵とデュークは、元から探偵局にいた二人。一方で外からやってきた恵は、探偵局局長ではなく時空警察の捜査官と言う肩書きを持ち、デュークの方はその肩書きすら存在しない、言うなれば「生きた備品」のような扱いだ。
未来のほとんどの住人には、犯罪組織は時空警察の特殊部隊によって壊滅、デューク・マルトも異次元空間壊滅と同時に消滅した、という扱いになっている。そう、犯罪組織は「完全」に宇宙から消え去った、と報じられている。しかし、それが真っ赤な嘘八百であるというのは、先程までの成り行きを見てもわかるだろう。負の遺産を排除するのではなく、むしろ服従させたうえで利用するという形を時空警察は取ったのである。
この事実が探偵局に伝えられたとき、気に食わないという意見は探偵局の仲間の中でかなり目立った。当然だろう、何十億人ものニセデュークを復活させたうえで一斉に支配下に置く、というのはどう考えても無敵の暴力装置を手に入れたという事に他ならないからだ。権力がそのような事をしてはならない、そんなことをしでかすのは独裁者じゃないか。そう食って掛かろうとした皆だが、恵など一部の存在はむしろ逆の考えだった。支配しているのはむしろ時空警察ではなく、自分たち「丸斗探偵局」やその仲間ではないか、と。
デューク・マルトは神羅万象あらゆるものを操作することができる恐るべき「時空改変」能力者である。さらに、彼の暴走によって現在その数は数十億人、地球の人口並に膨れ上がっている。幸いにも彼らはある程度はオリジナルに敬意を払い、そのオリジナルもまた真面目かつ丁寧な性格なのだが、だからこそ自分たちが逆に時空警察を監視、時には介入することもできるのではないか。そう恵は考えたのである。まさしく同じようなことをして、様々な権力に操られたり操ったりしながら甘い汁を吸いまくっている仲間がいるという実例までいるからなおさらである。
実際のところ、未来での判断も彼女の考えた通りであったと言う。警察側が犯罪者であるデュークたちを監視する一方で、自分の中に巣くう悪意を探偵局側に指摘してもらい、退治してもらうことで健全化を図る。悪く言うと組織との癒着、良く言えば強固な連携体制である。ただ、それとは別に真の理由が存在することに、恵は後になって気づいた。この異次元空間の監視を担う役割を持って、もう一人の彼女である恵捜査官がやってきたとき、新たに配属された部署の名前が……
「 時 空 警 察 特 別 局 」
……となっていたからである。
未来は過去を支配し、過去も未来を鎖でがんじがらめにする。時間に関わったものの運命を、改めて恵は感じ取った。
そんな感じで、かつての犯罪組織の本拠地が丸斗探偵局第二の本拠地である『異次元支局』に生まれかわってから、気づけばだいぶ月日が流れている。
「「「ごちそうさまー!」」」「「「ごちそうさまでした」」」
大盛りのご飯をたっぷり平らげて、恵もデュークも満足のようだ。外に見える他の「探偵局」でも、似たような……というよりまるきり同じような感じの流れが繰り広げられているだろう。
先程も述べた通り、一応ほとんどの人々にはこの犯罪組織は壊滅した事になっているために、この場所への出入りは厳重に規制されている。この場所へ出入りが可能になっているのは、「犯罪組織」壊滅に直接的に協力した面々と、時空警察側から許可を得た者、丸斗探偵局の局員、そしてクリス捜査官、ロボットさんおよび恵捜査官のみとなっている。実質、彼らだけの秘密の空間と言う存在なのだ。
それに念を入れて、外部からの不正な侵入者に対してもいくつかの対策が練られている。何千何万…正確にはおよそ数千万も延々と並ぶ「丸斗探偵局」もその一つ。毎日変わる本物の場所以外には、局長ではない恵と助手ではないデュークがいつも居座っているのだ。出入りが許可されている面々やこの空間で暮らす者は本物がどこかすぐに把握できるようになっているのだが、逆にそれを知らないものに対しては相当なガードとなると言うのは、先程の動物たちの騒動の中で実証されている。
そしてもう一つ、この空間から外部へ不用意な接触を断ち、この場所の機密を守るために、犯罪組織の面々への判決と言う形である防御態勢が取られている……。
=========================================================
「あ、そういえば……」
基本的に、この丸斗探偵局異次元支局は終業時間は決まっていない。そもそも舞い込んでくる仕事自体が少ないため、実質的には永遠の暇つぶしといった感じなのであるが、それでもずっとダラダラしているわけにはいかない。一人の恵が思い出していたこともその一つであった。
「そうですね、最近ずっと行ってませんでしたし」
「わ、半年間ずっと連絡入れてなかったのね……」「そりゃケイちゃんも心配しちゃいそうよねー」「全くよ…」
……そう、いくら暇が多いとは言え、いざ仕事が舞い込むと途端に忙しくなってしまうのが探偵の大変なところ。特に最近まではこの特別局に関する書類の提出や様々な設備の修復やまとめなど、恵が一番苦手とする分野ばかりが集中してしまい、他の仲間たちの事を考えるのをすっかり忘れていたのである。何とか一息ついたという事で、改めて本家本元の丸斗探偵局へお邪魔しよう、そう考えていたのである。
一応時空警察側へも許可は得ているようで、あとは自分たちがいつ出発するか決めるだけ。とは言え、連絡なしで行くとさすがに蛍「局長」も驚いてしまうだろう。それに風の噂だと変わった仲間が新たに加わっているとも聞くし、見慣れぬ顔が現れれば困惑してしまうだろう。そこで、先に恵とデュークは、もう一人の探偵局の仲間に連絡を入れることにした。本部とも異次元支局とも異なる別の場所でのんびりと探偵業を続けている、小蓬莱島とは別の「喋る動物」の元へ……。
「それじゃ、デューク?」「ここからテレパシー届くの?」
「ええ、ご心配なく。専用の波長にチューニングを合わせれば……」
……そしてその数十秒後、デュークを伝って探偵局の建物の中に、懐かしい猫の声が聞こえてきた。
南国を思わせる暖かいパラダイス「小蓬莱島」にも、夕日が差し込み始めました。赤い太陽の日差しを浴びて、動物たちも少し暑そうですが、皆それよりも仲間たちの話す不思議な話に熱中していました。
「本当に同じ顔がうじゃうじゃ?」
「ほんまやで、どこもかしこもぜーんぶ同じ顔の人間のねーちゃんばっかで……」
「ねーちゃんじゃなくて恵さんだよ」
あの後、デュークと言う優しい男の人が作ったトンネルを潜って、ハピたち一行は無事に戻ることができました。確かにあの『お化け』たちは一見すると怖くて恐ろしそうだったのですが、ハピたちが一切の敵意を見せずに接していた通り、中身はとても優しく明るい人たちばかりでした。とは言え、やはりあの見慣れぬジャングルよりも、こちらの緑あふれるジャングルのほうが彼らにとっては一番居心地が良いようで、早速持ち前の元気で仲間たちにあの森で経験したことを語り始めました。
「それにしても、本当に凄い場所があるんだなぁ……」
喋れるだけ思いっきり喋りまくってヘトヘトになっているガッザを見ながら、体の鎧が自慢の動物であるセンザンコウのマニスは、改めて彼らの話を自分の中で咀嚼していました。確かに自分たちはある程度「外」にある人間の世界は把握していますが、まだそれはしているつもりだけだった、という事を感じていたのです。同じく話を聞いていた、ラケットカワセミのジルも同感でした。年長の動物たちが日ごろから言っている「耳で聞くより目で見た方が真実に近づく」という言葉が、改めて理解できたようです。とは言え、考え直してみると……
「……たとえて言うなら、世界中がみんなガッザとか私だらけなんでしょ?」
「うわ、なんだかぞっとする……」
「ちょ、ちょい待て、なんでワテなんや?」
つい文句を言ってしまうガッザでしたが、あのお化けの町で見た「お化け」の大群を見て大混乱してしまったのは本当です。ヌグも含め、彼らも時々自分がもう一人いたら、なんていう妄想をしてしまうのですが、いざそれが実現してしまうとなると、自分たちレベルでは対応しきれないかもしれません。お化けレベルではないと、あの町で生きるのは難しいのかもしれません……。
しかし、そんな中でもマイペースを貫き通していたハピやムーニィの感想は少し違っていました。
「え、もう一度行きたい!?」
「うん……だってめぐみおねーさんのおてて、きもちよかったんだもん」
「アニキ、そんなこと言っても……」
トトはあの時デュークから聞いた言葉を覚えていました。本当は、あの場所は誰も入っていけない所、お化けたちの集う秘密の場所と言うのです。だから、あそこの場所への行き先をこちらから教えることは出来ない、とも。つまり、会いに行ける可能性は著しく低いという事にもなるのです。
最初は仕方ないとは思っていたのですが、残念がるアニキことハピの様子を見ていると、惜しいという気分が少しづつ湧いてきました。しかし、もうあの「扉」を開いても、星空は広がることはありません。
「……まるで夢みたいね」
「イヤ、俺タチハ夢ナンカ見テイナイゾ?」「そうだよ、ちゃんと起きてたよ!」
「ごめんごめん、そうじゃなくて言葉の例え。みんなが不思議な夢の世界にやってきたような、そんな感じよ」
でも、夢というのは一度見ただけで終わりではない。もしかしたらもう一度、同じ「夢」が戻ってくることがある。この場所を守る『長老』が昔言っていた言葉を出しながら、落ち込みかけていたハピやトトをジルは励ましました。きっといつか、この「扉」はあの場所へと開く事になるかもしれない、その時はぜひ自分たちも一緒に行こう、と。
「そうだね、たっぷりの木の実を持っていこうよ、アニキにみんな!」
「うん!」「ウヤー!」
沈む夕日の中で、小蓬莱島の仲間たちはそれぞれに様々な思いを抱きながら、帰り道を歩き始めました。