185.増殖探偵・丸斗恵 with ハピの暢気な日常 お化けの町の迷子たち①
≪はじめに≫
この作品は、「小説家になろう」をはじめ各所でお世話になっております熊猫堂様(http://mypage.syosetu.com/318509/)の作品「ハピの暢気な日常」とのクロスオーバーとなっております。許可を下さった熊猫堂様にこの場をお借りしてお礼申し上げます。
都会は、人間の作り出したジャングル。灰色や青色、黒で輝く巨木には、様々な色で飾られた「花」があちこちに咲き、都会に住む人間たちを日々その中に取り込み続けています。生活の中で巨木から排出された水や汚物、ゴミなどは、人間と共に住む多くの動物たちに利用され、自然界とはまた違った生態系が生み出されています。ですが、このジャングルは、熱帯の森やシベリアの針葉樹林とは違い、「緑」が圧倒的に足りません。それに頼って暮らす大半の動物たちにとっては、この灰色の森はまさしく魔の森、一度迷い込むと抜け出せなくなるほど恐ろしい場所なのです……。
そして、そんなとある「都会」の町の中を、五体の動物たちが彷徨っていました。
「……で、結局ここがどこか分かったんか?」
「全然ダ、見当モツカナイ……」
ビルとビルとの間にある目立たない日陰に隠れつつ、大きな影の背中に乗った小さな影が問いかけています。人間とは全く違う姿ですが、同じように言葉を話し、しかも小さい方の影はどこか関西方面の人にそっくりな声です。
「おなかすいたねー」「チュイタ!」
「アニキ、心配しなくて大丈夫なの……?」
深刻な感じの両者の一方で、その傍らに佇む小さ目な二つの影のほうは緊張感全くなしの呑気な声で、のほほんと状況を楽しんでいるようです。そして、彼らを「アニキ」と呼ぶ五つ目の影は、その様子に心配げな表情を見せていました。「アニキ」はいつもこういう調子です。慣れないような場所でもマイペースを崩さず、周りが大慌てしている間にいつの間にか馴染んでしまう……。
とは言え、他の皆も様々な形でこういう場所に何度もお邪魔しているため、こういった灰色のビルという環境には慣れていました。
この五人組の故郷は、「都会」からはるか遠く彼方にある、南国調の暖かい楽園の島「小蓬莱島」。人間が一人も住んでおらず、文明のかけらも見られない一方で、言葉を操る動物たちがのんびりと仲良く暮らしているという、ちょっと不思議で、とても面白い場所です。その中でも、ジャイアントパンダの優しい男の子『ハピ』、スマトラウサギの赤ちゃん『ムーニィ』、そしてハピを兄貴分として慕う元気なジャコウネコの『トト』は、様々な意味でこの島の動物たちを代表する存在かもしれません。何せ、彼らは不思議な回廊を通って、度々「外」の人間の世界にお邪魔しているのですから。
今回、この場所に迷い込んだのも、お世話になっている人間のもとに遊びに行こうとしたというごく普通の成り行きでした。好奇心旺盛なわんぱく三人組が、「扉」を開けた時、そこには普段広がっているような景色は無く、代わりに広がっていたのは星空が迷路を作っているような、見たこともない場所でした。普段のんきなハピたちもさすがにこの時は驚き、目の前に広がる空間の前に目を見張っているようでした。このような「星空」、自然豊かな小蓬莱島でもなかなかお目にかかれないからです。
ちょうどそんな彼らのそばを通りかかったのが、同じくこの島の仲間である『ガッザ』と『ヌグ』。自慢の濃い青の翼を羽ばたかせ、白い腹を見せるガッザとは対照的に、鋭い爪がついた手の指を曲げながらヌグも不思議そうにその様子を見にやってきました。地球では白亜紀に生きていた獰猛で素早い肉食恐竜ドロマエオサウルスの彼ですが、その心はとても優しく、ガッザと一緒に、まるでお兄さんやお父さんのように優しく見守っているようです。
だからこそ、このような異変を見て、彼らも内心慌ててしまっていました。「扉」の外に広がる妙な空間に、赤いくちばしをあんぐり開けながらガッザも見つめています。ただ、問題はその位置が少々悪かったこと。一番前に陣取るハピの上に乗ってしまったことで、ヌグはどうしてもその様子が見えにくくなってしまっていたのです。そして、つい力を入れて前のほうに体を寄せてしまったのが運のつき。五人組は、あっという間に『星空』の中に吸い込まれてしまいました……。
……そして、その先にあったのはこの謎の「都会」。人間から得た知識で、こういった場所には人が多く住んでいるという情報は得たのですが、ここまで複雑に入り組んでいるとは予想外だったようです。
「きのみ、もってくればよかったねー」
「道を探すだけっちゅーのに、ぎょうさん疲れるなんて思わへんかったわ……」
入口があるなら出口を探せば良いという理屈なのですが、やはり思い通りにはいかなかったようです。
とは言え、勘が鋭めなガッザとヌグは、次第にこの場所が彼らの知る「都会」とはまた違うような感触を覚え始めていました。言葉を話せるとはいえ彼らは野生の世界で過ごす者、それなりの能力は持っているはずでしたが、それが何故か通用しないのです。まるで、道自体が生きているかのような、そんな不気味な予感すら感じてしまいます。そしてもう一つ、彼らの知識ですと都会はいつも人間でにぎやかのはずなのに、先ほどから全然その気配が……
「……あれ?」
トトの敏感な五感が、ずっと気配を見せていなかった「人間」を捉えました。幸い今の場所は誰も通らないであろう場所、気づかれる心配はないのですが、一応どのような姿をしているのか気になった皆は、顔をお団子のように並べながらこっそりと外を覗きました。
そこにいたのは、一人の女性。まるで鳥の羽の色のように派手な紫色の髪を短く揃え、赤紫色のスーツと青色のジーンズが良い色合いを見せています。後ろ向きしか姿を見ることができないのですが、ビルのガラスに映る姿と、そこに見える胸の大きさから、性別が判別できます。スケベなガッザがその事ばかり指摘し、そこにヌグやトトが突っ込もうとした時でした。彼らと一緒にを覗き見していたはずの残り二名の姿が消えていたのです。慌てて前方を見ると、そこにはトテトテという効果音が聞こえてきそうな歩みで、女性のそばへと行こうとしているハピと、その頭の上に乗っているムーニィの姿がありました。直接彼女から脱出方法を聞こうとしているのです!
「え!?」「ハピはん、まずいでそれは!」「待テ待テ!」
ガッザとヌグ、そしてトトは慌ててハピたちを止めようとしました。当然でしょう、自分たちは事情を知らない人間たちからすると「言葉を話す動物」という常識外れの存在、あの時はしっかりとした知識のある人なので助かりましたが、普通の人では驚き慌ててしまうでしょう。悪い人に見つかったらただでは済みません。しかしマイペースなハピやムーニィはお構いなしにその女性のほうへと向かい、そしてその足元をつつきました。こうなれば、物陰で見守るほかありません。
ですが、意外なことに……
「ん、どうしたの?」
女性のほうは、ごく自然に対応してくれたのです。拍子抜けしかけた二人を尻目に、ハピはここがどこなのか、と女性に尋ね始めました。彼女側にとっても当然ですが初めて見る顔、どうやら迷い人だと思ったのか、彼女は優しい口調である場所を教えました。とは言え、ハピたちには何の事だかよく分かりませんでしたが、ともかくそこなら解決してくれるだろう、という言葉だけはしっかりと心に刻まれたようです。
そしてそのまま感謝の礼と共に、ハピとムーニィはそのまま物陰でおっかなびっくりの三人組のほうへと戻ってきました。とりあえず「たんてーきょく」とか言う場所に行けば、元の小蓬莱島に帰ることができるかもしれない、という希望を得ることができたのです。どうやって向かうかは幸い耳のよく利く肉食恐竜のヌグが覚えてくれたので、後はそこへ向かうのみ、早速出発してしまおう、と五人がやる気を出そうとした、その時でした。
「ぱ、ぱ、パンダぁぁぁぁぁ!?」
……ガッザたちの嫌な予感は、見事に的中してしまいました。彼女は気づいていなかったのではなく、余りに突拍子もない展開に、頭の回転が一時的に遅れてしまっていただけだったのです。一度違和感に気づけば、人間というのはそれを解消するために徹底的に動き出すというもの。慌て始めた女性と同じように、小蓬莱島からの迷子たちも慌ててここから脱出しようとした時でした。ちらりと様子を見たヌグの目に、信じられない光景が映ったのです。
あの時、例の女性は「一人」で歩いていたはず。それなのに、なぜ今その女性が「五人」もいるのでしょうか。……それも、全員とも全く同じ髪型、同じ姿、同じ匂い、そして同じ声……。
一瞬脳みそに流れた冷や汗にすべてが持っていかれそうになった彼ですが、ガッザたちに急かされて何とか元の状態に戻り、急いでこの隠れ家から脱出することを提案しました。彼は皆に語ったのです。もしかしたら、自分たちが迷い込んだのは単なる都会ではなく、怖い怖い「お化け」が巣食う恐ろしい森なんじゃないか、と。