183.分身探偵・丸斗蛍 丸斗探偵局の一日②
午前10時。外もだいぶ陽が明るく昇ってきた頃。
「依頼、今日も来ないっすね」
千尋君……私はいつも「ちー君」って言うあだ名で呼んでいるけど、ソファーの上にもたれかかって、眠たそうな顔をしてる。まあ仕方ないか、今の時間は私も二度寝しちゃいそうだもん。それに、ちー君はこの探偵局に来てから毎日色々と大変だからね。何せ、元々「男」だったのに、どういうわけか女の人の体になってるんだもん。私も同じ状況だと、デューク先輩とかの助けが無い限りは絶対に混乱してしまいそう。ちー君はそれをずっと続けてる訳だから、少しぐらいは甘やかしてもいいかな。
「そうだよねー」「ねー」「まあ、こういう時間も大事だよ?」
「……そ、そうっすね……って局長、左右から顔とか胸とか近づけないで欲しいっす……」
もう、ちー君また顔を真っ赤にしてる。女の子の体になったんだから、こういうスキンシップくらい少しは慣れないと駄目なのになぁ。
……あ、そうだ、どういう事なのか分からない人もいるかもしれないから、ここでだいたいの事を説明しておこうかな。丸斗探偵局の新入り、ちー君こと天城千尋君は、探偵局の新入り兼アルバイトっていう形で私たちのいるこの場所で働いているんだけど、元はここから遠く離れた別の場所で過ごしていたごく普通の男子学生だった。普通の友達と一緒にごく普通のスクールライフを過ごしていた、って本人は言ってるけど、生まれてからずっと屋敷や探偵局しか見てこなかった私にはちょっと羨ましいかな……なんて。
でも、その人生はある時一変した。本当にちー君も知らないうちに、変な所に迷い込んで彷徨った挙句、気付いたらこの場所に辿りついたんだって。何かその時に凄いめまいもしたって前言ってた。そしてその拍子に、性別までがらりと変わってしまったんだって。でも、丁度鞄に入っていた学生証を見せてもらった事があるけど……失礼だけど、その頃の「男性」の千尋君も今とあまり変わらない顔だった。昔から女性顔だって言われてるのを気にしてたらしいけど、まさか本当に女性になるなんて思いもしなかったみたい。それで、その拍子に色々と危ない現場を目撃してしまい、確か……暴力団と繋がりのあるチンピラ……だったっけ?そいつらに凄いハレンチな暴力を受けようとしていた時に、悲鳴を聞いた私たちが…
……って、なんか呼び鈴が……あ、あの二人か。
「局長、出ます?」『どうなさいますか?』
ちー君とコウちゃんの疑問に、他の私と私、それに私は一斉に顔を見合わせる。だってもう三か月連続で大遅刻だよ?そんなの仕事場に迎え入れる訳ないじゃん、ねー。
「「それに、放置しててもさー」」「「勝手に入るでしょ、あの二人だし」」
「そ、それもそうっすね……」『局長は厳しいですワンね……』
「「「「「「時間を守るのは、社会人として当然だもん」」」」」」
その後にチャイムが何度も鳴ってたけど、私は全部無視。それから少し静かな時間が流れて、見るからに不機嫌な燕尾服の二人の男が瞬間移動でこの探偵局にやって来た。
「局長~!」「開けてよ~!」
「「「「「寝坊した人に開けるドアなんて無いもん!」」」」」
「「だって~~~」」
「「「「「「「「「「「「だっても何もない!」」」」」」」」」」
全くもう、なんでヴィオとスペードはいっつも言う事聞かないのかな……。はーいって言ってるけど、心の中ではふーんだって思ってるのは見え見えだもん、もう。
私も最初の頃は、二人はとってもかっこいい存在だって思ってた。ヴィオ・デュークとスペード・デューク、あのデューク・マルト先輩から何十億人も生まれた偽者のデューク先輩の二人だ。どちらとも過去の世界で大暴れを繰り広げた時に、私が入る前の探偵局の皆さんによって取り押さえられ、こっぴどく叱られて反省して、それからしばらく時空警察のクリスさんの監視下で奉仕活動をしていたらしい。私が二人と出会ったのは、その活動の一環として、デューク先輩のコピーや悪いメグミさんが大暴れした過去に乗り込んだ時。あの時はピンチを助けてくれたり、私たちに色々と助言してくれたり、凄くてかっこいいって感じてた……なのになぁ。
「そういえば千尋、まだお菓子の余りある?」「朝飯抜いてきちゃってさー」
「えーと…コウさんどうでしたっけ…」
『ちょっと確認してみますワン』
「朝ご飯抜いたの?「食べなきゃ駄目じゃん、もう」「それにお菓子で誤魔化そうだなんて……」
「だってヴィオが寝坊するからさぁ……」「なんだよ、お前だってこの前起きなかったじゃないか!」「なんだよ、責任押し付ける気かよ!」「それはこっちの台詞だ!」
「「「「「「「喧嘩しちゃ駄目!」」」」」」」」」
「「はーい……べーだ」いーだ」
やれやれ……いっつもこれだもんなぁ。
新しい探偵局を作るって聞いたクリスさんとデューク先輩が、社会奉仕の一環として二人を私の部下にしてくれた時はとても嬉しかった。まだあの頃は、恵局長や先輩、それにブランチ先輩たちから離れる事が凄い辛くて自信無くて、そんな時にとても私を支えてくれたのが、他でもないこのヴィオとスペードのコンビだった。でも、今考えるとあの頃から仕事をさぼって私に押しつけたり寝坊したり居眠りしたり、凄い不真面目だったなぁ……。コピーたちの性格を思い出すと、案外デューク先輩の真の素質に近いのがこの二人なのかもしれない。とっっても嫌だけど……。
ただ、いつもこうやって喧嘩したりふざけてばっかりの二人だけど、いざという時は本当に頼もしい。
あの時も千尋君を助けようとした時、私はつい油断してエロチックな事ばかり考えてる気持ち悪い連中に捕まってピンチになりかけてしまった。恥ずかしいけど、気が動転してて分身する事を忘れてたな、私……。でも、ちょうど上空を漂っていた雨雲を利用して、スペードが局地的な豪雨と落雷をあいつらにお見舞いしてやって、その隙に無事に逃げて千尋君を救出する事が出来た。そしてとどめは、近くにあった雑草をヴィオが時空改変して、ダイヤモンドのカッターでも切れない強靭な蔓のロープであいつらをがんじがらめ。ついでに、その後に駆け付けたのは栄司さんだったのを見ると、あの後もたっぷり天罰を味わったみたい。女の人を馬鹿にすると、一生分の怨みに遭うんだから当然の報いだよ。
その後、私たちはちー君の境遇を聞いて、そのまま探偵局に残る事を勧めた。最初は色々と怖がったり驚いたりしてたけど、今は積極的に色んな事をこなしてくれる嬉しい仲間だよ。
『それにしても、依頼の電話も無いですワンね』
「やっぱりネットとかで宣伝した方がいいんじゃないっすか?」
「えーでも…」「それはそれで面倒じゃん」「僕たちは反対だねー」
「でも、私たちは仕事しないとご飯食べれないんだよ?」「二人とは違うんだよ…」
もう、時空改変で何でも出せるからってダラダラしてちゃ駄目だよ……とか言ってたら、六人の私の全員のお腹が一斉に鳴りだしちゃった。
気付けばもうお昼になっていたので、お弁当を外のコンビニから買ってくる必要がある。今日はちー君が当番、4人分の食べ物を買ってもらうんだ。コウちゃんはコンピュータだから食べる必要無いから楽だけど、その代わり当番のときはネットでピザとかを注文してもらう形でお願いしてる。結構安くておいしいものを選んでくれるから、私たちは本当に助かってる。
クローン人間の私に、ごく普通のちー君……まあ一応「普通」、ね。未来の完全人間のヴィオにスペード、そしてコンピュータのコウちゃん。
恵さんたちが築いた仲間たちには敵わないかもしれないけど、これが私の探偵局の最高のメンバーだ。




