182.分身探偵・丸斗蛍 丸斗探偵局の一日①
局長……じゃない、恵さんやデューク先輩、ブランチ先輩が丸斗探偵局から去る日はいつかやって来る。そのときに私や探偵局はどうなっているのだろうか…。そんな事を考えてから、随分と時間が流れた。
丸斗探偵局のスケジュールは、基本的に朝9時に出勤、その後夕暮れ時を待って解散する。あまり長い間ダラダラしているのもなんだか気分が悪いし、だからと言って早く解散するのもなんだか変だよね……。朝の集合時間を決めたのは、先代の恵局長だけど、解散日程を決めたのは私の代からかもしれない。
今日も無事に遅刻することなく朝6時に起きる事ができた。やっぱり提案した私が遅れちゃ恥ずかしいよね…。それに、これくらい早めに起きれば余裕を持って朝ごはんを作ったり身支度を済ませることも出来る。昔、デューク先輩から教わった事は今の私にとって宝物かもしれない。
…あ、そうか、自己紹介がまだだったか。私の名前は丸斗蛍、丸斗探偵局二代目局長です。
探偵局は特に制服の指定とかはしていない。まあ、接客も兼ねた仕事だから清潔で整った服装っていうのは常識だけどね。とは言え、私自身としては決まった衣装があった方が何だか落ち着くし、気合が入る。よくネガティブなことが言われがちな制服だけど、きりっとした衣装ならかっこいいよね。
今日もクローゼットには仕事衣装がしっかりと入っている。赤紫色のスカートに、白いブラウス。そこに茶色の長袖のベストを羽織った、ちょっと学校の制服っぽい感じの格好。恵さんやデューク先輩、ブランチ先輩たちに助けられた頃からの服だけど、局長になった後も私はずっと使用している。ちょっと照れくさいけど、初心貫徹っていう感じかな……。昨日クリーニング屋さんから戻ってきたばかりだから、着触りも抜群だ。
でも、いくら服装が整っていても、髪がぐしゃぐしゃじゃ意味が無い。早速鏡を前に身だしなみの確認だ。服は昔と一緒だけど、それ以外はだいぶあの頃と変わった…と私は思っている。ミコさんや栄司さんたちからは昔のままだってよく言われちゃうけどね…。でも、髪は昔のツインテールをやめて、デューク先輩と同じロングヘアー、前の部分は恵さんとは逆に右側に流れるようにしている。私がこの探偵局の建物を継ぐことになった時に、ずっとお世話になり続けたこの二人から分けてもらった。もう一人、ブランチ先輩の分は黒いネクタイに使ってもらっている感じ。……ああ、やっぱり先輩たちからすると、まだ私はずっと昔のままなのかな…でも今は私にもいっぱい後輩や仲間がいる。立ち止まっちゃいられない。
「うーん…」
……鏡を見ただけじゃなかなか後ろとかの身だしなみは難しいな……でも大丈夫。こういうときは……
「あ、ちょっと襟が…」「ありがとう、髪は?」「問題ないよー」
もう一人「私」を出せば、背中の身だしなみもバッチリ。うん、これで大丈夫だ。すぐに二人からもとの一人に戻って、探偵局へ出勤……
あ、いけない。大事なものを忘れてた。
「はい、帽子」「ありがとう♪」
服の色に合わせた茶色の帽子。これを被れば、探偵局へ向かう準備は完了だ。
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現在丸斗探偵局に所属しているのは、先輩たちも含めると合計8人。恵さんとデューク先輩、ブランチ先輩は別のところで仕事をしているから、実質的にこの建物にやって来るのは私も含めて5人かな……でもブランチ先輩はよくふらりとやって来るんだけどね…あの時探偵局を私に任せる、って言ったときは格好良かったのに、結局は町をぶらぶらする元の野良猫に戻っただけだもんなぁ。ま、いいか。
今日は無事に寝坊や遅刻することなく、探偵局へ向かうことが出来た。町の人たちも、眠い目をこすりながら仕事や学校へ向かう様子があちこちで目に入る。みんな大変かもしれないけど、こういう人が頑張っているからこそ私たちの生活が成り立っているんだよね。
私の住むマンションから歩いて十分ほどの場所にあるのが、丸斗探偵局があるビル。一階は空で、探偵局は2階にある。昔、恵さんがデューク先輩と一緒に無から作り上げた……今考えるとなんだか信じられない。
ドアを開けた時の時間は8時半。出勤完了予定時間には充分余裕があるけど、今の探偵局は24時間ずっと安全を守ってくれる頼もしい仲間がいる。今日もドアの鍵を開けた私に、明るく優しく……よく響く低音が迎えてくれた。
『おはようございます、恵局長♪』
「おはよう、コウちゃん!」
私が局長になる時、昇進祝いという事でミコさんやメックさんたち機械のプロフェッショナルの皆さんがプレゼントを渡してくれた。普通の人が見たらただの電池で動く犬の玩具にしか見えないかもしれないんだけど、コウちゃんの中身はどんな情報も一瞬で処理しちゃうスーパーコンピュータが詰まっている。円周率を1秒で数億ケタも割り出せちゃうほどみたい。私たち探偵局の情報管理を一手に担う凄い人……いや、「人」なのかな?
よく映画とかだとそういうスーパーコンピュータが意志を持つと人間を裏切ったり反乱を起こしたりしてるんだけど、そういう場合ってコンピュータをただの「道具」ってしか見ていなくて、コンピュータが大変だな、とか休みたいな、って考えているのを見抜いていないから起きる場合が多いよね。確かにコウちゃんはプレゼントで貰った感じだけど、私や仲間のみんなにとっては大事な仲間。おしとやかで丁寧、仕事もしっかりとこなすもんね。それに、仮に「道具」扱いしても、道具はしっかり大事にしないといけないよね。
昨日ちょっとエアコンの調子が悪い部分があったみたいだけど、コウちゃんに聞いたらフィルターが汚れて詰まっているだけみたい。皆が来るまで時間もあるし、昔にデューク先輩から貰った本も気づいたら全部読んじゃったので、このままエアコンをちょっと掃除する事にした。さすがにそこまで任せるとコウちゃんも疲れるもんね。ついでに、大事な仲間も掃除しよっと。
「わ、結構埃が……」「ほんとだ、ずっと見てなかったからね……」「た、タオル濡らしてくる!」「ごめん、お願い!」
『だ、大丈夫でございますか、局長……?』
「「「「大丈夫だよ、コウちゃん…」」」」
それにしても埃が多いなぁ……。
ちょっと驚かせちゃったみたいだけど、最近私はこうやって分身してそのまま過ごす事が多い。局長になって最初は色々と緊張したり、恥ずかしながら泣いちゃったこともあるけど、今はだいぶ慣れてきて、こういう感じの余裕かな?そういうのも出てきた。そもそも、私は生まれたときからずっと「私」しかいない場所で過ごしてきた。何度思い返しても嫌な記憶だけど、そこで過ごしてきた間はとても心地よかったのは確か。いつかデューク先輩が言っていたけど、逃げようとしてもどうしても自分の過去にいつか戻されてしまう時があるのかもしれないなあ。でも、油断大敵に初心貫徹。忘れちゃいけないよね。
気づいたら私4人がかりでエアコンの掃除を終わらせていた。ついでにコウちゃんの毛の埃も掃除した私もいるから、今探偵局にいるのは、コウちゃんと私5人っていうのが正しいかも。
終わったら、予想よりも時間が過ぎちゃってる。もう少しのんびりしようと思ったけど、気持ちを切り替えないといけない。……まあ、今日は何も依頼の予約も無いから多分のんびりと時間が過ぎそうな予感はするけどね。
時間がもう少しで9時になりそうな時、ドアを大きく開いて、丸斗探偵局三人目の仲間が急いで入ってきた。
「きょ、局長すいません、寝坊したっす……」
外はまだ寒さが残る中だけど、かなり急いで走って来ていたみたいで息も絶え絶え。でも、その頑張りが実って無事に遅刻せずに済んだし、それに時間も真面目に守るっていうのは偉いと思う。
「「「おはよう、ちー君」」」「「丁度9時だね」」
「はぁ……何とか……間に合ったっすか……」
「彼」……いや、「彼女」かな?天城千尋君は、今の代の丸斗探偵局で一番の新入り探偵。ちょっと少年にも見える顔つきに、ほっそりした体がぴったり。私とは違って、恵さんのように結構ボーイッシュな格好をする事が多い。今日も青のジーンズに長袖のポロシャツというラフな格好でやって来た。いっつも私は千尋君の事を「ちー君」って呼んでる。やっぱり、恵さんが私の事をケイちゃんって呼ぶのを受け継いだ感じなのかな?
ともかく、これで一応今日の探偵局の業務はスタート。残りの二人は今日も遅刻か……はぁ。