18.ネコ屋敷を攻略せよ・4 ~三人目の探偵~
事の次第はこうだ。
あの時、ロボット猫の正体を突かれ、その発信源まで特定されてしまった恵たち。その彼らを、カラスたちが襲いかかって来た。「親分」の言うとおり、確かにカラスたちは上手く襲いかかり、彼らを一旦は退けた…ように見えた。だが、デュークが猫側を舐めてかかっていたように、親分側も完全に舐めていた。例え偽者と本物の区別が出来ても、本物が操られている場合それを見破る事は出来なかったようだ。カラスは見事デュークの時空改変…という名の洗脳に引っかかり、嘘の報告をした。そして安心しきったのが運の尽きだったのだ。位相を変える…つまり、次元的に透明になった4人が侵入したのを、全く見抜けなかったのだ。能力は凄いがいざ油断をするととことん駄目なのが親分の欠点のようだ。首元の異様な感覚は、仁の「ダチ」であるヒルが吸いついた証。催眠物質を満載したヒルたちが、家中を我が物顔で動き回っていた猫や犬、その他動物たちに食らいつき、そのまま夢の世界へいざなったのである。
そこからは、丸斗探偵局の腕の見せ所。デュークが創りだした牢屋や裁判所を基に、恵局長と共に「裁判」を展開、彼らがどんな悪い事をやったのかを改めて知らせ、彼らを反省させた。なお、他の子分たちも同じように「裁判」をさせられたらしく、元の屋敷に戻って来た親分の前で揃ってうなだれている表情を見せていた。
しかし、あの時非常に怖いように見えた二人の人間―デューク裁判長と恵検察官―の顔は、全く怒っていなかった。一瞬拍子抜けしながらも、唖然として見続ける「親分」。
「僕の方こそ、君に謝らないといけない」
デュークは猫に言った。口に出した言葉は、自然と親分の方にも聞こえているようだ。勿論、恵は時空改変だと見抜いているが。
「君と同じ過ちを、僕もするところだったからね。もしあのまま放置しておいたら、僕はそのまま君を…」
「デューク、その辺にしておきなさい」
「あ…すいません。…君と同じ、僕も猫たちを舐めてかかっていた。お互いさまさ」
突然謝られて、ポカンとする「親分」。抽象的であったデュークの言葉を、恵はより分かりやすく説明した。あの時、自分たちは本当に猫や犬たちを「有罪」と認定する所だった、と。しかし、それを止める言葉があった。親分が人間を愚かな生物だと見下していたように、自分たちも「親分」や仲間たちを単なる悪者だとばかり思っていたという。
「ごめんね…いや、謝らなきゃいけないのは…貴方達だけじゃないかもね」
そう言い、恵が見た先には、白衣に身を包んだ茶髪の男性と、直立歩行で服を着こなす熊に抱きかかえられた一人の女性の姿があった。
「メグちゃん、随分派手にやったみたいだなー、みんな威勢がぜんぜんねえぜ」
「ちょっとね…あ、本当にすいませんでした…」
「いいえ、だいじょうぶです。わたしは…」
そう、あの女性である。デュークや恵が「裁判」にいそしんでいる間、残りの二人は女性から詳しい話を聞いていた。念のために、分身体であるもう一人の恵と連絡係としてもう一人のデュークも連れて。
そもそもこの家を見つけてくれたのが「親分」であった事を知った時、さすがの医者たちも少し驚いた表情を見せた。昔いた家で苛められ続け、必死の思いで脱走した彼女。しかし、行くあては当然なく、路頭を彷徨っていたと言う。そんな中、出会ったのは猫たちであった。以前恵たちが調べた段階では人が住んでいたという話もあったが、実際の所ずっと空き家だったようで、あくまでネコ屋敷には書類上しか住人はいなかったという。そんな中で、猫たちに連れられてその家に住み始めた女性。だが、その住み心地の良さから、次第に猫たち、またその猫のボスである「親分」の態度は横暴になって来たというのだ。
やはり、裁判の結果は「有罪」にすべき。そう他の自分たちに連絡しようとした恵とデュークだったのだが…
「でも、うれしいです」
猫や犬たちは確かに怖いし、我がままな所もある。でも、昔のように自分の存在そのものを傷つけるような事は決してせず、彼女の存在を認めたうえで接してくれていた。だから、この家はずっと「ネコ屋敷」でいられたのだ。彼女の話す内容を聞いて、探偵の二人と医者の二人は全てを理解した。あの猫たちは悪者では無い、道を踏み外しかけた存在だ。
「ねこちゃんにわんちゃん、よかったね」
笑顔で彼らを迎える女性。しかし、どこか皆困っているような表情だった。それもそうだろう、今まで虐げてきた事に対する苦悩があるからだ。特に、どこか「親分」は何かを伝えようとするも伝えられない様子だった。必死で鳴き声を上げる様子を見て、デュークは何かに気付いた。
「あの…龍之介さん、ちょっと頭を貸していただいても…」
「え、え?どういう事だべ?…べつにいいけどさ…」
龍之介の顔が近づいたところで、デュークはその額に指を当てた。何かが移動したような感触を龍之介が受けた直後、デュークの空いた方の腕に赤い首輪が現れた。そのサイズは小さく、犬には合わない長さだ。これを見て、仁はデュークが何をしたいのか察知した。
そして、その首輪を「親分」に取り付けると…
「…ニャ…ニャだ…聞こえニャいか…ってあれ?」
「え、しゃべった…!」
「なるほど…翻訳機か、デューク」
「はい、龍之介さんの動物の知識を少々拝借いたしました」
相変わらず何でもありなデュークの力は、猫の言葉を人間の言葉に翻訳してしまう首輪まで創りだしてしまったのだ。さすがの恵も久しぶりに驚いた。やりたい放題とはこのことである。一方、ついに女性と言葉が通じるようになった親分だが、余りにも突然の事で何を言い出そうか戸惑っている様子であった。それに、今目の前にいる女性に、何も恩返しが出来ていない。そんな自分が、話せるわけがない…。そう思った時、彼の体は宙に浮かび、女性の体に抑えられた。乱暴な形ではなく、純粋な愛情をあらわすものとして。
「ありがとう、ねこちゃん。ずっといてくれて」
その言葉に、泣きながら謝罪を繰り返す「親分」と、周りの動物たち。しかし、女性は全てを許していた。彼らがいてくれる事こそ、立派な恩返しだったのだ。
今回の依頼は、完全なる誤算。さすがの恵も、今回ばかりは何も請求する気になれなかった。むしろ、たっぷり報酬を貰った形だ。新たな信頼関係の設立の瞬間と言う貴重な目撃例という。
「そういえばメグちゃん…ずっと聞いてなかったんだけどよ、あの女性の名前、なんだっけ?」
「あらら…そういえば名乗ってなかったわねあの人…『美紀』さん、だって」
なるほど、と仁は思った。このような動物たちをまとめる、確かに巨木の「幹」だ、と。
時空改変で警察などの捜査は無かった事になり、動物たちももう近くの住人の迷惑になるような事はしない、と誓った。これで今回の件は落着…かに思えた。
仁や龍之介は先に病院に帰還し、動物たちが美紀さんの許可の上で改めてくつろぎ始めている中で、恵はある事に気がついた。「親分」がいなくなっていたのだ。デュークを引き連れ、外へ出た彼女はすぐに「彼」を見つける事が出来た。赤い首輪は、黒い体に非常に目立つのである。
どこへ行くのか、という問いに親分は人間の言葉で答えた。この街を去る、と。例えデュークらの陰謀とはいえ、彼らを危ない目にあわせてしまったのは自分。動物たちにも既に今までの集団は解散している事を告げているという。親分失格だ、そう言い残し、去ろうとした一匹の猫に、恵は言った。
「…ねえ、私たちと一緒にいる気はない?」
「「…え!?」」
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「ブランチ…ですかニャ…」
「そ、今日から貴方はブランチよ」
あの時、デュークの戦法を完全に見切ったのを見て、恵はある事を考えていた。確かに敵に回すと恐ろしい、だがもし味方に回ったら…?
最初に考えた時はまだ彼がどのような事を考えているかまで回らず、あくまで卓上論に過ぎなかった。しかし、彼らの行いを知るにつれ、それは次第に現実めいたものへと変わり始めていたのである。デューク本人も最初は驚いていたが、局長の考えと同じようなものを持っていた事を、彼も否定しなかった。それに、彼自身にも少々思いがあった。未来の超科学を打ち破った、野生の力というものに。
親分の名前を捨てた彼には、恵から新しい名前が授けられた。
「ブランチって、確か枝っていう意味ですよね」
「え…えだ?それが、人間だとブランチって…」
「別の動物の言葉みたいなものよ」
美紀さんの元で暮らしていた猫という事で恵が真っ先に思いついた名前。それに、デュークがいくつかの意味を付け足してくれた。
あの日、確かに彼は「親分」ではなくなった。しかし、それはすなわち信頼をも消し去ってしまった事では無い。彼に従い、尊敬していた動物たちとの関係は今後とも続くであろう事を、その後ネコ屋敷を訪れた二人は知った。この巨大な人(動物)脈を持つ彼は、まるで一つの巨大な枝のようだ。様々な小枝を束ねる、小さくとも頑丈な一本の枝。そしてもう一つ、ミュータント故に持つその卓越した頭脳からも。脳細胞が網の目のように発達した彼にこそ、この名前がふさわしいだろう。新しい仲間が増える事は、なんだかんだでデュークも嬉しかったようだ。
「よくわからニャいけど…なんかかっこいいですニャ!」
彼の眼を覚ましてくれた二人の「恩人」、恵とデュークには、親分…いや、「ブランチ」は敬語で話す癖がついてしまったようだ。
「それじゃ、今日から三人体制、よろしくお願いね」
「了解です、恵局長」
「同じくですニャ!」
丸斗探偵局に、新しいメンバーが加わった。
真実を見極める鼻と、大規模な動物脈、そして卓越した頭脳を持つ、天才猫である。




