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176.最終章 2つの決戦

 今、二人のデュークは灰色に包まれた部屋の中にいる。無機質な空間の周りには、本や玩具が無造作に散らばっている。本の中身は図書館の子供コーナーに置いてありそうな絵本、玩具も幼稚園や保育園の玩具箱に放り込まれていそうなものばかり、長身の大人である二人には不似合いな場所だ。しかし、双方の記憶には、このような空間で自分が生まれ育ってきたという過去が確かに刻まれている。様々な要因を与えられ、そのときに起こす時空改変の様子をつぶさに観察される、実験室の内部だ。

 ある意味最高のステージだ、それがデューク・マルトが自分のコピーに送った言葉であり、彼なりの宣戦布告の合図であった。自分の思い出の場所が、二人の命運を分けるステージになるとは、なんと皮肉めいたものだろうか。


 そして、両者の戦いは始まった。


 互いの手に握られているのは、紙でできた七色の風船。萎んでいたはずなのに、彼らの掌に乗った途端に膨れ、綺麗な色合いを見せている。そして、しばしの沈黙で集中した後、二人はまるで野球選手の剛速球のように相手目掛けて投げつけた。全く同時に起こった動きのせいで、二つの紙風船は全く同じ軌道を描き、衝突した。その瞬間、紙風船の内部に挿入されていた莫大なエネルギーが一気に放出され、凄まじい大爆発が起こった。大音響の音に一方が怯んだ隙を見て、もう一方のデュークが攻めの体制に入った。

 紙風船に続いて、彼の掌にはけん玉が現れていた。しかし、これもまた遊ぶためではない。紐の先端部につけてある玉の目標は、もう一人の自分。一気に投げつけ、相手の動きを封じようとしているのだ。だが、相手もまたその動きを瞬時に読み取っていた。黒の燕尾服に狙いを定めて飛んできた赤い玉を紐ごと握り締め、逆にその紐を大容量の電流が流れるコードに変え、敵に向かって何万ボルトもの電撃を送り返したのだ。

 しかし、それでも相手側がダメージを受ける事はなかった。手に持っていたはずのけん玉は、いつの間にか掌サイズの扇風機へと姿を変えていた。大量のエネルギーを受け取った羽は勢いよく回転を始め、やがてこの狭い部屋を台風や竜巻を思い起こさせる暴風で埋め尽くしていった。だが、風速が最高潮へ行こうとした時、突然風の勢いは弱まり、あっという間に消えてしまった。睨みつけるデュークの先には、もう一人のデュークの手に握られている太い紐がついた厚い生地の袋があった。デュークが経験する事がなかった小学校や中学校という場所では、こういった袋の中に体操服や下履きなどを入れる場合が多いのだが、今回は「風」そのものを内部に収納してしまったようである。そして、握っていた紐を話した瞬間、袋は一瞬にして消え去った。その代わり、彼の手に現れたのは折り紙で出来た手裏剣。指の間に挟まれていた4つの武器を、デュークはもう一人の自分に向けて放った。脆い紙で出来ていたはずの手裏剣は、彼の力によって鋭利な刃物へと姿を変え、避けそこなった相手側のデュークの髪の毛を数本切り裂いた。

 そして、再び相手の出方を見るための沈黙の時間が流れる。

 

 ずっとオリジナルのデューク・マルトが離れている間に、コピーのデューク・マルトもまたそれなりに実力を上げていたようだ。「時空改変」能力の本来の力は無限大だが、それを操る側がそれを認識し応用しなければ、延々と続く荒野は開拓できない。双方ともそれぞれのやり方で、自らの力を高め続けてきたようである。ただ、それに対する反応は二人のデュークで異なっていた。心なしか悲しそうな顔のデューク・マルトの一方、コピーの方は次第に顔に笑顔が多くなり始めた。倒す倒さないよりも、こうやってオリジナルと一対一で過ごせる時間を楽しんでいるかのように……。


=====================================


 そして、もう一方の戦いも白熱した展開を見せていた。

「「ジャンケンポン!」」「あっちむいてホイ!」「「ジャンケンポン!」」「あっちむいてホイ!」……


……ただし、こちらはまだ武力衝突には至っていないようだが。


 二人の恵の側には、ダルマ落としやトランプが散らばっていた。先程まで彼女たちが自分たちの優位を示さんと行い、徒労に終わった勝負の後の数々である。

 どちらがゲームで勝負しようという流れを持ち込んだかは、正直なところ二人はよく分からなかった。互いに頭の中身を読み取ったかのように、双方とも玩具箱に手を突っ込んだからである。こんなに様々なゲーム用品が眠っているのだから、活かさない手は無いだろう、というのが二人の考えだったのだ。そしてそれは、別の「部屋」で戦いを繰り広げ続けているデュークと同じ考えでもあったのである。彼女たちは知らなかったのだが……。


 ダルマ落としは三回戦勝負にするつもりが互いにゴネ続けて決着がつかず、トランプはババ抜きが何十分やっても双方ともジョーカーを抜かず、海賊が樽から脱出するゲームもいつまでたっても海賊自体が出てこないという事態に陥った。何をやっても勝敗がつかないまま、今度はあっち向いてホイ対決へと持ち込まれたのである。傍目から見ればしょうもない戦いばかりかもしれないが、彼女たちは真剣そのものだった。探偵局の未来と犯罪組織の未来をかけたボス同士の勝負なのだ。


「……駄目ね、50回やっても決着がつかない……」

「やっぱり真剣味が足りないのよ、何かいいものないかしら……」


 そう言うと、二人は玩具箱を漁り始めた。もう何度繰り返した事だろうか、一体何度これをすれば勝負がつくのだろうか。双方とも、少しづつ余裕や落ち着きが無くなり始めていた。そして、それぞれの恵の手に、ピコピコハンマーと玩具のヘルメットの感触が止まった。今度こそ、これを使って決着をつける。いや、つけなければならない。


 そして、静寂の時間が数秒間流れた後。


「たたいて!」「かぶって!」「「ジャンケンポン!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!」」


 そして、五度目のじゃんけんでついに勝敗が決まった。勝ったのは犯罪組織側のメグミ、すぐに側に置いてあったピコピコハンマーを取り、慌ててヘルメットで防御しようとした恵局長の頭を、思いっきり叩いた。

 これで全ての決着がついた、自分の勝ちだ。心地よいハンマーの音が、彼女の自身の表れのように部屋の中に響き渡った……が、明らかに相手の様子がおかしい事に、メグミは一瞬だけ動揺した。再びの沈黙の後、立ち上がった彼女はメグミの服の襟首を掴んでいた。その顔は、怒りと涙目に包まれている。例えピコピコハンマーでも、当たり所が悪かったり本気で叩くとそれなりに痛いものである。特に今回は、ずっと痛みを伴わないある意味平和的な戦いを双方とも狙い続けてきただけに、恵の怒りは相当のものだった。


「わざとやったんでしょ!凄い痛かったんだけど!」

「でも勝者は私でしょ!認めなさいよ!」

「うるさいわね!人に涙流させて何が勝負ありよ!絶対認めないんだから!」

「認めなさい!」

「やだ!」

「わがまま!」

「乱暴者!」

「コピーの癖に生意気よ!」

「あんたがそのオリジナルじゃないのよ!」


 売り言葉に買い言葉。争いの火種は些細なことから発生する。最初はごく小さな言い争いから始まり、やがてそれは大きくなり……。


「「……!!」」


 互いの頬を伝って響いた痛みが、二人のメグミを戦いの渦に巻き込んだ。 


=====================================


……やれやれ。


 取っ組み合いの喧嘩を始めた二人には、彼女たちの部下が今どういう状況なのか知る手段は無い。その一方で、デュークは自らの時空改変の能力を通じて、「隣」の部屋で何が起きているかを瞬時に読み取る事ができる。結局彼女たちも、自分たちと同様の肉弾戦に持ち込まれるという結果になったようだ。

 二人のデュークの戦いもまた、「玩具」を使ったものから自分たちの力を用いたものへと変貌していた。パンチやキックなどの力技、時空改変による強風や水流まで、使えるものは何でも使う。つい先程までは、この部屋は巨大な中華鍋の中で数百度の熱気に包まれていたのである。双方の額や白シャツに薄らと見える汗がそれを物語っていた。しかし、それでも尚決着はつかないままである。


「……恵局長、楽しそうだったな」


 ふと、コピーのデュークが呟いた。戦いの手を止めた彼に、デュークも反応した。


「オリジナルの方の恵局長は、ずっとああいう事を経験した事が無かったんだろ?」

「……否定はしないよ。それが『恵局長』だから」

「……そうだよね、やっぱり彼女も、メグミ・マルトだ」


 その言葉と共に、二人のデューク・マルトは次第に互いに関する心が変わり始めていた事を感じていた。

 メグミ同士の戦いは、確かに熾烈だ。女性同士の戦いというのは恐ろしいもの、彼の脳裏には互いに引っかき合ったり、相手の隙を突いて攻撃し合っている様子が映し出されている。先程も一方のメグミが相手に……


『あ、UFO』

『え?』


 ……と言った直後にキックを食らわせている。自分たちとは別のベクトルで容赦ない事態になっているようだ。

 しかし、そこに優劣の関係は全く無い。一方はオリジナル、もう一方はコピーなのは間違いないが、それは二人にとっては単なる区別に過ぎず、双方とも全く同等の存在として戦いに挑んでいる。そして、それはデューク・マルトとしても同じであった。一方は過去の自分の姿そのままのコピーを憎み続けたオリジナル、もう一方は自分たちを捨てて逃亡したオリジナルを渇望し続けたコピー。だが、互いに本音をぶつけるかのような時間が経過する中で、そういったわだかまりよりも、自分が絶対に勝つ、という純粋な目標のみが彼らの心を支配し始めていたのである。気づけば、目の前にいる存在はオリジナルでもコピーでもなく、もう一人の自分自身へと変貌していた。

 全く違う二つの道を辿ったデューク・マルトとメグミ・マルトは、合流した後の道の奪い合いを続けていた。延々と続く戦いに、どう決着をつければ良いか一切分からぬままの、泥沼の様相を見せながら……



 ……そう、切り札は誰の手に握られているか分からない。

 最後の決着をつけたのは、デュークでも恵でも無かったのだ。

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