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172.最終章 (恵&デューク)×2

 丸斗恵とデューク・マルトの関係は二通りある。恵が局長でデュークが助手という上下関係と、デュークが恵を創造したという一種の「親子」にも似たものである。双方とも優先されるのは前者の関係であり、後者については最近明かされたばかりと言う事で双方ともあまり意識はしていない。ただ、傍目から見ると、一種の「親子」のように見えてしまう場合もあるかもしれない。例えば……


「局長が動かないからじゃないですか!」

「うるさいわね、デュークがこんなでっかいもの作るから悪いのよ!」


……『犯罪組織』の本拠地に広がる、どこまでも長い道。窓から見える景色も無く、近未来的な薄い青色交じりの白い廊下で、恵はデュークに駄々をこねていた。まるでデパートでふてくされる子供のように地べたに座り込み、助手が行動を起こさないとテコでも動かないという態度を見せている。当然ながら、デュークも引き下がるわけには行かない。確かにここは元々デュークが作り出した巨大な根城なのは間違いないが、現在の所有者は別の「デューク・マルト」。いくら自分の方が能力的に上だとしても、手の内が分からない相手とならば油断は出来ない。


「そ、それは知ってるわよ……。でも、出口を作りたいって思えば出来るじゃないの?」

「当然それは出来ますが……」


 デューク・マルトは何でも出来る。自分の思いのまま、あらゆるものを自在に操る事が可能だ。しかし、それは言い換えると自分の心がそのまま現れてしまう可能性もあるということ。謙虚さや誠実さを持ち合わせる事でより能力に磨きをかけ続ける彼だが、一度迷いが生じてしまうと、毎回回りの人たちのペースに飲み込まれてしまう。特に、目の前にいる恵局長の場合その傾向は顕著だ。

 そして、しばしの沈黙の後、彼は局長に自分の本心、そして自らが予想している事実を真剣な顔で告げた。


「え、ちょっとそれって……」

「もしここから局長がこれ以上歩き出す意志が無ければ、選択肢は一つしか残されていません」


 デュークとしては、このような場所から速く脱出したいという心のほうが大きい。しかし、どうしても『局長の意思に従う』という心がソレを邪魔してしまい、自らの力を最大限に発揮する事ができない……と言うより、発揮は出来るのだがそれを実行できないという状態になっている。そこで、自らの考えを彼女に示す事で、100%の確率で『安全に』脱出し、仲間たちとの合流を可能にする道を選ばせようとしたのである。どこまでも諦めず、卑怯な手を使わずに歩き続ける。それが、彼の望む時空改変の方法であった。

 ……だが、彼女がその方法を選ぶ事は無かった。


「ど、どうして……」

「デューク、私言ったでしょ。投げ出すのは許さないって」


 困り顔の助手に、真剣な顔の局長。能力の強弱だけでは決して作り出すことの出来ない光景である。

 確かに、デュークの言うとおり歩き続けた方が安全だし、確実に皆に出会える。しかし、どうしても恵はそれには納得がいなかった。今の彼は「逃げる」事しか考えていない。先ほど自分の膝の前で大粒の涙を流し、謝罪したはずなのにである。それに、彼女はデュークの言葉を聞きながら別の感情が沸き立ち始めていた。恵を動かすのは「喜怒哀楽」といった感情、今回は特に「怒」の感情がより前面に押し出されていたのだ。このような事態を引き起こした根元はデュークにあるのは間違いないが、だからと言ってこれ以上彼にあらゆるものを責任転嫁させてしまえば、問題は何も解決しない。探偵局や自分たちの仲を一時引き裂こうとした、もう一人の「自分たち」へ殴り込みをかける。


「…さっきまでの事、完全に棚に上げましたね局長」

「うるさいわね、事態が事態よ」


 恐らくこれが最後のチャンスだ。恵はそう考えていた。

 まだもう一人の自分たちに対し、彼女ははっきりとしたメッセージを伝え切れていない。デュークの言うとおり、彼らはこれからデュークが作り出す「近道」に割り込み、自分たちを妨害してくるだろう。しかし、それこそ絶好の機会だ。


「……分かりました、局長」


 根負けした、という苦笑を見せながらも、丸斗探偵局の助手は局長の心を受け取った。こうやって彼女の考えに推され、納得せざるを得ない事はもう何度も経験している。そして、少しだけ嬉しい気分になる。恵たちのように「自分より上の存在」が居る事が、デューク・マルトをより強くしてくれるのだから。

 そして、デュークは近くの壁に手を当てた。恵は過去に何度か彼がこうやって様々な抜け穴を作っているのを目にしている。まるでブラックホールのように広がり始めたトンネルの入り口は次第に広がり、背の高いデュークが通り抜けられるほどの大きさになる、普段通りだ。さて、この抜け穴の先には何が待っているのか。虎が出るか、蛇が出るか……。


====================================-


 結論は、どうやら「白熊」だったようだ。


 外に連なる未来風のビルが立ち並ぶはずの抜け穴の外に広がっていたのは、デュークが封じ込まれていた場所とも、先ほどの廊下ともまた違った空間であった。恵はこの景色にどこか見覚えがあった。どこまでも広がる真っ白な空と真っ白な大地、シロクマの毛並みを思わせる純白が、無限に広がっている。当然ながら、「外」に出る事ができたという事では絶対にないのは明らかであった。

 無表情で目の前の空間を見つめるデュークの一方、恵はこの既視感の正体を探り当てようとしていた。ミコならすぐに予知能力を駆使して分かるかもしれないが、そんな力も無い彼女はそうは行かない。『局長』ではなく、『捜査官』の恵の記憶に似たような光景が刻み込まれているようだが、どうしてもその先が思い出せない。一瞬、デュークがそんな彼女の表情に気づいて心配そうに目線を寄せた、まさにその時であった。


 ……先ほども言ったとおり、この空間には消えかけの抜け穴や恵、デューク以外は何も存在しない。建物は勿論、空も海も無い。そして、『鏡』なんて置いているはずが無いのである。そして、双方とも自らの数を増やした覚えは無い。にも関わらず、恵とデュークの目の前にいたのは、「恵」と「デューク」であった。

 しかし、双方ともよく見れば鏡像ではない事が分かるかもしれない。二人のデュークのほうは、どちらとも服装も髪型も、世界が嫉妬しそうなほどの長髪も、ありとあらゆる部分まで同一である。だが、どちらとも別の存在である事は傍らに従える…いや、彼らが傍らに従っている「メグミ」で分かるかもしれない。一方はパーカーとジーンズを着こなすボーイッシュかつカジュアルな服装、もう一方はデュークと良く似た色の黒いベストやすらりとしたスーツ状のズボンを身にまとう、同じくボーイッシュながらフォーマルな衣装。まるで、「偽者」に「本物」の偉さを見せ付けるような格好であった。

 あの時も……デュークが連れ去られた時も彼女はその服装だったのを、恵ははっきりと覚えている。


「久しぶりね、オリジナルの私」


 最初に声を出したのは、探偵局側の恵であった。


「こちらこそ、久しぶりね。私のコピー」


 彼女と良く似た……いや、彼女と同じ口調やトーンで、相手も返してきた。

 いちいち細かい事を口にする必要は無い。互いに双方が何者か、何をしに現れたのかは把握している。デュークがあらかじめ心配し、恵がそれを受けて覚悟をしておいたのはどうやら正解だったようである。

 

「念のために聞くけど、戻る気は無いんだね、オリジナル?」

「デューク、帰ってこないの?」


かつての「仲間」であった二人に対し、デュークは今の「仲間」を横に据えながらはっきりとした口調で彼らの申し出を断った。デューク・マルトは丸斗探偵局の助手であり、それ以上でもそれ以下でもないと。そして、それは当然ながら彼の上司である恵も同様であった。相手は確かに自分のオリジナル…自分を産み出した際に、デュークが基にした人物だ。しかし、それはこの勝負においては何の意味も持たない事。


「私たちは今に生きるつもり。過去には絶対戻らせない」


 だいたい、無限に生産できる規模でデュークを抱えているのに、今更本物を狙おうなど贅沢すぎる。つい恵はそんな文句を言おうとしたのだが、さすがにここで言うと痴話喧嘩になってデュークから変なツッコミが入るのは間違いないので敢えて言わない事にした。恐らく相手も、似たような事を考えているのかもしれない。しばらくの間双方にこの空間に似た沈黙が流れ始めていたからだ。

 だが、それを破ったのはデュークでも恵でも、メグミでもデュークでも無かった。まるで何か大きな「石」が次々に地面に落ちるような音や、何か硬いものがひび割れるような響きが、この空間の外側から一斉に聞こえ始めているようだった。一体何が起きたのか、本物のデュークが動く直前に、コピーデュークとオリジナルのメグミのほうが一歩早く手を空に上げた。それと同時に、純白だった「空」が、探偵局の目的地である外の光景へと変わっていった。

 驚きの声を上げたのは恵局長であった。彼女がずっとこの異次元で見続けた空は、何十億ものデュークで包み込まれ、青いキャンパスは一面漆黒で覆われていた。しかし、今彼女の頭上に広がるのは、不気味なほど澄んだ青空とその下でそびえ立つ無数のビルであった。そして、四人二組の横一面に映し出された異次元の地表には、まるで白黒テレビを思い起こさせるような色の「岩」が無数に積み重なっていた。勿論ただの岩ではない、何十億の「岩」は全て人間の形……それも皆一様に、デュークと同じ姿をとっていたのである。

 何故こうなったのか、顔を合わせた探偵局の二人は同時に気づいた。


「デューク…これって!」

「ミコさん!!」


 ついに、探偵局側は一つの目標を達成した。ミコの決死の努力が、彼女を守ろうと動き出した仲間たちが、そして目の前に現れる無数の悪を打ち倒し続けた皆の努力が、ついに報われたのである。


自信満々の笑顔で目の前の二人を追い詰めようとした恵だが、彼女に戻ってきたのは、同じような笑顔でこちらを見る、オリジナルのメグミとコピーのデュークであった。一切予想していなかった反応に驚く彼女ではなく、その横で同じような驚きを見せているオリジナルのデュークに向けて、コピーは言った。


「オリジナル、覚えてる?

 もう何もかも、君の『思い通り』にはならないんだよ」

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