171.最終章 それぞれの切り札
無数に湧き出る偽者のデュークと、無限の戦力を持つ丸斗探偵局と仲間たち。ムシャクシャと腹が立つ、絶対に先輩を助ける、勝ったらカツオのたたきを食いまくる、などなど様々な思惑が入り混じる戦いも、いよいよ大詰めの様子を見せていた。何故なら、ニセデュークの弱点を暴くべくパソコンを前に決死の戦いを続けるミコの作業が、とうとう最終局面に入り始めたからである。様々な偽のプログラムに惑わされ、時には振り出しに戻る状態にまでなりながらも、彼女のパソコンの知識と先天的な予知能力…これまでずっと彼女を支え続けてきた要素が、彼女をここまで導いたのである。だからと言って、ここで油断しているとそれこそ足元を掬われかねない。そしてそれは、他の皆も同様だ。
「どうだ、そっちは!」
「外の皆も善戦してるよー」「私モ大丈夫デース!」
人であろうと動物であろうと、一念奮起すれば普段からは思いもよらない力が出るというもの。タヌキの親分が化けた巨大な飛行船から、空から襲い掛かろうとする無数のニセデュークをドングリのミサイルでぶっ飛ばす、という少々危なっかしい作業を任されたサイカだが、汗だくになりながらも気づけばかなりの精度でミコたちの作業を守れるようになっていた。
そういえば、彼の父親もこういった『仕事』に就いていた事を、郷ノ川医師は思い出していた。経験は遺伝しない、遺伝するのはミコのような無茶苦茶な能力だけ、というのは科学界の常識。しかし、両親と触れ合う中で、自然とそういった経験や価値観は、「言葉」や「仕草」と言ったものから子供に受け継がれていくもの。意識せずとも、蛙の子は蛙になっていくものかもしれない。腰が引き気味ながらも、巨大なミサイル砲を自在かつ豪快に操り始めている細身の彼女を見て、彼はそう思った。そして、白衣のポケットの中に入れてきたカプセルの感触を改めて確かめた。
異次元にある『犯罪組織』の敵が、デュークだけではない。その事を、郷ノ川医師はある程度気にしていた。確かにデュークの力はもの凄く、最も警戒すべき敵であることは間違いない。だが、そればかりに注意して、もう一人の「敵」の事を忘れてはいないだろうか……。仲間だけではなく、自分もつい忘れそうになった彼は、念には念を入れ、以前より研究を進めていた「ワクチン」の原液をこちらに持ってきたのだ。あの冬の夜に、本物のデュークから託されたデータを参考に、今後に活かすため、また自分の探究心を満たすために。
何重にも封を重ね、自分以外は誰も空けられないようにしてきたのだが、どうやらこの「お守り」は使わずとも相当の効力を発揮しているようだった。今、外では栄司や蛍、狐夫婦に化け狢、そしてブランチやお化けたちまで大暴れを繰り広げている。さすがにその場に自分まで降り立ってしまえば、場が乱れてしまう可能性が高い。それに、自分は『医者』、これ以上の介入は……
『ぐわあああっ!!』
船内が突然傾いたのと同時に、狸の親分の野太い悲鳴が聞こえた。衝撃が走ったのは船内と外を繋ぐゲート付近、一体何が起きたのかは、予知能力を持たずとも誰もが知っていた。下手な鉄砲も数打てば当たる、無数に沸き続けるデュークの一人くらいは……
「はぁ…はぁ…」
凄まじい爆撃を受け続けた燕尾服は、既にあちこちに穴が開いている。髪もところどころ縮れ、息も絶え絶えの「デューク」がそこにいた。しかし、相手を睨みつけるような目つきと、邪悪な笑みは間違いなくそれが偽者……デューク・マルトから生み出された無数の分け枝の一人である事を示していた。
緊急事態に震え上がるサイカを守らんと親分の奥さんが、奮闘する動物たちを守らんと郷ノ川医師がそれぞれの通路の前に立ちはだかった。ここに潜入した彼の目的は分かっている。自らの命の危機が訪れながらも、見え続ける希望を目指し、必死の努力を続けるミコの作業を、永久にストップさせるためだ。だが、もしこの場でデュークが何かしらの動きを見せれば、恐らく対抗手段は相当限られてしまうだろう。
そして、一瞬の沈黙の後……
……動き出したデュークは、その場に倒れた。
「良かった……間に合いましたか」
クリス捜査官はいつも良いところに現れる。全く前触れもなしに、状況を動かす様々な要素を持って、丸斗探偵局や仲間たちの前に姿を見せるのだ。この不思議な法則は、今回も見事に働いた。
緊張と腰の力が一緒に解けてしまったサイカは、へたり込みながらも彼女にお礼を言った。そして、同時に捜査官の持つ「銃」のような、「パチンコ」のような、はたまた「スタンガン」のようなものが何なのか気になった。
「これですか?
私たちの時代に使われている、医療用のレーザーガンです」
随分大掛かりで物騒な代物だが、捜査官もまた念のためにこれを持ってきたらしい。無駄かもしれないと考えていたものの、まさかこういう形で使用できるとは彼女も思っていなかったようだ。
うつぶせになって倒れこんでいる偽者のデュークをよく見ると、頭部に電流のようなものがかすかに流れているのが分かった。一体これは何なのか、その質問には彼女の代わりに郷ノ川医師が応えてくれた。何度もデュークなどの治療に携わっている彼だからこそ分かる。クリス捜査官の百発百中の腕前は、時空改変プログラムが最も集中する場所を一瞬で貫いたのだ。
「す、凄い…どうしてそんなのが分かったんだい?」
「あちらで行われている、解析結果のお陰ですよ」
ここからだと見えにくいが、ボロロッカ号のほうに目を向けた狸の親分の奥さんに、コンピュータのプロフェッショナルがVサインを送っていた。
そして、同時に全員に聞こえるように彼女は大声で伝えた。
後数行で、全てのプログラムが解析できる事。そしてその中に、ニセデュークを倒す最大の切り札が眠っている事を。
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仲間たちがここまで頑張るのは、脅威となるニセデュークや「犯罪組織」を撲滅させるだけではない。彼らの絆を繋いでくれた存在、デューク・マルトを救い出すためでもある。そして今、彼を直接救いに丸斗恵が犯罪組織の内部に潜り込んでいる。彼女もまた、ミコと同様に必死になって自分の任務を遂行しようと……
「デューク…もう疲れた!」
……しているはずなのだが。
「局長、頑張ってください……出口はもう少しかもしれないんですよ」
「かもしれないって何よもう!私疲れたんだけど!」
確かに、恵やデュークは元の二人に戻った。しかし、いつも通りの流れに戻ったという事はすなわち、恵局長が普段通り、我がままな怠け者という本性を平気で晒す事が可能になってしまったという事。そして、その矛先は決まって何でも出来る万能の助手に向けられる。どこまで走っても出口が見えない中で、局長はとうとう不満を言い始めてしまったのである。壁に寄り掛かってデュークに文句タラタラの彼女に、当然返って来たのはその姿勢を批判する言葉。しかし、それでも一度言い始めた局長は滅多にその意志を変える事は無い。
「みんな外で頑張ってるのに、肝心の局長がそれでいいんですか!」
「私は局長だからいいのよ!リーダーはだらけててもいいの!」
「なんですかその屁理屈……早く進まないと出口がもっと遠くなりますよ、もう……」
……果たして、どうなることやら。
……そして、彼らは気づいていない。
郷ノ川医師やクリス捜査官と同様、『犯罪組織』にも切り札が眠っている事に。