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170.最終章 出口への光明

「……よっしゃぁ!」

「ど、どうしたんですか!?」


 飛行船の中で、突然ミコが歓喜の声を挙げたのを聞いて、クリス捜査官は彼女の方に急いで駆け付けた。現在、彼女はニセデューク、そして『犯罪組織』壊滅の最大のカギの一つである、時空改変の秘密を握るブラックボックスの解析作業に励んでいる所である。しかし、ミコの愛車ボロロッカ号に乗り込んだクリス捜査官の予想は外れていた。先程よりもさらにやる気を出している様子で、額に汗を流しながらキーボードやマウスを素早く操作しているミコの姿が、そこにあったのだ。心なしか、頬に流れる汗の方が量が多い気もする。


「お、おい……出来たんじゃないのか?」


 郷ノ川医師も大声を聞いて、少々狭い車の中に入ってきた。二人に気付いたミコは、慌ててその言葉を否定した。


「そ、そうですか……解析の方では……」

「なーんだ、外の動物たちもびっくりしちゃってたぜ……」

「すまん二人とも、うち紛らわしい事言ってしまったけえ……」


 では何が起きたのか。ミコ本人もよく分からないと言った。ただ、彼女の予知能力が、何かしらの吉報が近いうちに起きる事を予測していたのである。彼らが知る限り、現在動いている情勢は三つ。このミコの解析と、外で続く大激闘、そしてもう一つ。外の激闘を食い止める鍵は今の所ミコの解析結果しかないという所を見る限り、恐らく……


「多分そうじゃろうの。うちもまだはっきりしたのは見えとらんが」


 他の事かもしれない、とは言いつつ、間違いなく風はこちらに傾いた、とミコは自信たっぷりに言った。

 勝利の女神の言う事は、恐らく絶対だろう。彼女が明るい未来を予知し、そこへ向けて必死の努力を続ければ、どんな辛い状況でも絶対に光は差し込むのだ。再びパソコンの画面相手に格闘を始めたミコの指は、先程よりもさらに速く、文字入力を始めていた。


=====================================


 ミコや仲間たちの元には、まだ潜入後の恵の動向は入っていない。『犯罪組織』の根城の内部は時空改変によって生じた特殊なバリヤーに覆われているようで、ヴィオたちも状況が掴めない様子である。過去に彼らもずっと住んでいたはずの場所だが、内部の構造はいわば可能性で出来た世界。道を見抜く予知能力や無限に道を発見できる増殖能力でもない限り、目の前の道は自由自在に変わってしまい、とてもではないが進む事は出来ない……らしい。しかし、可能性で自由に道が選べるという事は、一つの信念さえあれば逆に自分たちの思い通りに道が造れる、という事。


「ま、また分かれ道…!」

「局長、こっちです!」


 コピーデュークたちによってかなり制限が掛けられてはいるものの、恵はその迷宮を脱出せんと、巨大な本拠地のビルの中を駆け続けていた。行きは大量に増殖して目的地を創作する必要があったものの、帰りについてはその心配は無用となった。何故なら、彼女の傍らには、最強の水先案内人がついているからだ。

 心の中にストレスを溜めこんだ時は、それを思いっきり吐き出せば心も非常に楽になるものだ。かつて自分が創造した存在に対して、大粒の涙や大声と共に謝罪したデューク・マルトも、それは例外ではない。思う存分泣きに泣いた後の彼の顔には、一切の涙は残っていなかった。自らの心を、時空改変で局長に見せようとした結果である。


「……ねえ、デューク」


 延々と続く道をひたすら走り続ける中、恵はデュークに一つの疑問を投げかけた。何故、あの時に反抗しなかったのか、と。

 恵局長が、もう一人……いや、オリジナルの自分自身の来訪によって、自分の出生に関する真実を知ったあの日。確かに、探偵局に押し寄せたのは彼女と数十人のコピーデュークという大軍団であった。しかし、オリジナルのデューク・マルトの実力は、彼らを大きく凌ぐはず。それなのに、一体何故彼はただ悲鳴を上げ続けるだけだったのか。何故、自分を助けようとしなかったのか。


「やっぱりあれ?ゲンインハボクニアリマスカラーって奴?」

「な、なんですかその言い方……」

「だって、デュークはいつもそうじゃん」

「……ま、まぁ否定はできないですね……」


 それが真実だから、というのも理由であった。

 結局、今回の騒動の発端の全てを作ったのは自分自身……デューク・マルトだ。この異次元空間もこのビルも、そしてその中を満たすかのように増え続けていると言う自分のコピーも、元は全て彼が創り出した存在である。自分で作ってしまった責任を、我がままを言ってかき乱し、無かった事にする事なんて出来ない、そう彼は言った。そういう事は「神様」の仕事、自分は神様なんかじゃない。

 言葉強く言った彼を見て、恵は自信と安心を混ぜたような、優しい笑顔を見せた。


「……良かった」

「え?」

「だって、いつものデュークだもん」


 もし自分がデュークの立場だったら、時空改変を使って何もかも無かった事にして、あらゆる問題を棚に上げ、悠々自適な生活を送っていたに違いない。自分の助手みたいな非常に重い荷物を背負う事なんて無理だ、そう恵は言った。そして、彼が作りだしたものは決して悪い事ばかりでは無い、と。

 あの日……恵と栄司によって体と言葉を持って叩きのめされ、その上で諌められた事で、デュークは完全に悪から身を洗った。勿論当時の数多くの罪が消える訳ではないが、それからの彼は間違いなくその償いに生きている。今この異次元に駆け付けた仲間たちの大半は、恵やデュークの介入によって人生が良い方向へと進み始めた者だ。結婚に至る要因を作ってもらった者、デューク同様悪事から身を洗うきっかけを得た者、命を救われた者、そして人生の道が大きく変わった者……皆、一生の重要な局面に、デューク・マルトが関わっている。ある意味、それは「神」の導きに近いものがあるかもしれない。人々の人生に介入し導くというのは、それが出来る大きな力を持つ者でないと非常に難しい事だからだ。しかし、恵の目から見たデューク・マルトは、神様とは程遠い存在である。


「神様はいつも皆からちやほやされて威張ってばっかりだ、って栄司も言ってたわよ。

 だいたいデュークみたいな泣き虫は、神様なんか似合わないって」


 いつも通りのやり取りが、二人の間に戻り始めてきた。いつも真面目な助手に、軽口を叩いてからかう局長。普段はその言葉に文句ばかりの助手だが、今回は彼女の言葉を褒め言葉と受けとった。

 栄司はあのような事を言っているが、大概いつも威張ってばかりの存在と言うのは、心の奥底で孤独感を抱いているものが多い。いつもちやほやされると言う事は、逆に言うと都合の良い事ばかり言われて、自分の真意を誰も読みとろうとしないもの。過去にデュークが味わった、心地良さと胸糞悪さ、そして悲しさを混ぜた感情はこうやって生まれてしまったのである。だが、今は違う。彼の傍らには、いつも強引で図々しく威張っている存在がいる。いつも世話を焼かせる必要がある厄介な人かもしれないが、その分デュークの事をよく考え、彼の心を見抜いてくれる。時には叱咤激励も辞さない、それが局長の助手へ対する態度だ。

 確かに恵局長は、自分によって生み出された、過去を持たない人。しかし、決して彼女は操り人形では無い。


「きょ、局長ストップ!」

「え、わわわわ……な、何よこれ、壁じゃない」

「危なかった……道がどんどん入れ替わっています。一旦戻って左側を行きましょう」

「いきなり現れるって何よもう……腹立つわね時空改変って」


 恵は、デュークの思い通りにはならない存在だ。


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